第10話 ヒュドラ
僕達五人はわざと逃げ場のない裏路地に入る。
案の定、ぞろぞろとチンピラ集団が曲がり角から現れた。
どうやら金が詰まった頭陀袋だけが目的ではないらしい。
フリッカの気品ある美しい容姿やワンピースから覗く生足、またレムリアの可愛らしい顔を欲に満ちた表情で観察している男もいた。
「坊や達、ダメだろ。そんな大金どっから盗んできたんだ?」
「ガキがそんな金持ってたって意味ねえから、俺達が貰ってやるよ」
「おいコイツの耳見ろよ。エルフのガキだ」
「奴隷種族が……首輪はどうした?」
下卑た笑みが僕達を囲む。
レムリアが俯いて僕の袖口を摘んだ。
僕は彼女の背に手を当て、
「大丈夫だよ、レムリア。こいつらは雑魚だ、何も怖がる事ない。君の足元にも及ばないカス。スラムに廃棄された生ゴミと大差ない」
「……ほんと?」
「当然だろう。レムリアは最強なんだから」
「……ありがと。ウィルベル」
そのやり取りに、チンピラ達は爆笑した。
「おお、よちよち。女の前だから、かっこつけてるのかな。このガキ」
「そろそろいいか? 兄さん達はな、暇じゃねえんだ。さっさと金置いてけ。そしたら痛い思いはしねえから。あ、赤髪のお前は残れ。俺の女にしてやる」
その台詞を向けられたフリッカが嫌悪感丸出しで腕組みをする。
「……この下民たちは余程死にたいようね」
「コイツらは戦士じゃねえ。弱い者虐めは気が乗らねえんだが」
ジーランは首筋を揉みながら顔を顰めた。
「お、俺。こういう時、役に立たなく、て、申し訳ない……」
セオドアは肩身が狭そうに縮こまる。
それを言うなら僕もそうだ。
「はぁ、ガキをリンチにすんのはいくらなんでもだせえからしたくなかったが。お望みならしょうがねえな」
「いや、カツアゲも十分ダサいけど」
ボソリと僕が呟くと、怒ったのか男達はバラけて僕らを取り囲む。
だが彼らに対して先制したのはフリッカである。
彼女は手の先に火の玉を顕現させた。
「クソ、一人は異能持ちだ!」
途端に男達は怖気付く。
後退りをした者を狙って、フリッカが火の玉を放った。
火球は見事に命中した。悲鳴を上げながら地面に身体を必死になって擦り付ける。
それからジーランも動いた。彼が拳を振るうと、大の男が十メートル以上吹き飛ぶ。
左右の手で二人の首を掴んで持ち上げると、男達はジタバタと暴れながら無様にもがいた。
それから千切っては投げ、千切っては投げ。繰り返すだけで、男達は戦意を喪失した。
「こ、こいつらバケモンだッ」
「もういい、逃げるぞ!」
背を向けた者達に、レムリアが手を伸ばした。
すると彼らが所持していた短刀やナイフが一人でに宙を浮いて、当人達を切り裂いてしまう。
泣き喚き、情けなくも大声で助けを呼ぶ男達。
もう決着はつきそうだが、僕もそろそろ役に立ちたい。
「ラット。苦しいかもしれないが、許して欲しい。その代わり君は力を得るはずだ」
自らの肩の上に乗っているラットを路地に下ろした。どうするの? と言わんばかりに見上げてくるラットに、僕は先程買った魔瘴石を地面に叩きつけて砕き、中にある魔瘴気を噴出させた。
近くにいた僕は目眩がしたので、すぐ距離をとる。
諸に瘴気に当てられたラットは身体を震わせ、どんどん禍々しいガスを吸収し始めた。小さい身体が瞬きする事に大きくなる。
僕の背丈を超え、大の男に迫る程に。
可愛らしい鳴き声が体格に合うように野太くなった。
ふわふわの毛を触りながら、僕は巨大ラットを見上げた。夜の闇でも映える真紅の目に、裂けた口元から覗く進化した鋭い牙。
これが魔物化した姿。紅い瞳に僕の姿が映っていた。
その瞳はじっと僕を捉えて離さない。まるで次の命令を待っているように。
僕に対して敵意はなさそうだ。僅かに懸念していた事が即解消され、僕は胸を撫で下ろした。
そしてより鮮明にラットの思念が伝わってくる。
これは感謝の念だ。
いつか魔物化するのが夢だったらしい。
叶えてくれて嬉しいとそう思念で伝えられた。
「な、なんで街中に魔鼠がいるんだよ!?」
魔物化した鼠は魔鼠と呼ぶらしい。
その魔鼠が尻尾を鞭のようにしならせた。
一瞬、暴風が吹いて髪が乱れる。
動きは視認できず、直撃した瞬間も見えない。だが一様に男達の手足は鉄骨に衝突したように変な方向に曲がっていた。
「……おいおい、あのちっこいのがこんなになるとは……」
「……可愛くなくなったわ」
「す、凄い……」
「……レムの次に強い」
皆も驚いている。
十名弱いるチンピラ集団の逃げ道を魔鼠は塞いだ。
「殺すなよ、魔鼠。彼らには聞きたい事があるし、実験したい事もある」
「……お、おいガキ共……こんな事して、ただで、済むと思うなッ」
「おお、下っ端が言うセリフランキング常連の文言だ」
息も絶え絶えな状態で呻く坊主頭のチンピラを僕は悠々と見下ろす。
「茶化してんじゃ、ねえ、俺たち【ヒュドラ】を……敵に回したら……この街では、生きていけねえぞ!」
彼らが所属しているのはヒュドラという組織名らしい。
まさにそういった情報を仕入れるために生かしたのだ。後のことは彼らのねぐらで聞き出すとしよう。




