第113話 自由になったら自由
さて、まだまだ話したいことはあるのだが、今夜は割と忙しい身だ。
「フラン、まだ一緒に居たいんだけど、今夜は行かなければならないところがあってね。そろそろお暇するよ」
「あら、残念ね。お友達だから歓迎するわよ。いつでもいらして」
今夜はちょっと酷い仕事が待っている。彼女たちを一晩ここにお願いしようと思ったところでキュロスの声が聞こえた。
「ロック、着替えるからちょっと時間ちょうだいね」
声の方を振り向くとサリアがドレスを足元に落とし、キュロスが革のツナギを脱ぎ捨てていた。女中がふたりの着替えを手伝っている。サリアが着ようとしている服は黒地に銀糸を施した細身のゴスロリバトルドレスだ。スカート丈は短めだが背が低いのに足が細く長いのでまるで人形のような可愛らしさだ。わざわざ俺の正面に座って膝上の細身でヒールの高いブーツを足を高々と上げながら見えるように履いている。俺の左のオルカが耳と尻尾を立てて目を見開いて見つめながら勉強中だ。右を見るとフランもおもしろそうにサリアを見ている。金緑石の瞳がくるくると色を変える。なんだかよくわからないので俺もサリアをじっくりと見ることにした。じー。みるみるうちに桜色に染まる頬。恥ずかしくなるぐらいなら最初からやらなければいいのにね。今さらもう引っ込みがつかなくなっているね。おもしろいので三人でじっくりと見てあげた。ブーツを履き終わったサリアはぜぇぜぇと荒い息をついていた。顔は真っ赤だった。
「着替えるって、なんで」
ずいぶんと間があったけどキュロスの言葉への返事だ。キュロスが会話の流れを覚えていてくれたようで助かる。
「あたしたち、もう奴隷じゃないからね。好きにできるのよ。知ってた?」
いたずらっぽく言うが、俺が何を言っても絶対になにも覆らないことは伝わった。
「あんたひとりで行かせるわけないでしょ。わたしはあんたに買われた女になってしまったのよ。責任は取りなさいよね!」
なんとか立ち直ったサリアが勝ち誇ったようにアゴを上げて言う。そんなことを言う生意気でかわいい女の子はイジメてあげなきゃいけない。せっかく着たかわいいお洋服をつま先から頭の先まで舐めるように見ながら言ってあげよう。
「え、でもそれはボクがサリアを毎晩好きなようにめちゃくちゃにできるっていうことじゃなかったっけ?」
見つめ合うこときっちり二秒後にサリアの顔がまた火を噴いた。なにを想像したのやら。
「あら、買ってもらうってそういうことよね。サリア、貴女がうらやましいわ。よかったわね。これからは私の代わりに彼にしっかりとかわいがってもらうのよ」
そんなサリアを見てフランが追い打ちをかけた。さすが娼館の女帝。そっちのノリもイケるらしい。サリアは撃沈した。
オルカが俺をちょいちょいと指で突く。ああ、装備をくれってか。それを見ていたフランがオルカに興味を持ったみたいだ。
「あなたもおもしろいわね。この子に付いて行ったらいろいろ見れて楽しいでしょ」
フランが気安く俺の右肩に手を置きながら背中越しにオルカに問いかけた。オルカがふんふんと頷いた。それを見たフランがふふふっと笑った。今にも頭を撫でそうだ。
「いいわよ。ここで身に着けて行ってらっしゃい」
フランから武装の許可が出た。武装どうこうで彼女を倒せる気はしない。ここで非武装になるのは儀礼的な意味であって実用的な面は関係無い気がする。
俺とオルカの装備を出して身に着ける。オルカも慣れたものでひとりでパパっと装着していく。時間のある時に練習しているのだろう。たぶん光ひとつない暗闇でも装着することを想定して練習している。バーズかな? ユセフかな?
キュロスも装備が変わった。片刃の長剣がゲットーのところで拾ったやつじゃなくなっている。俺が剣を見ていることに気付いたようだ。
「これね。これが元々の愛刀なの。ゲットーの出入りの時は使う気になれないから全部借り物だったのよね」
キュロスは居合も得意とするはずだが、身に帯びた刀剣は湾曲した刃渡りが一メートル以上ありそうな片刃の長剣だ。これをテントで振り回した?
