↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりの商都にて  作者: 久遠 睦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/16

第三章 招かれざる誘い

金曜日の夜、大学時代の友人・真帆からメッセージが届いた。

〈美月、生きてる? 来週土曜、人数足りなくて。飲み会来ない? ほんまにただの気分転換で〉

最後の一文に気遣いが滲んでいた。

美月は「行かない」と打ち、消した。「まだ無理」と打ち、また消した。

別れたことを真帆に話したのは二週間前だった。電話口で真帆は怒りも慰めもせず、ただ「そっか」と言ってくれた。その距離感に救われた。

〈行く。途中で帰ったらごめん〉

送信すると、すぐに猫が万歳しているスタンプが返ってきた。

翌週土曜、待ち合わせは難波だった。夕方まで降っていた雨が上がり、戎橋筋の路面には看板の光が何色にも反射していた。人波は週末らしい密度で、美月は何度も肩をぶつけられた。

店は雑居ビルの上階にあるダイニングバーだった。長いテーブルを囲み、男女四人ずつ。自己紹介が始まる。

「水野さん、商社なんや。海外とか行くん?」

「うちは国内が多いです」

「へえ、忙しそう」

「時期によりますね」

答えるたび、面接のようだと思った。

向かいに座った男性は悪い人ではなかった。話題を振り、グラスが空けば注文を聞いてくれる。旅行の話になれば、美月の好きな場所を尋ねた。

「京都かな」

口にした瞬間、航平と嵐山へ行った記憶が立ち上がった。

渡月橋。雨。傘を忘れた航平が、美月の傘へ無理やり入って肩を濡らしていた。

「水野さん?」

「あ、すみません」

美月は笑顔を作った。

その後も会話は続いた。誰かが面白いことを言えば笑った。料理も食べた。連絡先を交換しようと言われ、断る理由が思いつかず交換した。

それでも、二時間ずっと、自分だけ薄いガラスの向こう側にいるようだった。

帰り道、真帆が駅までついてきた。

「ごめんな。無理させた?」

「ううん。誘ってくれてありがとう」

「どうやった?」

美月は少し考えた。

「みんな普通にいい人やった。だから余計に、私がまだあかんねんなって分かった」

真帆は黙って頷いた。

「好きになる準備ができてへんのに、好きになれそうな人を探すの、変やな」

自分の口から出た言葉に、美月自身が納得した。

新しい恋をすれば忘れられる。失恋のあと、何度も目にした言葉だった。でも、忘れるために誰かを使うのは、その誰かにも、自分にも失礼な気がした。

御堂筋線のホームで真帆と別れ、一人で電車に乗った。

窓に映る自分の顔は疲れていた。けれど、惨めではなかった。

合コンに行って何も起きなかった。その「何も起きなかった」ことが、今の自分には必要だったのかもしれない。

家に着くと、さっき交換した男性からメッセージが来ていた。

〈今日はありがとう。またご飯行こう〉

美月は画面を見つめ、丁寧に返信した。

〈こちらこそありがとうございました。今日は楽しかったです。ただ、今は新しいお付き合いを考えられる状態ではなくて。期待させてしまったらすみません〉

送ったあと、胸が少し軽くなった。

「断ったら悪い」「せっかく誘ってくれたのに」。そう考えて曖昧に返す癖は、まだ抜けていない。

それでも今夜は、できないことをできないと書いて、送れた。

その夜、美月は久しぶりに湯船へ湯を張った。スマートフォンを脱衣所に置き、入浴剤を入れる。湯気の中で目を閉じると、店の喧騒も、航平の記憶も、少し遠くなった。

誰かを急いで探さなくていい、と思えただけで、週末の夜は少し広く感じられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。