第139話 誕生、西地区のあきんど
ウォーカーが来る昼までに済ませなきゃならないことが山積みだ。今日はゲットーのところにも顔を出しに行かないとだなぁ。
「キュロス、今から俺がやってる屋台と元ゲットーの奴らのところに顔だけ出そうと思うんだけど一緒に行く? 大した用じゃないからここで休んでもらっててもいいけど」
「行く行く!」
めっちゃ乗り気だ。
「たぶん何も面白いことはないけどいいの? 臭いスラムだし」
「そんなことないわよ。街中を自由に出歩くなんて久しぶりだもの。それだけで嬉しいわ」
それを見ていたサリアとシェリルが「じゃあ私たちも」って言い出す前に釘を刺す。
「二人が来ちゃうとパニックになるのでご勘弁を! 自由になった二人だからね、籠の中の鳥にするつもりはないよ。無いけど、ちょっとタイミングをみよう。できればスラムは出歩かない方が良い気もするんだよね。もう少ししたら壁の中の居住権も手に入るから、それからでもいいかなぁなんて思うんだよね」
サリアも「まあ、しょうがないわね」と、満更でも無さそうだった。シェリルをひとりにできないからサリアには付き合ってて欲しいという思いを汲んでくれてると思う。シェリルは本当に残念そうだ。前回、馬車から降りただけで円形広場がお祭りになったからね? 俺は今さら急にこの四人を引き連れて街中を歩くことを想像したけどうまくできなかった。大丈夫なのかこのパーティー。
「シェリル、近いうちに一緒に街を歩いて散歩しよう。今は俺も街中がどうなっているのかわからないから確認してくるね。少しだけ時間をちょうだい」
「いいわよ。楽しみにまってるわね」
これは明日にでもその日が来そうだ。二人はもう自由人だ手を打たなければ。
キュロス、オルカと一緒に屋台に肉の配達に出発する。三人とも絡まれないように冒険者装備だ。軽い身体強化であっという間に円形広場に到着。その場でみんなに紹介するのだが、俺たちが近付く時から周り中から視線が集まって来ていた。キュロスは清潔度もプロポーションもこんな場所では群を抜いて美しいのだ。一目見るだけで普通じゃないことはわかる。どう見ても壁の中の上級冒険者だ。
「みんなに紹介するよ、新しいパーティーメンバーのキュロス」
「初めまして。キュロスよ。この辺りのことは詳しく知らないのよね。いろいろ教えてね」
この場にいるメンバーをキュロスに紹介していく。『銀狼の牙』のメンバー、ライズの母親のカレン、臨時料理人のビートだ。オルカとキュロスを『銀狼の牙』に任せる。ライズたちはキュロスのオーラに当てられて呆然としている。ここはスラムだけどキュロスから目を離すことに不安は無い。元々壁の中の冒険者だし、キュロスはこの街でもトップクラスの強者だからだ。その辺の男どもが、例え冒険者だとしても束になってかかって来ても彼女の足元にも及ばない。というか、周りから視線は感じるけど誰も近付こうともしないのはなんでだろう? ひょっとして望んでた『ビビって近寄れない』効果が出てるのか?
カレンさんに肉を届けるついでに昨日の売り上げ報告を聞いたら、肉の在庫が無くなって店を早仕舞いしたとのことだった。多めに持って来たといいながら『排出』した追加肉も渡す。商売モードになったカレンさんが、早朝と夕方もやるべきだと主張する。壁の中の冒険者を取り込みたいし、実際に売れそうな手ごたえを感じているみたいだ。
「カレンさん、お気持ちはわかりました。私も以前それを考えていたのですが、今ですね、取り巻く環境が大きく動きそうなので、とりあえず現状のままにしておきます。これはあくまで商業ギルド前にいるグランデール外部の商人向けということにしておきます。壁の中の冒険者には安過ぎるんですよね。そっちは別の方法で取り込める目処が立ちそうなんです」
俺が壁の中に店を持てるなら売り上げの桁が変わる。カレンは俺が次のステップを考えていると察してくれてそれ以上何も言わなかった。そして、昨日までに串肉を買いに来た商人の中に、香辛料などの調味料を取り扱う者や、知り合いがいるという者と話しをするようになったとの嬉しい報告があった。
「それはいいですね。胡椒などの調味料はぜひ仕入れたいんですよね。業務で使う分量での取引が希望なんですけど、良かったら値段も聞いてみてもらえますか」
「そうだと思って値段も聞いていますよ。良さそうな商人と商会はだいたいわかりました。私が商売をしていたころの商会の名前も出て来ていますので、相場も把握できています。あとはどれぐらいの量を仕入れるか具体的な話になれば価格交渉に入れます」
シゴデキ来たー!
