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Reconnect Fate〜二度目の初恋を君に捧ぐ  作者: 鷹利


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15/16

15.Forgotten nightmere/私の知らない翔くん…

三月のこと。

この時期はまだまだ寒く、雪だって当たり前にある。

五月過ぎてからでないと雪も溶けないというのに、ここ最近異常な高温により雪が無い日が一週間ほど続いていた。

だからといって暖かいわけではない。

昼間は高くて三〜五度。

夜は低くてマイナス四度。

極端な温度差が続いていた。

それにより、身体の弱い僕は体調を崩して寝込んでいた。


「翔くん、大丈夫ですか…?

ご飯食べれそうですか?」


「…ごめん。

ちょっと無理っぽい……」


一見、重症に見えるがただの風邪だ。

それでも、大学のみんなにうつさないためにも大事をとって休んだ。


「朝からごめんね…。

薬飲んだらもっかい寝るよ…」


昨日の夜から咳はあった。

すぐ治るものだと思ってさほど気にしてはいなかったが、その甘い考えが祟(たた)ってか翌日の今、僕は高熱と悪寒に苛(さいな)まれていた。


「ちょっと体温測らせてください」


涼が不意に僕のおでこに手を当てる。


『スキャン開始。

佐山翔太の体温を計測中………………スキャン終了。

現在の佐山翔太の体温は「39.7℃」と確認。

危険な状態です。

可及的速やかに風邪薬の摂取・睡眠療養を催促します』


アンドロイドモードの涼の言葉に従い、僕は返事をする余裕もなくベッドへと向かった。

だが途中、薬を飲もうと台所に水を取りに向かった。


「……っ!?

翔くん、そんなフラフラで一人で歩いたら危ないです!」


アンドロイドモードから復帰した涼に呼び止められるも、頭がボーッとしてた僕は涼の声をスルーしていた。


「わっ……!」


その時、リビングと台所の敷居に足をつまづかせ、僕は抵抗する力もなくそのまま倒れかかった。


「翔くんッ!!!!」


薄い視界に涼の姿が見えたと思いきや、倒れかかった僕を涼が間一髪抱き止めてくれた。


「涼……ごめんよ…。

薬飲むのに水を汲もうと思って……」


「もぅ………そんなフラフラで歩き回らないでください!

怪我をしたらもっと酷いことになっちゃうんですから!!」


珍しく涼が声を張り上げて僕を叱った。

だが風邪で思考が鈍っていた僕はなすがままでしかなかった。


「はぁ…。

お薬とお水は私が持ってきますから、翔くんは大人しく寝ててください」


そう言われ、僕は涼に軽々と抱き上げられながらベッドへと寝かされた。


「ごめんね涼……」


「反省してるならちゃんとお薬飲んでゆっくり休んで早く風邪を治してください」


まるで我が子を労(いた)わる母のように涼は少し棘(とげ)の含んだ言葉で僕を牽制し、風邪薬と水を取りに行った。


『頭がボーッとする…。

吐き気もする。

…ダメだ……こういう時は悪いことばかり考えてしまう…』


涼が来る前からそうだった。

転んだりして怪我をしたり、今日みたいに熱を出したりするといつも悪いことばかり考えてしまう。


「…翔くん。

風邪薬とお水です。

起き上がれますか?」


涼の言葉に僕は黙って起き上がり、少しむせながらも風邪薬を流し込んだ。


「大丈夫ですか?

