第146話 コスプレ
なんとか昼前に『夕暮れの泉亭』に戻れた。もう今日は一日分の労働を終えたような気分だ。朝が早かったから風呂入って昼寝とかしたいよぉ。
「シェリル、サリア、ただいま。串肉買ってきたんだけど食べる?」
串肉を買って帰って来た俺を見てミリィさんがスープとパンを持って来てくれた。もちろん大量の串肉のほとんどは宿の皆さんへのお土産だ。俺は太っ腹社長なのだ。串から肉を外して皿で食べた。やっぱりフォークとナイフだよ。そろそろ三又フォークの試作も上がってくるだろう。仕上がって配達済みの風呂桶と家具は『出納』に収納済みだ。家具に関してはデミトリー邸でも大量に確保できちゃってるんだけどね。早く外で風呂桶試したいなぁ。みんなの感想も聞きたい!
昼ごはんを終えてソファーで休んでいたはずなのだが、やさしく起こされた。ウォーカー来訪の先触れが来たそうだ。いつの間にかシェリルの膝枕で午睡をするという栄誉に預かれていたらしい。何も覚えていないのが非常に悔やまれる。オルカといい、シェリルも優しく起こすのがうまいなぁ。オルカが隣で微笑んでる。オルカが伝授したのかな? 今度どうやるのか誰か起こす時に手本を見せてもらおう。って言ってたらサリアに「ばっかじゃないの」と言われた。
「あー、サリアに馬鹿にされたー。よし、今度メイド服着て膝枕の刑ね。俺に膝枕するか、俺の膝枕で寝るかは選ばせてあげるから考えといてよね」
そんなこと言い合ってたらウォーカーが来たらしいので出迎えに向かったけど、後ろの方でサリアが顔を赤くしてなにやら真剣に考え込んでいたような気がするのは気のせいか?
ミリィさんがドアを開けると、待ちきれない風情のウォーカーがズカズカと部屋に入ってきた。
「ロック! やってくれたなぁ!」
「こんちわー。ウォーカーさん元気?」
寝起きでぼやっとしてる俺を見てウォーカーが毒気を抜かれたような顔になった。
「あー、おう、お前さんはまだ疲れてそ」
そこでウォーカーの動きが止まった。言葉が出てこないようだ。奴隷紋の消えたシェリルの首筋が美しい。
「え。なんで? うそだろ」
シェリルの瞳が潤んでいた。
「はい、ウォーカー様。大変長い間ご心配をお掛けいたしました」
「良かった。よかったなぁ。ふぅ。なんてこった。そういうことだよなぁ。お前さんのやることってのはそうだよなぁ」
俺の顔を見てそう言ったのは、デミトリーから奪った金の使い道がわかったという意味だろう。
ウォーカーが右手を軽く握りながらピシリと左胸に当て、左手はそこに剣があるように左の腰に。そして背中を曲げずに腰から上半身が斜めになるようサッと頭を下げた。騎士の正式な礼だ。頭だけを下げるよりも格式高いこの礼は、相手が国家元首でも通じる作法だ。
「ロック殿、ウォーカー・ボナパルト個人として、またジラール家を代表して礼を言う。ありがとう」
「固いなぁ。うん、でもそうか。ウォーカー様、そのお気持ち、確かに承りました。しかし、礼には及びませんよ。私がそうしたくてやったことですから」
俺も右手を開いて左胸に当て、左手は自然に垂らして頭を下げた。俺は騎士ではないのでこれが作法だ。合同討伐などで見ていた騎士たちからこれぐらいの作法までは俺でもなんとか知っていた。シェリルの奴隷紋が消えていること、宿の人たちみんなウォーカーに内緒にしてたんだな。うん、ウォーカーがみんなに愛されているんだってことにしておこう。決して! 決してイジられてるなんてそんな……。
「おいおいおいおい、これはどうなってんだ。シェリル、よかったなぁ。ロックか? ロックだよな? またお前かぁ」
人がなにかやらかしたみたいなように言うこいつは、
「ああ、オーサーさん、いたの? いらっしゃい」
バーズとユセフが吹き出した。オーサーの眉が下がった。
「いや、いたんだけどな。よお、お邪魔するぞ。三人ともまぁ美人が超美人になったなぁ。良かったな」
親戚のおじさんが遊びに来たみたいになっちゃった。今日はサイラスさんはいないみたいだ。代わりに護衛騎士を連れて来ている。ん? お前はたしか。
「たしかライアルさん? でしたよね」
ゲットーの事務所に案内役で来ていたオーサーのところの私兵だ。
「はっ! ライアルでございます。名前を憶えていていただきまして光栄でございます」
固いなぁ。ほら、サリアが「ほーん」という顔で見てるよ。弱味を見せちゃいけない相手ってのがいることを勉強するといいよ。
