第108話 大企業経営
オルカがスティングに稽古を付けてもらっている。
外からは時折、剣戟の音に混じってスティングの笑い声と「痛っ!」とか言う声が聞こえてくる。建物の中で事務仕事しながらそれを聞いていると、なぜか放課後の部活を思い出した。とりあえず戦う相手が欲しいというスティングの望みは叶えてやったからいいだろう。オルカが稽古を付けてもらっている。まさかその逆なんて話はない、よな?
俺との死闘! の末にスティングが負けを認めたことで、それを見ていた組員達もあきらめがついたみたいだ。そして今もオルカとの模擬戦を見て呆然としている。俺は中で仕事だ。
この建物の中には奴隷として囚われている者も多い。そういう連中も順次解放していく。中には俺を新たな主人にと望む者もいたが全て断る。使い捨ての道具以外の奴隷を持つつもりは無い。ただし、それは借金奴隷の場合だ。誓約書による性奴隷が多数いることがわかった。こっちはちょっとやっかいだ。
俺としてはゲットーファミリーを潰してキュロスを解放、ライズの家の借金をチャラにした上でこいつらが貯め込んだ資産を根こそぎ奪えば目的達成のつもりだった。今やっていることは全部オマケだ。これ以上なにかをしてやるつもりはない。ないのだが。
ヤリスが外から戻って来る。奴隷誓約書は一枚の約定書の中に奴隷となる者の名前が複数書かれている。こちらの負担を少なくするためだ。俺とキュロスの血印を押していく。血印の揃った誓約書から順次ヤリスが呪いを込めて誓約書を成立させていく。ヤリスの顔色が悪い。一度に大量の誓約でなんらかの負担が掛かっているらしい。そしてようやく外にいる連中の誓約が全てが終了。一旦、事務仕事中断で外に出る。
「オルカ、スティング、稽古は終了。怪我してないよな?」
スティングがオルカに付けられた斬り傷を黙って誤魔化している気がするけど気付かないフリをしてあげよう。さて、奴隷となった元組員達に初命令だ。
「お前らに初めての命令だ。スラムに散らばっている組織の奴らを捕まえるか説得してここに連れて来い。そいつらも奴隷にする。今後、お前らは力がある者は冒険者として従事することになる。それを伝えた上で拒絶する者は殺せ。武器はここにあるものを持っていけ。日が暮れるまでに戻れ。行け」
スティングが張り切って仕切っている。任せておけばよさそうだ。中に戻って借金整理と奴隷解放の続き。入口を通る時に最後尾のあたりに並んでいるカレンさんに声を掛けて前に連れて行って借金の契約書を探す。
「ありました」
ベルガーが見つけた借用書をカレンさんに確認してもらう。三人の目の前で借用書を燃やす。俺はカレンさんに黙って金貨三枚を渡した。震える手で金貨を受け取るとカレンさんがしゃがみこんでしまいそうになった。ライズとキュロスが慌てて手を貸す。しばらく壁際の長椅子で休んでもらうことにする。
事務所で給仕に就いていた奴隷だった女性がお茶を淹れましょうかと提案してくれたのでお願いする。中に残っていた女性陣に声を掛けて掃除など仕事をしだした。最初に声を掛けてくれた女性を誘って話を聞くと、今、外に出ても危険なだけだと。そりゃあ、そうなんだよなぁ。今までも奴隷として中にいて、酷いことをされていたけれど、食う、寝るためだと。うーむ。今後はその『酷いこと』は無くなった。とりあえず希望者は行先が見つかるまではここに住み込みで家事全般をお願いするということにした。多少の給金は出せるはずだ。組員だったやつは死んでもいいヤツらだから、自分たちの住環境を良くするようにと伝える。中で遺体処理などをしている奴隷組員に給仕係の女性の言うことを聞けと命令した。その瞬間、女性達が拍手してから子供の俺に頭を下げて礼をした。いや、ほんと、気にしないでください。
さて、奴隷の整理の続きだ。奴隷の中にはまだまだ手練れっぽい奴がいた。地下に監禁していたらしい。必要に応じて連れ出すやつだ。前回の襲撃を生き延びた戦闘奴隷だ。あれを生き延びたんなら運も実力もあるってことだなあ。敵対組織にいた奴や反抗的だった奴を子飼いにした奴隷だ。一旦全員を俺の奴隷にしてから過去のことや奴隷になった経緯を話させる。結局その手のやつらはそのまま奴隷にするしかなかった。でもお前らは今日から全員、奴隷仲間っていうことでうまいことやれ。まぁ、俺自身の経験からそんなの無理だろうけどな! こいつらを街中に放して組員回収にしても間違いなく殺し合いにしかならないので、とりあえずこの建物の守備兵として見回りや歩哨に立たせた。風格がありそうなのがいたので、とりあえずそいつをリーダーとしてシフトを組むよう丸投げした。そしてとりあえず交代で水浴びと着替えをして少しでも身綺麗にするよう命じた。
性奴隷にされている者はちょっと悲惨だ。契約奴隷は自分の意思だしまぁ大丈夫かもしれない。本人の希望などを考慮して使えそうなのはキュロスに任せることにした。『一夜の夢』は無理でもどこかの店の家政婦や、もし希望するならそのまま別の店で奴隷ではない契約をして働くことも出来るだろう。あー! ゲットーファミリーがやってるその手の店があるよな! おい! ベルガー! ちょっと来い!
