第7話 番人
僕はまだ天井に頭が突き刺さったままの優男から鞭を拝借し、次いでに財布も抜き取った。
それから僕達五人は揃って牢屋を出る。オイルランプに照らされたラズの姿が番人のように扉前に立ちはだかっていた。
僕達とは十歩分の距離がある。
彼は口角を上げながら抜剣した。
「今ならまだ間に合う。大人しく牢に戻れ奴隷共」
面倒ごとを起こすなと忠告するわりに、ラズの瞳は実に楽しそうに輝いている。
僕は牢の中で死んだ優男を指差し、
「この人みたいになりたくなかったら、そこをどいた方がいいですよ」
「ははっ、お前そんな小生意気だったのか。益々そそるなぁ……」
ラズは瞳を細め、舌なめずりをする。
悪寒を感じ、僕は腕を摩った。
「異能が八等級以上って聞いたぜ。そのせいで気が大きくなってるようだな。だがよ、テイムなんて所詮戦闘系の異能じゃない」
ラズが両手で剣の柄を握り、腰を低く落とした。
それだけで気分がソワソワしてくる。背筋が震え、肌が粟立ち、後ろに下がりたくなった。
滲み出る気迫と殺気は本物だ。
父も腕がもう一本あり、剣を握っていたらこうだったのかもしれない。
「本物を見せてやるよ、ガキ共」
「受けて立つぜッ、この戦士の相手は俺がする!」
ジーランが歯を剥いて拳を手のひらに打ちつけながら一歩前に出た。
ジーランとラズ。怪力と剣術の異能の持ち主。互いに五等級。常人からしたら化け物の領域に踏み込んでいる者同士だろう。
だが、経験はラズの方が明らかに上だ。
「ランク7の傭兵として、その価値分は示さないとな」
床を蹴りつけたラズと同時に、ジーランが石畳を剥がして放り投げた。ラズは慌てず、それをバターのように簡単に斬り捨てる。
その隙にジーランが獣のような速度で襲いかかった。ラズの眼前に肉薄して拳を振るう。
ラズは鞘で拳の甲を叩いて受け流しながら、返す剣を振りかぶった。
右から左に水平に斬撃が向かってくる。上半身が断ち切られる軌道だが、ジーランは臆さず前進した。刃物に対して怯まずに立ち向かえる時点で、僕は大したものだと感心する。
戦いが日常の剣闘士として生まれ育った所以だろう。
ジーランは横から迫る剣の腹を上から殴って叩き落とした。そして左腕でラズを殴り飛ばそうとするが、
「がはッ」
その前に鞘がジーランの鳩尾に入っていた。
息が詰まり、呻き声を上げる彼の顔をラズは蹴り上げ、右手に持つ長剣を上段から振り下ろした。
僕は優男から奪った鞭をジーランの足首に巻きつけ、力一杯引く。体勢を崩して転んだ彼は無事ラズの一撃を回避できた。
更に、
「ちッ、炎魔法か……」
ラズの目と鼻の先で盛大に火花が散った。
突然の発火に、彼は眼球を炙られ苛立ちながら目を閉じる。
「……おい手を出すんじゃねえ。これは戦士と戦士の戦いだ、神聖な決闘を――」
「お礼の一つも言えないのかしら、この下民! 私が助けてあげなかったら死んでいたわよッ」
今は言い争いをしている場合ではない。視界が封じられたラズが縦横無尽に剣を振り乱し始めた。
その斬撃は何と宙を飛び、鉄格子を斬り壁を削っていく。
「……剣術の枠組みに嵌めていい力なのかな、あれ。五等級となるとあんな事もできるのか」
僕ら五人は急いで今まで閉じ込められていた牢の中に避難する。
「クソガキ共! もうお前らは殺すッ、死体になった後、男の方はゆっくり楽しんでやるッ。女は死体が好きな変態に売り飛ばす!」
バキン、バキンと鉄の格子が切断されていく音が響く。僕達がいる牢まであと少しだ。
「俺が隙を見計らって行く。あれは俺の敵だ」
「待ってくれ、ジーラン」
僕は彼の肩を掴んで止めた。斬撃の嵐と化したラズの懐に迂闊に飛び込めば斬り刻まれる。
「……レムリア。頼むよ、君なら簡単に倒せるだろう?」
僕は側にいる銀髪の幼女に頼み込んだ。彼女は眠そうなタレ目をゴシゴシ擦り、
「……ステーキ」
「え……?」
「ここ、出たらステーキ食べたい」
「分かった。食べよう、何とかするから」
「ん」
こくんと満足そうに首を縦に振ったレムリアは、ラズに片手を向けた。
瞬間、彼が握っていた長剣が静止した。ラズが振り下ろそうとしても、長剣は宙に固定されたように動かない。
「終わり」
レムリアが短く呟くと、剣はくるりと回ってラズの手から逃れ、彼の両手を斬り裂いた。
「……ぐあぁぁぁぁぁぁぁあッ!? う、嘘だ……あ、あぁ、俺の腕、がッ……」
ぼとりと太い傭兵の腕が二つ、転がり落ちる。膝をかくんと折ったラズの肘の先から鮮血が吹き出した。
ジーランは不満そうに握っていた拳を解き、セオドアは胸に手を当てて安堵し、フリッカは壁に背を預けて深呼吸している。
僕はぼーっとしたままのレムリアの頭を撫でた。
「よしよし、ありがとう、レムリア。もう君が最強だよ」
「レム最強」
幼女は満足げに薄い胸を張り、腕を持ち上げて上腕二頭筋を見せつける。だが筋肉は皆無で、細すぎる腕に心配になるだけだった。
彼女の異能は金属魔法。目視した金属を操れる魔法らしい。武器を握る相手は可哀想なくらいに勝ち目がない。等級は七で、僕に次いで高い。
とは言え、注意点として肉体は幼女でしかないので目視できる所に金属がないと完全に無力だ。
「さ、先を、急ごうっ」
セオドアがそう告げた。
他の三名も頷くが、僕は少し試したい事ができた。
「……ちょっと待ってくれ皆。ラズ、このままじゃあ貴方は死ぬ」
牢から出て、僕は血に塗れながらうつ伏せで倒れている剣士に歩み寄った。
「……どうせ、逃げられ、ねえ、ぞ……奴隷、共……マルキス、の、旦那は、貴族とも、繋がって、るが、裏社会とも……」
「貴方を止血して助ける事はできる。フリッカの魔法で傷口を焼けばね」
「はぁ? 何を勝手な事言ってるのよ、そんな奴ほっといて先に行くの!」
僕は静かにと唇に人差し指を置く。もはや番人は片付けた。この商館に、脅威となる者はいない。
「その代わり、実験に付き合ってほしい。テイムを受け入れて欲しいんだ」
五等級の剣術の異能ともなると鉄も関係なく斬り、更に斬撃は宙を駆けた。
等級が高いと、大幅に能力が強化される。
僕は八等級以上のテイムの異能を持っている。であれば今、僕の肩の上に乗っている黒ラットのような動物だけじゃなくて、八等級以上なら人もテイムできるのではないだろうか。
「テイム」
だから試してみた。手を翳して唱える。
赤い光の膜がラズの全身を包み込みはじめた。僕は歓喜に笑みが溢れるが、テイム寸前でバチっとまるで拒否されたように赤い光が弾けた。
「……俺を……動物のように、支配、できると思う、なッ。地獄に、落ちやがれ」
虚ろな目でラズは僕を見つめた後、そのまま血反吐を吐いて生き絶えた。




