未来を掴む為に出来ること
誰かが泣いていた。大きな声をあげながら、泣いている声が聞こえるんだ。
目を開くと、モノクロの光景が見えた。所々ノイズが混ざるような歪な光景。鮮明に見えるわけではなく、繰り返し見た為に、擦りきれたビデオの映像を見ているかのようだ。
モノクロの光景の中には一人の女性が座っていた。後ろ姿しか見えないが、髪の長さや泣き声から女性だと解った。座っている女性は、空へと顔を向けながら泣き叫ぶ。
慟哭。
何がそんなに悲しいのだろうか?気になった俺は近付こうとして、目の前にある見えない壁に衝突。手を添えても何をしても、この場所から先に行けないようだ。
声を掛けようとして、声すら出ない事に気づく。どうしようもない状況の中で女性は慟哭しながら、両腕を空へと伸ばした。違和感ーー
異様に短い。何かがーー足りないような。
ノイズが走る。ザラザラとした音が鳴り響き、モノクロの光景が細切れに動く。慟哭している女性の姿を見ながら、モノクロの光景は一瞬で真っ暗な世界へと切り替わってしまった。
漆黒の闇の中、気付けば何かに腰を掛けているようだ。手で触れると、滑らかな感触。瞬間ーー目の前に光が灯る。
眩しさに目を閉じ、ゆっくりと開くと何時もの光景がそこにあった。
古びた机。スタンドライト。腰掛けているのは揺れるロッキングチェア。
いや、違う所があった。古びた机の上には、恐ろしい数の本が山のように積まれている。
赤茶色の古びた分厚い本が、空へと向かうように遥か上まで重ねられ、同じ本が古びた机を埋め尽くす。どれだけの数があるのか?圧倒的な本の山に、俺は100まで数えて諦める。
ふと、一冊だけーーたった一冊だけ。真新しい本があることに気付いた。それは古びた分厚い本ではなく、本当に新しく作られた赤茶色の綺麗な本だ。
分厚い本に埋もれるように、下のほうにあったそれを丁寧に取り出すと······真新しい本を捲る。
そこには今までのような、セピア調の色合いではない光景が描き出されていた。そこにはーー
俺を含めた15人全員の姿と、ここで出逢ったエリス達とシルヴァが笑いながら······一枚の写真として収められている。鮮明な色合いのカラー写真。
「永続現実未来世界」
不意にーー声が聞こえた。聞いた事のある、鈴の音のような声。振り向かなくても正体は解った。
「秋月龍人は、理想の世界を構築するために······今まで何度も繰り返しーー世界を変革していたのよ」
揺れるロッキングチェアが止まる。声を掛けてきた相手が椅子を止めたのだと解り、俺は顔を向ける事にした。金色の髪が、俺の視界を埋める。
「未来変革なんか些細なことだわ。秋月龍人が行っていたのは、今の現実の世界そのものを全く別の世界に書き換える。そう言ったほうが正しいわ」
「蝶々飛翔。バタフライエフェクトーーと言う言葉を知っているかしら?······首を振ってるということは、知らないようね。本当に些細な変化が、後々に影響を与える。こういう物だと思って頂戴」
そう言って、俺の横に立つ片桐はページを捲る。捲った先を見ると、俺と未歩が互いに微笑む姿が描かれていた。
「秋月龍人は世界を書き換え。様々な方法で、今まで一人で全ての事象を相手にーー永遠と終わらない戦いを繰り返していたのよ」
「世界そのものを全く別の世界に書き換え、些細な変化が起こり、失敗する度にーーまた新たな設定と世界を構築し、望む理想の世界を叶える為に······よ」
ページを捲る。次のページには、何も描かれていない。また、ページを捲る。
白紙。
「変革した世界では、元の世界の記憶を引き継ぐ事は出来ないわ。だから、秋月龍人はーー」
片桐はそこまで言って、新しい本の1ページ目に戻る。各々が幸せそうな表情の光景。
「自らの望む理想の世界を忘れない為に、こうして記録を残しているのよ。誰にも理解されず、誰にも称賛されず、誰からも覚えてもらえない」