もう…見てて辛いです…」


泣きそうな表情で涼は僕の背中をさする。

パジャマ越しに僅かに感じる涼の温もりが安心感と悪寒を同時に巡らせた。


「ごめん涼…。

寝るから一人にさせて…」


「…分かりました。

その前に濡れタオル持ってくるんで、頭に乗せて寝てください」


ズルズルとゆっくり布団の中に戻ると涼は不安げながらも濡れタオルを取りに行った。


『枕が冷たい…。

涼、いつの間に氷枕に変えたんだ…』


枕から伝わる冷たさとゴツゴツとした触り心地にほんの少しだけ思考が冴えた。

間もなくして涼が濡れタオルを持ってきた。


「翔くん。

タオル乗せますね」


おでこにも控えめに冷たいタオルが乗せられた。

そのお陰でより思考がはっきりしてきた。


「何かあったらすぐ呼んでください。

今日はずっと家に居ますから、起きたいとかご飯食べたいとかあればすぐ呼んでくださいね」


「ありがとう…。

そうさせてもらうよ…」


厚めにかけられた布団越しに涼が手を乗せた。

その手に触れたい気もしたが、僕は黙ってまぶたを閉じた。

僕の様子を伺ってから涼は静かに部屋を出た。


『─────』


不思議なほどに静かだった。

怖くなるほどに穏やかだった。

涼の手厚い看病のお陰で頭が少しだけ冴えてきたものの、寝てるのにぐわんぐわんと目眩もするし吐き気もたまに感じる。

思わず涼を呼びそうになったが僕はぐっと堪えた。


『とにかく寝よう。

寝ればきっと良くなる。

完治まではいかずとも良くはなるはず…』


何度もそう言い聞かせるうち、僕の意識は自然と落ちていた。






















夢を見た。

それは遠い過去の記憶。

とても忌々しく、思い出したくない過去のトラウマ。

いつから始まっていたかは知らない……。


『ねぇ、いい加減お酒止めてよ。

翔太が怖がってるのよ』


『あぁ!?

うっせぇ、お前に何が分かんだよ!!!!

俺にはこれがねぇと生きていけねぇんだよ!!!!』


ガラス戸の敷居で隔てられた六畳間と六畳間の間取りの古いアパートの一室。

その片側でかつての父と母が毎日の様に口論していた。

その反対側の部屋の陰で僕は膝を抱えて震えていた。

父が酒臭くない日があったことを僕は知らない。

母が心底楽しそうに笑った顔を僕は見たことがない。

二人は僕が物心ついた時からよく喧嘩をしていた。

理由は分からなかった。

まるで僕が生まれる前からそうしてたかのように何度も毎日のように口論していた。

それでも家に父がいない日もあった。

それは仕事に行ってるからではない。

きっと、どこかに遊びに行ってたんだろう。


『お母さん…』


気付いた頃には僕は母さんを心配していた。

母さんは唯一の味方で被害者だったから。

でもきっと、それは年端もいかない子供の所業ではない。


『…大丈夫よ翔太。

あなたはお母さんが守るから』


朝ごはんを作りながら母は僕に微笑む。

でもそれは作り笑いだと子供ながら気付いていた。

日に日に母はやつれ、最初は涙さえ見せてくれた母はいつの日か涙すら見せなくなった。

どうしてこうなったのか。

どうして二人は毎日喧嘩をしていたのか。

その結論は、自分自身が解いた。


『きっと…僕のせいだ。

僕が生まれたせいで二人は仲が悪くなっちゃったんだ…』


そう考える他宛などないわけで、子供の僕……当時四歳ぐらいか。

保育園には通わせてもらっていたが、友達とは相容(あいい)れなかった。

でも、保育園の明るい雰囲気は好きだった。

一時的に悪いことを忘れられるから。

それでも、昼寝の時間ともなると僕はただ一人寝付けなかった。

どれだけ給食でお腹いっぱいになっても、友達と笑いあっても……母の事が心配だった。

母は新聞配達の仕事、スーパーのパートを掛け持ちして生計を立てていた。

父は………知らない。

そんな仕事でもプライベートでも休み所のない母でも、毎日僕の迎えにだけは欠かさず来てくれた。


『それでも…僕はお母さんを守りたい』


そんな我が家にもテレビはあった故、テレビ番組は欠かさず見ていた。

とりわけ好きなのはお笑いと特撮番組。

頭いっぱいに詰まった恐怖と悪い考えを、お笑い番組が優しく解してくれた。

特撮の中のヒーローは必ず弱い人を助け、悪い敵をやっつける。

そんな胸が暖かくなる強さが大好きだった。


『この世に悪は蔓延(はびこ)らせないっ!!

