第124話 宣告
外に出ると火球はまだまだ鎮火する気配が無い。サリアさんを本気で怒らせるのはもうやめた方がいいよね。この二年でポメラの馬車を燃やした時とは比べ物にならないぐらい伸びてるでしょこれ。
いやー、俺はわかってるからすぐに気付くけど、これは変だね。こんなに強力な魔法攻撃なのに建物にも整列した兵にも、指揮所にも一発も火球が落ちてないもの。
「いったいどうなっているのだ。まったく兵には損害が無いではないか。こんなに混乱する必要も無いのに嘆かわしい者どもだ」
思いっきり愚痴ってる。こいつ、子供の女中に気を使えるし、ずいぶんとまともだなぁ。こういう良い人から死亡フラグが立つんだよね。今回はどうかな?
指揮所の野戦用天幕に近付くと再び兵士達が整列し始めていることがわかった。
「第一と第二部隊か。ふん、せめてくだらぬ出動よりは消火活動の方がマシか」
よっぽど溜まってんだなぁ。デミトリー側のメイドの前で不平不満の吐露は不用意だぞ。チクられたらどうするんだ。天幕まではもうすぐだ。振り向いてオルカを確認したらニコニコとしていた。楽しそうだ。俺も微笑み返してから前を向く。天幕の入口には歩哨が左右に一名ずつ立っている。おっさんが声を掛ける。
「ご苦労。第三部隊隊長ライオネル・ミドリエフ。差し入れも一緒だ」
俺たちを振り返りもせずそれだけを言うとうんざりしたような感じで歩哨を見る。歩哨は正規軍の装備だが、近付いて来たのがライオネルと名乗るおっさんだとわかった瞬間に緊張が緩むのがわかった。こいつって隊長だったのか。第一、第二部隊が実働部隊で、第三部隊は消火活動や歩哨、きっと見回りなどの雑務もやらされていそうだな。歩哨は「ご苦労様です!」と言いながらバっと入口を開けたが、ライオネルの後ろにいる俺たちを見ると『こんな危険なことまでさせられて可哀そうに』という顔をした。お前らもこいつの下に就くだけあって謀略に向いてなさそうなお人好しだな。ライオネルは「ご苦労」と部下に声を掛けてそのまま天幕に入って行く。俺とオルカはにこやかに「ご苦労様です」と歩哨に声を掛けながらライオネルに続いて中に入る。
かなり大型の野戦用天幕の中は、なんと夜間照明の赤色だ。と思ったのも束の間、中心部は明るさが抑えられているが通常照明のままだ。わがまま貴族め。そしてその周りはワイングラスのようなものを持ったピカピカの鎧を自慢げに着ている奴らが談笑している。ライオネルを見上げるとあからさまに不機嫌そうに軽くため息を吐くと声を張り上げながら近付いて行く。
「第三部隊のライオネルです! 消火活動は順調に進んでおります。建物は一部損壊がありますが火球は当たっておらず、延焼の被害はまったくありません! また、兵にも損害はありません! 以上です!」
めでたい内容だが、聞く者が聞けば「なぜそうなる?」と首をひねるような報告だ。酒を飲んでいる連中は笑いながら「大したことありませんな!」「どこを狙っておるのか」などと嘯いている。それを見てライオネルは口の中で
「なにが『以上』ですだ。『異常』です、だろうが。なぜこの報告で浮かれられるんだ」
などとブツブツ言っている。奥を見ると高級将校と言われる連中が大勢いて、軍の給仕の連中はいるが女中はいないなぁ。そりゃそうだよな。とりあえず奥まで行って確かめるか。
「ライオネル様、ここまでありがとうございました」
そう声を掛けると俺たちのことは忘れていたのか少し驚いたような顔をした。
「お、そうか。帰りも誰か付けるから遠慮なく声を掛けなさい」
