第128話 出納RTA
階段を飛び降りながら食堂を目指す。こどものメイドが疾風のように屋敷内を駆け抜けるのを兵士達が驚いて見ている。全部無視してさっき見つけておいた大きな部屋に飛び込む。『走査』で中に人がいることはわかっている。ドバーンと扉を開けて中に飛び込むと、直前まで和気あいあいとしていた雰囲気が一瞬で台無しになったのがわかった。何を喜んでいたんだ? 俺たちにメイド服を着せてくれた獣人の少女を探すと、向こうからこっちに来てくれた。その娘の顔を見てみんなが何を喜んでいたのかわかった。全員の首筋から奴隷紋が消えていた。
「やあ、さっきはありがとう。おかげで悪い貴族を退治することができたよ。俺の名前はロック。女の子に見えるかもしれないけれど普通の男の子だから。で、こっちは普通にかわいい女の子のオルカ。よろしく」
オレンジに近い茶色でタレ耳犬獣人の十五、六歳に見える少女の笑顔が張り付いた。ちょっと情報量が多かったみたいだ。でもね、俺もね、時間無いの!
「名前を聞かせてもらってもいいかな?」
混乱しながら答えを探すタレ耳犬獣人の少女。
「あ、うん、えっと、名前! はい、カローネです」
「カローネ、ちょっとまだ屋敷は混乱しているけど、デミトリーは死んだんだ。この内戦はもうすぐ終わるはずだ。調べは受けると思うけど、この内戦に直接関わっていない者にはなにも処罰が下らないように進言するつもりだから安心して欲しい。カローネ、君は俺たちを手伝ってくれた戦功者だ。俺は俺の味方を決して見捨てることはしないし、恩義には必ず報いる。このあと、何かあったら俺の名前を出すんだ。俺の名前はロックだ。いいかい? 『ロックにメイド服を着せたのは私だ』って言うんだ。それでもわかってもらえなかったらウォーカー ・ ボナパルトとオーサー・オブライエンと友人のロックは自分の友人だって言ってくれ。いいね?」
カローネは頭をガクガクしながら頷いた。ちゃんと覚えたかな? ふと奥から視線を感じると完璧に執事服を着こなし、両手をズボンの折り目に沿わせて屹立してる壮年の男性と目が合った。彼は俺と目が合うとゆっくりと首肯した。よし、理解してくれた人がいるようだ。
「カローネ、ありがとう」
そう言って右手を差し出すと遠慮がちに右手を出そうか迷う素振りを見せた。彼女はついさっきまで奴隷だったのだ。大物貴族を友人だと言う俺みたいな人間は恐怖の対象でしかない。俺はそんな彼女の右手に両手を伸ばしてそっと握る。
「カローネ、俺は貴族じゃないよ。俺はただのスラムの孤児だ。オルカもね。俺たちには君の勇気と親切に助けられたという感謝の思いしかないよ。ありがとう。これからはオルカとも仲良くしてやってよ。俺たち、まだあんまり友達とかいないんだよ」
そう言うとオルカも笑顔で右手を差し出したのでカローネの手をオルカと握らせる。カローネはやっと状況を理解したようで少し笑顔を見せた。
「そう、なのね。こちらこそ、助けてくれてありがとう。でも、わたしは大したことはなにもしてないわ」
「それは違うよ。必要なことを必要な時に迷わず出来る人は少ないんだ。カローナはそれを俺たちにしてくれたんだ。だから今回、君を解放したのは君自身でもあるんだよ」
壮年の執事がカローネのすぐ横まで来ていた。
「カローネ。この方々はお前に感謝を述べているのだよ。感謝の言葉をいただいたらなんと返事をするのが良いのか考えてごらんなさい」
カローネは執事の顔を見て、ハっとすると、すぐに俺たちに向き直った。
「ロック様、私にはもったいないお言葉です」
スカートの裾を持ち上げながら目を伏せてそう答えるカローネ。俺と執事は顔を見合わせてお互いに困った顔をした。するとオルカが再びカローネの手を取った。
「ちがうよ。そういう時は『ドウイタシマシテ』って言うのよ」
ずいぶんとドヤりながら言った。それを見た執事はこれ以上ない! というほどの慈愛の表情になった。オルカ、おまえ、またやったな。カローネは驚いた顔のあとに破顔した。
「そうね、友達に対して言う言葉じゃなかったわね! うん、どういたしまして。なにかあったらまた頼ってね! ロックにも今度リボンの結び方教えてあげるね!」
俺は笑顔で「そうだね」と応えたが、内心では『俺が男だって言ったこともう忘れてやがるな』と思った。女の子は女の子に任せて俺は執事に向き直る。