私たちが、助けを求める人たちを救ってみせる!!!』


今考えれば台本を読んでるだけの演技。

それでも、本気でそう考えてるんだと思い込んでた僕は特撮ヒーローが特に大好きだった。

……だけど………。


『ガチャ………』


三日に一回のペースで父は家に帰ってくる。

「ただいま」の一言もない。

まるで我が家のように当たり前に帰ってくる。


『……』


父が帰ってくると母は黙ってご飯を作りに台所に移動する。

そんな父が嫌だった僕は逃げるように隣の部屋に逃げ込む。

それまで見ていたテレビ番組は必ず変えられ、僕の時間は奪われる。

…悔しかった。

子供の僕は抵抗する力もない。

僕が叫んだとこで、どうせ殴り返されて粛清(しゅくせい)される。

やがて出来たてのご飯を母が父の元に持っていくも、父はすぐにはご飯に手を付けない。

どんなに僕がお腹を空かせても、父が寝るか家を出ていくまでは僕は一切ご飯を食べなかった。


『何か…お母さんを助ける方法があれば…』


いつからか毎日そんな事ばかり考えるようになっていた。

僕には父を家から追い出す力も権力も知識もない。

親子二人三脚……いや、僕が母にしがみついていただけ。

そんな日々の繰り返しが続く中、僕にとって大きな転機となるトラウマが起こった。





















『何で用意してねぇんだよッッ!!!!!!

あれほど買ってきておけって言っただろ!!!!!!』


その日の父は異常に怒り狂っていた。

掻い摘んで聞いた話によると父が以前、母に酒を買い置きしておけと通告していたらしい。

だが母はそんな事言われた覚えは無いと張り合った。

そう言われた父は酔ってる時に言ったと今度は根も葉もない理屈を述べるも、解決にはまるで至らない。


『今から買ってこいや!!!

コンビニでも売ってるビールだね、オメェの少ねぇ小遣いでも買ってこれるね!!!!』


毎日、食いつなぐだけでも必死な我が家に父の言葉は母の怒りを爆発させた。


『アンタねぇ……毎日毎日、女のとこに転がり込んで居心地悪くなれば都合よく家に帰ってきて……今うちがどれだけ切羽詰まってるのか分かってんのッ!!?

翔太がアンタに気を遣ってご飯もまともに食べれないでいるって時に、何がビール買ってこいだよ!!!!

だったらアンタが自分で稼いだ金で自分の飯代ぐらい稼いできなさいよ飲んだくれのクソ男ッ!!

アンタなんか父親失格よッッ!!!!』


激情に駆られ母は溜め込んできた思いを一気にぶつけた。

さすがの父もこれには言葉を失っていた。

だが、一度(ひとたび)収まったと思われた「悪夢」は再び…それまで以上に暴発した。


『……いい度胸してんじゃねぇかクソアマぁ…。

テメェと結婚したのがそもそもの間違いだったってワケだァッッッ!!!!!!』


その直後、僕は隠れていたゆえ見てなかったが、怒り狂った父がテーブルを蹴り飛ばしたのは音で分かった。

壁に殴打の音が鈍く響き、バラエティ番組の笑い声は破壊音と共に消えた。

唯一、僕を隠していたガラス製の引き戸も暴動の最中で衝撃音と共に割られた。

幸い、部屋の押し入れの中に縮こまっていた僕は飛び散ったガラスの雨を浴びることはなかった。


『ッ………』


かつてないほどの父の暴動。

当時六歳になる僕には十分すぎる恐怖だった。

ヤクザのように雄叫びをあげながら父はビール缶を投げつけ、ありとあらゆる物を投げたり踏んづけたりして壊しまくった。

だが母はそんな父に怯えることなく対抗した。


『いい加減にしなさいッ!!!!!!

そうやって物に当たって、アンタ情けないよ!!

そんなにここが気に入らないなら、今すぐ出ていけクソ親父ッ!!!!』


まるで特撮ヒーローのように母は強かった。

だが通用したのはそこまでだった。


『ンだと……このクソアマぁぁッッ!!!!』


『パチンッ!』という破裂音が部屋に響いた。

間違いなく母が殴られたと気付いた。


『お母さんッ!!!!』


本能的に押し入れから飛び出し現場を目の当たりにした僕は思わず絶句した。


『ッ…………』


脚の折れて丸面がひしゃげたテーブル、幾数箇所も空けられた壁の穴、散乱したティッシュや割れたコップ、そして…………父の手によって母は首を絞められ吊るされていた。


『お母さんッ!!!!!!』


無我夢中で僕は父の元へ走り、力いっぱい体当たりをした。


『がぁッ………!!!!』


その衝撃で母の首を絞めていた父の手は離れ、母は解放された。


『お母さんッ、大丈夫!?』


首を絞められたことで窒息しかけていた母はむせながらもコクコクと頷いてくれた。


『ッ…………翔太ァ………ガキが大人の喧嘩に首突っ込みやがってェ………』


『ッ!!』


突き飛ばされた父は台所のシンクに頭をぶつけたらしく、痛みに顔を歪めながら今度は僕に矛先を向けてきた。


『ッ!!!!

