第148話 冒険者とは?
サリアがちゃんと俺が商会を立ち上げると言ったことを覚えていて上から目線で交渉に入っていった。これは俺にも真似できん。尊敬も出来ないけど。
「あー、たしかに。それも約束していたな。なんて商会なんだっけ?」
オーサーが冗談めかして聞いてきた。
「『偏西風商会』です。商会長は元壁の中で商会を立ち上げていたカレンという女性になります。商会設立の手続きを速やかにお願いいたします」
カレンの名前を出した瞬間、シェリルとサリアが微かに反応したことを俺の先行斥候としての卓越した危険察知能力が敏感に感じ取った! なにかが危険だ! 商会長が俺でも家族の誰でもない女性になっている! これは、家庭の危機ってやつじゃねーか?!
「ほーん? もうそこまで決まっているのか。このあと戻ったらサイラスに言っておくからいつでも申請に来てくれ」
意外とこちらがしっかりと商会設立に向けて動いていることに動揺を隠せない商業ギルド長官。ウォーカーもそうだが、彼らはずっと冒険者をやっていて、いわゆる事務職に転身してまだ五年しか経っていないのだ。付け入るなら今! まぁ、俺の社会人経験年数も似たり寄ったりではある。さらにこちらは十年のブランクがあるんだった。調子に乗らないようにしなければ。
「それでしたら元ゲットーの本部に人を寄越していただけませんか? 今日、明日はちょっと立て込んでまして。元本部を仮設事務所として営業開始していますので。商会長になるのは冒険者ギルド所属の『銀狼の牙』のメンバーの母親になります」
最後にオーサーにとってはどうでもいい情報を家庭内不和を未然に防ぐために追加する。オーサーが待機している文官に目配せをした。一名出て行ったのですぐに対応してくれるのだろう。
「お二人にご相談です。カルチェンコ家を潰すことに関しては屁理屈をこねたところでどう考えても真っ黒だから反対をする理由がありません。協力するので私のささやかな願いを叶えてもらえませんか」
ウォーカーがものすごく疑いの目を向けてくる。
「……お前のな、その『ささやか』ってのが恐ろしいんだが?」
「商会とクランの支部建設の許可をお願いします。場所はグランデールとフロンティアの間。それと、商会の他都市との自由貿易の許可。あとですね、ゆくゆくはグランデール内での東西南北商業圏の撤廃というお考えはありませんか? これは冒険者ギルドの縄張り撤廃も含めます」
二人の顔から表情が抜けた。それは「今ここでそれ以上その話すんなよ」という顔だった。ウォーカーが咳払いをする。
「う、ううんっ! えーと、なんかいろいろあったな。フロンティアと繋がりたいのか? 間に支部を作る? お前、それ、危ないけどいいのか?」
「はい。だから許可が欲しいんです。たぶんですね、要塞都市みたいになっちゃうんですよ。それぐらい大きくしないと危ないんですよ」
俺は実際には行ったことも無い場所だ。自分の能力による攻撃力から想像するに森を切り開いてさえしまえば人海戦術で入植はなんとかなる気がしている。
「それが維持できるほどバカみたいにデカいクランと商会の支部を作るっていうんだな? グランデールにとってのメリットはあるか?」
「まぁ、少なくともその周辺の安全度は各段に上がります。冒険者や商人も無差別というわけにはいかないでしょうけど受け入れられると思います。治安維持を義務付けるならそれなりに対価をいただきますけど」
オーサーが疑問を口にする。
「それと商会の支部と他都市への貿易だな。正直、それは規制する法が存在しない。グランデールの圏外なら俺たちではなく、バーランド伯爵の領分になるからな」
「なるほど、それはそうですね。だったら、そっちは勝手にやるので、上下水道のノウハウをください。スラムが不衛生すぎます。それと、ウォーカーさんの風呂を作るノウハウも教えていただけますか」
