第120話 嵐の前
本部に残った女性陣に『行ってらっしゃいませ旦那様』と、耳慣れない言葉で深夜に送り出される十歳児な俺。女性陣の方々と会話すると言葉の端々にまだ俺のことを女の子だと勘違いしている気配が濃厚だけど、とりあえず面倒なので放置している。もう忙しいからそういう細かいことは明日以降の俺に丸投げだ。
さて、現在、日付が変わるまではあと、何分か、わからん。時計無いから。体感あと一時間は無いよねーって感じ。この辺はなんとなくそういうことがわかる人同士の共通認識でだいたい合う。このパーティーだとオルカ以外の四人がそういう体内時計を持っている。
オルカは日の出と日の入り、天気とかに敏感だ。それと、おそらくひとりでいた時よりも相当に熟睡出来ている。俺が一緒だと一度寝ると何しても起きなさそうな感じだ。一度夜中にトイレで起きてベッドに戻ったら暗い寝室でオルカの目が光ってて驚いたことがあった。俺が起き出していなくなった瞬間に起きたんだと思う。まだまだ依存度は高そうだ。様子は注意深く観察中。オルカは夜に弱く、朝めちゃめちゃ強い。今までの生活リズムが残ってるせいだろう。俺は前世記憶が入ってから夜型にシフトしている。朝が結構辛い。『夕暮れの泉亭』に宿泊してる時は、オルカだけ朝早くに起き出して、短い時間だけどユセフとバーズに稽古を付けてもらったことがあるみたいだ。
バーズの先導であっという間に最初の防壁まで来た。マジか。門が閉じているだけで、門衛も見張りもいないぞ。正規兵のシフトをいじってるのはこの前と同じだろうが、シフトどころか引き継ぎもせずただ居なくなるなんてどういうことなんだ。私兵じゃなく正規兵だぞ。
『走査』を走らせる。やはり誰もいない。異変を察知して、前回よりも更にスラムにも人がいない。今日は白い月は出ていない。青い月だけだ。暗く青い月光の世界だ。重い水の中で溺れる錯覚を起こしそうだ。ダメだ。そんなメンタルでどうする。違うだろ。俺が奴らを深く沈めるんだ。青い光を味方に付けて力に変えろ!
バーズがハンドサインで防壁を超えることを伝えてくる。防壁の凹凸を利用して一気に駆け上がる。サリアがヒールのくせになんなく防壁を超えてみせる。俺が後ろから見てることを意識してきっと自慢気に口角を上げてニヤついていることだろう。
防壁の向こうの地理を知るバーズが先導して青い夜を奔る。順番はバーズ、オルカ、キュロス、サリア、俺だ。俺の『探索』が『走査』に進化していることを知るのはまだオルカだけだ。バーズの『探索』は熟練度が高いのはわかる。『走査』と『探索』の違いは指向性の広さだ。『走査』は広範囲、無差別に状況がわかる。『探索』は自らの意思で探索方向を決める。『探索』をキュロスとサリアが取得しているかはわからない。本当ならこういうのが一番よくない。パーティーとしてお互いの能力がわからないのは改善の余地ありだ。まぁ、フリー同士の即席パーティーだと思えばそれよりは遥かにマシな信頼関係があるから問題ないだろう。マイナス要素じゃなくて伸び代があるってことだよ!