逃げて翔太ッ!!!!!!』


母が叫ぶも、父に向けられた怒りに脚がすくみ、僕はその場から動けなくなっていた。

すると父はおもむろにシンクに置いてあった料理酒の空瓶を片手に僕に歩み寄った。


『殺されるッ…!!』


そう思えど脚が動かない。

蛇に睨まれた蛙のように父は動けど僕は完全に無力だった。


『翔太ぁぁぁぁッッ…!!!!!!』


僕が最後に覚えてるのは僕の名を叫ぶ母の声と、目の前で凶器を振りかざした父の姿だけだった。





















「…ッッ!!!!!!」


まるで身体が何かで叩かれたかのようにビクンッと反応し、僕は目が覚めた。


「…………夢……」


僕が見ていたのは夢だった。

だが、それはかつての「悪夢」だった。


「ッ………」


覚えのある恐怖に身体が震えた。

「当時」を思い出した僕は思わず頭を抱えて縮こまった。


『どうして今「あの日」のことを…』


今日は特に酷い日だ。

いつもならまだ気分が沈む程度の悪い考え程度で済むのに。

具合が悪いことも忘れて僕は布団の中で膝を抱えて震えていた。

…その時だった。


『トンッ、トンッ、トンッ、トンッ…』


小気味良いリズムの音が聞こえた。

音を確認するために布団から顔を出して僕は耳をすませた。


『スーーッ。

……ジャキッ、ジャキッ…』


…どうやら、涼が台所でご飯を作ってる音のようだった。

この感じだと、きっとネギでも切ってたのだろう。


「………」


いつの間にか震えが止まった僕はゆっくりと布団に顔を埋(うず)める。

さっきまで見ていた悪夢のせいか知らずか、布団は僕の汗でびっしょり濡れて氷枕もじゃぼじゃぼと半数程度が水になっていた。


『…まだ少しフラフラするけど、寝る前よりは楽になったかも…』


治りかけの感覚に安心感を得た僕は、少し無理やり目に再び寝入ることにした。





















再び夢を見た。

今度は悪夢じゃない。

もっと……「優しい夢」。


『ジャキッ、ジャキッ…』


何かを切る音が聞こえた。

目が覚めた僕はかつての実家のアパートの一室で目を覚ました。

布団から起き上がり隣を見るも、かつて父が壊したガラス製の引き戸は壊される以前のまま、壁も傷一つなく、テレビから楽しげなバラエティ番組の笑い声。

その少し奥の玄関の隣の台所で女性が何か料理を作っていた。


『…優しい匂い……』


ふんわりと香る味噌の香ばしい匂い。

狭い我が家には十分行き通らせるには難くない香りだった。


『……あら、起きたの?

なら先に顔洗っておきなさい。

もうすぐご飯出来るから』


顔の見えない女性がこちらに振り返りながらご飯支度をしていた。

僕は頷きながら女性の隣で歯を磨いて冷たい水を顔に浴び、タオルで顔を拭き終えてからテーブルの前に座ってバラエティ番組を見ながら待機していた。


『それホンマやでぇ!

偽物ちゃうわ!』


『あははは!』


バラエティ番組は絶えず笑い声が響く。

僕は微笑ましい気持ちで眺めていた。


『…はい、召し上がれ』


そっと料理が置かれる。

ほかほかの白ご飯にこんがり焼かれた秋刀魚(さんま)の塩焼き、卵焼きと漬け物、豆腐とわかめの味噌汁。


『いただきます』


僕は手を合わせてあいさつする。

まず手始めに味噌汁を一啜(ひとすす)り。


『…美味しい』


味噌の香ばしい香りに食欲がそそられ、今度は塩焼きの身を一摘み。

脂の乗った白身が口の中でじんわりと程よい塩気を感じさせてくれる。

そしてすぐ温かな白ご飯をかき込む。

無味のご飯が混じり合うことでそれまでの強すぎる塩味の主張をマイルドにしてくれる。

次に卵焼きを一片、箸で割って口に運ぶ。

僕の好きな甘めの風味がそれまでの塩気を忘れさせて新たな主張を施す。


『美味しい?』


顔の見えない女性が隣に座って僕に問いかける。


『美味しいよ!』


自信たっぷりに僕は応える。

女性は頬杖をつきながら『そう』と一言呟いてテレビを見る。

その間にも僕はパクパクとご飯を食べ進め、いつの間にか完食していた。


『ご馳走様!