「うむ。今回の訪問のことを聞きつけたこ奴がな、どうしても連れて行ってくれって言うんで護衛騎士として連れて来た。なんかマズかったか?」
「いえ、ぜんぜん。ウチの連中、ちゃんと働いてました?」
そうライアルに向かって言うとなぜかサリアが割って入ってきた。
「へ~、ずいぶんとしおらしくなったじゃないのぉ。人にものを頼む時は最初からそうしていた方がよろしくってよ」
とりあえず振り向いて脳天に軽くチョップを落とす。
「むっ! なぁにすんのよぉ!」
左手で軽くアゴを掴んで上を向かせて「あんっ」から左手を頬を触りながらずらしていって親指と人差し指の間に軽く右耳を挟む。「んっ」サリアの顔が自然と右に傾く。眼下によく見えるようになった左耳に唇をくっ付けるようにして囁く。
「お淑やかにしてないと今すぐメイドにしちゃうよ」
「おふっ」
腰が砕けそうになるサリアを支えると皆に振り返って努めて明るく振る舞う。
「失礼しました。さぁ、みなさん奥へどうぞ!」
みんなが部屋の奥へと進む中、ふにゃけたサリアをオルカに預ける。
リビングに行くと銘々が席に着いていた。バーズはウォーカーの近くに座っていたがライアルはオーサーの斜め後ろに立っていた。上座はウォーカーだ。女中さんたちが各人に好みの飲み物を確認して準備する。今は世間話タイムだ。ウォーカーが俺を見た。
「ロック、あらためてありがとう。俺が礼を言うのも変だがな。シェリルはまぁ、言ってみれば血の繋がらない妹みたいなもんだ。お前が俺たちの前に現れてまだたったの一週間だ。まさかこんなことになるとはな」
シェリルの解放条件は最低金貨五千枚だ。どうやったって集まるはずも払えるはずもない金額だ。このとんでもない金額設定はたぶん『一夜の夢』の女将であるエルフのフランシーヌがシェリルを囲い込んで守るために設定したものだ。俺はフランシーヌに認められたんだと思う。期待は裏切らないようにしないとね。
「ウォーカーさんが俺にシェリルを紹介してくれたお陰ですよ。おかげでこんなに素敵な家族を持つことができました。ありがとうございました」
「それな。お前達、今いったいどうなっているのか聞かせてもらってもいいか?」
「ウォーカーさん、家族です。今の俺たちはそれ以上でもそれ以下でもありません。俺は家族のためならなんでも出来ます。俺には怖いものもありません。ひとつ、ここではっきりさせましょう。これはまだ家族にも話していないので俺個人の話です」
ウォーカーたちを順に見る。
「俺はこの国の人間ではありません。生まれだとか、育ちだとか、関係ありません。奴隷にされた瞬間、俺はどこの国の人間でもなくなりました。解放された今も、もちろんそのままです。俺は俺を奴隷にしやがったこの国に恨みこそあれど仕える理由も恩もありはしません。今はグランデールに住んでいます。ここに家族がいます。俺がここに住むことを許されるのであれば、この国の人々と同じように振る舞うし、過ごしましょう。俺は俺のため、家族のためには何でもします。でも、国や街のためにはその限りではありません。俺の力を国のために使う気はないし、ましてやどこぞでふんぞり返っているだけの無能貴族のために使うなんていうのは笑い話にもなりません。ウォーカーさん、オーサーさん、俺はあなたたちの友人ではあるつもりですよ」
俺の前に冷えた果実水が置かれた。果実水を置いたメイドの手首を掴むと強引に引き寄せ膝の上に乗せて横向き抱っこにしてから果実水に手を伸ばしてひと口飲んだ。俺の膝の上にはメイド服を着て両手で顔を覆うサリアがいた。
「サリア、飲み物をありがとう。おいしいよ」
オーサーが紅茶を一気飲みすると女中に大きい声でエールを発注していた。ウォーカーも「俺のも頼む」とか言ってる。キュロスがお腹を抱えて笑いながら「じゃあ、あたしもー」とか言ってる。サリアを連れて来たオルカが満足そうな顔をしながら俺の左に座る。上手にリボンが結べてドヤっているのだ。羞恥でプルプルしているサリアが俺を見上げてくるが、あまりに俺が楽しそうに笑っているのを見て諦めたらしく、また両手で真っ赤な顔を隠すと胸に顔を埋めた。かわいい妹を見てシェリルも笑っていた。
「キュロスは左をオルカのためにわざわざ空けてたのか? 右隣りって正妃の位置だろ。左が護衛騎士で……」
ウォーカーがボソボソと何か言ってたけど声が小さくて俺には聞こえなかった。
そうしてようやく会談という名の交渉が始まろうとしていた。