「誰かを救い、助け、信頼も友情も愛情も築き。それだと言うのにーーその全てを抹消してさえも、秋月龍人はたった一人でーー全てを救う正義執行人を、やり遂げようとしているのよ」
ページを捲る。そこには、幸せそうな二人が描かれている。俺の望む光景ーー
「だからこそ、秋月龍人はーー最強最悪の孤独なヒーロー。世界という大きな存在を相手に【永久に続く現実の望んだ未来の先】を、叶える為に戦うのよ」
「何度も何度も、秋月は些細な変化をこねくりまわし。違う設定。違う出来事。手探りの世界を相手に、総当たりで挑んだ記録だけを、ここに保持しているだけなのよ」
そう言って、新しい本を閉じる。適当に選んだ古びた本を片桐は手に取ると、ページを捲る。
「見なさい。秋月ーーここにある光景は、秋月が確かに歩んだ記録よ」
そこにはモノクロの写真が収められていた。服装は違うが、15人全てが同じように笑い合う光景。ページを捲る。未歩と俺が、キスをしている光景。横のページには、何時もの仲良しメンバーでご飯を食べる光景。
ページを捲る。変わらない姿の片桐の仏頂面。横のページには、困ったようなロウさんの表情と、大石さんが腕を組む光景。
ページを捲る。シルヴァが穏やかな顔でカップを啜る光景。横のページには、柳田と俺がーー殺し合う光景ーー
ページを捲る。
白紙。
本がーー閉じられた。
「わかったかしら?理解出来たかしら?秋月が挑んでいる戦いは、誰も予想がつかない。結末がわからない。そしてーー」
「何かを救えば······何かを失う。という根底が、必ず実行される世界よ。どれだけ秋月が望み、どれだけ秋月が努力しーーどれだけ秋月が異常な強さを誇ろうが、何も変えることが出来なかった世界の······成れの果てよ」
「永続現実未来世界は、一つの終着点に必ずたどり着くのよ。秋月が、最も失いたくない世界の終着点へ」
また、本を取る。無造作に選んだ本の何ページ目かを適当に開く。セピア調の光景が見えそこには、俺と未歩が互いに微笑む姿。
ページを捲る。
未歩がーー俺の手によって、バラバラにされていた。立ちすくむ俺が······未歩を見下ろしているようだ。
ページを捲る。
死体の山。バラバラにされた人の山の中で、見たことがある顔を踏み潰し、笑う俺がーー次のページは白紙。
「······この能力は、秋月龍人が失いたくない存在との未来が叶った時点で、叶った未来を無くすのよ。つまりーー」
「桜木未歩との幸福な未来を代価に、秋月龍人は全てを救う為のーー正義の味方を叶えているのよ」
本が閉じられた。俺は、無造作に適当な本を持っては開く。何度も、何度もーー
「秋月龍人はそれでは納得いかないわ。桜木未歩がいない世界を、受け入れるわけがないからよ」
セピア調の光景には、抱き締め合う二人の姿。ページを捲る。俺の頭が地面に落ち、笑うのは未歩の姿。
「受け入れる事が出来ない秋月は、再度世界を構築しーー桜木未歩が幸せである世界を築く」
違う本には、俺と未歩が手を繋ぐモノクロの光景。ページを捲る。
俺と未歩が、互いに手を繋いだまま······地面に倒れ伏す。大型のトラックに引かれたようだ。体がぐちゃぐちゃになった光景だが、手だけはしっかりと握りしめている。
「桜木未歩は秋月龍人を求めるわ。互いに求め合う二人はーー互いに違う道を歩もうとしても······」
違う本を開く。俺と未歩は、互いに違う相手と過ごす姿が描かれ。次のページを開く、互いに違う相手と結婚したようだ。お互いを祝福する姿。
横のページには、互いに電話をしている光景。互いの近況を話してるのだろうか?ページを捲る。
新聞の記事が見える。崩落したトンネルの記事のようだ。記事を見やりーー大型のバスに乗車していた乗客の文字の中に、田中未歩と書かれた文字があった。
「桜木未歩が幸せである世界を築いた時点で、秋月龍人は敗者なのよ」
八方塞がり。覆せない事実。桜木未歩が幸せである世界は、俺が望んだ世界は······何をしようが結果は同じ。じゃあ、どうすればこれは終わるのか?