お腹いっぱい…』


お腹をさすりながらそう言うと女性は嬉しそうに笑った。


『もうちょっとゆっくり食べなさいよ。

ご飯は逃げないんだから』


『だって、美味しかったんだもん』


そんな子供じみた返答にも女性はくすくすと笑った。

その時、僕は思った。


『あぁ……なんて優しい世界なんだ………』


部屋は狭く、家具も必要最低限のものしかない。

お隣との壁も薄く、お腹の底から笑うことも出来ない。

でも………幸せであることは間違いない───





















「………」


目が覚めると、布団の傍(かたわ)らで涼が本を読んでいた。


「起きましたか翔くん。

具合、どうですか?」


パタンと本を閉じ、涼は落ち着いた雰囲気で聞いてくる。


「うん。

だいぶ良くなったよ。

ほんの少し目眩(めまい)はするけど、かなり落ち着いたよ」


布団から起き上がると、二度寝する前よりも意識がはっきりと感じ取れた。


「良かったです…。

翔くんってば、途中でうめき声をあげてたんで、てっきり悪い夢でも見てるのかと思って心配しましたよ…」


「ッ!?

そ、そっか…。

迷惑したね……」


涼は黙って首を横に振る。

でも実際、あれは酷い悪夢だ……。


「翔くん。

お腹空いてませんか?

