5.Emergency/排除対象
ある日の夕方のこと。
「いけない、卵切らしてたんだ…」
我が家では涼がいつも夕食を作ってくれる故、僕はほとんど手伝うことがない。
「困ったなぁ…。
ごめん翔くん、卵買ってきてもらえないかな…?
今、料理で手が離せないから…」
「うん、全然いいよ。
他にもある?」
涼の料理は完璧だ。
その手つきは一流料理人の手際をゆっくりにしただけというか、まず失敗することはほぼない。
おまけに一流レストランにも出せるほどの腕前だ。
だからむしろ僕は手が「出せない」。
「うん…卵と玉ねぎもちょっと足りなくなりそうかも…。
お金、大丈夫…?」
「そんなことまで気にしないで。
涼は料理に集中してくれればいいから。
……行ってくるね」
ジャージに財布という軽装スタイルで僕は家を出た。
スーパーまでは歩いて十数分の距離ゆえ、時おりこうして来ることも珍しくない。
「えーっと…卵と玉ねぎ……」
一人スーパーの中でカゴを持ちながら目当ての二つを探し、カゴに入れてから色々見て回った。
「チョコかってー!」
「ダメよ。
お父さんが明日お菓子買ってきてくれるって言ってたでしょ?
それまで我慢しなさい」
「やーだー!
これがいーのー!」
お菓子コーナーで母親と小さな女の子がチョコ菓子で口論していた。
『僕も小さい頃はあーだったのかなぁ…』
少しだけそんな思いにふけつつレジにて会計を済まし、僕はスーパーを出た。
『わっ……大きな犬だ…』
出入口の傍に、大きなゴールデン・レトリバーがリードを繋がれ飼い主を待っていた。
「…こんにちは。
お利口さんだね」
レトリバーの頭をなでると、嬉しげに僕の匂いを嗅いでくれた。
「いいなぁ…。
やっぱり動物って可愛いよなぁ…」
名残惜しくも僕はレトリバーに別れを告げ、スーパーを離れた。
『涼は犬とか大丈夫かなぁ。
毛とかで壊れたりなんか…しないよね』
そんな事を考えていた時だった。
「わっ…!」
妄想に浸りながら歩いていると、何かにぶつかり僕は転んでしまった。
『ガン…ガン…ガシャーン!』
凄まじい轟音と共に、停めてあった三台のバイクが次々とドミノ倒しに倒れてしまった。
「しまった……!
どどど…どうしよう……」
倒れたバイクは如何にも高そうな改造バイクだった。
すると、背後から人の影が僕を覆った。
「っ…!」
振り返ると、そこには大柄な三人のヤンキーらしき人物が僕を睨んでいた。
「おい兄ちゃん。
何しでかしてくれてんだあァん?」
「それも俺たちの目の前でよくやってくれたもんだ…。
……あーあぁ。
アニキのにまで傷入れちまって…」
そう呼ばれた男は二人の後ろでタバコをふかしながらドスの効いた睨みをきかせていた。
「……ごっ、ごめんなさい!!
この弁償は必ずしますので……どうか許してください!!!!」
僕は必死に頭を下げ謝った。
舎弟っぽい金髪のパンチパーマと青と緑のロングヘアーの二人は僕の謝罪もそっちのけでバイクの傷を探っていた。
「おぅおぅ、エアロの塗装まで剥げちまってるやねぇか。
おめェ……分かってんやろうな…?」
黒のリーゼントのアニキと呼ばれた男は僕の胸ぐらを掴み、小柄な僕は簡単に宙吊りになっていた。
「ほっ、本当に弁償はします!
今は持ち合わせがないですが……弁償は必ずしますので…」
「うっせーんだよ!!!!!!
テメェ……金に物言わせて俺たちから逃げようなんて思ってんじゃないだろうなぁ?
………ぶっ殺すぞ?」
全身から血の気が引いていくのが分かった。
だが、そんな事が役に立つはずなどなく、僕はヤンキーたちに路地裏に連れて行かれた。
「おいテメェ分かってんだろうなぁ!!!?
さっきから謝って金出せば逃げられると思ってたんだろうが………あの単車はガキの落書きとはケタが違うんだよ!!!!
