第109話 この歳になって
デミトリー・カルチェンコ男爵は西地区の冒険者ギルド長官というだけではなく、大辺境都市グランデールの西地区全体を仕切る担当貴族だ。デミトリーは、『恵みの森』の都市近郊の大部分を占有することから経済的にも、冒険者という戦力という意味でもグランデール最大派閥となる。
ゲットーファミリーのことは、ここに来る時には皆殺しにして、建物は更地にしてやろうとか思っていたのだが、それをやると想像よりはるかに広く市民生活に影響が出そうなことがわかった。使い捨ての戦力だと思えば何かしらの力になりそうなので生かして使ってみようという気になった。組を悪の組織から世直し愚連隊にするためにベルガーは大いに役立ちそうだ。
さて、だいぶ日も傾いてきたので今日はここまでだな。現金と約定書をリュックに詰め込むフリをしてガンガン『収納』していく。ベルガーを見る。
「お前たちは社会の敵ではなくなった。一般市民に対する不法行為は禁止だ。自衛のための戦闘行為は許容する。敵対勢力に対してもだ。そっちには今まで通りだ。ナメられるな。引き続きこの建物の使用を許可するが、解放した奴隷など一般市民の保護を優先しろ」
ベルガーはもうこうなることは予測済みだったらしく、嫌そうな顔もしない。
「お前らを冒険者にする。ちょっと人数が多すぎて登録のためにギルドに押し掛けるとパニックになりそうだから登録方法は俺の方で何か考える。規模がデカイからパーティーじゃなくてクランを設立する。というわけなんでキュロスさん、クランボスお願いしますね」
「ん? え? ええっ!? なんで?!」
突然過ぎて若干パニック。
「俺ってまだ冒険者になれないじゃないですか? だからキュロスさんにやってもらうしかないんですよね。まぁ、名義だけでもいいのでよろしくお願いします」
登録で名前いるからね。そういう理由ならしょうがないかぁと言ってるキュロスさん。元銀等級だし大丈夫じゃないかな。若干二十一歳女性巨大クランボス爆誕の日も遠くないな。会話の流れでベルガーがしみじみと言う。
「まさかこの歳で冒険者になるとはなぁ」
「人生ってわかんないよね~」
全員が俺の顔を見て何か言いたそうだった。いやいやいや、君たちね、俺こそがマジでそれを言っていい人なんだよ? ということでそれを踏まえて冒険者登録する人選も任せる。あからさまに戦えないのはスラムの商業活動に残す。
冒険者クランがギャングを差し置いてスラムを仕切るという意味では南スラムが同じようなことを何年も前から実現している。『金剛』を使うクランボスのいる『南の守護者』というクランが南スラムでは一番力のある暴力組織だ。ゲットーファミリーみたいな外道じゃなくて、ちゃんとした冒険者クランとして運営されている。『南の守護者』には地元ギャング共も手を出さない。怖いからだ。一回あのジジイと話をしてみてもいいかもなぁ。こっちでも同じようなことやりたいって。
「というあたりで今日やることは以上かな。ベルガー、何か俺に言いたいこと、言っておくことはあるか」
ベルガーが待ってましたとばかりにニヤリとする。
「いろいろあるけどな。一番に言わなきゃならんのは今夜ゲットーファミリーに召集が掛かってるってことだ。もちろんデミトリーからだ。組として契約もしていた。契約者のバイラルが死んだから契約自体は御破算になってる。契約書は金庫の中だ」
おいおい。超弩級案件じゃないかよ。俺はでっかいため息のあとにベルガーに問う。
「なにやるのか話せ」
もう細かく聞いてもしょうがないから質問も適当になってきた。
「今夜、日付が変わるところで商業ギルド長官のオーサー・オブライエン卿の自宅を急襲することになってる。攻撃部隊は西地区全体のデミトリーの息が掛かった組織だ。ゲットーファミリーもその内のひとつだ。まぁ、基本的には前回南地区を襲った時の生き残りだな。正規部隊とデミトリーの私兵はウォーカーを抑える役目だ。これも前と同じだな。今回は冒険者にも相当な金をバラまいているらしいから前回よりも人数的には減るけど戦力的にはヤバだろう」
壁の中の不良冒険者か。きっと借金や家族、クスリ、女で縛って手駒にしているんだろう。時間が無い。しょうがない、やってやるか。
「組織の奴らに日暮れ前に帰れって言っておいて正解だな。武器装備を揃えておけ。日が暮れた後に戻る。それまでに捕まえてきた奴らの奴隷誓約書を用意しておけ。『夕暮れの泉亭』に少し装備品があるからあとで荷車で取りに来い。お前らはもう無法者じゃない。冒険者だ。街のために生きて死ね」
「ありがたいね。死に場所があるなら文句はねーかな」
ベルガーがやっとらしい笑顔を見せた。ベルガーには「街のため」と言ったが、それは結果としてそうなるだけであって、まぁ、俺のために働いてもらうんだけどね。
俺とキュロスはライズ達を伴って建物を出る。ライズの顔は真っ青だ。
「ライズ、カレンさんとルシアを連れて避難してなよ。ギルドの辺りに近付かなきゃ大丈夫だと思う。他のメンバーに事情を話して身を寄せるのもいい。いけるな?」
「俺たちは問題ない。でも、ロック、お前は何をやろうとしてんだよ」
カレンさんも心配というよりは恐れを抱いているような表情だ。十歳の子供が何してるんだって話だよな。
「まぁ、俺は離れたところでアレコレ言うだけだよ。大したことじゃないよ」
そんな言葉は誰も信じないけど今さらだ。自己責任の世の中だ。ゲットーが潰れてウォーカーたちの側についたならある程度無茶しても街中で生きていけそうだしね。ここが踏ん張り所だろう。
「じゃあ、カレンさん、また明日。これ、残り八日分のお金です」
大銅貨を十枚と銅貨数十枚を渡す。みんなの日当や必要経費だ。明日会えるかはまぁ、わからないからね。俺がいなければ肉の供給もできなくて商売は終了だ。そんなことは言わなくてもみんなわかってる。
「オルカ、おいで」
そう呼びかけると、笑顔で駆け寄って来る。キュロスはボディスーツの上に軽装の革鎧を着て、左腰に片刃で細身の長剣を差している。長剣で抜刀を意識した武装だ。『金剛』を持った相手にこれで勝ってるんだよな。すげえ。密かにシェリルとキュロス用に選別した装備も『収納』済みだ。その他の装備も『銀狼の牙』用にと思っていたが、『夕暮れの泉亭』にある分も含めて今夜必要になってしまった。
「じゃあ、ライズ、無事でいろよ」
そう言うと身体強化を入れて疾走開始。
オルカもキュロスもしっかり付いて来る。
今夜もまだまだ休めそうもない。




