第9話 闇市
ついに奴隷商館から逃げ出した僕ら五人は夜闇に乗じて王都の見捨てられた区画、スラム街に辿り着いた。
錆まみれの家屋、建設途中で投げ出された建物に自作の小屋、整備されていない道路、道端で寝ている浮浪者。常に生ゴミの匂いがしていて、生活環境は最悪だ。
スラム民は加速度的に増えている。
戦争による孤児の増加、近年地方で増えてきた魔物被害に対応が追いつかず、田舎から都市部への人口の流入が起きているのだ。
急激な人口の増加により、住む家も足りず仕事にもありつけない。そういった王都の現状を騎士団で活躍していた頃の父は憂いていた。
僕ら五人は皆、行くあてがない。居場所がない僕達を唯一受け入れてくれるのがスラムである。
「……大金もある。早速これで美味い飯屋にでも行こうぜ」
「待ちなさい、下民。その前に服をなんとかしたいわ! その金でドレスを買いに行きましょう」
「ふざけんな、服なんてどうでもいいッ。まず飯だろ」
「どうでもよくない! 貴方、血まみれで汚らしいわッ、一緒にいて不快なのよ!」
「返り血がなんだよ、細かい女だな。そもそも俺だけ夕食食ってねえんだぞ。なあ、レムリア。飯が良いよな」
「ん、肉食べたい」
「で、でも、俺達子供、だから……こんな大金持って、たら、不審に思われない、かな?」
セオドアの意見は最もだ。
金はあるが、見るからに奴隷の格好で使えば騎士団に通報されるだろう。とは言え、それは表街だけだ。スラム街では僕達のような子供は珍しくない。
ただ元日本人としての衛生観念が着替えを推奨してくる。
「まずは見た目を整えてからが良いと思う」
レムリアが悲しそうに腹を撫でているが、少しの辛抱である。
見た目さえ整えれば買い物ができる。
表街に行っても、見た目が良かったらお使いだと思われて怪しまれない。
幸い皆容姿は良い。日が昇れば表街の方に行き、飲食店に入ろう。
「丁度良い事に闇市が目の前にある。衣服はここで揃えよう」
「……やけに足取りに迷いがないから疑問に思ってたが、目当ての場所はここか」
僕は探索から帰ってきたラットの頭を撫でながら、手の甲に乗せた。ラットは僕の身体を駆け上がり、肩の上に落ち着く。
篝火が焚かれた闇市は、露店が密集していて大規模に催されている。
客は柄の悪い者達や浮浪者が大半を占めていた。ストリートチルドレンらしい子もちらほらいる。
入り口の警備をしているらしい若い男がやってきた僕達を無遠慮に見つめた。
「……金は……あるらしいな」
大金が詰まった頭陀袋を凝視している彼の視線から逃れ、そそくさと僕達は通った。
周りから刺すような視線を向けられながら、僕達はゆっくり見て回った。露店では何でも手に入りそうである。
麻薬やドラッグに煙草、酒やビールなどの嗜好品。カエルのようなものを丸焼きにした串焼きやドロドロのスープ。
ジーランは串焼きを二本買っていた。それを見たレムリアは欲しいとは言わなかった。食べ物ならなんでもいいわけじゃないらしい。
武器や防具なんかも売っている。いずれも呪われそうな程に不気味な代物だ。
全て盗品か、ゴミ溜めから回収してきたのか、それとも偽造品か。まあとにかく表街の方では売り捌けない商品ばかりだ。
「……あったあった」
ついに僕達は衣服を売っている露店を見つけた。
地べたに敷かれたシートにたくさんの衣服が乱雑に置かれている。店主の老人はリアカーを背にしてそのシートに座っていた。
「一着百万ゴールドじゃ」
老人は真顔でジーランが抱えている頭陀袋を眺めて呟いた。分かりやすいくらいにぼったくり価格だ。
僕はため息を吐いてジーランを一瞥した。彼は意図を汲み、道端に落ちていた石ころを握力で粉々に握り潰した。