…アニキのお気に入りに傷付けちまったんだ………オメェ、分かってんだろうなぁ?」
顔を殴られ、腹を蹴られ……ボコボコにされて僕はゴミの集積場の上に乗せられていた。
「ご…めん……なさい………。
です…から………どうか…お慈悲を……」
顔中腫れ上がり、僕はろれつも回らなくなっていた。
「どこまでとうへんぼくかますんやが。
…アンさん、死にてぇみてぇやなぁ?」
薄い視界の隙間から、キラリと光を反射させるナイフが見えた。
『あぁ…。
僕はこんな所で死んじゃうんだ……』
遠い意識の中、僕は死を覚悟した。
「どこぞのボンボンかは知らんが、悪く思ぉなよ。
悪ぃのはアンさんなんやからな」
子分らしき二人がニヤニヤと笑い、リーダー格の男が僕にナイフを向けて近付いてきた。
その時だった。
「そこで何をしてるんですか!!!!」
仄暗い路地裏に響いた声は、一瞬警察かと思ったが、それは直ぐに違うと分かった。
『………まさか………』
ぼやける視界で必死に凝視すると、そこには夕日に照らされた涼が立っていた。
「あぁん?
誰だテメェ」
リーダー格の男が涼に視線を向ける。
だが涼は一向に立ち退かなかった。
「おい女ァ。
いい度胸してんな……こいつの連れか?」
そこで初めて僕の中で焦りが生じた。
「逃………げろ……。
僕なんか………放っておけ……」
必死にそう伝えるも、涼は僕の言葉に耳も傾けず真っ直ぐこちらを睨みつけていた。
「こいつの連れか…。
ちょうどええわ」
ナイフを手元で回しながらリーダー格の男が涼に近付いた。
『やめろ……逃げろ涼…!!!』
心の中で必死に叫ぶも届くはずもなくヤンキーたちは嘲笑しながら歩み寄る。
三人が目の前に立つも、涼は身動ぎひとつしなかった。
「ネーチャン、このガキの連れか?
そいつはなぁ……オレたちの命よりも大事な単車に傷をつけたんだ。
これぐらいされて当然だろう?」
金髪パンチパーマのヤンキーの言葉に涼は初めて眉をひそめた。
「………たったそれだけの理由で、その人をそんなに傷付けたんですか。
その人は、きっと罪を認めて謝罪したはずですよね?
それなのに………貴方たちはそんな彼の想いを無下にしたんですかッ!!!!」
彼らに負けないほどの声量で涼もまた威嚇していた。
その表情は………恐ろしく怒りに歪んでいた。
「ネェちゃんよ……アンタだって大事なものを傷付けられたり壊されたりしたら怒るっちゃろ?
オレたちはそれと「同じこと」をしただけやで?」
「ッ?!!
…………同じことですってッ……」
初めて涼は目線を外し、俯きながら震えていた。
「あぁ?
なんや、急に泣いてんのか?
こしゃな思ったんが、少しはかいらしとこもある…………ッ?!!!」
青と緑のロングヘアーのヤンキーが涼の顔を覗くと、突然驚いて慄いた。
「おい、何ビビってやがんだ。
相手はおなごやぞ」
リーダー格の男がそう言うも、覗いた男は恐怖に震えていた。
「あぁ…アニキ………こいつ……ば…バケモンや……!」
何を見たか分からないが、手下の男は漏らしてしまう勢いで腰を抜かしていた。
「何ビビってやがんだ田口。
こんな女、ちょっと可愛がってやれば直ぐに大人しくなるんだ………うぉぁぁぁッ?!!!」
もう一人が涼の肩に触れた直後、一瞬で涼が手を掴み、腕先だけで男を一回転させ倒その場に組み伏せた。
「なッ………真島ァッ…!!!!」
もう一人は言葉さえろくに出せなくなるほど震えていた。
それを見兼ねたリーダー格の男がナイフを涼に向けた。
「おい女。
どんな手品使ったか知らんが、よくもオレの子分に茶化し入れてくれたな…。
ネェちゃんにも落とし前は付けさせてもらうぞ」
ナイフを突き付けられるも、涼はうつむき全く動じない。
それから少しして、ようやく涼は顔をゆっくり上げた。
「………ッ!!!?」
涼が顔を上げると、20センチも30センチも身長差のある男は初めて表情を変えた。
「な…………なんやテメェ………」
リーダー格の男が初めて恐怖で表情を歪めていた。
涼の目は、まるで未来から来た殺し屋のロボットのように真っ赤に光らせ威圧していた。
「……ナイフを下ろしなさい。
それと、その人に謝って」
淡々と強靭かつ鋭利な鋭さを含んだ言葉で涼は男を威圧した。
「なっ………アマッ、そいつはオレたちの単車に傷を……」
「いいから謝ってッッッ!!!!!!」
路地裏に響き渡る声は、もはや僕でさえ震え上がらせるものだった。
だが男はプライドゆえ、そんな不条理さには答えられんと無言を守った。
「アマァ………まずはテメェからだァぁぁぁ!!!!」
ナイフを下手に構え、男はナイフを振り下ろした。
「ッ…!?
