第13話 テンプレート
スラムは臭い。
元日本人には耐えられない。俺は半分異世界人だから慣れたものではあるが……
それはウソ。やっぱり不快極まりない。『耐えられない』と認めると、もうここには住めなくなるということだからギリギリその言葉を飲み込みながらギルドの表玄関に向かう。ギルドに併設している解体所からギルド内に通じるドアもあるが、最初はやっぱり表玄関から入らないとダメだろう、ということで一旦解体所を出てからあらためてギルドの出入り口に向かう。
冒険者ギルドのでっかい玄関ドアは開いていた。両開きのドアが外向きに開いたまま固定されている。営業中って感じでわかりやすくていいね。換気と採光のためな気もするけど。
入り口近辺に屯っている冒険者らしき野郎どもの好奇の視線の中、臆することなくど真ん中から敷居を潜った。フードマントの前は開けてフードは被っていない。見た目は汚い浮浪児。冒険者が俺の装備を見れば『戦闘奴隷』とか『先行斥候』が思い浮かぶだろうが奴隷紋は無い。
要するに正体不明。まぁ、パーティーを組む気のない俺にとっては他人の視線などどうでもいい。
スラムギルドに入ってすぐの待機所は吹き抜けになっていて天井が高い。目の前のフロアには板っ切れに足が付いているだけの簡易な長椅子がいくつもあって冒険者らしき奴らが何人か座ってダベっている。
一階の壁部分は掲示板らしく、あちこちに依頼書みたいなものが貼ってあるが今は誰も見ている者はいない。そもそも文字を読める奴なんかいるのかね。二階の高さの壁部分が孔子戸になっているのは換気と明かり取り用だろう。
右を見るとそこが食堂兼酒場で、昼間っから何人ものダメ人間じゃなくて冒険者のデカい話し声や下卑た笑い声が聞こえてくる。
入口正面奥に受付カウンターがある。カウンターとその奥の机では職員が仕事をしている。
左手には資料室や応接室、打合せ室のある事務所上の二階へと続く階段と、階段横には解体所と繋がっているドアがある。
南スラムギルドと大して変わらない。ギルドの建物って規格品なの?
ギルドに入ってそうやってぐるっと見渡したあとにあらためてカウンターをよく見る。やっぱり昼過ぎのギルドは暇そうだ。カウンターには若手であろう職員がひとりしかいない。あっちはダメ職員だったけどこっちはどうかなぁ。お、こっちは可愛らしくて若い女性職員だ。お約束か?
うーん、冒険者の視線が痛いなぁ。暇だし金も無いし遊びも無いから娯楽に飢えてるんだよね。
冒険者になることに消極的な俺も、冒険者登録してくれるならそれに越したことはないんだよね。素材の下取りとか便利だし。ザっと見たけどウチの連中よりはぜんぜん格下の奴しかいないみたいだし、イザとなっても『魔力操作』で進化した身体強化だけで余裕そうだな。
とりあえず話を聞くだけだし問題はないだろうから行ってみよう。
トコトコとカウンターまで歩いて女性の前に立つ。女性は「おや?」という顔をして俺を見ている。
「こんにちは。冒険者登録についてちょっと話を聞きたいんですけどいいでしょうか」
「えーと、どんなことかな」
おお! ちゃんと相手してくれた! いい人だ! あと可愛い! やっぱギルド職員ってちゃんとエリートなんだな。薄くだけど化粧もしてるよね?
「こんな汚い身なりでいきなり来て申し訳ないんですけど、一応冒険者見習いをやってまして」
「おーおーおーおぉうっ! がーきーがーなぁにしにきてんだよぉー!」
早い。早すぎるって。
「それでですね、俺はまだ十二歳にはなっていないんですけど」
「おおぅい! ごらぁ! てめーにいってんだよ! くそがき!」
今世で会った一番きれいなおねえさんと話をさせてくれよ。
「特例で十二歳になるより前でも冒険者登録ができ」
「おいごら黒髪いいっ!」
「うるせーな。だまってろよカスが」
カウンター向いたまま俺がちょっとだけ反論したらギルドの中の時が止まった。
やっぱりね、元日本人が入った今はさ、その辺のセンシティブな部分には反応してしまうというか。そこは、ほら、アイデンティティの話でもあるじゃない? 馬鹿にされて黙ってたら今後の冒険者としての立場にも影響するんじゃないかなって。
後ろで ガターン! と大きい音がした。長イスを蹴り倒したね。
「おい、クソガキ! てめー誰に向かってクチきいてんだ!」
はー、俺の初ナンパはここで終わるのかなぁ。
「それでですね、特例なんですけど、草原狼を討伐したっていうので認めてもらえたりしませんかね?」
「おぉぅ! てめー! いいかげんなこと言って」
「こちらがその時の魔石になるんですけど」
そう言ってゴトンとカウンターに魔石を置いた。職員のお姉さんはなんとか冷静に対応しようとしていたが誰の話も聞いていなかったのかもしれない。俺がカウンターに置いた緑色の魔石をじっと見ている。カウンターの中にいる職員も手を止めてこっちを見ているし、暇を持て余して食堂で酒を飲んでいた連中はニヤニヤしながら事の成り行きを見守っている。魔石を置いたのに誰も反応しない。
あれ?
