第150話 なんてったって
ゆっくりと目が覚めた。ここ数日は忙しかったので、昨夜の風呂と睡眠の効果だろうか。とても満たされた気分で目が覚めた気がする。
意識がゆっくりと覚醒していくと天井が見えた。右腕に感じる柔らかい幸せな感触に首を軽く右に振ると、そうだ昨夜はシェリルがそこにいて、今もいる。その距離の近さにゆったりしていたはずの心臓が暴れそうになる。左を見ると、オルカがいなくてキュロスが上半身を起こして俺を覗き込むように見ていた。近かった。珍しい、と思った瞬間、続きにと無意識に顔を近付けていて、慌ててストップして「おはよう」と言った。危なかった。なんで急にそんな行動に出たのか自分でもよくわからなかった。寝ぼけているのだろう。ちなみにキュロスは眠る時、上半身裸だ。脱ぎ捨てたシャツがその辺に落ちているはずだ。本来、裸族なのが慎みを持って半裸族なのか、元々半裸族なのかはわからない。機会があれば聞いてみよう。もうどちらだろうと気にならないから本来の姿で過ごして欲しい。
上半身を起こすとサリアもいなかった。シェリルが、オルカは朝練でサリアはたぶんお風呂だと教えてくれた。朝練に誘われなかったのは疲れが溜まっていたことを見抜かれたのかもしれないな。というかいつも俺が起きるのが最後な気がする。腑抜けてるなぁ。
部屋を出るとちょうどオルカが戻って来たところだったので、みんなの服を収納してサリアのいるお風呂に入ってさっぱりした。
朝ごはんを食べながら本日の打ち合わせ。
「シェリルとサリアに確認なんだけど。今日のデミトリー邸への仕事ってふたりはうちで待っててもらっても構わないけどどうする?」
「ロック。お部屋に引きこもってばかりでは身体が鈍ってしまうわぁ。私もパーティーのメンバーなんですからね。いつまでもお留守番はダメよ」
「シェリル、無理はして欲しくないんだ。あいつの家に行くんだよ。仕事の内容も俺は確認ぐらいで大した内容じゃないし」
シェリルにとってデミトリーは親の仇だ。そいつはこの世にもういないが、そいつの住んでいた邸宅に赴くのは精神的に厳しくないかという意味だ。
「ええ、大丈夫よ。気を使ってくれてうれしいわ。でも、お仕事ですもの。一緒に行かせて欲しいの」
強い女だな。俺が前世記憶のせいで弱くなったのかな?
「あんたは少し目を離すといろいろくっ付けて帰って来そうだからって言われてんのよ。わかってる? やっぱり私がいないとダメだわ。ホント、世話の焼ける子ね」
もんのすごい上からめちゃくちゃな難癖つけて来た。お姉ちゃんムーブか? しかし、なんとなく反論しづらい雰囲気がある。
「わかりました。では今日はフルパーティーで参加しよう。みんなでお出かけするのは初めてだね」
「なんで仕事の話が遊びに行くみたいになってんのよ。まぁ、そこがあんたの? いいところなんだけど?」
上がったり下がったり情緒が心配になるな。素直じゃないところがサリアの良さだ。かわいい。さて、世間は我らのパーティーをどう受け止め、評価しているのか。オルカとキュロスはフル装備、俺は装備品なし、フードコートなしの冒険者服のみ、シェリルとサリアは動きやすいシンプルなよそ行きといった出立ちで、統一感の無さならどこのパーティーにも負けないな。むしろ冒険者パーティーには見えない。令嬢たちとその護衛だ。
シェリルは白基調の清楚なワンピースとショールが深窓のお嬢様そのものだったが、相変わらずの女神の美しさで、最近美女は見慣れたはずの俺の目から見ても美しさの階位が違うとしか思えなかった。シェリルの美しさは金等級以上だ。そして更には、その美しさに隠しようがない艶っぽさが見事にバランスを取る佇まいで、ただのお嬢様でないことは誰の目にも明らかだった。一週間前と比べても綺麗になってないか? 男爵令嬢だと言われても信じられない。どこかの国のお姫様だろこれは。ごくり。
