第123話 幸運を運ぶ
女中に礼を言って廊下に出て正面玄関へと歩く。デミトリーは屋敷内にいないと言っていたから、いるとすれば外の野戦指揮所の天幕の中か、離れの建物の中だ。『走査』を広げると、今度は三階でバーズが暴れているのがわかる。二階、三階の連中はバーズに向かっていく者と下に逃げようとする者でめちゃくちゃだ。これはバーズに先にデミトリーを見つけられるとそのまま殺されてしまいそうだ。それじゃタダ働きにされてしまうぞ! 落ち着け。そもそも正規兵を庭に集めているんだから、それを戦力に使わない手はないよな? 伝令が行き来してもおかしくないし。
「オルカ、先に外の正規軍の野戦用天幕に詰めている可能性を排除したい。正規兵の中に突っ込む。身の危険を感じた場合は反撃を遠慮しなくていい。彼らも兵士だからな。死ぬのも仕事の内だ」
我ながら滅茶苦茶なことを言っているが、これは内乱だ。どの人間も死ぬことはおろか怪我ひとつだって本来はしなくいいものをしているのだ。参加している当事者としては少しでも早くこのくだらないイベントを終了させることぐらいしかやれることはない。
血相を変えて廊下を走る兵士達は俺たちのことは完全無視だ。右の部屋の中が無人のようなので入る。部屋に入ってすぐの壁際のパネルのようなものに触れると天井の一部が点灯して部屋が明るくなる。オルカがそっと扉を閉める。部屋には書架が並んでいる。とりあえず貴重なもののように思えるので片っ端から収納しまくって部屋をからっぽにする。そこで唐突に気付く。
「オルカ、ごめん、武器を渡してなかったね」
いかん、自分には不要なので忘れていた。オルカの両刃短剣を出して渡す。投擲ナイフと仕込み用のサポーターも『排出』する。オルカにスカートをたくし上げてもらい、中に潜り込んで両方の太ももにサポーターを巻いて投擲ナイフを二本ずつセットする。太ももに少しだけ肉が付いてきてる気がする。若い身体がものすごい早さで失っていたものを取り返そうとしているのだろう。
「ぷはっ。まぁこの投擲ナイフはいざという時のためだね。自分で抜き出すのも大変そうだから。武器が必要な時は声を掛けて。そうだ、練習してみよう。剣を握るつもりで短剣って声を掛けてみて。それに合わせて手の中に剣を出すよ」
オルカが右手に剣を握る準備をして「短剣」と言った瞬間に『排出』する。オルカがすかさず剣を握る。途端に瞳が輝き出す。わかる。これ、燃えるよな! その後、何度か練習してどんな態勢からも思い通り剣を出せることを確認。気を付けるのは手を握りすぎないことと、取り落さないようあらかじめ剣の重さをイメージしておくことだ。
メイド服を着てみてわかったのは、意外とモノを隠し持つことができるということだった。こんなところがポケットになってるのか! とか、エプロンに仕込める! と発見の連続だった。オルカに言われるまま武器を渡す。オルカがササっと服をカスタムして武器の出し入れをしやすくしていた。よし、次の部屋だ。
タイミングを見て廊下に出て正面玄関方向へと歩く。伏し目がちに少しだけ早歩きだ。ゆっくりだとこの状況では逆に不自然だ。左手奥に大きな部屋があって、人が多く集まっているのがわかる。さっきのメイドの娘が言っていた食堂だろう。すると目の前の扉が開いて騎士が出てくると、そのまま走ってどこかへ行った。部屋を覗くとサロンのようだった。無人なので中に入る。後ろでオルカが扉を閉めて待ち伏せ態勢を取る。豪華で落ち着いた雰囲気だ。食後にお茶と歓談を楽しむための部屋かな? この部屋はセンスが良い調度品が揃っているなぁ。心の中でありがとうを繰り返して片っ端から『収納』する。普段は置いてなさそうな長テーブルの上に各種飲み物と軽食が置いてある。兵士が自由に休憩できるようになっているのか。よし、次! いや、そろそろ先にデミトリーだな。
「オルカ、つい楽しくなっていたけど、本来の目的を先に済ませよう。次はこのまま外に出て指揮所に向かう」
最後まで残しておいたテーブルの上のお盆に軽食セットを載せてオルカに持たせる。俺のお盆には飲み物だ。お盆を持ったら残りは『収納』。がらんどうになった部屋の明かりを消して部屋の外に出る。前線指揮所に出前のサービスに行きましょう。
ふたりして正面玄関が近付くにつれて殺気だった兵が多くなる廊下を静々と進む。すごい。まったく怖くない! だって、俺たちメイドだもの。このサイズのメイド服があるってことは子供のメイドもいるってことだ。問題は奴隷紋も契約紋もないメイドがこの屋敷にいるわけはないだろうということぐらいかな。この混乱の中、そこに気付くやつはいないだろう。途中、無人の部屋があって中を確かめたくてうずうずするが今はガマンだ。バーズのことはあまり心配していない。あの人ならイザとなれば戦線離脱も思いのままだろう。さぁ、正面玄関に来たぞ。どうでもいいけど広すぎだろこの屋敷。
「そこの女中!」
唐突に後ろから声を掛けられる。くそ、こんな場所で声掛けやがって。そう思いながらにっこりと微笑んで振り返る。こういう手合いの相手はオルカにはまだ無理だ。相手の顔を見ると、まだ三十をいくつか超えたばかりといった感じの正規兵だ。装備からいうと一般兵には見えない。面倒だな。
「はい。私たちのことでございましょうか」
立派な髭をきれいに整えた、しかし顔や鎧を煤で汚した兵士は困惑の表情を浮かべながら俺たちに近付いて来る。
「お前達、こんな危険な場所で何をしている。どこに行こうとしているのだ」
くそ。なんだよ、ただの良い人かよ。くっそ邪魔だなぁ。
「はい。ご指示を受けて天幕まで、あたたかいお飲み物と軽食をお持ちしております」
「なに? いったい誰の命令だ! この危険な混乱の中でそんなことをする必要はない! すぐに安全な場所に引き返すのだ」
うるせーな。邪魔すんなやおっさん。お前もやっちまうぞ?
「お気遣いいただきましてありがとうございます。しかし、これは私どもの務めでございます。それでは、先を急ぎますのでこれにて失礼いたします」
お盆を持っているので、軽く腰を折って頭を下げる簡易的な礼をしながらとっとと玄関に回れ右をして歩き出す、が!
「わかった。お前達も命令を受けたらどんな理不尽でもやらねばならぬのは我らと変わらぬか。私も指揮所に戻るところだ。付いて来なさい」
まぁ、もう攻撃は無いし、ここではもうバーズにさえ近付かなきゃ残った危険は俺とオルカだけなんだけどね。このおっさんはデミトリーの下に就いてることに不満があるみたいだな。派閥の違う貴族家に連なる者かもしれないな。とりあえずこれで大手を振って指揮所まで行けてラッキーだ。




