第147話 目指すべきもの
さぁ、世間話も終わってそろそろ本題にと思ったところでキュロスが宣言した。
「ロックがそうならあたしもだわー。あたしもよくわからない理由で貴族に奴隷なんかにされたしねー。それにロックがいればロガリウスじゃなくても困らなくなったしね。あたしの居場所はロックのいるところだわ」
そう言うと美味しそうにエールをかっ喰らった。それを聞いていたオルカがふんふんと頷いて「わたしもー」と言ったあと笑顔で俺を見た。国という概念さえ知っているか怪しいかわいい狼の艶煌銀青の頭を撫でた。
「ま、当然そうなるわよね。この男は誰よりも強く、今やこの街一番のお金持ちだしねぇ。わたしの男に相応しいわぁ。だからあなたの側にいてあげてもいいわよ。そこがどこの国でも構わないわ」
俺がサリアに声を掛けようと口を開きかけたらバっと手で塞がれた。
「今はダメ! なにも言わないで!」
なんか赤くなってハァハァしているので頷くだけにしておいた。
「ウォーカー様、私は今はただのシェリルです。家名はありません。こんな何も持っていない私のことを命を賭けて救い出し、家族だと言ってくれる方を裏切るような真似は出来ません。ジラール家には大恩ある身ですが、どうかこの我儘をお許しください」
五人のロガリウス帝国への絶縁宣言だ。元奴隷であり、現在進行形の孤児の戯言と笑えるだろうか? 生かされるためのどんな恩恵も受けていないどころか、一方的に殺され掛けた者たちの言葉だ。己の力だけで生きて行けるのだから誰にも従う理由が無いのだ。従わせる方法はただひとつ。暴力なのだが、その暴力が俺には通用しない。そう、今や俺自身が『国』そのものだ。そして、独立を宣言した今、俺という国の国民は俺を入れて五人。ではない。奴隷だけで数百人いるのだ。
ウォーカーもオーサーも貴族だ。俺の戦力は推し量れる。あとは俺という、いつ弾けるかわからない暴力装置をどう扱うかだ。ぼんやりとした顔で俺を見るウォーカーの頭の中では様々な考えが過っていることだろう。
「そうだなぁ。お前たちの言い分はもっともだ。国や貴族が助けたのなら従えと言えもするだろう。時と場合によっては暴力や金の力で従わせることも出来るだろう。だが、お前たちはそのどれにも当てはまらない。自分たちの力だけで支配から抜け出したのだ。そういう者たち自身に、帰属する意識が無いのだからそれを従わせられるわけは無いよなぁ。あとこれは個人的な感想だけどな、ロックを止める方法が無いから俺にとっても敵対しないなら何も言うことはないな。まぁ、立場的に好きにしろとも言いにくいけど、仲良くしようや! ってところかなぁ」
珍しく長舌な友人をぼんやりと眺めていたオーサーが俺の方を向いた。
「俺もウォーカーと同じだなぁ。俺もウォーカーも若い時は貴族っていう立場が重荷に感じて家を飛び出して冒険者になった手合いだからな。なぁなぁ! こいつな、最初に家に内緒で冒険者になった時な、冒険者ギルドのカウンターで「俺は自由だー!」って両手を挙げて叫んだんだぜ! あれは笑えたなー! わっはっはっは!」
「ああぁぁん! お前だってそのあとでかい声で「やってやるぜー!」とか叫んでたじゃねーかよ!」
「お前はなんでそんな細かいことをいつまでも覚えてんだよ!」
終わらない喧噪を他所にゆっくりとエールを飲み干したバーズが俺に向かって身を乗り出す。
「な? 仲間は慎重に選べって言った意味がわかるだろ?」
そう言ってミリィさんにエールのお代わりを頼んで睨まれていた。地獄絵図とはこのことか! サイラスさんがいないと収拾がつかない!
オーサーがエールのジョッキを口に運ぶと空になっていたことを切っ掛けにやっと静かになった。お代わりエールが四杯配られると四人で乾杯していた。何も始まっていないのに宴会になりかけていた。俺はなんのために忙しい中ここに戻って来たんだっけ?