サリアは暗めの赤に黒の差し色が入っててかっこ良くてかわいい。この服どうなってんの? と言って調べさせてもらった。ワンピースにジャケット合わせてるのか。コルセットのようなベルトをしているが、元のウェストが細いからか、ぜんぜん苦しくないと言っている。貴族街の流行りの店でウィンドウショッピングが似合いそうな恰好は、荒れ果てたデミトリー邸に行くには場違い過ぎるが、それをやったのがこの天才魔法使い本人だと知る者が見れば全てが許せる。これは騙されるぞ。見た目の人形のような可愛らしさと中身の女王様気質と範囲攻撃魔法の遣い手というギャップ萌えならぬ全てを燃やし尽くすギャップ燃えな美少女だ。特に天才魔法使いの部分を知ってる人は誰も近寄れないだろうなぁ。思わず頭を撫でたくなる。実際撫でてみた。「なぁによぉ」とは言うけど拒絶も否定もしないでツンと澄ましてるけど口元がニヤニヤしている。かわいい。
ユセフに屋台の食材のことなどいろいろ頼んで馬車に乗り込む。車体左のドアから最初に手を取ってシェリルを乗せる。次に俺を乗せようとしたが却下してサリアが先だ。そして俺、オルカ、キュロス。座るのは右にシェリル、左にオルカ、向かいの右にサリア、左にキュロスだ。現場は自然にキュロスが仕切っている。最後に乗るのがキュロスだし、最初に飛び出すのもキュロスだ。俺はそれを後ろから全力で支えて守ればいいんだな。
揺れない馬車の中でサリアとくだらないことをしゃべりながらみんなはそれを微笑ましく見てくれている。ブチ切れたフリしてサリアが強引に膝の上に乗ってくる。昨日ので味を覚えたらしい。馬車が揺れなくてつまらないとか言ってる。たぶん「きゃっ」とか言いながらしがみつくタイミングが無いのがつまらないのだろう。代わりに腰骨の辺りに手を回してしっかりと抱え込んであげたら「どぉこ触ってんのよぉ」と悪態をついてお喜びだった。口だけ悪くて何も嫌がらないことに気が付いた。かわいい。
おしゃべりしながらも各人の頭の中のどこかでこのパーティーでの自分の立ち回りを模索している気がする。もう一枚守備が欲しい。俺たちって攻撃力全振りなんだよね。最早、極振りと言ってもいい。
この前みたいな奇襲や、攻め込むだけなら無敵だけど、防衛戦になると分が悪いな。だって、守備力ゼロだもの。サリアともそんな話をしたことがある。守備的な魔法って何があるのかって聞いた時の答えは「殺られる前に殺ればいいのよ」と、想像通りのものだった。キュロスに聞いた時は「わたしは苦手なのよねー」で終わった。まぁ、俺たちには誰も喧嘩売るなよ、としか言えないな。なまじ守備力が無いから反撃をさせないように初手で全力攻撃するしかない。手加減してやれないわ。と、ソロでやっていた時と同じ結論になったところでデミトリー邸の開きっぱなしの門を潜った。
デミトリー邸の現状としては、壊れた壁は土嚢が積んであって侵入防止処置が施されていて、主要道路部分の穴埋めは応急的に出来ていて馬車は通れる。建物の穴は板や布だかシートのようなもので覆われて雨避けが設置されている。つまり、全部が応急処置だ。ほんの二、三日前にぶっ壊したばっかりだもんね。職人っぽい人があちこちで調べ回ってる感じだけど、背が低いからドワーフかな? シェリルに尋ねるとやはり建築土木、製造業はドワーフ族が多いらしい。手先が器用でクリエイティブで発想が柔軟な人が多いんだそうな。
邸宅正面玄関の馬車回しに到着した。玄関では先日会った使用人が勢揃いして並んでいる。まるで自分たちの主人を出迎えるのかといった様相だ。馬車回しの周囲には救国の英雄を一目見ようと非番の兵や貴族お抱えの職人たちが何重にも遠巻きにしていて、美しい馬車を見掛けた人たちもどんどん集まってきている。暗殺行の実行者なのに俺らってそんな有名人なの? まぁ、暗殺というにはどこかの魔法使いのせいでちょっと派手になったけどね。さすが娯楽に飢えた都市住人たちというところか。
『夕暮れの泉亭』の身辺警護兼御者がステップを設置して車体左側のドアを開けてくれる。キュロスが颯爽と身軽に出て行く。
身体強化の掛かった俺の耳には野次馬たちの噂話が開け放たれたドアから自然と入って来る。馬車のドアは開けられているが、外から中は見えないようになっている。
キュロスが飛び出した時には「おお~」という歓声にも似た声と共に『斬撃の剣姫』とか『一閃の麗人』と、兵を中心に畏怖と憧れや賞賛が込められた声があちこちから聞こえてくる。へ~、キュロスにも二つ名が付いてたんだ。なんか凄い名前だな。斬撃という凄まじさに姫が付いてるのか。それだけ聞くとその人の姿は想像できないけれど、本人を見れば納得だな。風呂上がりのマッサージでベッドの上でうつ伏せになって「にゃぁにゃぁ」言いながら気持ちよさそうにふにゃけている姿からは想像できない凛々しさだ。