「ジジイ、こうなりたいか?」
「……お、お前さんら、異能を宿しているのか……」
「おじいさん。これ皆盗品だよね」
僕は名前が刺繍されてある下着を指差した。
元手がただなのだから、極論一円でも儲かるはず。
「適正価格で頼むよ」
「……」
老人は眉根を寄せ、むっつり黙り込んでから首肯した。
物干し竿に布を垂らしただけの簡易的な試着室で衣服を着替えていく。
子供用が少なくて意外と大変だった。
僕は白のインナーにフード付きの紺色のケープ。下は灰色のボトムスにした。
レムリアはブカブカのローブを気に入り、フリッカは頑なにドレスを探したが、そんなものはなかったのでワンピースにしたようだ。
セオドアは茶色のチュニックに下は僕と同じような格好。身体が大きなジーランは大人用の白のインナーに黒のジャケットを着て、下はスラックスを履いた。
靴も買って、五人で並んでみた。
「見違えたよ、皆」
「高貴な私が……なんで町娘みたい格好で歩かないといけないのよ。そうだわ、この荷車に私を乗せて、貴方達が引いて移動するの」
良い考えとばかりにパンと柏手を打つフリッカ。荷車とは店主の老人の背後にあるリアカーだ。
彼女の寝言は全員が無視した。
腹を立てたフリッカは唇を尖らせ、
「じゃあ服は我慢するとして、せめて美しく着飾りたいわ! 指輪とかネックレスが欲しいッ」
たたたと走り、人混みに紛れて行った先は怪しげな黒ローブ姿の店主がやっている露店だ。
卓に厚手の布を敷いて、その上に様々な品を乗せている。
僕は仕方なく追いかけると、フリッカは黒紫に光を放つ妖美な宝石が付いた指輪を手に取っていた。
「フリッカ、闇市で装飾品は買わない方がいい。絶対ぼったくられるよ」
様をつけるのが面倒になってきたので、自然に呼び捨てた。
「……でもこれ凄く綺麗」
フリッカは宝石に夢中で呼び捨てに気付かない。
まじまじと指輪を至近距離で凝視している。確かに怪しげで不思議な魅力がある宝石だ。
店主が唇の端を吊り上げ、
「そいつは魔瘴石の指輪さ、ガキども」
「……魔瘴石?」
フリッカも知らないようで、首を傾げた。
「王都近郊では一度もないが、地方じゃ当たり前の現象でな、地中から魔瘴気と呼ばれるガスが時折噴き出すんだ。そのガスを人間や動物、昆虫が触れたり吸い込むと魔物になっちまう」
「……じゃあこの魔瘴石はその魔瘴気が固まったもの?」
「いや、魔瘴気そのものが固まったものは魔瘴気結晶と呼ぶ。魔瘴石はその辺の石が長時間、魔瘴気に晒されるとなるもんだ。割ることで中に蓄えられた魔瘴気が拡散しちまうから、絶対割るなよ。そいつは観賞用なんだ」
「……これいくら?」
「おい聞いてたのか? そいつはガキの玩具にしては危険すぎるぞ。まあでもそのくらい小さいと人間は魔物化できないがな。精々《《小さな動物》》くらいか」
僕はジーランを呼びよせ、フリッカの分と二つ買った。合計百五十万ゴールドで。
「お前、何やってんだよ。バカ女を諌めるために行ったんじゃねえのか?」
「まだまだ金はある。それにこのくらい安いものだよ」
僕はラットの頭を撫でながら笑みを浮かべる。
思わぬ掘り出し物が見つかったが、そろそろ闇市を練り歩くのも疲れてきた。
「……さて、後は寝床を探そうか」
僕はラットに誰にも占拠されていない落ち着ける場所を探させようした。
「その前にやる事があるようだぜ」
ジーランの指摘で気付く。僕達はぞろぞろと柄の悪い男達に尾行されているようだ。
十人以上いる。互いに目配せし合っている事から、同じ組織の者達かもしれない。
スラム街だから、犯罪組織の一つや二つあるだろう。どうやら闇市はそういった組織の縄張りだったのかもしれない。




