第132話 この歳で徹夜はキツい
玄関ホールから外に出て前庭に向かうと天井だけの大型天幕が張られていた。指揮卓などは撤去されていて、その代わりに食事の出来るちゃんとしたテーブルとイス、さらにはソファーセットが用意されいる。なんでこんなにちゃんとした設備が? もはや巨大な東屋じゃないか。近付くと食後のお茶を飲んでいる風情のキュロスとサリアがソファーに座っていた。なるほど。おもてなしされてるのね。愛されているのか畏怖なのかは詮索しないでおきましょうね。
「キュロスさん、サリアさん、おはようございます」
「あら、おはよう。終わったの?」
サリアが自分とキュロスの間をポンポンと叩いて『お座り』とサインを出していた。断れるわけがない。ビシっと俺たちに敬礼する兵士の間を適当な返礼で通り抜けてサリアの左隣りにオルカと一緒に腰を下ろす。さっそくサリアが俺のメイド服をあちこちを触り始める。これ、ひょっとして自分も着てみたいんじゃないか? よし、覚えておこう。何かあったら着せてみよう。おもしろそうだ。オルカは座った瞬間からポヤっとしている。子供に徹夜はキツいよなぁ。朝ごはんも食べて緊張も抜けて眠くなるのも当然だ。
「お二人ともお待たせしました。なんとか終わりました。キュロスさん、その後の戦況はなにか情報ありましたか」
優雅にお茶を飲んでいたキュロスがいろいろ教えてくれた。
オーサーは家族含めて全員無事。デミトリーの戦力の主力が向こうに行っていたので、双方の勢力に死傷者も出て、かなりの損害があったそうだ。先にオーサーのところに行っていたウォーカーが間もなく事後処理のため到着するらしい。それと、元ゲットーファミリーの連中が活躍したと報告が入っているとのことだった。裏口に回った敵がけっこう本気の戦力だったので、連中の助けがなかったら突破されていただろうという話が出回っているらしく、少しは奴らの汚名返上になったかもしれないな。
「そうですか。役に立ったなら良かったですね。少しは今までの罪滅ぼしにはなったでしょうか。でもゲットーファミリーの名前のまま参戦させたのは良くなかったですね。なにか仮にクラン名を与えればよかったなぁ。守られた方もあまり良い気はしないですよね」
そう言うとキュロスが微妙な顔をして口ごもった。俺のメイド服をいじっていたサリアがおもしろそうに教えてくれた。
「ふふふ。ちゃんと言いなさいよぉ。あっちではあいつら『俺たちはキュロス隊だー』って言って頑張ってたらしいじゃないのぉ。かわいいわよねぇ」
キュロスががっくりと首を垂れた。なんとまぁ、キュロスさんモテモテ。可哀そうに。
「キュロスさん、早めに名前付けてやった方がいいですよ」
するとバっと頭を上げて俺を見た。
「ええっ! あたし?! あたしが名付けするんだっけ?! 聞いてないんだけどぉっ!」
まぁ、言ってないからね。クランの名前ねぇ。どうしようかなぁ。俺の膝枕で寝息を立て始めたオルカの髪を撫でながら名前を考えようとしたけど、俺もうまく頭が回らなくなっていた。
「これ、俺たちもう帰っていいんじゃないですかね?」
キュロスたちに言ったつもりだったのだが、まるで俺の副官かのようにすぐ背後に控えていたライオネルが遠慮がちに口を挟んで来た。
「ロック様、差し出がましく口を挟んで申し訳ありませんが少々よろしいでしょうか」
固い。固いなぁ。なにこれ。「良きに計らえ」とか言えっていうのかい。
「はい、なんでしょう」
もう戦闘モードじゃないから普通に話すよ。
「まもなく冒険者ギルド副長官のウォーカー様が到着されます。ぜひ、直接お話しをお願いしたく思います」
えー。だって、それは守備隊の隊長であるあなたのお仕事じゃないですかー。あっ。本来の隊長とか全部殺っちまったの俺たちだ。そうだよね。元奴隷の女中さんたちのこともあるからなぁ。ここで打ち合わせ終わらせておくか。
「そうだね。俺にも多少責任あるもんね。あー、そうだ。俺たちはウォーカーのおっさんがやってる『夕暮れの泉亭』っていう宿屋の三階に住んでるから、直接やり取りしたかったらそこに連絡ください」
ライオネルは『多少責任がある』と言ったあたりで『いや、全部お前がやったことだろう』みたいな顔をしていたが、その後の話がうまく飲み込めなかったみたいだ。
「えっと、『夕暮れの泉亭』の三階ですか? そこは冒険者パーティーの『誓いの剣』の定宿であると聞き及んでいるのですが」
へー。ここでもそれ知ってるんだ。知らないの俺だけだな。
「なんかそうみたいですね。俺はまだその人たちに会ったことがないのでよく知らないんですけどね。そうです。その人たちのすぐ隣の部屋をもらったんでそこに住み始めたところなんですよ」
ライオネルは「あ、そうなのですね」と、納得したんだがしてないんだかみたいな感じだったがとりあえず話は通じた。そんなことやってたら兵士がウォーカー到着の報告を持って来た。ライオネルはここにお通ししろと伝令を走らせた。オルカはスヤスヤと寝ている。サリアもあくびをしている。それを見ていたら俺もいよいよ眠くなってきた。ソファーに座ってるのがよくないよなぁ。
すっかり荒れ果てた庭をどこかで見たような立派な馬車が穴を避けながらゆっくりと向かって来るが、走っている馬車からいきなり派手な鎧を着たウォーカーが飛び降りてこっちに走って来るのが見えた。あのおっさん、いい歳してなにやってんだ。警護していた守備隊の兵士が慌てて後を追って来ているが、馬車からは他に人は降りてこない。あれ、バーズ乗ってるんじゃないのかな。ぼんやり考えてたらウォーカーが目の前に立っていた。




