第6話 脱出
僕が犯罪奴隷に落とされてから五日が経過した。
その間に同部屋の四人の子供達ともある程度親睦を深めた。
テイムについては分かった事がある。
まずテイムと唱えて手を伸ばすと発動自体はできる。小さな虫なんかもテイムできたのでそこは間違いない。
テイムした動物と僕の精神は目に見えない糸で繋がっている。
それによって意思疎通ができるようだ。
念じて指示を送ると、ラットからも朧げに思念が返ってくる。ラットにはあの優男が出入りする隙をつかせて地下を抜け出させ、この奴隷商館の構造と配置された人の数を調べてもらった。
ちなみに小さな虫は僕の言うことを理解できないようなので、テイムしても意味がなかった。
また精神の繋がりは僕が強引に閉じる事もできるので、相手の思念がずっと頭の中に入り込んでくるわけではない。
閑話休題。
この地下牢から逃げ出す上で、一番厄介なのはラズだ。
ラットが見聞きした情報では、あの用心棒は僕の父と同じ五等級の剣術の異能を持っているらしい。
彼はマルキスと違ってこの商館に常駐している。
傭兵である彼の雇い主、マルキスは三日間商館を留守にしていた。
商談の結果、近々僕達はオークションに出品されるらしい。競り落とすのは恐らく三つある王家のどれか。
そうなる前に脱出しなければならない。決行は今夜だ。
夜に決めたのは闇に紛れる事ができるからというシンプルな理由と、昼間は奴隷を欲しがる富裕層の客が来るのだ。
客はどうでもいいが、その護衛が厄介である。障害は少ない方がいい。
「皆、『助けてくれ作戦』は理解したね?」
僕は四人を前に声を潜めて尋ねる。
銀髪タレ目幼女改め、レムリアは珍しく起きていた。
数日間の共同生活で理解した。
彼女は良く眠るし、良く食べる。
彼女に僕の分のパンをあげたら、名前を教えてもらえた。異能についてもある程度は知った。
とは言え、相変わらず意思疎通は苦労する。今もぼーっとしており、焦点が定まらない瞳で僕を眺めていた。
「……役を変更できねえか。馬鹿の振りはその女でもできんだろ」
ジーランが仏頂面で呟いた。彼の物言いに、フリッカが睨みながらぷくっと頬を膨らませた。
「下民風情が……なんたる口の利き方を……私を誰だと思っているのよ!」
「誰なんだよ、お前。知らねーよ」
「仲良くね、仲良く。チームワークが大事だから」
間を取り持ちながら、僕はセオドアに視線を向ける。
「俺は、いつ、でも大丈夫、だよ」
「そうかい。じゃあ始めよう」
皆と頷き合う。
僕は大きく息を吸った。
ジーランは冷めた自分の夕食を牢にぶちまけ、白目を剥いて倒れ込んだ。自身の首に手を当てて、苦しげに喘ぐ。演技指導の成果が出ている。
彼を囲むように僕以外の三人が配置につき、心配そうに覗き込んだ。
「――誰か助けてくれッ! ジーランが大変なんだ! 早く誰か!?」
僕は腹の底から叫びまくった。
地下牢に声が反響し、拡散されていく。
僕達は大事な商品だ。商品に何かあったらいけない。
「……どうかしましたか?」
案の定、出入り口の扉が開いて腰のベルトに鞭を下げた長髪の男がやってきた。
僕は迫真の表情で、
「息してないんだよッ、ジーランが! ほら見てッ! 彼、首輪と手錠を強引に外そうとして、電流に当たり過ぎたんだ!」
「……では今、医者を呼んできましょう」
優男が視線を右往左往させて出ていこうとする。僕は焦燥を助長させるように地団駄を踏んだ。
「そんな時間ないってッ、彼を抱えて行ってよ! 早くしないと死んじゃうよ! 分かってるの? 彼が死んだら貴方は責任取れるの!? 買い手がもうついてるんでしょッ」
一瞬の判断が生死を分ける状況。
人間は焦ると正常な判断が下せなくなる。
「クソッ、仕方ありませんね……! 他は牢の端に寄ってくださいッ」
優男は鍵束から鍵を一つ取り出して僕達がいる牢の錠を開けた。こういう非常時のために鍵を持ち歩いているのだろう。
それが命とりになるわけだ。
僕達は言われた通り、牢の隅に寄る。
中に入ってきた優男がジーランの身体を抱える寸前。ジーランが跳ね起きて、彼の顎を掬い上げるように殴った。
「がッ!?」
十歳そこらの拳の威力ではなかった。怪力の異能は伊達じゃない。
優男の身体は衝撃で簡単に浮き、天井に頭がめり込んだ。
プラプラと身体がしばらく揺れる。赤い雫が大量に垂れてきた。
「ぐっ、はぁ、はぁ……ざまぁ、みやがれ。何度も……鞭で叩きやがったお礼だ」
ジーランは手錠から伝わる電流に顔を歪めながら片膝をついた。
この役目は電流を何度も受けて耐性がつき始めた彼しかできなかった。
「流石ジーランだ。一撃で確実に殺せたのはでかい」
「……う、うぅ、き、気持ち悪い……」
セオドアが凄惨な光景から顔を背けた。
「こういう事は今後避けられない。割り切るしかないよ」
ぽんぽんとセオドアの肩を叩く。
どうしたってここから先は血を見る事になる。慣れているのはジーランと僕くらいだろう。
フリッカは青褪めた様子で口元を覆い、レムリアは見ないようにか閉眼していた。
僕は男の腰から鍵束を奪い、それをセオドアに見せる。
「あ、えっと……これ、がウィルベルくんの手錠の鍵で、こっちが首輪」
僕は二つの鍵を受け取り、言われた通りに鍵穴に差し込むとカチリと回って外す事ができた。セオドアの目利きは異常で、鍵穴を見るだけで一瞬で対応する鍵が分かるのだ。
「……よし、助けてくれ作戦大成功だ。ここからはアドリブなわけだが」
他の四人もセオドアのおかげで手錠と首輪から解放された。
レムリアだけ立ったまま寝そうになっていたので僕がやってあげた。
後は敵の戦力を削ぎながら、他の奴隷を解放しようと思う。勿論、善意からではない。
「フリッカ様。大丈夫ですか?」
「……え、ええ。大丈夫よ、むしろ清々するわ。この国の人間が酷い目にあって」
死体を見て顔色を悪くしている彼女を励ましている時間はなかった。
「――凄い物音がしたから来てみれば……」
地下と一階を結ぶ扉が再び開いた。ふらりと現れたのは無精髭が似合う歴戦の剣士。
マルキスの護衛役であるラズだ。