さっき一度サリアを全力で走らせたので、バーズも進行速度の目安が付いている。最後尾から見ていてもこの進行速度は素晴らしいし、動きがスムーズだ。俺は、前回よりも街中を観察する余裕があることに気が付いた。前回はキュロスを探して助けるという思いがプレッシャーで周りを見る余裕が無かったのだ。
防壁の中の街は、やっぱり嫌な臭いが無い。この世界の文明レベルならもっと糞尿の臭さがあってもいいはずだろう。建物脇に側溝があるのに臭くない? どういう仕組みだろう。下水があるとしか思えない。きっと街の住人にとっては当たり前の何かがあるんだろうな。
いくつか防壁を超えたが、どこの路地にも寝ている浮浪者もいなければ出歩く者もいない。治安が良いのか危険を察知して姿を隠しているのかはわからない。そんな無人の青い街をひたすら進む。家屋の中では人々がとっくに寝静まっている。デミトリーの屋敷は西地区の中心線沿い一番内側の防壁の中だ。グランデールの中で一番広い敷地面積を持つ屋敷だそうだ。
グランデールの外周は一辺の長さがおよそ三、四キロほどだと思う。人口はよくわからない。この規模の都市なら五万から十万人ぐらいはいると思う。俺はとにかくスラムの一部しかわかってないんだ。この世界では大都市と言われても現代世界に比べれば小さいものだ。西の大門からは、身体強化を使えばグランデールの中心部まではあっという間に到着できると思うほどには俺の感覚では狭く感じる。
グランデールは魔獣からの侵略を恐れて過剰なまでに何重もの防壁で守られている。今夜はその扉がいつも以上に固く閉ざされている。だが、それを守る兵がどこにも見当たらない。シフトを誤魔化すにしてもいったいどこに待機させているんだ? いくらデミトリーといえども、さすがに正規兵をオーサーのところに攻め込ませるのは無理だろう。ただ、サリアの時のように強引に理由を作って襲撃そのものを正当化するということもありえる。
今回の襲撃はかなり無茶がある。南への襲撃が失敗したことでデミトリーが追い詰められて暴発したのだ。とりあえず政敵を倒してしまえばあとはどうとでもなるっていうことだ。俺の提出した書簡は役に立ったのかな? ゲットーの金庫にあった約証書の中にもいろいろデミトリーの不利に働くモノがありそうだ。
防壁を超えひたすら裏道を駆ける。さぁ、最後の防壁だ。バーズが防壁の上を指示する。誰も居ない防壁を利用して偵察だ。一気に登って一塊になって眼下を見下ろす。
「あそこの辺りがデミトリーの屋敷で、あっちがオーサーの屋敷だ。その奥にウォーカーの屋敷がある」
バーズが指を差して教えてくれる。一番奥の防壁の向こうは高級貴族の住む地域だ。どの屋敷も高い壁があり広い敷地を持つ。ほぼ正面のひと際大きな敷地がデミトリーの屋敷で、ここから右にオーサーとウォーカーの屋敷がある。
「これ以上近付くと気取られる。ここも目立つ。移動しよう」
バーズがそう言うとハンドサインでオーサーの屋敷と反対の左方向を指示して防壁の上を走り出す。バーズの指示で出来るだけ固まって移動している。なぜだ? 防壁を移動してオーサーの屋敷からはだいぶ離れたところでバーズが停止のサイン。
「出来るだけ固まったままで。ちょっとした技でな、気配を消せる。範囲が狭いからこのままで」
ほーん。さすが隠密。その魔法、勉強させてもらいます! 魔力の流れを読む。魔力を出す『探索』の逆? あー、なるほどね。それで防壁の上を走ったのか。目立つのに何故かと思ったんだけど、気配を消すのと同時に『探索』が使えないからだ。防壁の上の方が目視で敵の位置がわかるからね。そうか、前世現代戦のステルスの原理と同じなのか。だったら『走査』で『探索』の魔力の流れを察知するようにして、それが俺に届くタイミングで魔力を吸収、拡散すれば誤魔化せるんじゃないか? 要はサーチの魔力の波動を覚えて反応させればいいんだ。さっき弓矢では出来たから、同じ要領で出来るだろう。
『走査』という能動的魔法を発動しつつ、『隠密』という受動的魔法を発動。防壁の上の狭い死角に身を寄せ合ってその時を待つ。来た。敵の『探索』の波動だ。今はバーズの『隠密』を感じるために集中。デミトリーの私兵による巡回だ。これは至って通常の巡回にも見える合法な行いだ。ただ、デミトリーの屋敷から離れた他人の屋敷の周りでやることじゃないと思うけどな。バーズが『探索』の波動を打ち消している。吸収するイメージか。なるほど、これならいろんな『探索』にも対応できそうだ。俺は自分の『走査』に『魔力が消えたところをマークする』機能を上書きした。『走査』を掛けた時に反応が何もないところは敵が『隠密』で隠れているかもしれないってことだ。
俺たちのそばまで来ていたデミトリーの私兵が離れると、バーズがオーサーの屋敷とは反対方向をハンドサインで送って物陰から飛び出して行く。俺は咄嗟に『走査』と『隠密』を二重起動した上で身体強化も入れて最後尾でスタート。バーズが俺をチラっと見る。きっと『探索』を入れた瞬間に俺たちの反応が無くなっていることに気付いたんだろう。そりゃ気付くよな! バーズがニヤリとして『隠密』を止めて『探索』だけに集中した。
『探索』を掛け続けられるようになったバーズが早速、防壁を飛び降りる。走ってオーサー邸と反対側まで来たところでそのままデミトリーの屋敷が見える場所にある誰だか知らない貴族の敷地に侵入して屋敷の屋根上に登って偵察を開始。すると、デミトリーの屋敷の庭に無数の人影が見えた。篝火まで焚いてやがる。軍事用の野戦天幕もある。正規軍の野外指揮所だ。完全に野戦基地だな。なるほど、訓練とでも称して正規兵を敷地に集めたか。軍を足止めするのと同時に自然と守備隊にもなるってことだ!