「カレンさんが胡椒を取り扱った経験があって助かります。量に関しては、安くなるならどれだけ大量でも構いません」
カレンさんを誘って顔が付くぐらい寄せて口元を隠して小声で話す。
「グランデールに来る行商人の規模なら隊商で持って来たやつを金貨何枚になろうと全部買い占めて構いません。仕入れ後の保管による劣化の問題も無視してください。上質なものを大量に安価で買うことを最優先にしてください。程度に問題が無いなら、樽ひとつよりふたつの方が割安ならそっちで、という感じです」
カレンさんも口元を隠して、でも目元は笑顔で話してくる。すげぇ、カモフラージュだ。女ってこええ。
「いいのね? それだけ話を大きくするとやっぱりお金がないから買えませんとなったら二度と美味しい話はどこからも来なくなるわよ?」
我が子の知り合いの小さい子共から得体の知れない雇い主になった時と同じように、またカレンさんの中で俺に対するモードが変わったみたいだ。カレンさんが俺を見る視線から感じるエネルギーの質と量が変わった気がする。
「任せてください。お金ならありますから。今ならグランデール中にある胡椒を全部買い占めることだってできるから安心してください」
カレンさんは俺がゲットーの事務所で根こそぎ全部奪ったことも知っている。自身にもポンと金貨三枚を寄越すほどの金銭感覚の雇い主だから言ってる事に真実味がある。さあ、先日に続いて人生の分岐点が現れたぞ!
「いいわ。だったらたぶん今がちょうどいいタイミングだわ。どこかの誰かが失脚したせいで関連の商会が閉まったり逃げたりしてるわ。昨日あたりから商品の買取があちこちで滞っているのよ。せっかく遠くまで運んで来た商品が売れないんじゃ商人にとっては死活問題だわ。胡椒だけじゃなく、全部イっちゃってもいいのね?」
もうカレンさんが屋台の女将さんではなくなっていた。目の輝きに金貨が宿ってきた。どこぞの商会の若奥様の風格だ。背筋をゾクリとしたものが這い上がる。俺は今が商機だと悟った。
「カレンさん、真面目な話です。俺は壁の中に商会を立ち上げることになりました。立ち上げに力を貸していただけませんか。お手伝いいただけるならそれなりの地位をお約束します。それに伴ってですね、もしカレンさんが以前やっていらっしゃったご自身の商会を復活されたいとお望みならそのお手伝いをさせて頂くのでも構いません。どちらを選びますか」
カレンさんが驚く。俺のために立つか、自分の足で立つか。カレンさんが奪われたものはそのまま無償で返してあげて構わない。それは彼女が亡き夫と築いたものだ。それを返すことはまったく問題無いし、以降も俺の商会において優遇する取引相手とするつもりだと話す。だが、カレンさんは静かに首を振り、そして頭を下げた。
「ロック、心配してくれてありがとう。あの人の商会はあの人がいない今はもういいの。でももし、あの子達があの人の意思を継いで商売がしたいと言い出したらその時は手を貸してもらってもいいかしら。私はあなたの商会の力になれるならそれでいいし、それが今、私のやりたいことよ。大きな子どもが二人もいるおばさんで申し訳ないけど、私もあなたの側にいることの魅力にすっかり虜になってしまったわ。私もまだ女だったのね。キュロスさんみたいな素敵な女性を見てもこの気持ちが抑えられないわ。この前、私をあの宿に泊めたのは卑怯だけどそれが素敵だったわ」
やはり女性が一人で商会をやるのは難しいのだろう。カレンさんを支えて商会を育てるにはライズはまだ若過ぎる。生活水準を上げる魅力は、そのまま生きる喜びにダイレクトに結び付く世界だ。俺の十歳という若過ぎる年齢は、俺の異常な言動によって『貴族』という雲の上の存在を彷彿とさせ、身分差のあることを受け入れる価値観が『仕える』という選択を自然なものにする。この世界の厳しい現実を知る彼女から見て、俺は現時点でさえ金も暴力も思いのままの魅力的な『男』なのだ。しかも俺の態度はこの街の誰よりも彼女にとって紳士そのものだった。そして、今は少年の俺も、あと二、三年もすれば『大人の男』なのだ。決して邪な気持ちでカレンさんを抑えようとは思っていない。友達の母親だしね。性格や態度に問題がないなら俺の水準まで生活を引き上げてやりたいと思うのは俺の中では自然な事だ。ちなみにどうでもいい情報としてカレンさんは二十九歳だ。これマジ。
「わかりました。貴女を受け入れます。受け入れますが、商会に尽くしていただければ俺はそれで満足です。ご自身の幸せはご自身で選んでいただいて構いません。俺なんかに縛られる必要はありませんからね。どうか俺を利用してください。まずは今夜にでもライズとルシアと話し合ってみて下さい」
だが、俺には立ち止まっている時間は無い。巨大な何かが走り始めたのだ。この街で関わった人たちが安穏と暮らせる場所ぐらいは作ってみせる。