ずっと寝てましたから、食欲があればすぐ用意しますよ」


「ずっとって………今何時!?」


気が付けば部屋の電気が付けられ、カーテンも閉められていた。


「夕方の五時ですよ。

翔くんってば、朝から九時間も死んだように寝てたんですよ。

私、翔くんが死んじゃうんじゃないかって心配したんですよ……」


そう言いながら涼は人差し指で僕の頬をつついた。


「そんなに……。

…大丈夫、風邪で死んだ人なんて聞いたことないよ」


お年寄りならともかく、僕の年代の歳で死ぬなんて病気でも患ってないと有り得ない。


「でも、お腹は空いたから少しだけ何か食べたいかな」


「であれば、たまご粥(かゆ)作ったんですぐ持ってきますね。

食欲が湧くように後入れでお味噌も入れますね」


そう言い残し涼は台所に向かった。

その間に僕は布団から上半身だけ起き上がらせた。


「…………」


頭はだいぶ冴えている。

身体はまだ後遺症のように重たかった。

ぼーっと一点を見つめているとお盆にお粥とスポーツドリンクを乗せて持ってきた。


「翔くん。

食べる前に飲んでください」


「ありがとう」


涼からスポーツドリンクをもらい、軽く口を潤してからお粥をもらおうとした時だった。


「はい、あーん…」


「っ!?///」


それほど重症ではないにも関わらず、涼はまさかのあーんを差し向けてきた。


「り…涼…。

そこまでしてもらうほど僕は弱っては…///」


「いーえ。

翔くんはまだまだ重症です。

強がったって普段から弱っちい翔くんは今の食事でさえ不安です。

ですから体調が完璧に良くなるまで私が看病します」


涼の差し出す木目調のスプーンに掬われた味噌の香りがする卵がゆ。

少し気恥しかったが、風邪で弱ってたせいか僕は涼に従うことにした。


「……んっ、美味しい…!」


口当たりの良い卵粥から香る味噌の風味が食欲をそそる。

少し噛むとシャキシャキとネギの薬味も薄く感じ取れた。


「翔くんの為にうんと手間をかけてみました。

おかわりも沢山あるんでいっぱい食べてください」


ニコニコと楽しそうに涼は卵粥を差し出す。

どことなく「餌付け」されてる気もしたが、考えすぎだと僕はあえてスルーした。


「……美味しいよ涼…。

…本当に………美味しい……」


不思議と涙が溢れてきた。

ただご飯が美味しくて、涼が優しいだけで……。


「もう…本当に翔くんは泣き虫さんですね」


優しく涼が僕の背中をさする。

その温もりが逆に僕の涙を促進させる。


『違うんだ涼…。

僕が泣いてるのは、もっと他に理由が………』


夢で見た顔の見えない女性との生活風景。

あれはきっと…僕の理想だったのだろう。


『涼子の事で忘れかけていた。

あまりの恐怖とトラウマで忘れようとしていた。

僕には………涼や涼子と同じくらい大事な人がいたというのに……』


考えれば考えるほど涙が止まらなかった。

ただ憧れて、ただ夢見て、ただ逃げ出して───


「涼………僕は……僕はっ………………うわあぁぁぁぁぁあああぁぁ……!」


まるで「あの頃」に戻ったように僕は泣き叫んだ。

なのに涼は黙って僕を抱きしめてくれた。

その優しさが嬉しくて、愛おしくて…………痛かった……。





















一週間ほどして風邪はようやく完治した。

現在、僕は大学の講義のあとの昼食を神原と食べていた。


「お前ほんと身体弱ぇなぁ。

俺なんて最速三日で風邪治したこともあんだぞ」


「神原は神原でしょ。

僕は僕なんだから、個人差ってものがあるでしょ」


「まぁそれはそれだけどもな。

でも、佐山って風邪ってなると確実に一週間以上かかりそうなイメージだな」


「僕ってどんだけ弱いイメージなんだよ…」


「だって、佐山って身体弱いんだろ?

おまけに一人暮らしともなると尚更じゃん。

食うものも満足に食えなかろうに」


「それは………」


「違う」と言いたかったが、涼のことは内緒ゆえ僕は口を噤(つぐ)んだ。


「でも、ここ最近のお前変わったよな」


「どういうこと?」


紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら神原の言葉を待つ。


「なんか、大学入ってお前と知り合ったばかりの一年ぐらいは、めっちゃ痩せた虚弱そうなやつだなと思ってたんよ。

実際、マンガのキャラクターみたいにクソ雑魚キャラというか」


「確実に僕のことバカにしてるね…」


「あぁいや、そうカリカリすんなって。

でも去年の六月ぐらいからなんか急に良いことがあったかのように明るく、リアクションも良くなったというか……鈍臭いとこは変わんねぇけど」


「………」


確か、涼がうちに来たのは去年の四月ぐらいのはずだった。

涼の献身的奉仕と手料理のお陰で人として復帰しかけてた頃だろう。


「初めてお前を見た時、明日にも死にそうな顔してたからさぁ。

正直、心配だったんよ。

多分こいつ予告なくいなくなるタイプだろうなって。

俺の実家で飼ってたネコもそうだったから」


「ネコ……」


でも神原の言う通りだ。

涼子を失った直後で実家を出て、無気力でこそないものの僕は何事にも打ち込める意思がなかった。


「だからさ、今のお前はほんと変わったと思うぜ。

面白い趣味でも見つけたのか好きな女でも出来たのかは知らんがな」


「神原……」


神原の良いところは、こういうデリケートな領域にあえて踏み入らないところだろう。


「ま、お前の悪い所と言えば「弁当が美味い」事だろうな。

俺の箸が自然と伸びちまうんだよ」


「え…弁t………あっ!」


気がつく頃には、三つ入っていた涼の手作り唐揚げが二つ無くなっていた。


「神原………」


「悪ぃ悪ぃ。

お詫びにこれやるから機嫌直せって」


そう言われ渡されたのは、まさかの千円分の商品券だった。


「いいの?

