第145話 詐欺師のやり口
奴隷のバリウスが「奴隷に恨みでもあるのか」と何の気なしに俺に尋ねた。キュロスがバリウスを見たが、その瞳に感情は込められていなかった。そう、なんの感情も入っていない吸い込まれそうな悠久の琥珀色の瞳がただ見ていた。俺もバリウスを見た。そうか。知りたいのか。
「バリウス。お前は俺の奴隷だ。メシを食いに連れて行ってやろう。そこで一緒に美味いメシを食おうじゃないか。俺はこれでも度量のある飼い主だからな。同じ場所でメシを食わせてやるよ」
バリウスがゴクリと唾を飲んだ。ベルガーのこめかみに汗が垂れた。今、この場所で自然に一緒にお茶を飲んでいたことがいかに特別なことであったのかを奴隷初心者の三人が思い至ったのだ。これは本来、あり得ないのだ。奴隷としての作法で言えば今すぐ『教育』されてもしょうがないほどの失態とも言えた。奴隷身分の彼らは、今は廊下にいるお茶汲みの少女より遥かに地位が低いのだ。そんな少女と俺の好意でお茶を淹れていただいていたのだ。
「教えてやろう。俺は戦災孤児だ。五年前の戦争で奴隷商に捕まった俺は一週間前まで戦闘奴隷の先行斥候だった。奴隷に恨みがあるかと聞いたな? 地べたに落とされたメシを共に食っていた奴隷仲間に恨みなんか無いさ。俺が恨んでいるのは奴隷制度そのものだ。奴隷を便利な道具だと嘯いて使役している愚か者だ。こんなゴミな制度を未だに標榜している遅れた文明社会と、それをなんとも思わない為政者共が俺の粛清対象だ。俺はな、全てを壊すためにここにいるんだ。お前らはそのための尖兵だ。見誤るな。ヘマをした奴からあっさり死んでいくぞ」
バリウスから目線を外して冷めた紅茶を飲み干す。バリウスに対して殺気は込めていない。部下の疑問に誠実に答えただけだ。ふと視線を感じて顔を上げるとキュロスが微笑んでいた。唇から微かに覗く牙のような八重歯がとても愛おしくかわいらしいと思った。微笑み返して席を立つ。
「そろそろ時間切れだ。ヤリス、誓約書の作成を進めておいてくれ。ある程度まとまったらベルガーに渡して『夕暮れの泉亭』に送ってくれ。ベルガー、バリウス、捕まえた奴らを奴隷化するのに少し時間をくれ。忙しいんだ! あと、カレンの安全確保を最優先にしてくれ。商会長だからな。屋敷を用意しろよ。ゲットーのボスだったバイラルの屋敷でいいか? 警備を万全にしろ。近い内に壁の中に引っ越すけどな。商会長の息子と娘のパーティーにも気を配れ。ただし、成長の邪魔はするな」
ベルガーとバリウスが同時に「はっ」と頭を下げた。俺が立ったことで全員が席を立っていた。
「カレン、仕入れの方、よろしくお願いします。明日、来れたら来ます!」
「わかったわ。任せておいて」
「キュロス、行こう。そろそろリアンナさんたちの準備も整っているだろう」
誓約書をバッグに入れるフリをして『収納』する。土産を会議テーブルに『排出』してから廊下に出る。美しい猫耳獣人のライラにお茶のお礼と部屋に土産を残したことを告げて歩き出す。後ろでは奴隷の三人がライラに丁寧に言葉を紡ぎ礼をしていた。
彼女は俺のメイドだ。組織の主人である俺に触れられるほど身近に仕えることを許された女中は組織内において相当の地位を得たことと同等の意味を持つ。奴隷は俺の女中である彼女たちには本来、触れることはおろか自由に言葉を掛けることさえ出来ないのだ。
彼女たちが奴隷解放後も忌まわしい記憶しかないはずのこの場所を離れず、献身的な行為を自発的に熟しているのはそれを期待してのことだ。俺は支配者としてその気持ちに応える義務がある。階下に降りるとミランダが女性を従えて待機していた。選抜された以外の女性も勢ぞろいしていた。
「ロック様、お待たせいたしました。やはり希望者が多く、選抜に難儀していました」
リアンナの他に調理係一名と他三名、合計五名からなる選りすぐりの美人部隊だった。これが屋台の店員? けしからんなぁ。またやっちまったぞこれ。いや、やったのはミランダだけど。時間が掛かったのって女性ならではの『お仕事モード』への変身だろ。働く場所ってスラムの路上の屋台なんですけど?
