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雨上がりの商都にて  作者: 久遠 睦


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第十四章 二つの対話

田中とは梅田で会った。

「二人で飲むの、結局初めてやな」

席につくなり田中が言った。

「そうだっけ」

「去年は全力で回避されたから」

「言い方」

二人で笑った。

会話は驚くほど普通だった。仕事、同期の異動、最近観た映画。田中は一年前の告白に触れなかった。

美月の方から聞いた。

「去年、気まずくなったよね」

田中はグラスを置いた。

「なったな」

「ごめん」

「それ、俺が言う側やろ」

彼は少し考えてから続けた。

「あの頃は、好きやから何かしたいって思ってた。……いや、ほんまは、佐藤さんに先越されたくなかっただけかもしれん」

美月は黙って聞いた。

「水野さんが困ってても、助ける前に聞くようになったやろ?」

「うん」

「最初、めっちゃ我慢した」

「そこは格好よく言い切ってよ」

「無理。ほんまに手出したくなる」

二人でまた笑った。

その笑いの中に、美月は去年にはなかった軽さを感じた。

田中は変わったというより、変わろうとしたのだと思う。

数日後、佐藤とは中之島の川沿いの店で会った。

佐藤は、美月がリーダーとして苦労した話を興味深そうに聞いた。

「部下に任せるのって難しいですね」

「僕も今でも難しいよ」

「佐藤さんでも?」

「僕を何だと思ってるの」

「何でも落ち着いて処理する人」

「見せ方がうまいだけ」

佐藤は笑った。

彼が弱音に近いことを言うのは珍しかった。

会話はやがて将来の話になった。

佐藤は数年以内に海外拠点へ挑戦したいと言った。

「水野さんは?」

美月は考えた。

「まだ具体的じゃないです。でも、今の部署でリーダー経験を増やしたい。その先で、企画寄りの仕事もやってみたい」

「いいと思う」

佐藤はそう言っただけだった。

以前なら「僕が推薦する」と言ったかもしれない。その言葉がないことに、美月は気づいた。

助けるのではなく、彼女の計画として聞いている。

「田中とは、あれからどう?」

「普通ですよ。同期なので」

「そうか」佐藤は笑ったが、グラスに伸ばした手が、一瞬だけ止まった。

聞かなければよかった、という顔だった。大人にも、そういう隙があるのだと、美月は初めて知った。

食事の終わり、佐藤が言った。

「去年のこと、もう一度言うべきか迷ってる」

美月は川の方を見た。

「今日は言わなくていいです」

佐藤は驚いたあと、頷いた。

「分かった」

「私も、まだ考えたいので」

その言葉を口にしたとき、美月は初めて、自分が「誰とも付き合わない」場所から、「誰かと付き合うかもしれない」場所へ移ってきたことを知った。

帰り道、二つの夜を比べようとして、美月はやめた。

店の雰囲気や会話の深さを点数にしても意味がない。

大事なのは、自分がどんな自分でいられたかだ。

田中といるとき、美月はよく笑った。失敗も愚痴も見せられた。

佐藤といるとき、美月は背筋が伸びた。考えを深く言葉にできた。

どちらも嘘ではない。

だからこそ、簡単ではなかった。


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