胸当て、膝当て、ブーツも変わっている。何で出来ているかはまったくわからない素材だ。鉄ではない。黒ベースで赤の差し色がカッコイイ。俺も背が伸びたらそういうのがいい!
ツインテールのサリアが立ち上がる。手には杖を持っている。煌めく宝玉が赤青黄と三個も付いている。そんなの見たことないんだけど。
奴隷紋のなくなったふたりが美しいエルフの前に立つ。銀色に包まれた恒星耀金の髪色を持つ美の結晶が目を伏せて優雅に立ち上がる。
「ジーナ様、あたしを買ってくれてありがとう。今日、出て行くわ」
透明な琥珀の瞳のしなやかな肢体の女豹を今の季節に相応しい新緑の緑の瞳が静かに見つめ返す。
「強くて美しい私の娘よ。あなたの旅は今日から始まるのよ。覚悟なさい」
ヒールを履いた美しいエルフと、それより頭ひとつ高いキュロスがそっと抱擁する。
「ジーナ様、半端者のわたしなんかを自由にしてくれてありがとう。世話になったわ」
蠱惑的な桃色が揺らめく神秘的な瞳と情熱の紅玉の瞳が見つめ合う。
「魅惑的な夜の迷い子よ。貴女に迷わず進める時が来たことを祝福するわ」
ヒールを履いた美しいエルフと、ヒールを履いても頭ひとつ低いサリアが力強く抱き合う。
「とても感動的でこの場に立ち会えたことを光栄に思うんだ。えーと、でもどうしようかな。俺、ひとりで行くつもりだったんだよね。請け負った内容がさ、デミトリーの居城に行って暗殺することなんだよね」
キュロスは知っているがサリアは初耳だ。オルカは何も気にしちゃいない。
「ふーん。うまく行けばひとり殺るだけで終わりなのね」
サリアの感想だった。うーん。緊張感無いなぁ。
「土地勘もないし顔も知らないから誰か案内を付けてもらう手はずにはなってるけどね」
「あんたそんなんでその大役を引き受けたの? なーんにもわかってないじゃない。でもまぁ敵の親玉なら行けばわかるわね」
「味方がいないんだったら目の前のは全部敵ってことでしょ? 簡単でいいわね」
ポニーテールに髪を結びながらキュロスがお気軽に言う。オルカがスっと席を立って「早く行こ」と視線で訴えてきた。いや、だからひとりで行こうかと、あー、はいはい。こんな女の花園じゃ男の俺は何言ってもダメだよね。じゃあ、ちょっと夜のグランデール観光にでも行きますかね。
「シェリルさん、お土産楽しみに待っててくださいね」
「ロック、無理はしないで。ううん、違うわね。あなたが私を助けに来るのをここで待っているわ。お願いね」
おお! そうだ! その方がずっといいよ!
「はい! よーし、やる気出てきたぞー!」
「なんかあなたたち楽しそうねー。うーん、私も付いて行きたくなっちゃうじゃなーい」
恒星耀金の髪がキラキラと輝く。え? いや、それはどーかなー? そんなことしたらさぁ、なんでかわからないけどグランデールが更地になる予感しかないんだよねー。
「シェリル解放のためだものね。まだ私がお邪魔したらダメなタイミングね。しょうがない、ここでシェリルとお茶して待ってるわ」
悶えるように自分の身体を抱きしめてガマンしていることを目一杯アピールするちょっとダメなエルフを見てみんなが微笑んだ。
「じゃ、いってきます」
オルカも覚えたての「イッテキマス」をして部屋を出た。
すぐ目の前の扉の前にいる奴隷紋のある美しい女中が恭しく大扉を開けた先は、最初に入った娼館のホール玄関だった。
ホールを出た玄関の馬車回しには昼に見た黒と銀の荘厳な箱馬車と燕尾服を身に纏った紳士の御者が待機していた。四人が乗り込むと馬車は揺れも無く静かに速く進み始める。目的地はすぐそこだ。




