第3話 運命の子供達
前代未聞らしい八等級以上の異能。
それを宿していた僕は早急に奴隷達と別れ、地下にある特別な牢に移された。
等間隔で壁につけられたオイルランプの光が牢部屋を暖かく照らしている。
床は石畳になっていて、他の牢屋と比べても広い。中には五つ簡易ベッドが置かれていた。
牢には僕以外に四人の子供達がいる。全員、貫頭衣を着ていた。
大人しく牢屋に入った僕を見て、マルキスが満足そうに頬を緩める。
「今のところ、お前達五人の買い手はこの国で名将と名高いブレイワード伯爵だ。功を積めば奴隷から解放されるかもしれんぞ。だが、まだ決まりではない」
他により良い買い手がつけば、マルキスは躊躇いなくそちらに売ると言う。
「何せ八等級以上の異能ともなれば、三つある王家の耳にも入れなければな。彼らが伯爵家以上の額を提示すれば、私は彼らに売る。早速これから商談だ」
マルキスの瞳が僕を捉え、弓なりに細くなる。
彼にとって僕は、金のなる木という事だ。
自分が異能を持っていた事は非常に喜ばしいが、王家に売られるのは勘弁願いたい。
全ては国王が父から爵位を奪ったのが原因だ。父にも非があったかもしれないが、戦争で利き手を失った彼に国は手厚い支援や年金を一切支給しなかった。
傭兵あがりの元平民だから、役に立たなくなったら躊躇なく捨てる。それがこの国の王の決定なのだ。
王家にだけは売られたくない。国王のために奴隷として一生を奉仕するなど絶対に嫌だ。
「おい、デブッ。俺は奴隷になんかならねぇって言ってるだろ! 俺は戦士だッ、早く次の試合をさせろッ、戦わせろ!」
僕の内心とは裏腹に上機嫌なマルキス。彼に対して、荒っぽい怒声を上げたのは僕と同じ牢にいる一人の少年だった。
僕より年齢は少し上だろう。身体付きは鍛えられていて体格が良い。
目付きは悪く、顔立ちは美形だがどこか野性味がある。
金髪を短く乱雑に切っており、口からは鋭い八重歯が覗いていた。
「何度も同じ事を言わせるな。お前は戦士じゃない、闘技場で剣闘士を殴り殺した殺人犯、犯罪奴隷だ。運命を受け入れろ」
「アイツが父を侮辱したせいだ、ああなったのは自業自得だろッ」
マルキスは去って行く。
少年は鉄格子を掴み、必死に力むが、
「あ、そうだった。新入りのために実演感謝するが、格子を掴んだり衝撃を与えると、電流が流れる仕組みとなっている。私の異能、雷魔法を甘く見ない方がいいぞ」
マルキスが言った通り、少年はバチバチと雷に打たれたように発光し、膝から崩れ落ちた。
「ではな」
マルキスが出て行くと、途端に静寂に包まれた。気絶している少年には誰も何も言わない。
「……ふむ。なるほど」
僕は格子付近で伸びている少年をベッドに連れて行って寝かせた。体格差があるので大変だったが、何とかなった。
その後で他の三名の子供達を順に見つめる。
「……こんなところで一緒になったのも何かの縁だ。自己紹介しようか」
「「……」」
無視されたが、僕はめげない。全体に話しかけるからいけないのだ。個人を指名すれば、話さざるを得なくなる。
教室で授業中、先生が生徒を指名するのと同じだ。
「君はエルフかな。凄く可愛いね。僕、初めて見たよ」
「……うるさい」
ほわりと可愛らしく欠伸するのは、人形のように整った顔立ちの幼女である。
枝毛一つない銀髪を肩口で切り揃え、澄んだ碧眼は宝石のように美しい。肌は雪のように白かった。
彼女は特徴的な垂れ目を閉じて、他の人間より長い耳を冷たい石畳に押し付け横になった。ひんやりして気持ちいいのだろうか。ベッドの方が良い気がするが。
エルフなんて、この国では初めて見た。異世界だからいてもおかしくないが、十年間生きてきて存在を知らなかった程だ。
いや、そもそもエルフで合っているかどうかも分からない。
「ごめんよ、眠いならベッドを使えば?」
「……」
