第140話 正直商売
カレンさん本人の希望は聞いた。あとは家族会議次第だが参加はほぼ確定だ。ただ、この話はカレンさんがいなくても止まることのない話だ。俺には立ち止まっている時間はない。話を進めるためにビートを呼ぶ。
「ビート! こっちへ来てくれ!」
屋台で仕込みを始めようとしていた臨時従業員のビートを呼ぶ。
「ビート、今から屋台の責任者を任せたい。カレンさんは今日から屋台からいなくなる。代わりに全部仕切ってくれ。今日の肉を売り切るためにやれることをやってもらえればいい。人が足りないなら好きに増やせばいい。やれるかい?」
「いいのか? カレンさんはどうなるんだ?」
「ビートが今の話を引き受けて問題なく切り盛りできるならカレンさんには違う仕事を任せることになる」
カレンさんは元から若かったが、屋台を始めて、風呂に入って、そして今の俺との会話で益々輝きを増してきていた。朴念仁のビートでもわかるぐらいの何かがカレンさんから溢れてきていた。ビートが思わずカレンさんとキュロスを見比べていた。
「わかった。こっちは問題ない。これだけの食材と客までもう付いているんだ。やってやるさ」
「よし。カレンさん、ちょっと待っててください。ビート、こっちへ」
カレンさんをライズたちの輪に送り出してビートを屋台の方に誘う。カレンさんにはあまり聞かせたくない話だ。みんなにも聞こえないように、屋台の仕込みの説明をする感じでビートと打合せをする。
「ビート、カレンさんが抜けると売り上げがガクンと落ちるんだ。理由はわかるかい?」
「ん? それはまあ、カレンさんが焼いていたんだから急にいなくなると味が変わるんじゃんないかと不安にもなるだろう。だが、一回俺が焼いた肉を食ってもらえれば」
「ちがうちがうちがう。ビート、そうじゃない」
これだから異性そっちのけの朴念仁って十歳の俺に言われてしまうんだ。他人の動向に興味が無い人間が商売で大成功出来る訳がない。全体を見てマネージメントが出来る人間を探してきて、ビートみたいな職人には自分の仕事だけに専念出来る環境を与えてやりたくなるな。その方が本人のためでもある。適材適所ってやつだ。
「いいかい、カレンさん目当ての客がいるのはわかるよね? 若くて美人で未亡人のカレンさんが焼いている串肉、食べたいだろ? この気持ちはわかるよね?」
「そっ、それはっ! うむ、たしかに、そういうものもあるだろうな」
「ビート、違うんだ『そういうのばっかり』なんだよ。ここではそうやって売ってしまったんだ。今、カレンさん抜きにしてそれを全部取り返すのはかなり厳しい。そして、せっかくそうやって取り込んだ客も逃したくない」
もちろん言い過ぎだ。安くて美味いから売れている部分が大きい。商業ギルドの職員や『一夜の夢』からの出前発注なんかはその筆頭だ。ビートにはこれぐらい言わないと通じないんだよね。
「ふうむ。なるほど。商売、売り上げとして考えればその通りだな。このままでは一時的に売り上げが下がるのは避けられないだろう。いずれ取り返せるから、っていうのじゃ物足りないって言いたいんだな?」
「そういうことだ。売り上げが下がるのがわかっているのに手を打たないのは経営者として無能だ」
「ではどうすればいいのか……」
「簡単だろ? カレンさんがいなくなって売り上げが落ちるんだから、カレンさんがいればいいんだよ」
「は? いや、カレンさんは別の仕事をするんだろ? だったらもうカレンさんは雇えないだろ……雇う?」
「そうだ。カレンさんのような人、だ。俺に当てがある。職人が足りない分はどうする?」
「ガーニーに声を掛けてみるか。腕も人物的にも信用できる」
「よし、とりあえず女性を四名ここに呼んで来る。いいか? 美人だからな? 下手に手を出すなよ。手を出すなら本気で一生面倒見ると決めた相手だけにしろよ? それでお互いが幸せになるなら祝福してやる。だがな! ハーレムは許さん! それは主人公特権だ!」
「わ、わかった。なんか怖いな。だけど一体どこからそんなに都合よく女性が集まるんだ」
「最近な、たくさん知り合いが出来たんだ。とりあえず屋台は二台だな? 売り子を四人増やせばエールも含めて屋台三台までは回せるだろう。準備を進めてくれ。状況を見て屋台を増やすことも任せる。明日、肉の量を増やしたいとかあったら『夕暮れの泉亭』まで連絡してくれ。いいか! 絶対に! 本気じゃない内に彼女たちに手を出すなよ! もしお手付きしたらお前を殺すからな。他の誰にも手を出させるなよ! 客にもだ! 彼女たちはな、訳ありだ。いいな? ここにその娘たちがいる間はお前が俺の代わりに彼女たちを守る責任がある。女を不幸にする奴はな、死刑だ。そしてその執行人は俺だ」
ビートが青冷めながら大きく何度も頷いた。俺の誠実な気持ちが通じたようでよかった。あの不幸な娘たちはもう俺の庇護下に入ったのだ。あの娘たちが誰も選べないなら俺が最後まで面倒を見るしかない。それが支配者としての俺の矜持だ。
「ビート、お前なら大丈夫だと思うが、美人の売り子の力で売れるんだから串肉なんかなんでもいいだろうとか甘ったれたことは考えるなよ? 俺がやってるのは売り物も最高の品、サービスも最高な店だ。客がどんなに売り子に釣られて来ようとも、一口それを食べれば次はその味を求めて通ってしまう! そんな店にするつもりでやっている。お前はその俺の店を追い越すって言って割り込んできた男なんだからな。しっかり頼むぞ」
それなら任せろと言いたげな自信がビートの瞳に復活していた。
