第5話 最初のテイム
僕は愛想笑いを浮かべて皿を受け取った。
「……食べていいですよ?」
「ええ、有難く食べます」
僕は虫を牢の外に捨て、汁を木のスプーンで掬った。
「おや、サービス品は気に入らなかったですか。まあ元騎士爵の子らしいので、虫入りは食べた事ありませんよね。全く惨めなものです。八等級以上の異能を宿していたそうですが、調子に乗らない方が良い。お前は一生、奴隷として他者に奉仕して生きていくんですから」
優男はネチネチと口撃してくる。彼の言動に僕は得心がいった。
「……お兄さん、もしかして僕の異能、そんなに羨ましいですか?」
「……は?」
「僕とあなたは初対面なのに、目の敵にされる理由は妬みくらいなものですから。八等級以上はすごく珍しいですよね。お兄さんもどうせ僕より下でしょう? あ、そもそも異能持ってないか」
「クソガキが!」
鉄格子の隙間から、優男の足が伸びてくる。頬を蹴られ、僕は後ろに吹き飛ばされた。手錠と首輪に衝撃が伝わり、電流が追撃してくる。
セオドアが視界の端で、慌てて駆け寄ってくる。
怒りで顔を紅潮させた優男の姿を最後に、僕の意識は暗転した。
どれくらい眠っていたかは分からない。
だが、気付くと僕はベッドに寝かせられていた。
壁にかけられたランプの灯り全てが消えている。
もしかしたら夜になっているのかもしれない。
相変わらず石畳に寝ている耳長垂れ目銀髪幼女と、寝姿が綺麗な王女気取りの傲慢美少女。
「だ、大丈夫、だった?」
僕のベッドのすぐ近くに座っていたセオドアと、
「……何だ、てめえ。俺と戦う気か?」
自身のベッドで片膝を立てて上半身を起こしている金髪の少年。
彼も意識を取り戻したらしい。
「いや、遠慮するよ。それよりも、君も一緒にここを出ないかい?」
「……俺は誰も信用しねえ事にしたんだ。話かけるな」
「そう」
僕は痛む頬を摩っていると、ちらちらと視線を感じた。
セオドアはどうやら聞きたい事があるらしい。前髪の隙間に隠れた彼の瞳と視線が交わるが、すぐに逸らされた。
「……セオドア、恐らく君は僕が親殺しだと言われた事について、弁明を求めているのかな?」
「……ご、ごめんっ、ウィルベルくんがまさかって……信じ、られなくて」
「僕の方こそごめん。親殺しは本当なんだ。だけど、僕は後悔していない。間違ってもいない」
丁度良い機会だ。これから行動を共にするのだから、僕の身の上話を語って聞かせるとしよう。
ただし前世の記憶は抜きにして、今生で得た僕達家族の話だけだ。
居場所がなくなり心を失くした父を止めるため、そして母の命を救うために父を殺した。
しかし、騎士団には全て話したのに、事情を考慮されずに問答無用で犯罪奴隷に落とされた。
確かに人は殺した。父は死んだ。
でも僕は自分が間違っていなかったと胸を張って言える。
何故なら僕は母を守るために父を殺したのだ。結果的には母は死んだが、あの時の行動は何も恥じてはいない。
「分かるぜ」
いの一番に肯定したのは意外な事に金髪の少年だった。
「俺は王都にある闘技場で生まれた。父はチャンピオンでな。強すぎて勝ち続けていた」
僕は頷きながら続きを促す。
「……あんまりつえーからか、ある日八百長試合を持ちかけられた。わざと負けろと。親父は断った。そんな事できるかってな。だが、持ちかけた奴はこの国でも有数の貴族の坊ちゃんらしく……」
食事に毒を入れられて殺された。
「チャンピオンは……舞台の上じゃなくて、闘技場にある食堂で死んだんだッ。親父はどれだけ無念だったか……剣闘士達は見て見ぬふり。仕舞いには勝ち続けるのがいけないと、死んで当たり前だと言いやがった! 俺は父を馬鹿にした奴を試合中に殴り殺してやった……俺も今だに自分が正しかったと思ってる」
「……そうだね。君は正しいよ。父の名誉を守ったんだ。立場が一緒なら、僕も同じ行動を取るだろう」
僕はベッドから出て、彼の元に近付く。側に行って手を伸ばした。
「僕はウィルべル。家名は剥奪されたから、ただのウィルベルだ。異能はテイム。等級は八以上だとか」
「……俺はジーラン。異能は怪力。等級は五だ」
がっしりと握手する。
ジーランの手は硬く、僕より大きい。
「……作戦を考えたんだ。ジーラン、それにセオドア。君達の力を借りたい。ここを出て、僕達は自由になる」
この国の法には従わない。何故なら僕達は間違っていないのだから。
計画の概要を二人に伝えた後、僕は一人だけ起きていた。
良い子はとっくに寝る時間だろう。部屋の隅にはゴキブリ入りのシチューを食べずにぶち撒けてある。小さいが肉も入っているので、僕はじっとその時を待った。
カサカサと音がして、僕は静かに起き上がり息を凝らして眺める。
黒いラットが小さな肉を噛んでいた。
セオドアの言う通りである。
僕は明確なイメージの元、手を伸ばした。
「テイム」
赤い光がラットの全身を包んだ。
動きを止めたラットの目が僕と合う。そのまま近づいてきたラットの頭を、僕は親指で撫でた。
テイム成功だ。これが僕の力。
これが最初の一歩である。




