第142話 どちらにしようかな
出て行ったふたりにはとりあえず俺がいたってノーマルな男であることを伝えることができた。これは本日一番の収穫かもしれない。さて、仕事を続けよう。
「まずはヤリス、お前がここで働いていた経緯を聞いていないが、お前自身、奴隷でも契約でもなかったよな? 家族や友人、知人を人質に取られてしかたなく働いていたとかいう事情はあるか?」
「あ、あ、あの、あの」
どうしようかなぁ。時間無いんだよね。
「ヤリス、落ち着いてくれ。ちょっと時間が無くて申し訳ないな。フードを被ったら話が出来るなら被っていいよ」
ヤリスはフードを被ったら落ち着いたらしく、話が出来るようになった。
「えと、そういう強制的な理由は無い、です。わたしが、こんななので、ここでしか働くところがなくて、声を変える薬も手に入りやすくて」
「なるほど。わかった。ヤリス、すまないが処理しなくてはならない案件が多すぎて各個人の事情にまだあまり踏み込むことも対応することもできない。お前に何か個人的事情があったにせよ、犯罪組織の一部として働いていたという事実を考慮するしか俺には出来ない。今すぐ奴隷紋を外すという判断はできない。なのでそのまま働いてもらう。お前の奴隷紋を外すに足る根拠があるならいつでもそれを俺に示す許可を与える。さて、それとは別にお前には追加で奴隷誓約や各種契約の仕事を頼むことになる。その都度呼び出すからそのつもりでいてくれ。ベルガー、追加の奴隷候補はいるか?」
「はい、ボス。今日までに捕らえた組織の者がいます。誓約書は用意しています。少々お待ちください」
ベルガーはそう言うと席を立ってドアを開けると、外に控えていたメンバーに指示を与えてすぐに戻った。ドアを閉めようとしたらリアンナの代わりの女中が入って来た。ミランダが手配したみたいだ。立っててもらうのも気が引けるのでドアの横に椅子を置いて座ってもことにしたが、さっそくみんなにお茶のお代わりを淹れてくれた。
「ベルガー、オーサー邸での働きでは俺のところにも良い報告が来ていた。よくやった」
ベルガーが目礼で応える。
「死傷者が出たと聞いている。何人だ」
「死亡が十二名、怪我で冒険者復帰が出来なくなった者が三名です」
思ったより多いな。
「死んだ連中に身寄りはいるか」
ベルガーが、おや? というように眉を寄せて答える。
「身寄りはありません。気にすることではありません」
「俺はお前らに死ねと命令するけどな。気にはするぞ。怪我をした連中は事務仕事などに回せ。人材の適材適所への配置がお前の仕事だ。どうしようもなくなったら俺に言え」
「はっ。わかりました」
「お前の方から報告はあるか」
「特にありません。組織の冒険者クランへの再編成を急がせています。壁の中も大混乱です。向こうの組織の奴らも裏切り者である壁の外の俺たちにまではまだ手が回らないでしょう。ただ、いずれ落とし前を着けに来るはずです。スラムではどこの組織にも属していないような半端者のために見回りなどの締め付けは昨日から始めています」
「わかった。それはそのまま続けてくれ。あとは商売の話だな。奴隷を使わず、ボッタクリをせず、健全な店なら営業を続けろ。酒の話だ。ただな、女の方はちょっと待て。だが、女の店を閉めているせいで街の治安が乱れるのは許せん。今以上に街の治安強化に力を入れたい。ベルガー、少しずつでいいスラムを変えてみせろ。冒険者クランだけどな、南の『南の守護者』知ってるだろ? あいつらがやってるようなことをお前らにやらせるからな」
「あー、なるほど。俺たちは元が元だからなぁ。健全な冒険者が立ち上げたクランと同じことができるかちょっとわからないな。ま、やることはわかった」