「故にーーお互いにお互いの幸福を願う以上、これは終わらない世界なのよ。唯一終わりを向かえるとした場合」
「どちらかの存在を······根底から無かった事にすればいいのよ。ところが、これだとお互いに根底から存在を消そうとしてしまうのよ。どちらもお互いの存在を、存命させたいようね」
「互いに存在を無かった事にし合う二人は、互いの世界にズレを生じさせたわ。そのズレはーー互いに永久に続く現実の先にある未来を、互いに否定してしまったのよ」
そう言って、片桐は何かを探すように本を手に取り。ある古びた本を探し当てると、その本のページを捲り、俺へと見せるように置いた。
「その結果ーー秋月が無限に続けていた世界の構築の際に······」
本に描かれていたのは、ラフ画の光景だ。そこには、肘から先を両方失ったーー未歩の泣き叫ぶ姿が描かれていた。
次のページには、俺が手を伸ばすが掴めない光景。シルヴァが俺を逃さないように、裾を引きずり上げているようだ。ページを捲る。
真っ直ぐに殴り書きされた一本の線を隔て、未歩と俺は互いに違う世界へと降り立った光景。この線はーー境界線?のような意味だろうか?
互いの世界が違うと解るように、風景や建物が別個に描かれているようだ。互いの背中が、その世界に描かれている。
「互いを別の次元の世界へと隔離する。このような現象が発生したのよ。ただーーこれだと秋月は、桜木未歩が存在しない世界を生きなければいけないわ」
「それを受け入れる事を拒んだ秋月は、桜木未歩が存在する世界へのーー道を作ろうとしたわ。世界を変革し、桜木未歩が存在する別の次元の世界へと、この構築した世界を繋ぎあわせようとしたのよ」
「ところが、桜木未歩はそれを許さないわ。何故か?秋月龍人をーー救う為よ」
ページを捲る。
「この異常な牢獄のような世界で秋月龍人を救う為に、桜木未歩は救いにくるであろう秋月龍人へと、対抗策を用意するわ」
そこには、ソロと未歩が互いに向かい合う光景が描かれている。笑うソロの顔が、妙に癪だ。
「それがーー別の次元の世界にいる秋月龍人へと、桜木未歩の一部を送りつける。簡単に言えば、桜木未歩の精神の一部を、別の次元の秋月龍人の傍に存在するように送り付けたのよ」
「そうすることにより、秋月龍人が次元の違う世界への繋がりを持たずに済むわ。永久的に続く世界の繰り返しから、脱却する道に繋がるかもしれないもの」
「ところが、秋月龍人はーー何処かで桜木未歩に違和感を覚えるわ。精神の一部を送りつけたとは言え、全てが等しく桜木未歩その者ではないからよ」
そう言い片桐は金色の髪を払い、本を見せながら俺へと視線を向け。
「違和感を抱えた秋月はそれでもーー目の前の桜木未歩を救う事を、やめるわけがないのよ。桜木未歩は、精神の一部を送りつけたのだから、現状を把握することは容易だったのよ」
「変わらない現状を知った桜木未歩は、それでも秋月龍人を救いたかったのよ。とすれば、次にする事は非常に簡単なことだわ。桜木未歩は秋月龍人がいる次元の違う世界へ、直接干渉することにしたのよ」
「干渉することにしたのはいいけれど、次元の違う世界へどうやって繋がりを作るか?どうやって、秋月龍人が存在している世界の場所を特定するか?桜木未歩はーー」
「その問いには、あたしが答える」
不意にその声が聞こえ、俺は椅子から立ち上がる。声のした方を向くとーーワンピース姿の未歩が、穏やかに微笑みながら手を振っているのだ。