「えーと、なんの話をしてたんでしたっけ?」
オーサーが凶悪な顔でエールを半分ぐらい呷ってから急に頭を下げた。
「あー、最初はな、ワシからだ。ロック、まずは礼だ。ありがとう!」
ライアルがオーサーの近衛騎士から木箱を受け取ると俺の側まで来て箱から金貨を取り出した。十枚ずつ積まれた金貨を十本並べて合計百枚。そのあと同じものを隣に並べて合計二百枚。
「追加報酬だ。攻撃は予想していた。だが、想定を遥かに超えていた。デミトリーの影響力と戦力がここまでとはな。なにより予想襲撃日はもう数日は後だと思っていた。まずは襲撃を事前に知らせてくれたことが何よりの功績だ。正直ウォーカーの方が先に狙われるとも思っていたからな。油断していたわけではないが、結果としてお前さんがいてくれたお陰で被害が最小限で済んだ。そちらの部隊にも少なくない死傷者が出た。済まなく思う。裏口の件はな、破られていたら邸宅に侵入されていたかもしれん。ウチはな、子がまだ小さくてな、嫁さんが本気で戦線に立つのがまだ難しかった。だから本当に助かった」
「死んだ手兵は犯罪奴隷です。気にしなくていいですよ。友人は助けます。当然でしょ?」
ウォーカーがオーサーをジト~っと見てから俺に向き直る。
「ロック、デミトリー討伐ご苦労だった。お陰でこの国、この街の膿を少しは出せた。問題の解決にはまだまだほど遠いがな。今後は少しでも良い方向に転がるよう努力しよう。で、だ!」
ウォーカーが今度はオーサーを睨むように見る。お前が自分で言え! と、その目が語っていた。オーサーがすごく言い辛そうに俺に告げる。
「あー、あのな? ロック、言いたいことはわかるよな? お前の金の使い途を見ればお前を否定する気にはならないし、もちろん! 否定はせん。ただなぁ、なんて言うかぁ、ものには~ 限度というか~ な?」
俺がデミトリー暗殺の成功報酬としてオーサーが約束したものの中に『暗殺後の帰りに、屋敷のものを好きなだけ持って帰っていい』というものがあった。まさかの屋敷の中が空っぽになるほど持ち帰ってしまった俺に手を焼く二人。というのが今の状況だ。ウォーカーに至っては帰りの馬車に乗り込む俺を見ている。俺は完全に手ぶらだった。
「俺には限界なんてありませんよ? まだまだこんなもので終わらせるつもりもありませんし」
「ロックー! 頼む! 助けてくれ!」
今度はウォーカーが泣き落としに来た。こいつだきゃあマジでよー! 人にものを頼むのが上手いんだよ! どストレートに来られたら俺だって「しょうがないな」っていう気持ちになるよ。
「はぁ~。で? なにが欲しいんです?」
「お前が屋敷から持っていったんだろ? お前しかいないからな。あんなことやらかせるのは。どうやったとかは聞かん。ただな、揚げ足を取るわけではないんだけど一つだけ確認な? オーサーとの約束ではロックだけが好きなものを好きなだけ持って行っていい、だったよな? 今回、間違って彼女た」
「他の三人は何も持って帰って来ていません。あ、オルカだけがメイド服を一着、着用したまま帰りました。返した方がいいですか?」
膝の上のサリアのメイド服のスカートを摘まんで捲りながら答えた。すぐにサリアの手に抑えられて胸を一発バシっと叩かれた。ウォーカーが頷きながら続ける。まぁ、もちろんこのメイド服はオルカが着て帰ったものとは別物ではある。
「うんうん、メイド服ぐらい何着でもいいんだ!」
俺がニヤリとしたのを見てウォーカーが頭を抱えた。そう言えばこいつ、何着持ってったんだっけ? ってなってる。デミトリーの邸宅にあるメイド服は既製品とは訳が違うフルオーダー品だ。一着でもとんでもない値段がするものだ。残してきている彼女たちが着替えがなくて困ってるかもしれん。少し返すか?
