第117話 譲れないもの
奴隷になることを拒否した十人が今まさに俺に襲い掛かろうとしていた。
「行くぞ! 野郎ど」ドドドッ!
立ってた連中全員の右の太ももの裏に時速百五十キロの握りこぶし大の石がゼロ距離で当たった。鎧の無い部分だ。そこにデッドボール! 数名を覗いてその場に膝を付いたりひっくり返って呻いていた。周りで見ていた者は何が起きたかわからない。
「今倒れなかった奴は『金剛』かそれに類するスキルかな? 何が起きたかはわかるか? ちなみにザイツェフは一撃で全身バラバラになった。もっとデカいのをぶち当てて吹っ飛ばしたからだ。たぶん十メートルか二十メートルぐらい飛んだかな。それでもいいなら来い。『メテオ』」
ニセの詠唱後、高さ三メートルの大岩を二十メートル上空から時速三百キロで篝火の隣目掛けて落下させる。
ドゴォォォン!
夜のスラムに大音響が響き渡る。篝火が火の粉を撒き散らしながらぶっ倒れて、大岩が地面にめり込んでいた。地響きが体を伝わり全員がビビった。俺もビビった! が、なんとかそれを表情に出さずには済んだ。そして唐突に大岩が消える。こっわ! あぶねーって! よ、よし、もう少しデモンストレーションしてやろう。
「おい、お前。俺に向かって弓を射て。安心しろ墜とすのは矢だけだ」
バリウスのパーティーメンバーで、さっき弓を射ってきた狩人を指名した。そいつがゆっくりと弓を引く。
ヒュガガガ!
一回しか射ったようにしか見えないのに三連射しやがった。だが、その三本の矢は射った弓のすぐ前の地面に落ちていた。一本は地面に刺さっていた。狩人は一歩先に落ちている矢を拾った。たしかに自分が射った矢だった。座っていた者もそれを見て射ったばかりの矢が墜とされたことを理解した。
「あとは魔法使いか。魔法はな、撃たれたあとの処理が面倒だからな。撃たれる前に頭をふっ飛ばすからそのつもりで来い。座ってる連中も魔法使いは魔力を練り始めた瞬間にわかるからな。ふい打ち結構だが自分の命が天秤に載っていることは覚悟でやれ」
俺が話してる途中からキュロスが俺の後ろを通り過ぎて、ヤリスのいるテーブルで既に準備の出来ていた誓約書に血印を押し始めた。その場には篝火が弾ける音と太もも裏に打撃を喰らった連中が地べたで呻く声しか聞こえなかった。ここまでやってもまだ反抗して来るならもうそいつはいらない。今は時間が惜しいからね。
俺がキュロスの隣に座って血印を押し始めると、バーズに促されて、さっき挨拶を無視したオーサーの私兵の代表が来て騎士の礼を取った。
「ロック様、先ほどは失礼致しました。私はオブライエン家に仕える騎士でライアルと申します。ロック様の私兵をご案内する役目を賜っております。オブライエン家の者に代わりまして、この度の御助力に感謝申し上げます」
さっきの態度と比べるとずいぶんと従順になったね。俺の後ろに立つサリアのドヤ顔が目に浮かぶ。やっぱり暴力が支配する世界なんだなぁ。
「ご丁寧にありがとうございます。時間がないので作業を続けながら失礼します。ロックです。今ここにいる連中が全て私どもの奴隷兵士となります。近日中に戦闘が出来る者は全員冒険者となり、新たに設立される、この隣にいるキュロスさんをボスとするクランに所属することになります」
「うおおぉっ!」
会話が聞こえていた組織の連中が歓喜の声を上げた。伝言ゲームのようにその話がザワザワと広がっていく。キュロスはちょっと困ったような顔をしている。
「ベルガー! ちょと来い!」
ベルガーを呼びつけると暗がりから現れて近くに来る。騒ぎに巻き込まれないように離れていたっぽい。
「はい。なんでしょうか、ボス」
ボスはキュロスになるんだよなぁ。
「お前らのボスはキュロスさんだ。俺じゃない」
そう言うとベルガーが困った顔をした。
「俺のことはロックと呼べ」
途端にうれしそうになるベルガー。
「わかった! なんの用だロック」
くそ! こうなるよな! もう、別にいいよそれで。
「今回、キュロスさんは俺と共に別行動になる。他にやることが出来た。オーサーのおっさんの家にはお前らだけで行ってもらう。現場のリーダーに相応しいのは誰だ」
オーサーをおっさん呼ばわりされて近衛騎士のライアルが複雑な表情をしている。俺は誰の下にも就く気が無いから気にしない。俺の意識では、前世の記憶が流れ込み、更に俺を奴隷にしていたこの国を俺の故国とは思っていないからだ。むしろ支配階層の奴らには敵に近い感覚を持っている。この国の貴族も俺にとっては等しく無価値だ。歳やその功績に応じて礼は取るが、身分差は受け付けない。この世界の身分の差とはなんだ? それは力だ。暴力の強弱だけが身分を決める。俺の上に立つなら暴力で俺を上回れ。話はそれからだ。俺の問いかけにベルガーが答える。
「組織運営は俺のままでいい。現場はバリウスに任せればいいだろう。スティングはバリウスのパーティーメンバーだしな」
「わかった。今回はお前も現場に行けよ? おっさんとのやりとりがうまく出来そうなのはお前だろ。お前らは今回は非常時の脱出口となる屋敷の裏口の守備隊になる予定だ。裏口自体は私兵が守るから、お前らはその前衛として盾になれ。いざという時はオブライエン家の者を最優先で守れ。オーサーのおっさんの命令は俺の命令と同じだ。それ以外は先ほど言った通りの優先順位でお前らの判断で動け」
ベルガーは「了解」とだけ返事をして奴隷紋の浮いたバリウスを呼んだ。
「お呼びですか、ボス」
あー、そうか。面倒だな。俺は立ち上がると全員に向かって声を張り上げる。
「お前ら! もう聞いたな? 冒険者クランを設立した際は、ここにいるキュロスさんがボスだ!」
「ちょおおおっと、まったー!」
なんだ? スティングだ。
「ひとつ提案だぁっ!」
奴隷ってこんなんだっけ? 反抗してるわけじゃないからいいのか?
「キュロスの姐さんは姐さんと呼ばせてくれぇぇぇっ!」
魂の叫びだ。座ってるムサい野郎どもが切ない顔をしてこっちを見ている。なんなんだお前ら。この世界に仁侠映画とか無いだろう。何への憧れなんだそれ。でもまぁなぁ。確かにキュロスをボスっていうのもちょとゴツい感じがして違和感あるよなぁ。でもなぁ『姉さん女房』は聞いたことあるけど『年下姐さん』はどうなんだ? それはいいのか?
「あー、わかった。とりあえずそれでいこう」
そう言うと再び「うおおぉ」っと歓喜の声が溢れた。まぁ、奴隷とはいえストレスはパフォーマンスの低下を招くからなぁ。ロボットになるわけじゃないからね。ベルガーがしょうがねえかとひとり残念そうな顔をしている。
キュロスはどっちにしろ迷惑なんだけどって顔をしていた。




