第121話 炎上案件
『魔法使い』を表す言葉はいくつかある。魔術師と魔法使いは外からはなかなか区別がつかない。この世界では魔法使いの方が魔術師より上位の『魔法使い』だ。多数の属性の強力な魔法が使えれば魔法使いと言っても差支えない。
『魔法使い』は魔法使い達から尊敬と畏怖と羨望と嫌悪の対象だ。魔法を習得する研鑽を学習や理論より天賦の才に頼る部分が多い者のことだ。より短時間、独自の方法で、より強力な魔法を取得する者のことを指す言葉だ。更には大抵の場合、所有する魔力量も多い。身近なところではサリアがこれに当てはまるだろう。あ、今の俺も当てはめるならこれかもしれないなぁ。
オーサーの屋敷の近くで起きたド派手な閃光と遅れて届く爆発音は前世の花火を思い出させる。今回のは地上で起きた爆発だから事故っぽいけど。まぁ、戦争だよね。オーサーの屋敷から防壁方向に少し離れているところが爆心地だ。どうやらオーサー側が屋敷の手前で迎撃に成功したらしい。うーん、どっちが敷地正面なんだ? 戦地から離れているせいで人の声までは聞こえないが、あの戦場はすでに阿鼻叫喚だろう。ずいぶんとド派手に爆発したから、相当な手練れの魔法使いが先制攻撃を仕掛けたのだろう。
「まずいな」
バーズが呟く。確かにマズイ。ご近所で激しい戦闘が始まったのに合わせてデミトリー邸の庭の正規軍が動き始めた。俺たちがいる屋敷の中でも人が起き出しているのがわかる。デミトリーの屋敷の庭では、正規兵の隊列が組まれ今すぐにでも出動の様相だ。『治安維持』か『オーサー反乱』をでっち上げるか、理由なんか何でもいいよね。このままではこの数百人規模の正規兵まで争乱に巻き込まれる。オーサーが絶対的に不利だ。爆発の閃光と音が激しさを増す。別方向からの攻撃も始まったらしく、オーサーの屋敷のすぐ近くでも激しい爆発がある。大規模範囲攻撃魔法の使い手の魔法使いが敵味方にいるらしい。
俺たちがのんびりと水分補給しながら作戦会議という名の世間話をしている間もオーサー邸では戦闘が激しさを増しているようだ。今や近隣の屋敷を巻き込んで大混戦の様相だ。完全に市街戦だね。南側はオーサー邸のさらに遠くでも戦火が上がっているので、前回助けたノエルが援軍として参戦して、敵の背後を急襲しているのかもしれない。
「サリアさんとキュロスさん、お二人に陽動をお願いしてもいいですか。ここから少し戻って、正面から屋敷の正門とそのちょっと奥に向かって敷地内をサリアさんの遠隔攻撃で出来るだけ派手に燃やしてもらおうかなと。それが派手であればあるほど正規軍が消化活動に従事するために引き留められると思うんですよね」
「あらぁ、なかなかおもしろそーじゃないの」
サリアがデミトリーの家を放火出来るということで心底楽しそうだ。
「キュロスさんはサリアさんの護衛兼、監視です。サリアさんが夢中になり過ぎて逃げ遅れないように見張っててください」
「ちょっとぉ、わたしがそんなマヌケに見えるわけぇ」
サリアを無視してキュロスに声を掛ける。
「キュロスさん、お願いしますね。逃げる時はスラムへ一直線で構いません」
「わかったわ。サリアのことはあたしに任せて。サリア、建物は燃やしちゃダメよ。ロックがあとから使うから」
「わーかってるわよ。陽動ね、敵の気を引くぐらい簡単なお仕事だわ」
言うほど簡単でも安全でもない。正規兵の数は数百人はいる。人口五万人とすると、一地区にこれだけの正規兵は多い方だろう。そして、正規兵は殺したくないのだ。
ここでオーサーが倒されると、調子に乗ったデミトリーが一気にその兵力をウォーカーにまで向けることは容易に想像できる。正念場だなぁ。
「危ないことを頼んでしまってすいません。サリアさん、キュロスさん、お気を付けて」
「じゃーまたあとでね、ダーリン」
ふざけてウィンクをしながら走り出すサリア。
「オルカ、ロックをお願いね」
そう言って手を振りサリアの後を追うキュロス。『隠密』の無い二人はあっという間に全力疾走で去って行く。俺は何かあればすぐに後を追うつもりで『走査』を二人の監視に充て続ける。二人が無事に攻撃態勢に入れないなら俺がここにいる意味も無いのだ。今すぐにでも後を追い掛けたい衝動を抑えながら二人の存在を感じ続ける。俺たちの周りの監視は完全にバーズとオルカに任せている。二人は、恐らく守備隊か巡廻の兵の『探索』に引っ掛かっているが、敵味方の判断がつかずに放置されているみたいだ。
守備隊の第一陣が行軍を開始して動き出した瞬間、デミトリー邸から数軒離れた屋敷の屋根上でかつて感じたことのないほどの急激な魔力の高まりを察知した。そして、デミトリー邸の敷地上空の空が、青い月光を遮って血のようにドロドロとした赤黒い雲が渦巻き始めると、そこから紅蓮に燃え上がる無数の火球が落下し始めた! 正面玄関から更に奥、ギリギリ建物には当たっていないが、完全に絨毯爆撃だ! 俺は咄嗟に『出納』を合わせて正門、その周辺の壁、そして建物の壁の一部へ一メートルから二メートル級の岩石を落としていく!
「おいおい。これ、サリアがひとりでやってるのか? 『爆炎の魔女』ぐらいじゃまったくの過小評価だな。『獄炎の魔女』でいいんじゃないか」
バーズが呆れている。よし、俺の『出納』は誤魔化せた。途中、俺が『出納』で岩石を落とすのに合わせてサリアの火球の落下位置の密度が変わった。この範囲魔法でそんなことまで出来るって、サリアってワンマンアーミーすぎるだろ。
「うーむ。しかし、これはどうなんだろうな」
バーズが唸っている。ええと、うん。サリアさん、やりすぎ! 燃え過ぎてて誰も近寄れない! デミトリー邸の敷地は一面火の海だ。しかも燃えてるのは火球自体だから、何百度あるのかわからんぞ。守備隊には当たっていないけど、水魔法を使える奴がちょっと水を当てたぐらいじゃどうにもならん。というか水当てるの危ないかも。水蒸気爆発起こす寸前だ。とりあえず延焼を防ぐために周辺の雑木の伐採と事前の放水に方針を変更したみたいだ。
守備隊の一部は俺がぶっ壊した壁から外に出て正門に向かっている。『走査』で二人を観察すると、予定通りスラム方向に距離を取って様子を見ているようだ。よし、脱出も問題なさそうだ。二人にここまでしてもらって俺が手ぶらで帰るわけには行かない。バーズを見る。
「さて、若いお嬢さん二人にここまでしてもらったら働かないわけにはいかないな」
どうやら考えることは同じみたいだ。
オルカの艶煌銀青の髪と透き通る青灰色の瞳が青い月に照らされいつもより怪しい蒼い輝きを増していた。
さあ、征こうか蒼き狼よ。