『銀狼の牙』には屋台周りの警護を頼んだ。もちろん、今からこの街選りすぐりの訳ありの美人が来ることも伝えてしっかり脅しておいた。こいつらはまだ子供でよくわかっていないけれど、俺の本気度はビート同様伝わったはずだ。
ビートはさっそくガーニーに交渉しに行った。ガーニーはすでに自分の屋台で肉を焼いていたが、ビートがその場で全部買い取ってそのまま屋台を持って来いと言ってるようだ。ということは今日は屋台が三台か。ライズを呼ぶ。
「ライズ、今日から屋台とは別件でカレンさんを預かる。屋台はビートに任せた。みんなには屋台の警護を任せたけど、ビートのことも手伝ってやってくれ。期待してるぞ。ビート! 職人も俺がひとり用意してやるから三台体制でやってくれ!」
売り子を用意できれば今まで以上に売れる気がする。俺が離れるとアーノルドがライズをとっ捕まえて何やら熱心に話し始めた。今から起こることがここ数日起きている人生のターニングポイントのひとつになるかもしれないと嗅ぎ取ったのかもしれない。
実家が木工職人のウィルと、金物工房のキリエを呼ぶ。
「二人の親父さんに串肉屋用の屋台の製作を発注したいんだ。共同製作になると思うんだけど、うまくやれそうか聞いておいてもらえないか? 自信ありでやりたいと言うなら打合せしたいんだ」
もう専用の屋台を作っていいや。発注はまず一台からだけど、うまく行けば追加発注の可能性も示唆しておく。
氷柱を立てるとオルカとキュロスとカレンさんを呼ぶ。
「じゃあ、行きましょう」
カレンさんに、商業ギルド前で屋台の開店を待つ行商人の中から、香辛料の取り扱いや納入先が無くなって困っている商人を知っている者などを聞いて声を掛けて回った。すると、美味い話を嗅ぎつけたと言わんばかりにわらわらと商人が集まって来た。もちろんキュロスを筆頭に、カレンさんが屋台を離れたこと、悪目立ちしている俺がいることも彼らの気を引く材料だ。円形広場を利用して串肉屋を営業し、ゲットーファミリーを壊滅した変な子供がとんでもない美人を連れて商人を集めている。しばらくすると商業ギルドの中からも交渉を途中で放り投げたであろう商人が駆け出して来るのが見えた。全員が固唾を飲んで俺たちというかキュロスを見ている。俺を見ろってばよ。
「みなさん、特にグランデールに商品を卸したい方はよく聞いてください! グランデール西地区は今、大混乱です! みなさんはもう何のことか知っていますよね?」
みんなが注目している。全員が無言で頷く。皆、真剣な表情だ。昨日丸一日あったんだ。情報通はみんな知っている。俺がゲットーファミリーを皆殺しの勢いで制圧したことも、デミトリーが死んでこの街の支配者が代わったこともだ。そして、そんなことが出来る奴は限られていることもだ。こいつらは、まさかと思いながらある考えが頭から離れないはずだ。今、この街の裏を支配している者は誰なのかってことだ。そして、つい二日前の夜、それが壁の中にまで影響し始めたのだ。キュロスを見ている。急に現れて俺の横に立つ美しい戦士を。その佇まいから腰の長剣が飾りでないことは明白だ。立っているだけなのに誰もがわかる圧倒的強者感。この女は護衛だ。キュロスと対を成すように、そっと影のように寄り添う銀色の狼の存在と、この数日で見違えるほど美しくなった女店主もいる。商人どころか冒険者もそっと身体強化で聴力を上げて聞いていないふりをして聞いている。
「さて、みなさんにとっておきの噂話をひとつしましょうか。グランデール西地区に壁の中と外を跨ぐまったく新しい商会が立ち上がります。完全に新規の商会です。上下も横もどこにもなんの繋がりもありません。あーっと、西地区のお偉いさんの何人かとは友人関係かもしれませんね。その新規で立ち上がる商会が、今はまだ倉庫が空っぽらしいんですよ。調味料、食材、布、金属素材、ありとあらゆるものを欲しがっています。量はどんなに多くても構いません。ただし! 品質は最高級を求めます。何をどれだけ、いくらで買って欲しいか明確に提示できる商売人とだけ話をします。下手な価格交渉は不要です。他の商人と話をすり合わせて価格を釣り上げるような情け無い奴らは拒絶します。そちらの提示額に対してこちらからもっと安くしてくれなどということは言いません。そういうのは時間の無駄です。壁の中では混乱があって買取先が無くなって困っている商人がいると聞きましたが、足元を見て安く買い叩くつもりはこれっぽっちもありません。適性価格だと思えば引き取ります。少しでも余計に吹っ掛けて来るところは二度と話をしません。出入り禁止にします。他ではそういうやり方なんだという人、そこでそれをやっててください。明確な数字を持って、このあとの昼過ぎから元ゲットーファミリーの事務所まで来て下さい。そこでこちらのカレンさんかベルガーという男に希望を伝えてまた明日の昼過ぎに来てください。条件が合えば、良いことがあるかもしれませんよ。今日一杯、受け付けます。明日は同じ条件はありません。いいですね? もう一度言います。あなたが提示する値段が全てです。納得する値段を提示してください。取引したい品名と量と値段とお名前を書いて持って来るか、窓口で口頭で伝えてください。チャンスは一度だけです。皆さまが女神の後ろ髪を掴めますように」
それだけ一方的に言うと質問は受け付けず集まった商人の群れのど真ん中を歩き始めると自然と人が割れて道が出来た。その人の道を左にオルカ、右にキュロス、後ろにカレンを連れて歩いて行く。行先は元事務所だ。