次にオルカがキュロスが飛び出してから一拍間を空けて飛び降りるように出て行く。キュロスと同時に出ないのは、一緒に攻撃を受けて殲滅するのを防ぐためだが、誰も教えていないので本能でやっている。野次馬からは『疾風の銀狼』や『銀狼』、『旋風』、『かわいい』という声が聞こえる。やはりオルカも知れ渡ってるんだな。ギャラリーは『剣姫』派と『銀狼』派に分かれてるっぽい。なにこれ? アイドルなの? まぁ、ある意味アイドルなのか。そういえばあの『赤竜の爪』でさえギルドで羨望の視線があったもんなぁ。このデュオが騒がれるのは当然だな。
キュロスが安全確保の合図を目線で送って来たのを見て、先に出て行こうとしたサリアを手で制して俺が出る。サリアが自らを盾にする俺のエスコートを受けて嬉しそうに微笑む。最初に出た二人は近衛の護衛騎士だ。男の俺が戦闘服を着ていない後衛職の女性の後に降りるなんてみっともない真似は出来ない。屋敷中の使用人が出迎えに整列して野次馬がいる中では特にだ。パーティーの品格が疑われる。何より、サリアを守ることは俺の使命だ。
当然ながら馬車に乗り込む前から身体強化も『走査』も全開だ。シェリルとサリアがいるからね。それでも一応、目線で周囲を確認しながら馬車のステップを降りる。
ギャラリーが一瞬にして静まり返る。俺が姿を現わすと、一瞬の間の後『ほぅ』っと溜息にも似た声にならない声のあとに聞こえるか聞こえないかの声で囁き合っている。みんなが一斉に声を出すのでさすがによく聞き取れない。『黒髪』とか『男装の』とか『女神』とか? 『しにめがみ』? 俺は男なんだけどなぁ。
控えている使用人の陣頭に立つ執事のオズワルドに軽く目配せをする。オズワルドは少し頭を下げて応えるが、俺の後に続く者を察してまだ声掛けはしてこない。左右を護衛騎士が立つ中、馬車のステップに足を掛けたまま振り返って手を差し伸べると、小さいが白く長い指が暗がりから現れる。指先をそっと掴んで支えるようにエスコートすると、煌めく桃色髪のツインテールの人形が出てきた。優しく笑みを湛えた目元に対して少し上がった口角は、ツンと上げたあごの角度と相まって絶妙な小生意気感を醸し出す。しかし、その生意気な目で見られた者は不思議と嫌悪感を抱かない。これが『魔女』なのだ。見下しているわけではない、彼女自身が持つ存在感であり、絶大なる自身への自信の表れだ。わたしは誰にも負けない。従わない。小柄な彼女がステップの上から見下してくる。生意気だ。かわいい。
ギャラリーが俺の時とは違う反応だ。サリア、めっちゃ好感度高いな。こーんなに生意気なのに不思議だ。しかし、聞こえてくるのは『獄炎の女王』であり、『一人軍隊』、『天才』いや、ひょっとして『天災』か? この『人形姫』が『魔女』などと信じられないと言ってるやつを別のやつが焼け焦げた庭や壊れた建物を指差している。うむ。家と壁を壊したのは俺だけどな。それにしても二つ名の多いことよ。火球と、この破壊痕がよほどインパクトあったんだな。
俺がサリアをオルカに預けるとオズワルドが一歩踏み出そうとしたので視線で制する。察したオズワルドがサッと手を上げて使用人を押しとどめる。今日は彼らの知らないもう一人がいるのだ。
再びステップを踏んで右手を差し出す。開いたドアの中は黒い不思議なベールで外からは見えない。そのベールからサリアよりも白いしなやかな指が出て来て俺の手と繋がる。その指先を見た者の腰骨にゾクリと電気が走る。指の揃え方、手首の角度、狙って出来るものではない何かを感じる。この手だけで生唾を飲む音が聞こえてきそうだ。優雅さと艶やかさを湛えながら彼の地に顕現する月の女神の化身。春の陽光に艶やかな栗毛が明るく映える。口元に浮かぶ微笑は現世で初めて得た自由を感じる女神のそれだ。その泣きぼくろのある慈愛の目線が今、俺だけに向けられている。現世の自由より俺だけを見ようとする彼女を命に代えても守ると改めて心に誓った。
静まり返る玄関広場。声を出すような不敬を働く不届き者はいなかった。高貴な者に対する礼儀はここにいる皆が誰よりも知っているからだ。だが、その絶対の沈黙を破る者がいた。
「お嬢様!」
オズワルドだ。




