第8話 炎上
やはり僕の仮説は間違っていなかった。
人もテイムできるらしい。その事実が分かっただけで収穫は十分だ。
ラズは死んだが、元々テイムに成功しても殺すつもりだったので何とも思わない。両腕がない剣士なんて生かす方が可哀想だ。
地下牢から出る前に、僕はラットに指示を出した。
了承したラットは地下を出て、ラズが開けた扉から階段を登って一階に向かう。
一階の状況がどうなっているか偵察に出てもらう。
二分少々経つと、ラットが思念で返事をしてくれる。奴隷商館は閉店からしばらく経っていて、従業員の姿は既にない。
出入り口には武装している人間が一名いる。
新しく雇ったのだろう。王族との取引は失敗できない。警備を増やすのも当然だ。
外部からの襲撃を警戒しているようだが、もう少し内部からの襲撃にも気をつけた方が良かった。もう後の祭りだが。
「……マルキスは二階の応接室にいる。出入り口に武装した人間が一人、応接室の前にも一人、計二人。マルキスの元には客人が来ている。まだ反乱は気付かれていないね」
僕は皆に指示を飛ばす。
「……僕は一階の調理場に用がある。セオドアとフリッカは奴隷達の解放だ。ただ牢から出すだけで、手錠と首輪を付けたままにして欲しい。ジーランとレムリアは武装した奴ら二人を始末した後、三階にある金庫の中身を奪って欲しい。金庫の場所はラットに案内させる」
「分かった。レムリアは入り口の奴を頼む。俺が二階に行ってあの豚野郎を殺す」
「それでいい」
「……ステーキ二枚目」
「いいよ、何でも。というかエルフって肉食べられるんだね」
少しの間、別れて行動するが彼らは最高の人材である。
今後とも末長く付き合っていきたいものだ。
◇ ◇ ◇
マルキスは最近、常に上機嫌だった。
リンバルタ王国を治める三つの王家、アインゼル、フラージア、ロンヴァルクの当主達との商談がまとまったのだ。
いずれも八等級以上の異能を宿していた子を言い値で買い取ると彼らは告げたが、マルキスは特定の家に売らずにオークションを催すと伝えた。
王家は理解を示した。一つの王家に売り払えば、他の二家の反感を買う。
現国王を輩出しているアインゼル家が庇護を約束し、マルキスは他の奴隷商人にも話を持ちかけ、二週間後に大々的に奴隷オークションを開催する事に決めた。
八等級以上の異能を持つ存在はこの国で六人目。もし十等級だとするなら建国以来三人目となる快挙だ。
ちなみに二人目はアインゼル家の神童、リンバルタ屈指の精鋭で構成された国王直属組織【王冠の番剣】団長である。
九等級も王家が抱えている鑑定士と、ランク10の傭兵しかいない。
それだけ等級が高い者は希少なので、王家が死に物狂いで手に入れようとするのも納得だ。
当初の買い手だったブレイワード伯爵家には悪いが、オークションなので目玉となる八等級以上の子供以外にも商品が必要だ。なので等級が高い子供達四名も出品するつもりである。
そんなこんなで三日間、王家の使いとオークションの段取りや会場を相談し、今後の計画を立てて自らの商館に帰った。
それから二日後、マルキスの元に身なりの良いスーツ姿の男が訪れた。彼は下町にあるスラム街を根城にする組織の者である。
奴隷を売る相手は表社会にいる者達だけではない。裏社会を生きる人間も必要としている。
世間話を切り上げた焦げ茶色の髪をオールバックにした男は、煙草の煙を吐き出しながらソファの背もたれから背を離した。前のめりで口を開く。
「近々、八等級以上のテイムの異能を持つ奴隷を出品するそうだな」
「……オークションの目玉商品がもうバレているとは。王家の連中め」
「我々のシノギにお偉い連中も夢中だからな」
彼らが言うシノギとは裏闘技場と呼ばれている。
王都にある闘技場は殺人が禁止されている。剣闘士達が一対一で戦う合法的な興行だ。光魔法の異能の使い手が常駐していて、傷ついた剣闘士を迅速に癒す。
最近、デビュー戦を迎えた十一歳の剣闘士が制止を聞かずに相手の剣闘士を殴り殺したが、滅多にない事例だ。
対して裏闘技場とは、捕らえた魔物を使って行われる興行である。