涼、逃げて!!!!!!」
咄嗟にそう叫ぶも、涼は逃げることなくナイフの刃を……「掴み止めた」。
「なッ……………」
リーダー格の男も子分のヤンキーたちも、その中国雑技団でさえ出来ないと思える片手白刃取りに目を疑った。
『パキンッ…』
やがてナイフは涼の握力で折られた。
その様にヤンキーたちは恐怖に怯えきっていた。
「………ばっ……バケモンだぁぁぁぁ!!!!」
「逃げろッ、サツに捕まるよりひでぇ目に合わされちまうやッ…!!!!」
「おいお前らッッ、オレを置いて逃げんなゴラァァ!!!!!!」
三人とも奇声を上げながらその場から逃げ、傷付いたバイクに乗ってそのまま逃げてしまった。
その様子を見届けてから、涼は僕に振り返った。
「…大丈夫ですか翔くん!?」
急いで駆け寄ってきた涼の目は、至っていつも通りの優しい涼だった。
「あぁ…こんなに傷だらけにされちゃって……。
早く病院へ…!」
そう言われるも、僕は僅かな力で涼の腕を掴んだ。
「…大…丈夫…。
あまり………大事にしたくないから……」
「翔くん……。
…じゃあ、私が家まで背負っていきますから、動かないでくださいね」
そう言うと涼はそっと僕を背負い、そのまま歩き出した。
偶然にも家から近い位置だった為、ご近所に見られることなく僕らは部屋に入れた。
「翔くんはそのまま寝ていてください。
傷薬を持ってきます」
僕を布団に寝かせ、涼は視界から消えた。
「…………」
ぼーっと天井を仰ぎ見る。
…さっきまでの彼女はまるで幻と言わんばかりに脳裏によぎった。
『本当に…涼…だったんだよな……』
僅かな視界から見えた涼は、映画で見た未来から来たロボットの様に無機質で、簡単に人を殺めることなど容易いと言わんばかりに圧倒していた。
「翔くん。
少し痛みますけど我慢してくださいね」
そう言って涼はガーゼに染み込ませた傷薬で頬を拭いた。
「痛っ…」
「っ…少しだけ我慢してください。
すぐ終わりますから」
丁寧に傷薬を塗ってくれる涼は、かのナイチンゲールの様な優しさを醸し出していた。
『いいから謝ってッッ!!!!!!』
あのヤンキーたちに怖気付くことなく立ち向かっていた涼が重なるも、やはり僕は涼に対する恐怖心は無かった。
「翔くん、服も脱いでください。
身体の方も相当傷だらけなはずですよ」
「っ…!?
そっ、そっちは大丈夫だよ!
自分でやるから…!!///」
そう言うも、涼は応じてはくれなかった。
「いけません!