「はじめまして。ロックと言います。皆さんに関してはいろいろ考えていることはありますが、正直まだどうなるかはわかりません。できるだけ物事が良い方向に進めばとは思っています」
「ロック様、私の名前はオズワルドと申します。以後、お見知りおきを。貴方様が我々を解放してくれたのですね。感謝申し上げます。我々の事情はいずれ、お話しする機会がございましたらその時に。何か私でお役に立てることがございましたら何なりと」
俺は話のわかりそうなこの人を部屋の隅に誘う。
「折り入ってご相談があります。私は先ほど申し上げた通り、この街では割と著名な友人たちより、今回の褒賞としてこの屋敷を出るまでに好きなものを好きなだけ持って出て良いという許可を得ています」
そこまで言うとオズワルドのグレーの瞳がキラリと輝いて、俺が知りたい全ての情報を教えてくれた。密談が終わるとオズワルドは俺に対して主君にする完璧な一礼をして「御武運を」とだけ言い残して他の人々の輪に戻った。シゴデキ最高かよ。あなたの名前も決して忘れないよ。
「オルカ、行こう」
オルカはカローネに「イッテキマス」をしてからこっちに来た。俺がみんなに手を振ると彼らはまるで誰かが音頭を取ったかのように一斉に同じ角度で頭を下げて「行ってらっしゃいませ」と言った。それは見事なものだった。
「オルカ! 知りたいことは全部聞けた! 漁れるだけ漁ろう!」
そこからは『出納RTA』だった! まずはデミトリーの一階執務室だ。入ると広い応接室になっている。調度品は高級品に決まっている。とりあえず全部『収納』する。扉を抜けて隣の受付、秘書待機室も空にし、いよいよ執務室に入る。
デカい机とデカい金庫の存在感よ! 金庫は中身だけ収納! とんでもなくデカい金庫にとんでもない大金と金とか何かよくわからない金属のインゴットなどを回収していく。『走査』を使えば壁の中に仕込んである隠し金庫も全てお見通しだ! わははははは! 書類はまったく読めないので、俺にとって価値があるかどうかはわからない。だからとりあえず全部持って行く。価値を感じる人に売るか、貸を作るための大事な俺のメシのタネになるだろう。
机のあった場所の後ろの書架が隠し扉になっていてそこも隠し扉ごと収納して中へ。窓がない隠し部屋だ。いろんなところにお金や貴金属がある。ここにもさっきの部屋の何倍もデカい金庫がある。そしてここの床下が隠し階段だ。扉を収納してどんどん進む。
次に地下一階の貴重品がある場所だ。デミトリー本人と親族と信頼ある使用人しか知らない部屋だそうだ。階段を降りた先は部屋になっていてお宝だらけだが、ここにもまた隠し扉がある。扉を開けることは出来ないが、扉自体を『収納』すれば問題ない。きっと税をごまかしたりした分だろう。自領に送る前の一時保管場所だな。手当たり次第収納して空っぽにする。ここに来るまでの部屋にあるものもとにかく全部『収納』している。カーテンやカーペット、割れていないガラス扉や部屋のドアも枠ごとだ。
一階の捜索が終わったら二階だ。デミトリーの私室を漁らなければ。やはりここにも貴重なものや価値の高そうなものがゴロゴロしている。二階は今いる場所の反対側に三男だかの部屋がある。『走査』で探ると人がいることがわかる。寝室と居室があるみたいだ。人間がめんどくさそうなので、部屋の外から『走査』で探って引き出しの中や衣装箪笥の中身だけを収納した。最後に三階だ。ここは屋敷住まいの使用人や客人用の空き部屋だ。客人用の部屋の調度品はもらっておく。使用人の私物はさすがにそのままにしておく。ただし、家令の部屋は別だ。書類を押収しておく。この屋敷には奴隷の使用人の他に契約の使用人がいる。奴隷の使用人たちは母屋とは別の奴隷小屋に住まわされている。さすがに藁の寝床ではない、それなりに清潔な部屋だが、大部屋になっている。そっちに用は無い。これで屋敷で必要なものは全ていただいた。
この頃になるとライオネルの部隊が、残っていた騎士や私兵を拘束したり投降させて外に連れ出していたので、屋敷の中はほとんど人がいない。オーサー邸の爆発音はもうとっくにしなくなっていた。
そういえば元ゲットーファミリーの連中は生きてるのかなぁ。この騒動が始まってから今初めてあいつらのこと思い出したわ。さて、次は屋敷の外だ。