そこでは殺人が推奨されている。魔物同士を殺し合わせたり、魔物と奴隷を殺し合わせたり。
マルキスも何度か目の前の男の組織に奴隷を売った事がある。勿論、観戦した事もだ。
「私は残念だよ、マルキス。金に目が眩んだな。王家の連中にまず話を持って行くとは」
「……お前達もオークションに参加すれば良いじゃないか」
「貴族が絡む競売に堂々と参加はできんね。そもそも我々がテイムの異能を欲している事は知っていたはず。強力な魔物をテイムできれば、裏闘技場は更に儲かる」
「まさか今更組織に売れというのか? そんな事できるはずがないだろう。どうしても欲しいと言うなら王家と話を付けろ」
「もし代替案があるとしたら聞くか?」
「馬鹿を言うなよ。代わりとなる八等級以上の異能持ちが見つかったと法螺を吹くつもりか?」
「いや、三等級の異能持ちに人体実験を施して、その力を飛躍的に上げたんだ」
「騙せるはずがない。王家には専属の鑑定士がいる。それに鑑定書は既に王家に提出して――」
そこで、マルキスは不自然に言葉を止めた。
店の入り口付近が妙に騒がしい。
窓際によって店前を見下ろすと、新しく雇ったランク6の傭兵が首から血を流して死んでいた。
呆気にとられた後、マルキスは叫んだ。
「しゅ、襲撃だッ、ラズは何をしている!?」
「……おい、状況はどうなってる」
オールバックの男が部屋の外で待機させている護衛に声をかけるが、反応の代わりに怒号が上がった。
ドタバタと階段付近が慌ただしくなり、少しして悲鳴が上がって静かになる。
マルキスと組織の幹部は互いに顔を見合わせた。
どちらも青褪めており、額には汗が滲む。
扉がゆっくりと開けられた。
「よう、豚。今日がお前の命日になるぞ」
金髪を短く切った野性味溢れる少年は、全身に返り血を浴びながら歯を剥いて嗤った。
◇ ◇ ◇
僕が調理場に行ったのは油壺を手に入れるためだ。
コップに汲み取り通路に撒いていく。ビシャビシャになった廊下を満足げに眺めていると、レムリアが戻ってきた。
相変わらず眠たげで、ゆらゆら身体をふらつかせている。
次にジーラン。肩の上にラットが乗っている。汚れ一つないレムリアに反して、彼は全身に血が付着していた。加えてパンパンにお金が詰まった頭陀袋を背負っている。
セオドアとフリッカもまた奴隷を解放し終えたようだ。商館には三十名以上の奴隷達がいる。
その中の一人に僕は話しかけた。
「手錠と首輪の鍵を渡す代わりに、お願いがあります。この館を炎魔法で焼き払って欲しいんです」
僕と同時期に商館に来た犯罪奴隷、盗賊の頭のような男は僕にガンを飛ばしながら鼻の穴を膨らませた。
「いいからさっさと鍵を渡しやがれ」
ジーランが木製の柱の一つに手を置き、握力で一部を抉り取った。
それを見て男は狼狽える。
「言う通りにしてくれます?」
「わ、分かった。やればいいんだろっ」
彼が指先から火花を飛ばした。途端に廊下が燃え始める。
フリッカはまだショックを受けるだろうから、彼にやらせた。
確認した僕は奴隷達に向けて鍵束を放り投げる。
「早く鍵を手に入れないと焼け死にますよ」
まるで池に放り込まれた餌に集まる鯉のように、奪い合いを始める。中には殴り合う者もいる。しかし、手錠と首輪に衝撃が加わり、奴隷達は次々に電流によって動けなくなった。
「あらら、折角鍵を渡したのに。残念です。まあ僕達には関係ないか。さあ、気を取り直してここを出るとしよう」
「え、で、でも、このままじゃあ……」
「セオドア。君は本当に優しいね。でも考えて欲しい。僕達には生き抜けるだけの力がある。特別な力がね。でも異能がない大半の奴隷達は、この場を切り抜けてもどうせ捕まる。結局一生を奴隷として奉仕しなければならない彼らは、ここで死んだ方が幸せなんだ」
セオドアは純粋だ。なるほどと澄んだ瞳で納得してくれた。良い子だ。
火の手が回るのが早い。騎士団が駆けつける頃には、奴隷達は全員焼け死んでいるだろう。中には僕達ぐらいの子供も多数いる。
つまり死んだ奴隷が異能を持っていたかなんて分からない。
いずれは生存がバレるとしても、しばらくは時間が稼げるはず。
これで僕らは自由だ。




