第143話 深淵を覗く時
冒険者クランか商会か? どちらに所属したいんだと問われたベルガーが珍しく頭を抱えていた。いいねぇ。こいつのこういう姿はなかなか見れないだろう。思わずニヤニヤしながら見てしまう。するといきなりスンって感じで顔を上げだ。
「いや、迷う必要なかったな。偏西風商会でお願いします」
そりゃそうだ。お前はそっちだろ。ベルガーはごっついし、見た目は完全に悪役レスラーなのだが、中身は頭脳派ヤクザだ。
「まったく、何悩んでたんだか。あ、アレか? キュロスに紐付いた奴隷誓約のせいか?」
俺のその言葉にはフードで表情の見えないヤリスが首を捻って考え込んだ。果たしてその答えは?
「わからないですねー」
わからんのかーい。まぁいいよ。わかったところでなんの影響もないし。
「ヤリス、誓約について教えてくれ。主人を増やした時、どこかに負担が増えるということはあるのか?」
「ありません。名を書かれる者にもわたしにも。わたしが辛くなるのは回数だけです。それは魔力の枯渇が理由です。ただし、同時に複数の主人が矛盾する命令を与えると奴隷が壊れる恐れがあります」
「なるほど、それはそうだな。わかった、留意しておこう。ちょっとこれからハードな仕事を頼むことになるが、辛くなる前に遠慮なく言え。今ヤリスに倒れられるのはマズいからな。さて、冒険者クランの話がしたいんだけどバリウスってすぐに来られるかな?」
ベルガーが席を立った。
「近くにいます。すぐに」
ベルガーがドアに向かったらちょうどノックがあって、書類の束を持ったメンバーが来たので、それを受け取るとバリウスの呼び出しを命じた。
「ヤリス、相談がある。主人の名前を増やしたいんだ。できるか?」
「はい。何人増やしますか?」
「三人だ」
キュロスがこっちを見た。
「それは冒険者クランのお話ですか? 今までのものも?」
この娘もなかなかに頭が回って助かる。
「全部だ。最終的にそうなればいいから、急がなくてもいい。新たに奴隷にするヤツから優先的に始めたい」
「わかりました。名前をお願いします」
キュロスがヤリスの元に歩き出した。もう何も言う必要はない。ベルガーは無言で誓約書をヤリスの元に置いた。女中が今から参加者がひとり増えることを察してお茶を淹れようとしていた。みんな俺が何も言わなくても自分で考え、察して動き始める。有能だなぁ。仕事が楽だ。めちゃくちゃ面倒だった『赤竜の爪』のこと思い出しちゃった。
ドアがノックされた。女中が開けるとバリウスが入って来る。
「ボス、キュロス姐さん、おはようございます。お呼びだそうで」
「バリウス、急な呼び出しすまない。まずは座ってくれ」
バリウスがベルガーの隣に腰を下すと女中が茶を置いた。バリウスが礼を言っている。よし、礼を言わなかったら二度と茶を出さないところだったぞ。さっそく優雅に紅茶に口を付けるバリウス。こいつも壁の中の人間だなぁ。
「バリウス、パーティーメンバーは無事だったか」
「ああ、ウチは全員ピンピンしてる。今からスティングがそこで冒険者候補の奴らに稽古を付けるって張り切ってるぜ。オーサー邸では情けない働きをしやがってってな」
「そうなのか? 俺のところにはずいぶんと活躍したって報告が来てたけどな。まぁ、戦力が底上げされるならいいさ。怪我人を出さない程度にどんどんやってくれ」
オルカが俺の方を見ている。
「オルカ、ちょっとみんなに稽古付けてやってくれ。大けがさせないようにね」
オルカが笑顔で部屋を出て行った。
「バリウス、俺がデミトリー邸で確保した冒険者のことは把握しているか?」
「いや、聞いていないな」
「わかった。このあとウォーカーに会うからここに寄越すように言っておく。奴隷誓約が終わるまでは油断するな。あいつらの装備は俺が預かってる。ヤリス、そいつらが一番ヤバいから約定書は最優先で回してくれ。ところでキュロスさん、クランの名前って何か候補ありますか?」
ヤリスのところからこっちに戻る途中、急に話題を振られて驚くキュロス。
「ん?! あー、クラン名ね、『ロック隊』でいいんじゃない?」
ひど過ぎる! 恐ろしく適当だ。まったく考えてなかったな。
「えーと、冒険者クランの名前は『再生の大地』にしようと思うけど意見を聞かせて欲しい」
全員が『再生の大地』と小声でぶつぶつ言っている。最初に俺を見たのはキュロスだ。
「うん、いいんじゃない。気に入ったわ」
ベルガーとバリウスも文句はなさそうだ。
「何か候補があれば遠慮なく出してくれていいぞ」
バリウスが顔を上げた。
「いや、これ以上ないだろう。今はちとこっ恥ずかしいが、これを堂々と言えるようになればいいだけだ」
ベルガーも頷いている。
「よし、じゃあ冒険者クランの名前はそれでいいとして、さっき話が途中になったけど、カレンさん、商会名はどうしますか?」
「偏西風商会でいいわ。とてもいいわ。ふふふ。どこまで飛んで行けるのか期待してしまう良い名前ね」
「じゃあそれぞれの名前はそれで。偏西風商会はカレンさんが商会長、補佐をベルガーに。冒険者クラン『再生の大地』の代表はキュロスさん、バリウス、補佐を頼むぞ。俺もキュロスさんもクランにいないことが多い。実質的にはお前に仕切ってもらうことになる」
「わかった。俺もまだ現役でパーティーを率いている身だからな、俺の下も就けさせてもらうぞ」
「もちろんだ。人選は任せる」
さて、ここからが本番だ。
「さて、せっかくここに主要メンバーがいるから話してしまおうか。お茶を淹れていただいたあなたのお名前を教えていただけますか」
彼女は艶のあるグレーの髪、透き通る青い瞳の美しい猫の獣人だ。歳は十五、六歳に見える。静かに立ち上がると一礼した。
「はい。私はライラと申します」
「ライラ、おいしいお茶のお代わりをありがとう。今からちょっとナイショ話をしたいんだ。申し訳ないけど外で人がこの部屋に近付かないように見ていてもらえるかな。急用の人が来たら通してくれて構わないから」
「かしこまりました。旦那様」
両手をそろえて目を伏せるように礼をすると静かに部屋を出て行った。人払いをしたことでキュロス以外のメンバーに緊張が走る。
「よし、ちょっとナイショの話をするぞ。今から話すことは組織内でだけ許される話だ。外部には出すなよ?」
成り行きでもこうなった以上しょうがない。
「まず俺が組織のボスだ。組織の名は『深淵』だ」