「ミランダさん、素晴らしいです。みなさんとても美しいですね。屋台で働いてもらうのがもったいないほどです。みなさんが屋台を宣伝してくれたらこのあと俺が開く食堂なんかも流行りそうですね! そうしたら先に仕事の仕方を学んでいるみなさんには率先してそちらをお手伝いいただきたいですね!」
美人たちの顔がさらに華やいだ。これはもう食堂でももったいないよ。
その時、階上にいた猫耳獣人のライラがダダダダッ!っと部屋に駆け込んできた。ミランダを見つけるとクール美人が台無しになるほど興奮した様を取り繕うこともなく手に持ったメイド服を見せつけるように掲げた。
「みんなの分も、あります!」
何人かの女の子がその場に頽れた。ミランダが俺に向かって静かに頭を下げたが肩が震えそのまま頭を上げることが出来ずにいた。彼女たちは俺の庇護下に置かれた。この先、飢えることも、怯えながら夜を過ごすこともない生活が保証された瞬間だった。キュロスとカレンが彼女たちの元へ寄り添いに行く。ベルガーとバリウスは難しい顔をして視線を外すことしかできないでいた。
「ベルガー! 長男だったザイツェフの屋敷というのがあるんだよな? ゲットーのトップだったバイラルの屋敷がカレンの仮の屋敷として、ザイツェフの屋敷はここの女性たちが住むのに不足はあるか?」
「いえ、個室を割り当てたとしてもまったく問題ありません」
なんだと。とんでもない贅沢してやがったな。
「ミランダ、あとで何人か連れて見に行ってください。不愉快なようでしたら他の場所を探します。ゲットーの持っていた物件で本来の持ち主に返還せずに済みそうな物件ならどこでも構いません。居住地を確保してください。勤務先に応じて都合の良い場所を複数確保するといいでしょう。ちなみに、あなた方を必ずしも女中として雇おうとは思っていません。ここにはメイドが必要となる私の居住地はないのです。カレンの邸宅には何人か必要でしょう。詳しくはカレンに話を聞いてください。バリウス、冒険者クランで必要な女手は今回新たに奴隷になった奴を使え。俺の女中はそっちにはもったいない。ベルガー、女の必要な店もだ。不健全にやる必要はないがな、あいつらに自分の食い扶持は自分で稼がせろ。もちろん売り上げは組織のものだ」
ベルガーとバリウスがふたたび揃って「ははっ!」と頭を下げた。場の空気がピシリと締まった。ミランダ始め女中のみんなも手を揃えて頭を下げた。あとはカレンとミランダがうまいこと手配してくれるだろう。邸宅の女中の他にも商会で働ける人、屋台、その他のビジネスが目白押しだ。人が足りないのだ!
「ベルガー!」
俺はベルガーを壁際に誘う。
「お前らはすでにやっていたと思うがな、今度は街できちんとスカウトしてこい。さっき給金の話は聞いていたな? 実際に屋台で働いているところを見せてやれ。契約をして身綺麗にしてやれ。信頼を勝ち取って優秀な人材を集めろ」
「へい。わかりました。ボス、正義の味方の方が楽しいですわ」
まだこれが正義だと思っているのか。馬鹿だなぁ。これが詐欺師のやり方っていうやつだぞ? 俺は彼女たちに、契約していないからと言って、前金でそれぞれに今日の給金の銅貨を渡した。彼女たちの俺への好感度は上限突破していた。今すぐにでも押し倒されそうな気がする。ミランダにもジャラリとみんなで好きに使って下さいと銅貨を渡す。まぁ、金があってもスラムじゃ大したものは買えないんだけどね。それでもここで生きている以上、金は大事だ。
「じゃあみなさん、行きましょう。ちょうど俺たちも同じ方向に向かうからお送りします。ベルガー、わかってるな!」
「はい。広場の屋台から離れたところに護衛を付けます。帰りは丁重に送り届けます」
よし、シゴデキに戻ったかな?
外に出るとスティングが治療を受けているところだった。俺の周りが美女だらけなのを見て唖然としていた。ヤツの周りはムサい男どもが正に死屍累々といった様相だ。下っ端を鍛えていたスティングにオルカが何かやったっぽいな。実力なのか手加減してくれているのか。どちらにせよオルカにはちょうど良い遊び相手だ。
「スティング、いいぞ。大怪我だけはさせるなよ。オルカ、そろそろ戻ろう」
美女、美少女たちを引き連れて円形広場まで歩いたのだが、オルカとキュロスが俺にぴったりと寄り添うように歩いた。いや、あのね、俺は屋台の仕事の説明を彼女たちにしたいだけなんだよ? だが、経験豊富で百戦錬磨の彼女たちには何も言う必要がなかったと、翌日、唐変木から聞かされた。ビートは彼女たちのことを少し怖がっていた。その日の売上高は今までの最高値をあっさりと更新した。原材料の量と売り上げの計算がまったく合わない。上振れで合わない理由がわからん。怖い。なんか逆にビートを女性から遠ざけてしまう結果になった気がしないでもない。ルシアはまたしてもショックを受け、ライズ達の女性観や性癖がどんどん歪められている気がするけどそれは知らん。
大量の串肉を土産に買ってシェリルとサリアの待つ『夕暮れの泉亭』へ戻った。