「片桐さあーずっと喋り過ぎ。今までの経緯知ってるからって、本人差し置いて喋り過ぎ」
「······桜木未歩。秋月と混ざりあった一部が、ここに来たと言うのかしら?」
片桐の問いに未歩は軽く頷き。俺を見てから、ゆっくりと話を始める。
「片桐が言った事は、大まかに言うけど当たり。所々、あたしの心情を織り交ぜて話をするのはーーやめてほしいと思うけどね」
「たーくん。たーくんがどれだけ苦労して、どれだけ苦悩して、どれだけの犠牲を払ったか。あたしは······ここに来ることで、それを始めて知ったの」
「始めて知ったからって、何か特別な思い入れはないけどね。だってーーあたしは知ってるから。たーくんが、何時でも何処でも、孤独に何もかもを背負い続けて······望んだ世界を叶えたいーーて、そう思っていることを知ってるの」
未歩はそう言うと、後ろに手を組みながら、にこやかに笑いかける。
「あたしはーー所詮さ。桜木未歩って言う、大きな存在いるじゃない?あれの、本当に小さな欠片。小さな欠片なのに、桜木未歩の意思も思考もーーわかる」
「わかるからこそ、あたしはーーあえて、秋月龍人に言わなくちゃいけない。言わなくちゃいけないから、ここに来たの」
そこまで言って、未歩は静かに目を閉じ、開く。
「秋月龍人の中に溶け込んだ桜木未歩は、桜木未歩と言う大元に還らなくちゃいけないの。還る前提がある以上、大元になってあるのが、見つけられないわけがないの」
「そしてーーたーくんと同一の存在として、ここにいるあたしは······別の世界のあたしと繋がりを持てる。こんな奇跡ーー」
未歩は俺に近付く。何もかもを話、それでも尚ーー
「二度と。そうだね、二度とさ······起きるわけないよ」
腕が伸びる。気付けば······抱き締められていた。温もりがして、未歩を感じるんだ。
「だからーーお願いがあるの。桜木未歩を······救って欲しい」
「無理してさ。他に方法知らないんだ。知らないあたしは、秋月龍人を救う方法が他に思いつかないの」
優しい感触。知らずーー腕が伸びていた。目の前にいる、桜木未歩を抱き締める。互いに、離れないように力強く。
「だから、お願いたーくん。あたしが······たーくんの中にいる状態の、この世界。今の状況。これがーーきっと金輪際無いと、あたしはわかってるんだ」
「だからーー桜木未歩を、救って欲しいの」
温もりが、離れていく。いやーーこれは······
「時間のようね。秋月、あの男が放った呪詛は本物よ。今までのようにーー世界を変革する事を、容易には出来ないわ」
未歩の体が透明になっていく。片桐の言葉を聞きながら、必死に腕を回すが、目の前の未歩を掴む事も触れる感触も無い。
「なに必死になってるの?ばーか······大丈夫。たーくん強いから」
俺を抱き締める格好のままで、未歩は耳元でそう言う。だからーー
「#%%"!?!!」
行くな!!そう叫んだ俺の声は、音にならなかった。それでも、未歩には通じたのかもしれない。
「ーー」
「ーー」
目を閉じ、俺達は唇を重ねた。感触はない。もう······顔まで消えかかっているからだ。蒼の光が、俺達を包む。
「一回だけ」
消えかかった未歩は、俺を見ながらそう言うんだ。とても綺麗な笑顔。
「一回だけーーたーくんが望む世界の手伝いをする。でも、本当にこれっきり。あたしの最大の奥の手」
「必要になったらーー」
言い終える前に、蒼の光が爆発した。眩しすぎる光の奔流に目を閉じるしかなくて、それでもーー
腕を伸ばした