底抜けに良い人だな! 気を付けて長生きしろよ。「ありがとうございます」と目礼すると後ろでオルカも真似をしたのがわかった。振り返ってひとつ頷いて奥に進む。赤い暗視照明から通常照明の下へ。あー、いた。デカい地図の載った指揮卓のど真ん中で伝令の言葉に耳を傾けながら鷹揚に頷いている。両脇には参謀っぽいのが付いている。その辺の奴らの表情は周りの酒飲んでる奴らと違って渋いな。オーサー達がうまいことやっているってことだろう。じゃあ、こっちも仕事してやるか。
さすがにデミトリーと思われる人物の近くは人が多く、護衛もいて近付けない。いきなり頭を潰して皆殺しにしてもいいんだけどな。一応、暗殺っていうことで許可をもらったし、兵の損害を最小限に留める努力はしてやろうか。
地図の載った指揮卓の、デミトリーとは対面側に笑顔のまま人を避けながら近付いて行く。さぁ、ご対面だ。すぐ近くの赤ら顔のおっさんが「なぜこんなところに子供の女中が?」という顔で見ている。気付けよ。奴隷紋も契約紋も無い人間がこんなところにいて良いわけがないだろ。そのおっさんにニヤリと笑いかけてから正面に向き直って大きな声を出す。
「デミトリー様、悲しいお知らせがあって参りました」
正面にいる誰よりも尊大な態度がありありとする初老の男が何の感情も無い顔で俺を見下す。もうナチュラルに全ての人間を下に見ている奴の態度だ。俺は両手にお盆を持ったまま話し続ける。ざわついた指揮所内に静けさが伝播していく。
「あぁ、やっぱりお前がデミトリーか」
指揮所の中がしんと静まり返る。左隣のオルカがお盆を指揮卓に置くと左手を少し上げて小声で『ソード』と言った。その手に両刃の片手剣が現れる。オルカが右手を軽く握ったまま続けて『ソード』と言う。次の瞬間、右手に逆手に握られた片刃の片手剣が現れる。俺の目線は正面のデミトリーのままだ。指揮卓の上にちょっと顔が出るようなまだ年端も行かぬメイド服を着た子供がおもちゃのような剣を両手に持っているだけでは現実感が薄いだろう。
「くだらん内乱を起こした間抜けなお前にウォーカー ・ ボナパルトとオーサー・オブライエンから伝言だ。こんなちっぽけな街もまともに運営できない馬鹿で能無しはもう不要だ。そして、全住民に迷惑を掛け続けた責任を取るために、お前は死刑だ」
最初に反応したのはデミトリーのすぐ後ろに控えていた二名の近衛兵と、俺の周りにいるよくわからん貴族連中だった。近衛兵がデミトリーの前に出ようと腰の片手剣に手を掛けながら駆け寄ろうとした。その瞬間、頭上に現れた岩石によって頭を潰されて近衛兵達はその場に頽れた。
俺とオルカになにも考えず反射的に手を伸ばしてきた貴族たちの腕が駒のように旋回するオルカの剣によって吹っ飛んでいく。オルカは俺に返り血が掛からないよう、丁寧にそいつらの身体を蹴飛ばしていた。
俺はデミトリーを見据えながらお盆を持っていて、少しも動いていない。一瞬の後、腕を斬り飛ばされた連中の悲鳴が上がる。
「うぎゃーーー!」
ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴォッ!
悲鳴と同時に地面を揺らす大音響と爆風が天幕を激しく揺らし始める。火球が近くに落るドゴォッ! という音と同時に野戦用天幕を『収納』する。天幕の天井付近に浮いていた赤と白の光球のお陰で周りの明るさはほとんど変わらない。
天幕のあった周りはすっかり火球に囲まれていて整列していた兵士たちも逃げて誰もここには近付けない。ただ、敷地の外壁の方向だけは開けている。そこに二列の炎の壁が立ち上がって道を作っている。その炎の道の真中を、背が高く素晴らしい体躯の持ち主の獣人女性が長剣を腰に差したまま駆けて来るのが見える。
その後ろからは紅い宝玉がメラメラと輝く杖を掲げながら、小柄な女性が炎の赤で髪を鮮やかな桃色に染めながら高笑いでもしているかのようにアゴをツンと上げて歩いてくるのが見えた。




