おとぎ話始まります~変革~
伸ばした腕は空を切る。掴めなかった。そこにいた桜木未歩を掴めなかったんだ。
「ーー道化様。ようやくお目覚めか」
目覚めは最悪だった。聞くことが二度と無いと、そう思っていた声を聞いたのだから、嫌でも目を開けるしか無いだろう。
目を開けると、優雅に佇むソロが見えーーその横には、未歩が無表情で立っていた。
「······おそいーーじゃ、ない」
掠れた声が壁から聞こえた。視線を向けると壁に背を預け、鮮血に染まったドレスの有り様で······頭からダラダラと血を流す片桐が、肩で息をしながら俺へと笑いかける。
「御主人様ーー御無事で何よりで······」
後ろから聞こえた声に振り向こうとしたが、音を立てて床に倒れ伏す音が響くのと同時に、ソロが喉の奥で笑う声を聞いた為に、俺はゆっくりと立ち上がる。
「ほう?雰囲気が違う······か。前回のように、また何かを切っ掛けにしたのだろうか?」
「······どうだろうな?試してみるか?」
蒼の光が舞い上がる。俺の意志に応えるように、体から放たれる蒼の光は、更に漆黒の光を混ぜ合わせる。それは螺旋を描き、天へと昇る。
「ーーあたしがやるわ。ちょっと退いてて」
ソロを押し退けるように未歩が前に出てくる。ソロは軽く首を振りながら、楽しそうに笑うだけだ。
「理想顕現」
蒼と黒の螺旋が、俺の体を包み込む。理想の形成。
「断罪悪正成敗執行人君臨ーー」
善悪とは、他人から見て正しいほうが正義となり、悪は正義とはなり得ない。悪が正義だと思えるなら、正義は悪になる。
「精神合致理想形成悪裁完了」
そして、俺はだからこそーーこの二面性のある武装を形成するんだ。蒼と赤の刃。肘から伸びるこれは、重ねると、鋏となる。
「ーーこれって、二律背反?」
「未歩、よく解ったな。そうだ。俺の理想の形成は二面性を持っている。この二面性は、互いに正しいんだ」
構えを取る未歩に対し、俺は切っ先を向けたまま、静かに続きを口にする。
「互いに正しいからこそ。互いに矛盾している。俺の理想はーー両方をもってして同等に正しいんだ」
「無茶苦茶過ぎる······そんなの、人が扱える代物じゃない」
「だろうな。同等だとして、制約も無ければ、矛盾しているはずなのに、それはそういうものだと肯定されるような武装。超論理の独自解釈。孤立型思考。答えを導き出す事は非常に困難を極める」
未歩は押し黙る。二律背反の解釈に反命題すら重なっているのだ。人という枠組みのなかで、人の知という部分を、大幅に超えた解釈の理想の顕現。
「だからこそーー俺は、これら全てが正しいのではないか?そう思うんだ。否定も可能で、肯定も可能で、迷いだらけ」
「だからこそーー人はそれで正しいんじゃないか?ああ、そうさ。矛盾して、答えなんか導き出せなくて、常に迷って······それでもーー」
瞳がーー燃えるように熱い。糞みたいに体が燃え盛る。何かが、俺の内側から体を燃やしているかのような感覚。
「俺はーー俺が選んだ」
鼓動がした。心臓を揺らす鼓動。叫べーー身の内に存在せし、己が信念。それこそがーー
「矛盾だらけのーー俺の理想。世界。守りたい者。風景。見飽きた光景。望んだ瞬間」
お前の答えだ。
「それら全てをーー俺が救う!!」
燃え盛る炎は、体の内側から溢れでる。それはーー赤と蒼と黒の光。
「うそーーこれって······」
俺には解る。この色それぞれの意味がーー今まで俺が、以下に脆弱な人間であったかが。
「赤は、俺の中にある殺意の色だ。蒼は、俺が望んだ不殺の色だ。黒は、これら矛盾を打ち消す色だ。つまりーー」
「三色は、それぞれの意味合いで帳尻を取っているんだ。蒼は、不殺を可能にし相手の能力を打ち消す。赤は、他人を殺し全てを切り裂く。黒は、この2つの矛盾を打ち消し、同時に扱う事を可能にした上でーー触れた物を無にする」
無茶苦茶な理論だ。相手の能力を打ち消し、如何なる防壁も突破し、矛盾で崩壊しないように安全装置を掛けた状態で、触れた物全てを無に還す。
矛盾しているようで、これらは全てが是であり否でもある。こんな馬鹿げた物を、全てが是であると言えるだろうか?答えは導き出せない。
導き出せないからこそ、これらは全てが是であり否だ。そういうものだと認識し、扱う事がーー秋月龍人の平凡を超える為の、非凡の能力。
「だったらーーそれだったら、あたしも同じ。秋月龍人を殺す事が出来るのは······秋月龍人のーー」
未歩の機械の籠手が唸りを上げる。赤熱し、白煙を吐き出し、咆哮を上げる。
「半身のーーあたしだけだぁああああ!!」