なんと幼女はすぅすぅ寝息を立て始めた。本当に眠かったらしいが、この状況で安心したように寝れる精神に感心してしまう。
彼女が一番精神的に強いかもしれない。
諦めて、話し相手を変える。次に目に留まったのは燃えるような赤髪の美少女だ。
彼女はベッドに座り、ツンと顎を上げて腕組みしながら足も組んでいる。
「ちょっといいかな?」
「謁見を希望かしら?」
「……え?」
予想の斜め上の答えが返ってきて僕は言葉に詰まった。
「私に謁見を希望するなら、まず跪きなさい」
僕は額に手を当てた。まともな奴はいないようだ。
彼女もまた美しい容姿を持っている。形の良い頭部。吊り気味の大きな目。染みひとつない肌。長いまつ毛に、鼻筋はすっと通っている。
「どうしたのよ、謁見しないの?」
「失礼いたしました、お嬢様」
おままごとだと思って参加した。
僕はここから出る上で、彼女たちの異能を把握しておきたいのだ。
「なってないわ! 私の事は王女殿下かフリッカ様と呼びなさい、下民」
「ではフリッカ様、僕の事はウィルベルとお呼びください」
「嫌よ。私は王女なの。指図なんてできると思わないで、下民」
イラっときたが、僕は深呼吸して気分を落ち着かせた。
相手はまだ子供。僕はすぐに手が出る父とは違うのだ。
だがどうやらこの場にはクソガキしかいない。協力し合えれば何とかできるかと思ったが、これは無理だ。
「あ、えと、俺。セオドア……よ、よろしく、ウィルベル君……」
と思ったのは早計かもしれない。
牢の隅でもじもじしていた四人目の男の子。天然パーマ気味の長い髪が目元を隠している。
明らかに人見知りそうだったから最後に回していたが、彼こそ天使だ。
「セオドア君。勇気を出して話かけてくれてありがとう、君だけはまともなようだ!」
「ちょっと下民! だけってどういう事よッ」
「……ああ、申し訳ありません、フリッカ様」
丁寧にお辞儀をすると、ふふんと得意げに鼻を鳴らすフリッカ。別に訂正したわけじゃなくて、謝っただけだが納得したようだ。チョロい。
お姫様気取りの馬鹿と睡眠大好き幼女はほっといて、最初から男二人だけで話せば良かったのだ。
僕はセオドアがいる隅の方に寄って、彼の隣に座る。
「……セオドアくん。もし辛かったら全然話さなくて結構だけど、君みたいな良い子がどうして奴隷になったんだい?」
「あ、えと……俺は、その、口減らしで……両親に……売られたんだ」
セオドアは心底落ち込んだように背を丸めた。
ありがちな話だから一番生々しい。
「村は魔物のせい、で、飢饉らしくて……こういう、性格だから……俺が一番、役に立たないと、思われた、んだ……」
「……なるほどね。実際は異能を持ってた君が一番凄かったのに」
鑑定の異能がなければ、どんな異能を持って生まれたか知る由はない。
そして僕ら奴隷を鑑定してくれた鑑定士の言動から推測するに、鑑定料は非常に高額なのだろう。
平民は基本鑑定を受けさせてもらえないようである。
自力で自分の力に気付ければ良いが、本人は魔法を使いたいのに剣術の異能を持っていた、なんて意思とは逆の力を授かっている可能性もあるはずだ。
「兄弟や、両親と別れる、日に父さんが……こう言ったんだ」
『お前は、あまり俺達と喋らなかったもんな。父さん達の事が、好きじゃないんだろう?』
だからこうなって良かったじゃないかと、父は不恰好な笑みを浮かべて告げたのだと。
「俺は……俺なりに、皆の事が好きだったのにッ……あまり話すのが、得意じゃ、ないだけだったのに……」
「……辛かったね」
奴隷になって嬉しいわけない。
この年頃の子が、両親に捨てられて悲しくないはずがない。
彼の両親だって分かっていたはずだ。分かっていたが、この子を犠牲にしないと他が生きられなかったのか。
僕は無言で彼の背中を摩っていると、
「そんなのより私の方が辛い過去を持ってるわよ! 私の話を聞きなさい、下民共ッ」
何故か王女気取りの馬鹿が話に乱入してきた。