怪我人に無理をさせてはいけませんから!」
無理に上着を脱がそうとする涼とそれに抵抗する傷だらけな僕。
そんな大人と子供のような差で勝てるはずも無く、僕は羞恥心に苛まれつつ服を剥ぎ取られた。
「ほらぁ、アザもたくさん出来ちゃってるじゃないですか…。
…また傷薬塗ってあげますね」
いつもよりも少しだけ強引な涼に、僕はまるで「母性」を感じていた。
『何故だろう…。
恥ずかしいのに……安心する…』
思い込みとは分かっているが、涼が僕の事だけを守ってくれてると思うと少し安心できる。
でも、彼女はアンドロイドゆえ、いつどんな形で暴走するか分からない。
そんな事ないとは思いつつも、心のどこかで僕は不安さえ僅かに感じていた。
その夜のこと。
僕は未だヒリヒリと痛む身体に眠ることも出来ずいた。
『僕のせいだ。
僕がぼーっとしてたから…』
昼間の出来事を思い返し、ひどく自分を責めていた。
もっとしっかり気を保ってれば、あんなことにはならなかったはず…。
そう考えていると、部屋のドアからノック音が聞こえた。
『…翔くん。
まだ起きてますか?』
涼だった。
返事をしようかと思ったが、僕はあえて寝たフリをした。
『眠ってますか…?
じゃあ、静かに入りますね……』
僅かな軋み音が響き、涼は足音を消して入ってきた。。
僕はドアから背中を向けて寝たフリを続けた。
「…翔くん…」
そっと涼の手が僕の肩に乗せられた。
その手からは不思議と人肌を感じた気がした。
「…翔くん。
昼間のことですが…多分、翔くんにも何かあーなるきっかけがあったんですよね。
それでも、素直な貴方なら目一杯謝罪したと思います。
でもですね…さすがにあれは酷すぎです。
…確かに、バイクに傷を入れてしまった翔くんだって悪いです。
でも、それならばちゃんと板金屋さんに修理に出せば直せますし、翔くんもちゃんと反省してたと思います。
だからですね、翔くんはあまり自分を責めないでください。
良いところも悪いところも全部ひっくるめて私は貴方を守りたいんですから」
そっと一人語りの途中で涼は僕の頭をなで始めた。
そんな彼女の優しさと温もりに僕は思わず泣き出しそうになっていた。
「翔くんも反省してるなら、明日からちゃんと気を付けて歩いてくださいね。
……おやすみなさい」
そう言い残し、涼は部屋を出た。
「ッ………」
堪えきれず僕は一人泣いた。
…どうして涼はそんなにも僕に尽くしてくれるのか
『良いところも悪いところも全部ひっくるめて貴方を守りたいんですから』
さっきの涼の言葉が胸に刺さる。
まるで病気で何も出来なかった涼子が、今度は僕を守ろうとしてるかのようで……。
『…違う。
彼女はアンドロイドだ。
涼子とは違うんだ…』
自分にそう言い聞かせるも、様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、結局僕は泣き続けることしか出来なかった。
一週間後、僕は再び涼のおつかいに出ていた。
傷はまだ治りきってないけど、普通に歩く程度なら少し痛むぐらいで済むから………正直無理はしてる。
『今日は豚肉とじゃがいもとみりん、醤油……肉じゃがかな』
涼のご飯はどれも好きだ。
卵焼きも僕の好みの甘さにしてくれるし、野菜炒めだって全然青臭くなくて食べやすいし、煮込み料理も具材全てが食べたくなって仕方ない。
だから、そんな涼の買い物に出れるのはささやかな楽しみのひとつでもあった。
そんな矢先のこと。
『…ッ!!
あの人たちはッ………』
スーパーから近い公園で、こないだのヤンキーたちがタバコを吸いながらたむろっていた。
するとこちらに気付いた三人が僕に近寄ってきた。
『ま…まずい…!
こないだのことできっと相当怒ってるに違いない…!
誰か、助けを呼ばないと…!』
声に出そうにも恐怖で喉が詰まり声が上手く出せなかった。
気が付けばヤンキー三人が僕の目の前に立ち見下ろしていた。
「あっ……あの………」
必死に声を出そうにもそれが精一杯だった。
すると、舎弟らしき二人が僕に頭を下げてきた。
「チィーッス!!」
「チィーッス!!」
「……えっ…?」
予想外の現実に僕の脳は混乱していた。
するとアニキと呼ばれていた男が二人を避けて僕に近寄った。
「…こないだはボコボコにしちまってすまんかったな。
今日は連れの「姐さん」と一緒やないのか?」
「…えっと……姐さん…?」
混乱続きの僕に一人の舎弟が説明してくれた。
「ほら、こないだの兄さんを助けてくれた姐さんですよ!