未歩の叫びは鼓膜を震わす。床が埋没し、未歩は駆ける。踏み出した速度は人の領域を超えた速度。
「唸れ!!展開超越武装!!」
「全てを断ち切れーー矛盾一対理想刃!!」
互いの武装が、蒼と黒と赤の演舞を踊る。互いに性質は同等。三色は互いの矛盾をぶつけ合い、それを是として否とするのだ。
赤は全てを殺すが、蒼は全てを打ち消すという矛盾。黒は触れた物を無に還すが、黒同士は無に還すという矛盾が生じ、結果は互いの矛盾を本来の武装としてのぶつかり合いで相殺。
火花を散らせ、怒涛の勢いで互いの矛盾をぶつけ合う。三色の法則は無視出来ず、互いの性質は同等。
故にーー勝敗を決するには、技術と体力。経験と勘。
お互いの行動の癖は解っている。互いに互いの行動を理解しているのだ。とすれば、変な小細工をするよりは、真っ向のぶつかり合いを互いに望むのは必然。
幾度となくぶつけ合う攻防。未歩は拳を叩き込み、それを刃で受け流し前進。踏み込んだ先には、アッパー。
唸りをあげる暴風のような拳圧を、上体を限界まで弓なりにし避け、即座に片方の刃を一閃。それを裏拳で一笑。
未歩が踏み込む。即座に掌低を放たれ、顔の横ギリギリを掠めるように避けると、拳圧で頬がビリビリと痛むがーー気にしている状態ではない。
翻るように放った掌低が変化。即座に裏拳が迫る。回避は不可能ーー刃を捩じ込むようにしてそれを受け止め、次いでくる腹部へのボディブロー。
腹部ギリギリで刃を走らせる。面で受け止め、衝撃が体を揺らす。火花を散らせ、互いに拮抗した状態の中ーー
「あたしさ、思うんだけど」
「なんだ?」
互いに視線を交わし、拮抗した状態を打開する為に、お互いに力を込めているみたいだ。互いにピクリとも動かない。
「あんたのこういうーー全部救いたいっていうのさ!!」
歯を剥き出しにして、未歩は力を込めている。俺も負けじと歯を剥き出しにして、力を込める。
「ほんっとに、バカじゃないの!?そういうとこさーーッ!!」
近い距離で怒鳴るせいか、耳がキンキンと歪な音を鳴らす。
「だいっきらい!!」
未歩の感情に呼応するように、機械の籠手が咆哮。俺の足が床に埋没するがーー怯むことなく、未歩を見返す。
「奇遇だな。俺も言いたい事があるんだ」
押し負けないようにーーあらんかぎりの力で機械の籠手を押し返す。
「お前のな······強情でーー泣き虫の癖に意地っ張りで、いっつも平気です。みたいな仕草な!!」
歯を剥き出しにして、互いに睨み付け、拮抗したせめぎ合いを続ける。
「だいっきらいだ!!」
蒼の奔流が俺の体から吹き出る。呼応するように、刃が機械の籠手を押し返し始めーー負けじと未歩が、赤の奔流を放出ーー互いに互いの意地をぶつけ合い、結果。共に弾き飛ばされる。
力のせめぎ合いは拮抗し、耐えきれなくなった体が互いに吹き飛ぶ。同時に宙を回転し、着地。
「「だから!!少しは頼れ!!」」
お互いに武装を突きだし、お互いに同じ台詞を言うのだ。この状況がーーばかくさい事この上無い。
「······いい。あんたに頼ったら、あたしはーー自分の意地を張れなくなるから!!」
「俺だって願い下げだ。お前に頼ったらーー誰がお前を守るんだ!!」
互いの意地の張り合いは、平行線を辿るようだ。互いに睨み付け、意地をひたすらぶつけ合う。折れる事はなくーー折れる気もない。
「はぁ!?あんた脳みそ腐ってんじゃないの!?」
「知るか!!お前こそ、脳みそ腐ってんじゃねえのか!?」
苛立ちを露にするように、未歩は駆ける。呼応するように俺も地を蹴る。互いの距離は刹那で埋まりーー
「あーそうですか!!じゃあなに!?あんたはーー」
ジャブ、ストレート。半身の動きだけで避ける。裏拳。刃で防ぐ。アッパー。
「たった一人でこの現状ーー覆す気なのーーッ!?」
渾身のアッパーを刃で反らす。即座に片方で一閃。それを拳で弾き飛ばし、未歩は怒涛の連打を放つ。
「ーーッ!?あッッたりめえだろおお!!」
一発一発が、未知の速度だ。よく視認し、防ぎ、避けてると自分で思う。叫びながらーー防戦一方。
「俺はなーーお前をーーッ!!全てを守るって、決めたんだよおお!!」
ジャブを反らし、踏み込む。迫るストレートを、当たるかどうかの瀬戸際で屈んで避け······すれ違い様の一閃。
反応することすら出来ない未歩は、俺の一閃をーー
「残念だけど······あんたじゃそれは叶えられない」
平然とその身で受ける。甲高い金属音と共に、火花が舞う。Yシャツが裂け、未歩はーー俺へと向き直る。
「だって、あたしはーー」
向き直った未歩の体には傷一つ無かった。無かった?いや······無いと言う表現は正しくない。そもそも、これはなんだ?