「ん? そんなんでいいのか? スラムの上下水道は難しいと思うが、金があるなら不可能でもない。ノウハウも人も紹介しよう」
「風呂と下水の整備が出来るならこちらとしては文句ないです」
オーサーがちょっと呆れている。
「そんなんでいいのか。というか、風呂がそんなに気に入ったのか?」
「いや、逆に風呂を知っているのに必要性を感じない方が信じられないんですけどね」
趣味や趣向の違いは話しても不毛なので切り上げて実務の話に移行した。お互いに人を出して書類を確認することになった。場所はデミトリーの屋敷内に確保することになった。二十四時間体制の警備が取れること、食事の提供や宿泊も問題ない。第一、第二部隊は一旦、解散となっていた。全員が監禁もしくは軟禁されている。内乱罪が適用されるか否かの瀬戸際で、貴族の子弟は各家からの助命や解放の嘆願がウォーカーとオーサーのところに殺到して面倒だと言っていた。屋敷の警備に人が足りないので、ウチの奴隷をまた借りたいそうだ。
「派兵に際して休憩、食事場所の確保をお願いします。食事などの待遇はそちらの兵と同等の扱いをお願いします」
ウォーカーが全ての条件を飲んだ。
「このあとまた事務所に行って手配しておきます。兵は何人用意しますか」
「そうだな。とりあえず三十人を三交代で九十人頼めるか」
「それなら全然大丈夫です。シフトから外れた兵で希望者をスラムに帰らせる手配をお願いできますか」
「わかった。官舎として第一、第二部隊の兵舎を割り当てよう。非番ならそのまま兵舎にいてもいい。専用の食堂は二十四時間体制で開けさせる。希望者は守備隊の馬車で事務所とピストン輸送させよう。訓練所も解放するから好きに使うといい」
それはめっちゃ助かる。これ、ブートキャンプじゃないか! しかも三食給料付きだ! スティングがめっちゃ喜びそうだ。
「ウチは今でも二百人規模で人員がいます。今は遊んでいるだけなのでいくらでも増やせますのでお気軽にご用命下さい。何なら人数増やして邸宅の補修工事にも回せますよ」
「なるほど、それも助かるな。壊したのお前らだけどな」
土木工事にも派遣できるなら冒険者になれなかった奴らでも日銭が稼げるなぁ。確かにぶっ壊したのは俺とサリアだ。もっとやっとけばよかった! 全員奴隷だから裏切りもなく従順だし壁の中の高位冒険者もいて実力は折り紙付きですからと宣伝しておく。ウォーカーの後ろに控えるライアルにウチとの模擬戦なんか勉強になりますよと言うと「それは良いですな」と乗り気になっていた。ぜひクランマスター殿にもご参加をとキュロスが熱い視線を浴びていた。キュロスは笑顔だったが完全に愛想笑いだった。
「ウォーカーさん、あいつらで冒険者クラン立ち上げるので手続きをお願いしたいんですけど、ちょっと条件を確認させてください」
「ああ、そんな話してたな。お前さんもクランマスターか、いやしかし冒険者登録がどう考えても先だろう」
「あのですね、クランマスターはキュロスです。元銀等級冒険者の復活になりますね。インチキ裁判の記録も掘り起こしてください。まずはキュロスの名誉回復を大々的に発表してください。それが無いならこの話は全部なしです。キュロスが復帰できないならクラン自体が存在できませんから。ところで冒険者に対して、政治的な圧力で強制依頼が出せるとかいう制度は存在しますか?」
ウォーカーが痛そうな顔をした。
「ある。銀等級から上なら強制依頼が存在する。俺たちが五年前にやられたのもそうだ。あの時は皇族系も絡んでいたしどうにもできなかった」
俺がキュロスを見ると首を横に振った。
「ウォーカーさん、それはダメです。飲めません。やはりこの国での冒険者登録は驚くほどメリットが無いですね。それではキュロスに対する名誉回復だけで結構です。俺たちは『偏西風商会』専属の素材調達専用冒険者クランとして独自にやっていきます」