めちゃくちゃおっかなかったっスけど…」
「助けてくれた………あぁ!」
ようやく脳が理解した。
彼らは涼の事を「姐さん」と呼んでるようだった。
「俺ら、改めて兄さんと姐さんに謝りたくて…。
こないだ会ったのもこの辺だったから、もしかしたらここでたむろってれば会えるかと思って…」
「そうだったんですね…。
……そういえば、その頭どうしたんですか…?」
彼らとの会話で気付くのが遅れたが、三人とも綺麗な丸坊主に髪型が変わっていた。
「…ワイら「ヤンキー」に憧れてたんや。
ヤンキーって、反社的でどうしようもなく手の付けられない暴れ犬みたいなもんやないですか。
マンガとかドラマとかに憧れて、わいら二人でヤンキーやっちゃるとこに「アニキ」と知り合ったんや」
「は…はぁ…」
舎弟の一人が話を区切ると、タイミングよくアニキと呼ばれた男はタバコを吸い始めた。
「…オレは昔っから喧嘩っ早くてな。
学生時代は空手とキックボクシングを嗜んでたのもあって、喧嘩だけはピカイチに強かったんや。
そんなオレにも夢があった。
……時代遅れと言われるであろうヤンキーをこのご時世に復活させたかったんや」
紫煙をくゆらせながら「アニキさん」は物憂げに語っていた。
「そんでいつか、オレがヤンキーやっちゃる事でそれに触発された他の輩どもがオレに喧嘩ふっかけてくるのを夢見てたんや。
…まぁ、現実は大人しいやつばかりで全く平和だけどな。
ガンつけてきたぁ思いきやすぐに顔も背けられる。
……舎弟こそ出来たものの、正直退屈だったんや」
「はぁ…」
いつからか僕は彼らへの恐怖心を忘れ、ただひたすらに話を聞き入っていた。
「単車もバイトとその辺の中坊との喧嘩で巻き上げた小遣いで中古の中型買って、ネットでかつての「ヤン車いじり」も調べてオレらで出来る範囲で仕立てあげたさ。
そりゃもう、いじればいじるほど可愛げも出てきてぇなぁ」
「……そ、そうです!
こないだのバイク、弁償しますんでいくら修理費がかかるかだけ……」
「…あぁ。
オレらの単車はもう売っ払ったよ」
「……え?」
僕が間抜けに聞き返すも、アニキさんが指さす先にあったのは、三台の至って普通の原付だった。
「ど、どうして売っちゃったんですか…?
あんなにかっこよかったのに…」
僕が言うのもなんだが、彼らの乗ってたバイクは素人の僕が見ても本当にかっこよかった。
色んなステッカーや過剰に長い排気マフラー、黒や紫を基調とした塗装デザインは男として少し眼福でもあった。
「スゥーー……。
…姐さんのおかげや」
「え…涼の…?」
再び混乱しかけたとこで舎弟の一人が補足した。
「せや。
兄さんとこの姐さんに俺ら三人丸められて、何かバカバカしくなったんや。
そりゃ、アニキが単車売るぞ言うた時は、ホンマに焦ったわ。
…けど、あんな着飾りもせずともべっぴんな姐さんに負かされて、俺らのプライドもズタズタや。
トンズラしてからっつーもの、わいら三人で話し合って手放したんや」
「そう……だったんですね…」
舎弟の一人……青と緑のロングヘアーだった男が説明し終えると、アニキさんはタバコを捨て火を踏み消した。
「…アンさんとこの連れが何やってたかは知らんが、オレのナイフを素手でへし折ったんや。
オレらが敵うわけないやさかい、姐さんには敬意を評してるんや。
ヤンキーの世界じゃ、喧嘩と実力がモノを語るやさかい、オレらに怪我ひとつさせずビビらせた姐さんはホンマ憧れになったんや」
軽くアニキさんはペコッと頭を下げるも、僕はそれどこじゃなかった。
「でも、それとは別に僕の不注意でバイクを傷つけてしまったのは別件です。
