第105話 あとひとり
キュロスの戦闘奴隷解放まで残りあとひとり。奴隷解放条件で一番やっかいなのは誓約、あるいは契約者が誰かわからないことだ。俺が楽観的すぎるのかもしれないが、金に関してはいざとなったらどこかの城に乗り込んで全部ぶっ壊して全部ぶっ殺して奪えばいいだけでしょ? とか思っている。うん、いい考えだ! で、今からやるのは正にソレ。組事務所に殴り込みだ。全員殺して全部奪えばいいだけの簡単なお仕事だ。
「ライズ、ルシア、今からゲットーファミリーの事務所に殴り込みに行く。とは言っても実際に殴り込むのは俺とオルカだ。君らは借金返済に行くだけだ。俺がそこで何をしようが無関係を装って知らんふりをしていればいい。俺が失敗した時の保険だ。関係を疑われたら今後がやりにくくなるからな」
「いや、でも今だってべったりだと思うが?」
「いいんだよ。依頼を受けてたとかなんとか言えば。だけど一緒に殴り込んだらもうごまかせないからね。たぶんそっちは大丈夫だと思うけど、いざという時はカレンさんを守ってくれればいい」
他には特に言うことも決めることもない。失敗したらこの世界から俺がいなくなるだけだ。
ライズたちがゲットーファミリーの事務所に向かって歩き出し、円形広場を出たあたりで俺たちも席を立った。『走査』であとをついて行く。事務所はここからそんなに遠くない歓楽街にあるそうだ。敵対勢力のいない今、デカイ建物で堂々とやっているらしい。
俺とオルカは相変わらず仲良く手を繋いで散歩の延長のように歩いて行く。俺にとっては知らない国の知らない場所だ。とはいえ汚くて臭い場所で見どころも買い物も出来ないのだから歩いていて楽しいということもない。せいぜい、かわいい女の子と手繋ぎデートだわーいという感じ。
さすがに目立つ場所でゲットーの奴らをまとめて掃除したので俺たちに近付く者はいない。昨日あたりから俺たちの見た目とやっていることの情報が出回っているのを感じる。さっきの騒動は決定的だろう。これ以降、俺たちにちょっかいかける奴は『本気』ってことだから、初撃で殺るか逃走するようにオルカに忠告する。
オルカは天才だ。
身体強化、速度特化に傾倒させて殺しの禁忌を破ることであっさりと才能と本性が開花した。俺との最初の出会いの時、ルシアと違って攻撃にまったく迷いがなかった。ルシアは俺を止めるために投擲ナイフを急所を外して投げたが、オルカは肝臓か大腿動脈を狙ってた。ルシアがけしかけたのだろうが、指示が曖昧過ぎて俺を止めるために自然と急所を狙っていた。殺意も殺してやろうという意図も感じなかったから、単に効率を求めた結果だったんだと思う。あれが成功していても目覚めていただろう。欲しいものは奪えばいいだけだと。自分より弱い相手を殺せばいいんだから簡単なことだと。
歪んで壊れそうだったのはルシアじゃなくてオルカだ。スラムのガキがどうなろうと知ったことではなかったんだけどなぁ。あの時の俺はあっちの俺とこっちの俺が行ったり来たりな感じが強かった。風呂に入って小綺麗になって前世の暮らしを思い出すような刺激があって。あっちの俺が可哀想な女の子を放っておけなかった。オルカに才が見えたのもきっかけだった。冒険者として見て完全に自分の劣化版だった。わずか数日でここまでのモノを身につけるとは思わなかったけど。俺が朝寝てる時でも起き出して鍛錬を欠かしていないしな。バーズやユセフも驚いているだろう。きっとそこで言ってることだろう。自分より遥か高みにある存在が身近にいることを。さあ、オルカ、俺のところまで昇って来いと俺は言ったぞ。もう少し無茶をさせるけどよろしくね。
