第122話 素人ですから
サリアの放つ火球による広範囲攻撃魔法がド派手に炸裂しまくって、それに合わせて俺が地味に岩石をピンポイントで落としていった。誰も岩石が俺のやってることだとは気付かないはずだ。こいつの狙いは敷地を覆う壁、監視用の光源の篝火と光球、屋敷への侵入口として各階の壁への穴開けだ。今やデミトリーの屋敷はめちゃくちゃのボロボロだ。ただ、こんなにボロボロなのに直接的な人的被害はゼロだ。
俺も他人のことをどうこう言えないが、サリアのこの魔法を使って魔獣狩りする相手も方法も思い浮かびません。こんなこと出来ていったい何になるんだ……。戦争でしか使えなさそうな技術なんだけど、民間に落とし込むにはどうすればいいか考えないとなぁ。とりあえず今はとても役に立っている。
敷地内の人たちは正に蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。この混乱に乗じて侵入してしまう。数百人の兵はひとりも減っているわけではないのだ。バーズがハンドサインで『行くぞ』と合図をしながら屋根から飛び降りた。オルカが遅れずに着いて行く。
サリアが火球を落とした場所から敷地の反対側に警備の穴が出来ている。バーズが手加減の無い速度で走る。黒い装束のお陰で影の中を往くと姿が見えない。バーズ自身も『隠密』を入れている。俺はオルカの後ろをぴったりとトレースして俺の『隠密』の範囲に入れているが、明らかにサーチを使う兵が減っていた。オルカは自ら『探索』を使って敵の位置を探ろうとしていた。バーズからはぐれた時を想定しているんだね。森で俺のあとを着いて行軍した時の経験が生きている。
バーズが速度を一切落とさず壊れた壁の間を抜けてそのまま敷地を突っ切る。篝火と光魔法の光球は俺の落とした岩石によって所々途切れている。その暗闇になっている間隙を縫って一気に屋敷に迫る。バカでかい屋敷は三階建ての大豪邸だ。バーズが外壁を駆け上がるのに合わせて俺たちも二階のテラスに侵入した。ここは部屋への出入り口も破壊されていて内部への侵入も簡単だ。破片の散乱するテラスに潜んで様子を伺う。『走査』を広範囲まで広げて人の流れを追う。バーズがそれを察して俺たちを守るように近接戦闘に備えているのがわかる。落ち着け。ここからは俺が案内役だ。
あまりにも広い屋敷だ。一階から集中して観察する。真ん中の正面玄関は人の出入りが激しい。いや、ここを見ても外から来た伝令か、敷地内の伝令か区別がつかない。外部とやりとりしている伝令はいないか? 俺は外を振り返る。サリアの火球で燃えている炎が見える。そのさらに向こうだ。オーサー邸での戦闘の報告に来る伝令がいないか? 炎で正門からは入れない。最短で屋敷に入るなら崩れた壁だ。来た! 足の速そうな私兵だ。正規兵じゃない。壁を抜けた後、燃える敷地を避けながら屋敷まで来るがどこから入ったらいいのか戸惑っている。間違いない、今ここに来たばかりの伝令だ。俺はここからでは直接は見えないその伝令に集中して意識を向け続ける。
突然、バーズが屋敷内に飛び込んで行った! 俺は動けない。奴を見失うわけにはいかない。俺の視界の端では、オルカがいつの間に抜いたのか両手に両刃短剣をぶら下げて腰を低くして身構えている。バーズが飛び込んで行った先では怒号が増えては減りを繰り返していて、敵を引き付けてくれているのがわかる。
『走査』の先では伝令が壁の穴を抜けて屋敷に侵入した。内部の兵に声を掛けているのか時々立ち止まる。司令部を探しているな? オルカがゆっくりと室内に入っていった。室内を横切って隣の部屋との壁際に移動しているみたいだ。伝令は階段を上がっている。オルカが隣の部屋との壁際で止まる。伝令は二階を過ぎ三階に上がる。隣の部屋からテラスにデカい影が出て来てこちらに向かってのっそりと歩いて来る。伝令が階段を上り切って俺たちがいるのとは反対方向へ。そんな小部屋ばかりのところに大貴族の親玉がいるか? テラスをこっちへのっそりと歩いてくるデカい影が片手剣を肩に担ぎ上げながら無防備な俺に向かって身体強化を入れて突っ込んで来た!
「くそ! 伝令は囮か!」
デカい熊のような影の戦士が盾を前に構えて片手剣を振り上げながら突っ込んで来る! オルカがデカい奴の足元に潜り込むように飛び出して太ももにダガーを奔らせると『ギィィン!』と暗闇に火花が散った! オルカの本気の奇襲を防ぐとは、デカいくせにすごい反射神経だな!
『走査』を止めた俺はオルカを手伝うべくデカい戦士の全身に五キログラムの石をゼロ距離で浴びせる。
ガキィン! ガッ! ギッ! ドガッ! ゴッゴッ! ドスッ!