「くっくっくっく。おいこら黒髪小僧、おまえそれどこから盗んできやがったんだ? あーん? なんとか言えや盗人野郎が!」
「さっきから人の身体的特徴を馬鹿にしたり泥棒呼ばわりしてなんなんだろうねぇ。こんな昼間っから依頼も受けずに安酒飲んで子供相手に吠えてる馬鹿の相手しなくちゃならんとか、西ギルドの冒険者の程度が知れるねぇ」
その瞬間、酒場の連中の顔にはニヤニヤ笑いは無くなり、カウンターの中の職員の顔は引きつった。ギルドでは冒険者同士の争いは御法度だが、それ以外には言及していないのだ。そして、事ここに至ってはさすがの職員も所属冒険者の総意の前ではこのあと起きる惨状に対してなかったことにせざるをえないと理解していた。
スラムの孤児ひとり、どうなろうと気にする者など誰もいないのだから。
「死んで詫びろやくそがきがぁっ!」
言うや否や腰に差した片手剣を抜いて後ろから袈裟懸けに斬り掛かった。誰もが汚い浮浪児が真っ二つになる瞬間を脳裏に描いたその瞬間、
証言その一:コリー(ギルド受付嬢 十八歳 独身)
冒険者(マイク・二十一歳)が男の子に後ろから突然斬り掛かって、これは私も一緒に斬られるかも、と思った瞬間、目の前の子が消えたように見えたんですけど、次の瞬間には冒険者(マイク・ダメ男)が床に叩きつけられていて男の子はさっきと少しも変わらず目の前に立っていたんです。
証言その二:ギルド職員たち(事務所で勤務中だった四名)
事務所の職員はカウンターと受付嬢が邪魔でよく見えなかったが、話を統合すると、冒険者(マイク・銅級星なし)がスラムの少年を袈裟懸けに斬り掛かった瞬間、少年の姿が一瞬消えると同時に冒険者(マイク・ずっと銅級星なし)も消えて重い何かが床に打ち付けられるような音がした。
証言その三:冒険者A(二十五歳 斥候職 金が無いのでエールは一杯だけしか飲んでません)
こんなおもしろいもんめったにねぇぜ! っていうんでよく見ておこうと思って身体強化を全開に掛けてたから見えたんだって! マイク(酔っぱらい)の奴が急にブチ切れて背中からガキを斬った! と思った瞬間、ガキの上半身だけが残像残して、こう仰向けに倒れながらそのまんまその場できれーに回りながら頭は床に着くかってぐれぇ低くなって、反対に右足が天井に向かって真っすぐに伸びてマイク(バカ)の顔面をカウンターで蹴り抜いてたんだよ! 文字通り蹴り抜いたってやつだわ! 顔面を捕らえた足がそのまま顔にくっ付いたまんま床にバッコーン!って叩きつけるまで離れなかったからなぁ。 死んだ! と思ったね! わっはっはっは! ええもん見させてもろたわー! あいつ、ウチに欲しいな。
「危ないなぁいきなり斬り掛かるとか。うーん、確か相手が剣抜いちゃったらもうなにやってもいいんだっけ?」
ライズが確かそんなこと言ってたよな? 違ったっけ?
「職員のおねえさん、ちょっと用事が出来たのでまたあとで話を聞かせてくださいね」
俺は一言断りを入れて後ろでひっくり返ってる名前も知らない冒険者に向き直った。
俺は刃物使ってないし、完全に正当防衛だよな? じゃあこいつをどうしようと俺の自由ってことかな? とりあえず一発で失神して終わりにしてもこいつだって納得してくれないよなー
めんどくさいけど多少の『わからせ』は必要か。




