第12話 元手
大辺境都市グランデールの西側は『恵みの森』が近いため耕作地は少ない。森からの魔獣の襲撃の可能性を考慮すると、防備が手薄になる耕作や畜産をするのはリスクが高いからだ。
しかし、土地が空いていれば多少の危険があろうと住み着く者は出てくる。都市防壁の外側は基本的に治外法権なので、都市に対して悪影響が無い限り何をしようとお咎めは無い。故に、都市からのおこぼれを当てにした金の無い流入者は後を絶たない。
貧民街の出来上がりだ。
西スラムはデカかった。南スラムから来たばかりの俺には特にそう感じられた。都市からのおこぼれだけではなく、恵みの森からの恩恵の部分が魅力なのだ。採取者や冒険者を当てにした商売人も裏表を問わず多く集まってくる。
まだ狩猟帰りには早い時間帯だからか、街道を外れて隠れるように歩いてきたからか、裏道を知り尽くしている地元の子供たちのお陰か、ここまで誰にも見つかることなく来ることができた。
隊列を停止させるとライズが、素材は全部売り払ってしまっていいのかと聞いてきた。
「なぁ、この肉、欲しいか?」
そう言うとメンバーから熱い視線が返ってきたので思いは充分伝わった。
「魔獣の肉なんてめったに手に入らないからな。そりゃ欲しいさ」
「そうか。だったら肉はやるよ」
「……え?」
メンバー全員が期待と不安の入り混じった変な顔でフリーズしている。うまく伝わらなかったか?
「ん? だから、肉は全部やるよ」
「「ぜんぶっ!?」」
何人かの声がハモった。まぁ、俺が収納スキルの中にさっき狩った草原狼が丸々四頭と、ウサギとホーンラビットの肉も持っていることは知らないわけだし、驚くのも無理はないか。食べても大して美味くもなさそうな狼の肉だ。いらんだろ。
「いや、ロック、お前、これ、草原狼だぞ! 売ったらいくらになると思ってるんだ!」
「いくらだよ」
「わからん!」
漫才か。
「解体してもらって、ここまで運んでもらって、換金まで付き合ってくれるんだろ? だったら報酬を払っても変じゃないだろう」
さりげなく換金まで付き合わせることを盛り込みながら、ここまでの道中で、この世界のスラムの住人らしくない素直な子供たちに対して、これぐらいはしてやろうという俺の中の日本人がそれを言わせた。
「これから冒険者になってデカく稼ぐ予定だし、先輩への挨拶みたいなもんだから遠慮しないでもらってくれ」
およそ十歳の子供らしくない口上だが、十五歳でもう成人扱いのスレ切ったこの世界ならまぁ許されるだろう。
「そこまで言ってくれるならありがたく頂くよ。」
十四歳のライズがこっちも負けじとちょっと困った顔をしながら大人びた口調で礼を言う。目を見開いて成り行きを見守っていたメンバーたちから喝采が上がる。いくらになるのか? 全部売るべきか? ちょっと食べてみたいだの、降って湧いた儲け話に浮かれながら俺に向かって礼を言う。
そんな喧噪をよそに難しい顔で考え込んでいたライズが、重い口を開く。
「なぁ、みんな。今回は全部換金して冒険に必要なものを買うことにしないか? あまったらメシ代なんかにも回すつもりだけど……」
ライズの提案をみんな真剣な顔で聞いている。すると、ひょろりと背の高い温厚そうな顔をしたメンバーが言った。
「ライズの言う通りでいいと思う。これを元手に今より安全に稼げるようにしよう」
「うん。ありがとうアーノルド。みんなもどうだ?」
みんな口々に賛成の意を表して短い会議は終了した。ライズに助け舟を出したアーノルドというのは、最初にナイフを毛皮で拭くなと言ってきた少年だ。歳はライズと同じかちょっと上に見える。前に出るタイプではなさそうだが、必要な時に必要なことを言うのはサブリーダーとして良い資質だ。
「よし、そうと決まればこのまま一気にギルドの解体所まで行くぞ!」
ライズが皆に気合を入れ直す。
解体所はギルドに併設していて、文字通り獲物の解体を請け負う場所だが、同時に持ち込み素材の鑑定も受け付ける。それ以外にも魔石や討伐証明など、すべての査定物は解体所の窓口に依頼票と一緒に提出することになっていて、提出後は冒険者ギルドの待合所で査定が終わるのを待って、名前を呼ばれたら受付で報酬を受け取って終了だ。常設依頼のように依頼票の無い獲物の場合は冒険者票を提示する。時間が掛かりそうならギルド併設の食堂兼酒場で飲み食いしながら待つのも定番らしい。
メンバーの様子から、今日はメシを食いながら待機が出来るかもと期待してるのがわかる。このメンバーなら、まだいろいろ有意義な話が聞けそうだからメシ代ぐらい出してやろうか。今の俺の懐はあったかいぞ! つい数時間前まで無一文だったあの時の俺とは違うのだよ!
そこからは、どこをどう通ったのか再現不能な裏道を通り、最後は全力疾走で西スラム冒険者ギルド裏の解体所に駆け込んだ。さすがに途中で何人もの住人や冒険者の目に留まったし、声を掛けてくる者もいたが、それらがまったく聞こえていないかのように完全無視して走った。
持ち込んだ時間がまだ早かったために、順番待ちしているのは二、三組の若い採取パーティーだけだから査定もそんなに時間は掛からないだろう。順番待ちしていたパーティーの子たちは、ライズたちが息を切らせながら担いでいる草原狼の毛皮と肉を見て驚愕の表情だ。ライズたちとは顔見知りなのか、声を掛けたそうにうずうずしている。しかし、この程度で息を切らせているようじゃ身体強化の強度が弱すぎるな。いかんいかん、他人のことよりまずは自分だ。風呂だ!
俺は解体所にも興味はあったが、このあとの買い物や寝床、そしてなによりも風呂! のこともあって時間はいくらあっても足りないので、先にギルドの受付で冒険者登録についての話を聞きに行くことにした。
草原狼討伐を申告するとチート持ちがバレてめんどくさいことになるという懸念もあるかと思ったが、ギルド受付だとしてもスキル持ちかどうかとか、魔法が使えるとか、そういう冒険者としての能力を他人に教えるということは絶対にしないし、それを聞くこと自体がタブーだと確認済みだ。それはそうだ。それは個人情報とかいうコンプライアンスの話ではない。生活と命のやりとりの話だ。
冒険者登録は十二歳からというルールだが、とりあえずこれだけの戦利品の持ち込みをすれば十歳だろうと登録が認められるんじゃないだろうか?
受付に聞かれたら十一歳だと答えようと決めて、魔石と牙の入った麻袋を背に冒険者ギルドの表玄関へと向かった。