ダメになったウォーカーを引き継いでオーサーが責任を取ろうと頑張る。
「あー、あのな、俺たちが欲しいのはそういうモノじゃない。デミトリー、いや、カルチェンコ家を追い込むための証拠が欲しい。今な、内乱を起こしたという事実以外、あまり物証が無くてな」
彼らが俺みたいな子供にあくまで下手に出て、端から見れば遜っているようにも見える態度を取るのは、良く言えば俺への敬意の現れだ。このちょっとふざけた態度が彼らの矜持だ。絶対に俺のことが『恐ろしいから』という態度は取ってこない。これがきっとただの貴族ではない、金級冒険者足る所以なのだろう。
「いいですね~。カルチェンコ家には俺も腹が立っているんでね。友人の頼みでもありますからね、協力しましょう。カルチェンコ家を追い落とすための誓約書を提出する準備はあります」
協力が得られそうだとウォーカーが少し安堵の表情を見せた。
「あー、それでだな、その対価っていうかそれはどうすればいいかね」
ウォーカーが恐々聞いてきた。そろそろ芝居じみてきてないか?
「まぁ、私が持っていてもしょうがないですからねぇ。ただ、これってカルチェンコ家からしたら喉から手が出るほど欲しいものでしょうね」
こいつはまた何を言い出したんだという雰囲気だ。だが、さすが商業ギルド長官というところか。オーサーがうれしくなさそうに言う。
「つまりこういうことだな。カルチェンコ家が出す値段がそいつの価値ってことだ」
ウォーカーが難しい顔をする。ライアルが「なるほど」という顔をしているのは立場的にマズい気がするよ。
「さすが商業ギルド長官。それを競売に掛ければそうなりますよね? さて、それの持っている価値はたしかにそれだけのものがありますが、今回は犯罪に対する取り締まりの協力ですからね。市民が協力するのは当然です。さあ、皆様。自分は『お前達の国の人間じゃない』と公言して憚らないような人間は『協力すべき市民』に該当するのでしょうか? 俺の社会的立場をどのようにお考えですか?」
ウォーカーもオーサーも悩んでいた。ここはウォーカーの出番だ。
「ロック、お前さんの質問には答えなければならん。その前に、よかったら聞かせてくれ。お前自信はどうしたいんだ?」
「俺は俺自身と俺の家族が自由に快適に暮らせればそれでいいです。そのために必要なことはやります。ゲットーファミリーやデミトリーを排除したように。でもね、デミトリー本人はともかく、カルチェンコ家が俺の敵かどうかは正直よくわかりません。取り潰さないと第二、第三のデミトリーが出るかもしれないから、という理由には正直ピンと来ません。来ないかもしれないんですよね? だったら脅威ではありません。来たら来たで構いませんよ。誰が来たところでぶっ潰すことが苦だとも思わないので」
今言ったのは『どこの誰がどんな戦力で攻めて来ても構わない』ということだと、この二人には伝わったはずだ。
「なるほど。それらの書類は自分にとっては意味は無いが、持っている以上は所有件は主張するってことだな」
言外の部分はスルーして今回の絡みの部分だけ拾ってオーサーが引き継ぐ。
「お前、それじゃまるで商人だぞ」
俺の家族全員が一斉にオーサーを見た。俺の膝の上のサリアが俺の首にしがみつきながら甘ったるい声を出す。
「あらぁ、うちのロックわどこの誰よりも商人なのよぉ? たしかそんなお約束をしているのではなくってぇ?」
大変よくできましたとサリアの頭を撫でる。
膝の上に抱っこされていても誰よりも誇り高く優雅に女王のようにふんぞり返ってドヤれる才能は誰にも自慢できるものでも何でもない。ただ、オルカだけが尊敬を込めた熱い視線を送っていた。
だからオルカよ、お前はいったい何を目指しているんだ。