スラム散策もオルカが楽しそうだからそれでいいや。オルカにとってはスラムだろうと白昼堂々と歩けるだけで自由を謳歌していることになるだろう。
十五分も経たずライズたちの動きが止まった。なるほど、デカイ建物だ。コンクリートではないが土壁なのかレンガなのか丈夫そうな二階建ての、この世界でいうビルに入っていった。建物一階の向かって右側にある大きな扉が開いている。明かり取りと換気のためだろう。周りは歓楽街だが事務所は路地を入ったところにあるので表の喧噪は聞こえてこない。
入口辺りにゲットーの見張りが二人だ。本部だという割に歩哨が少ないな。本当に襲撃とかはもう考えていないっぽい。俺たちが無造作に近付くと見張りの一人が俺たちに気付いてこっちを見ている。金を借りたのか返したのか出入りしている一般人もいる。とりあえず組の人間を排除する。五キロの石をセットする。
ロックオン、『排出』、オン。
ゴヅッ! ドサ。
後頭部から石をぶつけられた二人が声もなく倒れる。
建物左側の外窓に近付いて全裸のユルゲンと頭を潰して服だけ着てるザイツェフを『排出』。酔っぱらいに見られるぐらいもうどうでもいい。誰かに何か言われても何も答えなきゃいいだけだ。オルカには遺体は汚いから触らないようにと言って俺が手を汚す。まずユルゲンの両足を持って一回だけジャイアントスイングしてこの世界では貴重なガラス窓をブチ破るように中に放り込む。
ガッシャードガガッ
急いでザイツェフも同じように別の窓ガラスをぶち破るように思いっきり放り込む。
ドガラッシャーン! バギギッ!
よし、というわけで入口から正々堂々こんにちはー。中は騒然としている。
「ゆ、ユルゲンぼっちゃん!」
「こっこっこっ、これ、ザイツェフ様じゃないか!?」
「どうなってんだ!」
堂々と入り口から入る。えーと、借金の借入と返却窓口があってそれぞれ並んでる人がいて、あとはなんかよくわからん。カウンターには鉄格子が付いてて中には入れないが、死体が投げ込まれてそれが跡取り息子ということでカウンター下の小さいドアが開いて人がどんどん出てきている。カウンターの中を観察すると。いた。ボスだ。
ボスはカウンターの内側で、鉄格子の檻の中に入っている。自衛というか防御のためなのだろうが、捕まった犯人みたいだ。息子たちが放り込まれたと聞いて檻を出ようか迷っているみたいだ。檻の中なのでデカイ岩が落とせない。ボスの両方の目に矢を突き刺すようにセットするのと同時に、首に左右両側から片手用戦闘斧セット。『排出』、オン。
ブジュ! ゾゾン!
一瞬で終わった。両目から矢を生やした生首が鉄格子の中に落ちた。首の無くなった胴体から音と湯気を立てて血が吹き出す。カウンターの内側を視線を巡らせて動いている奴、声を出している奴の後頭部目掛けて片っ端から岩石をぶつけて大人しくさせる。
オルカが消える。ザイツェフとユルゲンの遺体に群がっているカウンターから出てきた数人が邪魔だ。手の届くところに居て欲しくない。オルカが近接武器の両刃短剣を抜きながら突っ込んで首、太ももの内側、肝臓を手当たり次第に切り裂き、突き刺していく。
カウンターの内側の建物内部と繋がっているであろうドアの近辺に見覚えのある、とんでもなく均整のとれたアスリートスタイルの美しい女性が立っている。その黄色い髪は俺が考案した髪型をしている。うん、かわいく美しく決まっている。金貨の返済が残ってるから今殺したのがボスだったとしても奴隷紋は消えなくてそのままだ。ただし、主人である三人の死亡により戦闘奴隷契約は解除されたはずだ。残るは金銭による性奴隷契約だ。