そういうことだ。わかってるじゃないか。
「クランだけどな、俺も最初はお前らだけで構成しようと思ってたんだけどな、入りたいっていう奴がいて、そいつに実力があるなら入れてもいいかもしれないって思い始めてる。ま、とりあえずはお前らだけで立ち上げてからだな。たぶん、その辺の話を今日あたりから進める。俺は昨日は完全にダウンだったからな。昨日あったことは何も知らんのだ」
「ま、お子様に徹夜はまだ早いわな」
へー、それぐらいの嫌味は言えるのか。
「そういうことだ。俺をちゃんと働かせたいなら残業もさせるなよ。疲れたら変なことを言い出すかもしれんからな。当座の資金としてどれぐらいあればいい」
「それなんですが、大丈夫です。下の金庫ですけどね、ヤリスが開けました。今は中が金で埋まってます。店やアジト、屋敷にまだまだあります。バイラルの屋敷だけでも相当残ってます。地下倉庫なんかに関してはまだ見つかっていません。ザイツェフの邸宅もです」
マジか! いいね! 無限に金が湧いてくるな。
「盗みに入られないようにだけしろ。隠し金庫とか倉庫は無理に探さなくていい。そんなものに人員を割くのはもったいない。近い内に俺が行って根こそぎ掘り起こすから問題ない。組織の家族だった奴らも奴隷になってるよな? そいつらが住んでた場所を整理しろ。奴隷だった女性たちの保護にそういった屋敷を使え。円形広場の店が何件か閉まっていたな? ウチのか? だったらクラン本部と飲食、屋台の保管庫を見繕ってくれ。クラン本部は事務所とメンバーの住居も確保しろ。俺の住居はいらん。阿漕に金を稼ぐ必要がなくなったんだ。健全に働ける場を作れ。治安を回復しろ」
「はっはっは! 儲けなくていい仕事か! これはいいな」
「ベルガー、楽ではないと思うぞ。でもな、自分たちが生きていく分の金を稼ぐんだからやる気も出るってもんだろ。あー、一番大事な話だ。これはまだナイショだけどな、俺の商会が立ち上がる。壁の中だ」
ベルガーの目が驚きで開いた後にニヤリと笑って話の続きを促された気がした。
「馬鹿な貴族が勝手に墓穴に落ちたお陰で影響下にあった商会が機能不全に陥っている。そこに納入しようとして出来なくなった商人や商会が他の奴らに買い叩かれる前に買い占める。質の良いものを適正価格で、だ。買い叩く必要は無い。今回はそれだけで恩を売れるし、買い叩こうとしてる奴ら全員を出し抜いて買い占められるだろう。今日の昼から商人たちがここに押し寄せる。品と量と販売価格を一発回答で持って来いと伝えて来た。吹っ掛けようとする奴、談合している奴、価格交渉しようとしてきた奴、そういう奴らは即刻追い出せ。名前と顔を覚えて二度と俺たちに関われないようにしろ。質の悪いものを売り付けようとしたところも同じだ。条件提出後、明日の昼にもう一度来るように言ってある。俺がいなくても買えるものは買っておけ。カレンさんを付ける」
「わかった。なんてこった。正義の味方ってなぁこんなにおもしろいのか」
正義かどうかは大いに疑問があるっていう奴が大勢いそうだ。特にライバル商会たちは。
「商会の名前は『偏西風商会』だ」
カレンとベルガーが口の中で商会名を転がす。
「他にいい名前があれば教えて欲しい。それでな、商会長はカレンさんだ」
「は?」カレンさんとベルガーが同時に同じ反応をした。
「いや、俺ってまだ十歳だからさ、さすがにそんなのダメでしょ。冒険者クランと同じだよ。ベルガー、商会とクランで人員を分けてくれ」
カレンさんが口を開けたままだなぁって思ったらベルガーもだった。
「ベルガー、お前、クランと商会どっちがやりたい?」
「あぁっ!? いや、ちょっと待ってくれ! えぇっ? どっちだ?!」