さて、デミトリーをどうやって探し出そうか。身体強化の視力強化で野戦陣地を観察するが、デミトリー側の私兵の数は極端に少ない。指揮官クラスに命令するために数人を付けているだけだな。今や正規兵は屋敷を囲う全ての外周道路を網羅している。行軍パトロールで隙が無い。
デミトリーの屋敷の敷地は広大だ。雑木も多い。ただ、最終的に建物に辿り着く数十メートルは意図的に遮蔽物が無い作りになっている。敵の接近を容易に察知するためだ。魔法使いも多いようで、篝火だけでなく光源魔法があちこちにあって隠密での侵入も難しそうだ。
「失敗しましたね。正規軍が入る前に侵入して敷地内に隠れてた方が良かったですね。事前にもっと時間があったら『隠密』で行けたなぁ」
などとまるで他人事のようにボヤく。するとバーズもリラックスしながら俺の愚痴に付き合う。
「そうだな。お前もオルカを見習って早起きしてくればよかったんだがな」
俺が朝練をサボったせいで貴重な学習の機会を失ったことを刺してきやがった! くそっ、その通りだ!
「あいたたた。ホント、その通りです。オルカ、あなたは偉いよ。今度早起きしてバーズさんに教えてもらう時は俺も叩き起こしてくれる?」
「うふふ。いいわよ。その時はどんな方法であなたを起こしても文句言わないでね」
その時のことを想像しているのか、楽しそうに言うオルカ。起こし方ってそんなにバリエーションがあるもんだっけ?
「あんたはホントに緊張感が無いわね。これ、どーすんのよ」
そう言うサリア自身がまったく緊張感が無さそうだ。キュロスが俺たちを見てニコニコしている。そこら中で『探索』が飛びまくってる中、ここだけは団欒の雰囲気。みんなー、戦争中ですよー。
とりあえず腰にぶら下げてる小さいジョッキに氷水を作って喉を潤す。オルカがちょうだいって言うから同じものを作ってジョッキを渡すとおいしそうに飲んだ。オルカが飲み終わるとアタシにも寄越しなさいよと自分のジョッキは出さないでサリアが言うのでそのままお代わりを作る。キュロスとバーズは無言で俺に自分のジョッキを渡してきたので作って渡す。
「あんたの生活魔法の習熟度どうなってんのよ。なんでそんなに簡単に氷が作れるわけ? しかもなんなのこの小さい四角い透き通った氷は。それになんでこれ穴が開いてんのよ」
氷作りは屋台で作って覚えた。今回は昔ながらの喫茶店のブロック氷をイメージしてみました! 透き通った業務用氷だ。見た目も美しく溶けにくく、穴が開いてて表面積が増えることで冷える効果も高い。クラッシュアイスもいいけど、真夏以外はストローじゃないと氷が一緒に口に入って飲みにくいんだよね。
「美味しくていいでしょ」
俺がそう言うと、そういう問題なのこれとかなんとか文句を言いながら美味しそうに飲むサリア。
「バーズさん、デミトリーがいるとしたらどのあたりだと思いますか」
氷水をゆっくりと飲みながら屋敷を見ているバーズに声を掛ける。バーズは『隠密』を使うのはもう止めたらしい。俺が常時発動しているのがわかっているからだ。
「そうだな。いくつか思いつくがな。どれも決定打に欠ける。外のことは無視して寝ている可能性さえある。逆にどうなんだ。お前の方がわかるんじゃないのか」
あー、『走査』で探るってことね。人の動きがわかれば本丸もわかるってことか。
「さすがに人が多すぎてここからは無理ですね。やっぱり屋敷まで辿り着かないとダメかなぁ」
その時、急に空が明るくなり、遅れて爆発音が届いた!