「ふんっ! ふっ! ぐぅっ! がっ! げへぇっ! ぶっ!」
最初の正面からの攻撃の数個を盾と剣で弾きやがった! しかしそこまでだ。その後のゼロ距離攻撃を連続で避けられるわけもなく、岩石で滅多撃ちにして戦士が倒れたところで頭に一発、十キロの石を落としてトドメを刺して遺体を武器防具ごと『出納』で収納。
「オルカ! 大丈夫か!」
オルカに駆け寄りながら声を掛ける。
「ん、大丈夫」
俺はこういうのは信じないのでオルカの全身を触って確認する! こういう娘って自己犠牲精神が強いから平気で怪我してないとか嘘つくんだよ!
「よし、本当に怪我はないな。オルカ、怪我をした時は、どんな些細な小さい怪我でも必ず俺には報告しろ。お前が俺に嘘を言わなければこの時間が無くなって俺たちはもっと強くなる!」
「もうっ、だから怪我してないって言ったでしょ」
青い月明りの中で蒼い狼が、少し困ったように、はにかみながら微笑んだ。
「さっきの伝令は俺たちを欺く囮だった。なんでかわからないけど俺たちの侵入はバレてるみたいだ。俺は軍事には疎いからわからないけど、こまめに伝令による口伝の連絡が必要ならこんな上層階に司令部があるわけがない。一階が怪しい。バーズが敵を引き付けてくれている内に探し出すぞ!」
オルカにハンドサインで下に行くと伝えてテラスを飛び降りる。少し離れてオルカが着いてくる。一階に飛び降りた瞬間に高さ二メートルの岩石を窓ガラスをブチ破るように室内に向かって落とす! バガシャーン! と石が中に飛び込んで外壁に大穴が開いた瞬間に岩石を『収納』して俺自身が部屋に飛び込む。
部屋の中には私兵がいた。というか正規兵の軍服を着てないから私兵だろう。顔面に三キロの石を当てて室内の三人を瞬殺。部屋を駆け抜けながら遺体ごと装備を『収納』して、ついでに視線の動きに合わせて手当たり次第、家具調度品も頂いていく。『走査』で人の位置を確認。そのまま廊下に飛び出して屋敷中心に向かって走ると前方に何人か私兵がいるので手当たり次第に顔面を吹っ飛ばして同じように遺体を収納する。武器を携帯していない女中や執事は無視しようと思ったが念のため一声掛けていく。
「そこの執事さんとメイドさん、戦いが終わるまですぐに逃げ出せる場所に仲間を集めて避難しなさい」
声掛けされた奴隷紋のあるふたりはポカーンとしていた。
『走査』で最初の部屋から二つ目の部屋が無人なので飛び込むとオルカが続いて入ってきて扉を閉めた。外の声掛けした二人は俺たちが部屋に入って少しした後、駆け足でどこかに向かって行った。それを感じつつとりあえず調度品を『収納』
あれ? この部屋はなんだ? やたら衣装箪笥が多いし、姿見も複数、化粧台まである。今収納したものに検索を掛かると、メイド服が大量に見つかった。ここは女中用の支度部屋か。その時、なぜそれを閃いてしまったのかわからないし、後悔することになるのだが、その時はそれがとても良い案だと思ってしまったのだ。
「オルカ、メイドに化けたら館内を堂々と探れるんじゃないか?」
この時、なるほど! と言わんばかりに口を開けて驚いた顔をしたオルカも良くなかったと思う。俺は二人の装備と服を『収納』して一瞬で裸になると、『出納』の中から適当なサイズのメイド服を取り出して急いで着た。ロングスカートなのを幸いと靴はブーツのままにしておいた。あれ? このエプロンってどうやって結ぶんだ? オルカのエプロンを結ぶのに手間取っているとガチャ! っとドアが開いて、さっきの犬耳の獣人奴隷のメイドが入ってきた。俺たちを見ると驚いたみたいだが、黙って近寄って来るとそのままオルカのエプロンを素早くリボン結びにして、可愛く髪を結うようにしてフリルの付いたカチューシャを着けた。そして今度は俺のエプロンを結びながら独り言のように話し始めた。
「デミトリー様は夕方から屋敷の中にはいらっしゃいません。私の主人であるドストエル様の行方に関してはお話しすることはありません」
リボンを結び終えると俺の身体をくるりと自分に向き合わせると正面から髪を整えてくれた。
「先程のご助言に従って奴隷のメイドと執事たちは一階の大食堂にて待機させております」
デミトリーとは契約上の関わりが無さすぎて話すことができるのか。おもしろい娘だ。度胸もいい。
「まあ、朗報が届くことを期待して待っててよ」
俺がそう言うと、優雅にカーテシーをしてみせた。頭を上げないところを見ると、これが彼女に出来る精一杯なのだとわかる。オルカを誘って部屋を出る。最後に振り返って「ありがとう」と言うとオルカも真似をした。




