第十五章 熟考
週末、美月は一人で部屋を片づけた。
考え事をするとき、手を動かす癖がついていた。
洗濯機を回し、本棚の埃を拭き、陶芸で作った器を並べ替える。
田中と佐藤。
去年なら、二人の長所と短所を表にして考えたかもしれない。
田中は対等。佐藤は安定。
田中は気楽。佐藤は成熟。
そんな分類は、今の美月には乱暴に思えた。
人は項目ではない。
田中は明るいが、嫉妬もした。競争心から美月を困らせた。でも、指摘されたあと行動を変えた。
佐藤は成熟しているが、立場の強さを完全には消せない。だから自分で線を引こうとした。
どちらにも良いところと危ういところがある。
では、自分は何を求めているのか。
美月は窓辺に座り、ノートを開いた。
最初に書いたのは、〈安心〉だった。
次に、〈尊重〉。
その下に、〈一緒に変われること〉と書いた。
そこで手が止まった。
航平との恋愛を思い出した。
二人は仲が悪かったわけではない。喧嘩も少なかった。ただ、美月は嫌われたくなくて、何度も小さな不満を飲み込んだ。航平もまた、将来への迷いを長く言わず、最後に突然「見えない」と告げた。
関係を壊したのは大きな裏切りではなく、小さな本音を言わなかった時間だったのかもしれない。
次に誰かと付き合うなら、正しい人を選びたいのではない。
間違ったとき、言い合える人がいい。
不満を言っても、関係が終わると怯えなくていい人。
そして、自分も相手からそう思ってもらいたい。
その条件を考えたとき、美月の中で一つの場面が浮かんだ。
会議で田中が自分の納期案に反対した日。
美月は腹を立てた。でも、田中は必要なことを言った。
その後も二人は働いた。
次に浮かんだのは、去年のエレベーターホールだった。
競うように帰ろうとした二人へ、美月が不快感を示した。その翌日、田中は「ごめん」と言い、行動を変えた。
佐藤も変えた。
それでも最後に残ったのは、田中との場面だった。
ただ、その直前まで、ノートの余白には佐藤の名前が二度書かれ、二度消されていた。
なぜだろう。
美月は長く考えた。
答えは、尊敬の種類にあった。
佐藤への尊敬には、まだ少し「追いつきたい」が混じっている。彼のように仕事ができるようになりたい。彼に認められると嬉しい。その関係は、以前より対等になっても、完全には同じ地面ではない。
田中には、追いつきたいと思わない。
並んでいたいと思う。
勝つ日も負ける日もあり、助ける日も助けられる日もある。それでも同じ速度で歩ける気がする。
それは「田中の方が優れている」という答えではなかった。
美月自身が、今の人生で何を選びたいかという答えだった。
ノートを閉じた。
不思議なほど静かだった。
去年のように、誰かを選べばもう一人を失うとは考えなかった。
選ぶということは、比較の勝者を決めることではない。
自分がどの関係へ責任を持つか決めることだ。
それでも、佐藤の穏やかな顔を思い浮かべると、胸のどこかが小さく痛んだ。その痛みは、消さずに置いておくことにした。
美月はスマートフォンを手に取った。
すぐには電話しなかった。
明日、仕事が終わってからにしようと思った。
洗い終えた小鉢を棚に戻した。歪んだ縁が、窓の光を拾っていた。