ウォーカーもオーサーも天を仰いだ。俺だってガッカリだ。マンガの世界のように謎の通信道具で冒険者ギルドが世界を股に掛ける秘密結社みたいになってて国の圧力を全部跳ね返せるとかいう武力集団だったらよかったのになー。そんなものを内包させるおめでたい国があったらとっくにその国は滅んでるよね。
「お二人が懸念するのもわかります。完全に私兵ですからね。一私企業が持つ戦力としては強大過ぎると思ったんですよね。でもそれ、ちょっと違うような気もします。だって、この数百人の組織って今日生まれたってわけじゃないですからね。無法者集団としてすでに存在してたんですよ? 今度は俺がちゃんと制御するって考えてくださいよ。ほら、なんだか社会の役に立つような気がしませんか」
ライアル始めその場にいる兵や文官がなるほど、と頷いた。
「なんという詭弁」
ウォーカーだ。
「十歳の子供のつく嘘はもっと可愛いはずだ」
酷いこと言うオーサー。
ちっ。誤魔化せなかったか。
「キュロスの件は今日中にも名誉回復の発表をしておこう。『ウェスタリー商会』だったな? もうすでにオーサーが雇ってデミトリーを撃退した実績があるからな。オーサー、商会設立の日付は三日前にしてやれ。商会デビューの実績には充分派手で見栄えも良いだろ? ロック、さっそく明日から警備と約定書の選別を開始させてくれ。先導の兵を派遣するから事務所を二の鐘(六時)に出発できるように兵の準備をさせておいてくれ。ロックは三の鐘(八時)にここから馬車を出すからそれに乗ってくれればいい。屋敷とか商会用の物件は最優先で選定中だ。押さえられる資産も膨大で全容を把握するのも大変なんだ。でもまぁ良い場所の物件は限られてるからすぐに候補を出せるだろう」
「わかりました。デミトリー邸で捕縛した冒険者は明日現地で誓約を済ませるために奴隷商人も一緒に連れて行きます。それと、こちらの奴隷冒険者用の世話係の女中も用意しましょうか?」
「それは助かるな。女中で思い出した。デミトリー邸にいた奴隷だった使用人がな、全員お前さんのところでやっかいになるって言ってたぞ。彼らなぁ、働き先の望みがあるなら俺とオーサーのところならどこでも受け入れるって言ったんだ。ちなみにロックの屋敷と商会も立ち上がる予定だって言ったら給金も条件も何も聞かずに「ぜひそちらでお願いします」って言ったぞ。全員だ。お前、彼らに何やったんだ?」
「うーん、なにかしたっけかなぁ。特に身に覚えはないですけどね?」
「じゃあクランの設立手続きはしないまま私兵集団ってことでいいんだな」
「そうですね。奴隷冒険者のクランは『再生の大地』です。基本的にはスラムに本部を構えるようにします。そして、南地区の『南の守護者』のように自警団としてスラムの治安維持をさせます。壁の中の屋敷や商会の警備用に何部隊か常駐させます。ウォーカーさん、『夕暮れの泉亭』で使ってるような馬車ってどこかで買えるんでしょうか?」
「馬車か。オーサーのところもウチと同じだったか?」
「グランデールなら北だろ? 俺とウォーカーの連名で紹介状を出せば多少の無茶も聞いてくれるんじゃないか? 付与も入れるんだろ?」
付与! それ知りたい! 揺れが少なくて安眠できたんだよなぁ。
「揺れ軽減は入れた方がいいな。内部拡張はどうだろうな。遠出をしない馬車に入れてももったいないだろう。フロンティアとの往復でも片道一週間掛からないしなぁ。まぁ、見に行けば見本があるからいろいろ確かめればいいさ。シェリルがいるし困らないだろ」
シェリルを見たらニコリと微笑んだ。さすが男爵家令嬢。心強い。そしてなにかサリアが重くなったと思ったら寝てるなこれ。膝枕で寝かせるとは言ったがまさか抱っこで寝るとは。メイドの恰好で抱っこされて寝るのは何プレイだ? バブなのか?