「あたしはーーもう人間じゃ、ないからさ」
悲しい微笑み。ああ、何でそんな顔をしてるんだ?違うだろ?俺はーー桜木未歩に、そんな顔をしてほしくないんだ。
「禁忌機械姫。展開を超越する為の存在。素晴らしい美学だと、思わないか?道化様」
そう言いながら、ソロは緩やかに地面に降り立つ。俺と未歩の間に降り立ち、手を俺へと差し出すんだ。
「機械仕掛けの姫は、デウスエクスマキナなのだよ。これはーー禁忌の手法の一つ。褒められた展開ではなく、禁忌手法そのものだ」
「あらゆる悲劇や歌劇。演劇。何でもいいのだが······その以前の展開そのものを、超越する。酷く簡単に言えば、どんでん返し。と、言えばよかろうか」
楽しそうに笑い。ソロは俺を見る。肌色の瞳を互いに見据え、ソロは言葉を繋ぐ。
「機械仕掛けの姫は、たった一つの展開を······超越する為に、自ら望んでこうなったのだよ。その展開とは何か?それは酷く楽観的で、喜劇のようでもあろうな。いやはやーー愛憎とでも、言えるものだろうか?」
どこぞの劇でも見せるかのように、ソロはわざとらしく額に手を添え、差し出した手を返す。
「さて、道化様。ここからは、書くも数奇な劇の幕開けとしようか。禁忌機械姫。タブーを犯してまで、デウスエクスマキナとなった姫と······他人を化かし、笑いを巻き起こさせる道化の数奇な劇だ」
「故にーー心して聞くがよい。心して見るがよい。道化は道化。禁忌は禁忌」
「至高のおとぎ話。とても在り来たりで、とても人間として正しいおとぎ話。夢も希望も、慟哭も怒りも、絶望も救いもーー全てが、陳腐そのものだ」
そこまで言って、ソロは両手を広げる。ピンスポットを浴びる役者のように両手を広げ、虚空へと翳す。
「在り来たりで陳腐。大いに結構。しかしーー観客を魅了せねばならぬ。恍惚無形で、唯我独尊。退くことはもはや叶わぬ」
「この至高のおとぎ話ーー道化様は、如何なる結末をーーお望みかな?」
肌色の瞳が俺を見据える。似て非なる互いの顔を見やり、刃が震える音を刻む。
「好き勝手抜かすな。俺はな、結末なんて知ったこっちゃないんだ。なのに、結末に納得がいかない」
震える刃に応えるように、切っ先をソロへと向ける。ソロは愉快そうに喉の奥で笑う。
「ああ、そうさ。俺が望むべきは、結末なんて在り来たりなものじゃない。そんなものに意味は無いんだ」
在り来たりで陳腐なおとぎ話。何処にでもあるからこそ、何処にでもないような矛盾。理想を叶え、望んだ先は本当に些細な事だ。
「そうだろう?俺が描く結末は、他人にどうこう言われる結末じゃない。そんなことの為に俺はーー」
自身の望み。世界を書き換え、桜木未歩を幸福にし、周囲をも救う正義執行人をやり遂げる。
ーー違う。
「俺が望んだ!!」
そうじゃない。俺は納得がいかないんだ。誰かを失う世界。誰かが望んでない世界。誰かが結末を見た世界。
こう言ったものには、意味はないんだ。
矛盾。
意味は無いとしながら、そうしなければいけない。何故か?
終わりがない物語は存在しないからだ。
存在しないとしながら、終わりがない物語を構築するーーそれも可能だ。現に俺は、終わりがない物語を書き綴っていたからだ。
何故か?ーー永久に続く現実の未来の先をみたいからだ。
その先に、望んだ全てが叶う世界があると信じているからだ。信じている世界を見たいんだ。失敗したなら、失敗しないように、もう一度最初から物語を書き直せばいいだけだ。
人物は代わり映えなく。世界の有り様を変え、最初から物語を書き直せばいいだけだ。
だがーーこれでは駄目だ。それは駄目だったんだ。何も変わらない結末を続けている。それでは駄目だ!!
「俺だけの物語!!誰にもーーこの物語の終わりを!!俺が思い描いた、俺のおとぎ話を!!」
だからーーこれが、秋月龍人の最後の物語!!
「否定はさせない!!!!」
矛盾しかなくて、弱くて、情けなくてーー
悩んで、怒って、絶望してーー
愛して、信頼して、努力してーー
「ただ一度のーー真実完結物語を見たいだけだ!!」
俺のおとぎ話は······忘れていた秋月龍人としての、矛盾だらけのお話なんだ。
「全てを······俺はこの一瞬に、全てを掛ける!!」
だからさ。一回だけーーこの一回だけ。俺に力を······貸してくれ!!
「終わりの始まりのおとぎ話を書くために!!!!」
俺の周囲にーー呼応するように、極彩色の光の柱が生まれた