「ベルガー、奴隷を働かせてる店が山ほどあるよな? 全部今すぐ止めろ。いったん契約しているのは解除だ。誓約で自死の恐れがあるのはそのままでいい。まったく、なんで組織が主人とかいう馬鹿な契約になってんだ。これじゃ解放されないじゃないか」
「そうですね、それが目的なのでね」
「主人が人じゃなくて概念ってのは反則だろ」
「このまま組員が奴隷になれば自然消滅という形で契約も誓約も自動的に消えるかもしれませんな」
「それもそうだな。まぁ、そうなったらそうなったでいいだろ。そんな先のことまで俺は知らん」
誓約の性奴隷はやっかいだ。奴隷じゃなくなった瞬間に自死に走りそうな連中がいる。この場にいるそういう連中は一旦キュロスの奴隷にする。キュロスがあとは任せろと言うのでそうした。俺では判断がつかない。
カレンにはまともそうな者で本人の希望とカレンの推薦があれば屋台で働かせることにする。まずは奴隷紋で縛っている間に本心を聞き出す。まともであれば契約で縛る。契約内容は仕事に応じて金銭を支払うことはもちろんだが、俺たちに対して意識的に不利益を被ることはしないという条件だ。これを断る奴はひとりもいない。こんな好条件な仕事はこの地のどこにもないからだ。この建物内で性奴隷とされていた者の容姿はスラムとは思えないほど整った者ばかりで、人種も多用だ。今さらそれが誰の趣味だったかはどうでもいい。これからはうちの店でがんばって稼いで幸せになってください。だが、エルフだけは奴隷含めまだひとりも見ていない。
ゲットーファミリーは、なんといっても西スラムを仕切る唯一の最大裏組織だ。ここにいなかった組織の者はまだまだ山ほどいるし、所有する利権や店、土地家屋はどれほどのものか見当もつかない。返すべきは返し、整理すべきは整理し、引き続き金を生みそうなものは発展させてもいい。うん。ベルガー殺さずに済んでよかったわ。女性は本人の希望を聞いて、奴隷から契約に変えて従来の仕事に従事することを許可する。組織の人間からの干渉ナシ! なんなら組員は全員が用心棒となるから今までより安全に仕事が出来るという触れ込みだ。その線でベルガーに組織改革を命ずる。
「ベルガー。腕の立つ者に命じて組織の連中の自宅を急襲させろ。家族連中も全員奴隷にしろ。一人の例外も許さん。金目のものも全てここに持ってこい。お前たちが奪ってきたものは全部俺に奪われても文句は言えん。それを元手に稼いだものも全てだ。働くの嫌だとかいうどうしても説得に応じない奴、抵抗する奴は殺せ。あー、それとな。組織でクスリを扱ってたのは誰だ」
「クスリはご法度でした。長男のザイツェフが手を回していました。近々来るであろう自分の代で大きく稼ぐための準備です。財源の大元はデミトリー・カルチェンコ男爵家になります。実際に仕切っているのは西地区の上位組織です。一部、南地区の組織とも繋がってます」
デミトリーか。可能性はあると思っていたが本気で早めに潰さないとダメそうだなぁ。あとは南のギルド長のノエル・マクラクランを襲撃した関係先か。
「クスリは製造、販売全部中止だ。原料を売って来る奴らは奴隷にするか無理なら殺せ。奪えるものも全部奪え。戦争になっても構わん。むしろ望むところだ。デミトリーとの繋がりがある証拠は全部残しておけよ」
「度々連絡員が来ますがどうしましょうか」
「そうだな。話が聞いてみたいな。今度来たら責任ある奴を呼ぶかこちらから出向くようセッティングしろ。無理なら奴隷にして情報を全部吐かせろ。目的はデミトリーをハメて失脚させることだ。カルチェンコ家との全面戦争だ」
ベルガーが嫌そうな顔をしながら頷いた。逆らってはいけない相手というものがいる。権力、武力を持つものだ。俺はこっちの兵隊が何人死のうが関係ないからなぁ。ある意味『死者の軍隊』だ。ニヤリと笑い返してやった。