ちゃんと弁償のお金は払います…」
僕が申し訳なく言うも、アニキさんは表情を変えなかった。
「…アンさんもしつけぇなぁ。
もう手元にもないモノの修理代だの弁償金だのどうやって払うつもりや」
「え…。
……それは……」
僕が言葉を詰まらせるとアニキさんはほくそ笑むように笑った。
「売っ払ったモンの修理代も弁償具合も分からんもの、オレらも怪我ひとつないもの、今更どうやって金出すつもりや。
それに…あの単車はオレの兄貴の友達から譲ってもらったもんやさかい、買ったとは言ってもオンボロ車とタバコ20カートンと交換してもらったんや」
「え……。
…そ、そうだったんですね……」
僕がやるせない結果に肩を落とすとアニキさんが僕の肩に手を乗せた。
「…まぁ、アンさんがどうしてもって言うなら、今度姐さんに茶ァ奢らせてくれや伝えといてくれや。
単車の件はそれでチャラや」
「え……。
そんな事でいいんですか?」
「当たり前や。
オレらも暇や言うても姐さんの住んでるとこ特定するほどストーカーやない。
だからこうしてアンさんと会わさったこの辺なら会えるかと思ってたむろってたんや」
「………」
…なんだか、こうして話してみると思ってたより義理堅くてかっこいいと思ってしまった。
…僕なんかよりも…ずっと…。
「…わかりました。
伝えときます」
そう言うとアニキさんはほくそ笑みながらタバコをもう一本吸い始めた。
「…アンさんも賢しいやっちゃな。
姐さんはアンさんの女か?」
「え……。
…えっと………」
言葉選びに悩んでると、痺れを切らしたのかアニキさんはタバコを吸いながらケタケタ笑った。
「……そうかい。
まぁ色々と事情はあるんやろうが、大事なツレなら大事にしいや。
あんだけべっぴんで強ぇ女、そうそうおらんからなぁ」
「は、はい…!」
しどろもどろになりながらも応える僕にアニキさんは面白げにタバコの火を消した。
「アンさんオモロいやっちゃな。
誰にでも頭下げるクセあるなら気ぃ付けぇや。
人間、弱ぇとこをつくのは当たり前なんやからな。
アンさんがそれを演じてるならともかく、表沙汰にチキってるなら気ぃ付けや」
「…はいっ!」
アニキさんの言葉に感銘を受けた僕は、腹の底から返事を返した。
「ふっ…。
ホンマ、オモロいやっちゃ。
姐さんのこと大事にしいや。
…お前ら、行くぞ」
「ウッス!」
「ウッス!」
ボサボサと裾の広いズボンを靡かせながらアニキさんが原付のとこに向かうと、舎弟の二人も着いて行った。
「あ…あの……!」
「……なんや?
まだ何かあったか?」
僕の一声に再びしかめっ面で振り返るも、僕も引き下がらなかった。
「………坊主頭も、すごく似合っててかっこいいですよ!」
「……」
「……」
「……」
『ッ…余計な事言っちゃったかな…』
僕が叫ぶも三人は表情を変えなかった。
そう思いきや、アニキさんはクスリと笑った。
「……アンさんも姐さん大事にしいや。
たまには思ってること伝えてやらんと、せっかくのべっぴんさんに逃げられるで」
そう言い残し、アニキさんは再び背を向けて歩きながら手を振ってくれた。
後ろを着いていた二人も陰ながらガッツポーズで返事をしてくれた。
『……僕も、気弱なばかりじゃダメだな…』
三人が乗った原付が僕の目の前を通り過ぎ、視界から居なくなるまで僕は見送った。
「………あ、買い物…!」
本来の目的を忘れかけてた僕は、急いでスーパーに走った。
『涼…。
いつか、今度は僕が君を守ってみせるから。
今はまだまだひ弱な僕だけど……絶対強くなってみせるから!』