キュロスと目が合う。まぁ、驚くよね。だが俺がすぐに目線を外したことにより何かを察知して動かない。さっき屋台にシェリルとサリアだけで来たことで察した。キュロスだけを残して二人で遊びに出るなんてことを彼女たちはしないだろう。『一夜の夢』に戻ることも考えられなくはないが、ここにいてくれてよかった。やっぱり目の届く範囲にいてもらえると安心だよね。なんでここに呼び出されたのか考えるとちょっと面倒ごとな気がするけど、直接俺が関わる理由は今のところ無い。
オルカが飛び込んで二秒で俺の倒したのも入れると二十人ほどいた組員が半分になった。あとは大人しく座っている奴だけだ。
オルカはいつの間にかカウンターの内部に入り込んでボスが入っていた檻の上でしゃがんでいる。
「オルカ、少しでも動いた奴は殺していい」
ガッ! ドサッ。
言い切る前にこめかみからナイフを生やした奴が机に突っ伏した。そいつが何をしたかはわからないけど、オルカから見て何か気に入らないことがあったのだろう。
「オルカ、いいぞ。その調子で頼む」
動く奴はいないが果たしていつまでそうしていられるかなぁ。鉄格子の向こうの事務所の中をぐるりと眺める。全員の頭にデカい石をロックオン。ひとり、目立ってる男がいるなぁ。ボスの次にデカいテーブルを使っている。この事務所の実質的な支配者って感じかな。ボスが死んだことを理解しつつ動揺もせずに視線を走らせている。俺はセットした岩石を『排出』するかどうかの判断に迫られている。これから組員を仕切るのにこいつが必要か不要か。
そいつが俺を見ながらデカイ声を出した。
「全員動くなぁ! 動いたやつは俺が殺ぉす!」
わかりやすくドスの効いた良い声だ。
ボスの首の無い体からはまだ血が噴水のように吹き上がって、鉄格子に当たるチーっという独特の金属音だけが響く。上に乗るオルカが汚いものでも見るような目でそれを見ている。
デカい声を出したデカい奴がそれには目もくれず俺だけを見ている。肝が据わっているのか何かほかのものでも見ているのか。そいつが俺に向かって口を開いた。
「この後はどうするつもりだ。全員殺すのか」
へー、なにこいつ。予知夢でも持ってるのかね。
「殺して欲しそうだからそうしようかなと思ってる」
「そんなわけはねぇ。ってことはやっぱり出来るんだな。お前さんは信じないかもしれないが俺は何もしねぇ。できればこのまま大人しく帰って欲しいんだが、どうだ」
「もちろん、信じないし全員殺すのが一番穏便に済むと思っているからまだ帰らない」
「ううむ。それのどこが穏便なのかはいいとして、そりゃ笑えねえなぁ。今から動くやつがいたら俺が殺す。俺は動いた奴を殺すだけだからその時は俺を殺さないでもらえると助かる」
「殺さないと助かる……そりゃそうだろ。お前もなかなかおもしろいな」
「……まぁ、しゃれのつもりはないんだが。ウチのボスは今死んだ。跡取り息子も二人とも死んだ。これ以上望むものはなんだ」
ガタイの良いおっさんだ。人族だ。
「そうだなぁ。そんな望みは叶えられないとか言ってくれよ。そうしたら俺の仕事が簡単になるから」
「そこをなんとか、ハイかイエスしか言わないからなんでも言ってくれ」
こいつ、なんだ? 俺とやりあったら勝てないってわかってますみたいな感じ。なんか変なスキルか?
「金目のものを全部持ってこさせろ。全部だ」
全員殺してから自分たちだけで探してもいいかなぁ。
「おい、全員動くなよ。俺は今、本気で言っている。この男には絶対に勝てない。勝負にもならん。ひとつ、確認だ。今の要求は完全に飲む。ただな、お前さんがボスを殺しちまったんで金庫の鍵が開けられない。番号を知るのは死んだボスだけだ」
こいつ、なんかわかる系のスキルか。俺の事を初見で『男』と言った奴はいないんだけどな。こいつは危険だな。