千円なんてけっこう高いのに」


「まぁ購買のパン程度じゃお前も不満だろうしな。

たまには奮発して返さないとお前そのうち本当にキレそうだし」


「キレはしないけど……」


とりあえず神原の気持ちという事もあり商品券はもらっておくことにした。





















「ただいまー」


時刻は夜の八時。

講義が終わってから早めの時間にバイトに行ったのもあり、今日は少しだけ遅くなった。

玄関に入るも部屋の電気は付けられておらず鍵もかかっていた。


『涼には少し遅くなるって連絡してたし、どこか出かけたのかな…』


そう思いながら部屋の電気を付けた瞬間だった。


『パァン!』


「ッ!?」


突然の破裂音と共に目の前がカラフルな紙吹雪で視界を覆われたと思いきや、涼がそこにいた。







「ハッピーバースデー、翔くん!」







何事かと一瞬 惚(ほう)けるも、すぐに事態を把握した僕が我に返るとそこには豪勢な料理がたくさん並べられていた。


「涼……誕生日…覚えてくれてたの…?」


そう。

今日は三月二十四日。

僕の誕生日だ。


「翔くんのプロフィールデータで誕生日が今日だということを事前(アラーム)告知設定してたんです」


「あ…あぁ。

なるほど……」


と言いつつも涼はおもむろにテーブルの前に正座した。


「…と言うのは冗談です。

今日、お掃除してたら翔くんの身分証明証が出てきて、たまたま見らさったのがきっかけです。

私としたことが、翔くんのプロフィールデータは前もって用意してあったのに、迂闊でした…。

ですので、翔くんが大学に行ってからすぐにお買い物をしてきたんです!」


「ふんす!」と自慢げに鼻を鳴らす涼だが、僕は色々戸惑っていた。

並べられた料理は北京ダック……海外の祝い事とかで出そうな高級料理ばかりが並んでいた。

…というか、北京ダックってどこで買えるんだ…??


「あ、お金なら「企業」に頼んで経費として落としてもらいましたので大丈夫です。

それとも…普通のご飯の方が良かったでしょうか…?」


「っ!?

い、いや、十分すぎるよ!!

僕も今日が誕生日なんてすっかり忘れてたから…あはは…」


正直、誕生日を祝ってもらうのはこの歳にもなれば少しこそばゆい。

悪い気はしないが……。


「もちろん、メインもありますよ!」


そう言って涼は冷蔵庫から一回り大きめの白い箱を持ってきた。


「じゃーんです!」


箱の中に入ってたのは……チョコレートケーキワンホールだった。


「チョコケーキ……………ッ!!!!」


その瞬間、僕の中で忘れていた過去の記憶がまた一つ顔を覗かせた。





















僕が六歳を迎えた誕生日のこと。

保育園で誕生日という事もあり同じ園児や先生たちから誕生日祝いの手紙や紙で作られたメダルをもらったりで僕は珍しく機嫌が良くなっていた。

ルンルン気分のまま保育園から帰ると、母はいつも通り夕食を作ってくれていた。


『ただいま』


『おかえり』


何気ないいつも通りのやりとり。

それでも、子供の僕は母にこそ誕生日を祝って欲しかった。

だが、家に帰ったともなればいつ父が帰ってくるかも分からない。

生活も切羽詰まった中で誕生日を祝って欲しいなんて言えるわけがなかった。


『はい』


母から出されたのは白ご飯とからあげの入ったもやし炒め。


『いただきます』


僕は黙っておかずとご飯を食べる。

時々ある事だが、うちは貧困ゆえたまにご飯が少なかったり、ひどい時は母が一食分抜く日もあった。


『ごちそうさま』


だからこういうのは珍しくないし慣れていた。

それでも……。


『ご飯足りなかった?』


『…ううん!

僕もうおなかいっぱいだよ!』


子供ながら僕は気を遣っていた。

でも、その日は違った。


『…翔太。

うちは貧乏だからこんなのしか買えないけど…』


そう言って母が冷蔵庫から持ってきたのは、スーパーで売ってる一切れ分のショートケーキだった。


『ケーキ!?

でも…高かったんじゃないの…?』


母は涙ぐみながら僕に言った。


『……お母さんね……翔太のことすごく心配してるの…。

誕生日なんだから本当はケーキ屋さんのおっきなケーキ買ってあげたいんだけど……お金に余裕がないから………こんなのだけじゃ寂しいだろうけど……』


自分の誕生日を覚えてくれていたこと、そして貧乏ながらも精一杯、僕の誕生日を祝ってくれた母の気持ちがあまりに嬉しすぎて………僕は号泣した。


『お母さん………。

僕、嬉しいよ……。

「誕生日おめでとう」って言ってもらえるだけで良かったのに……うわぁぁぁぁぁぁぁ………!!!』


僕は号泣しながら母に泣きついた。

母はそんな僕を涙ぐみながら抱きしめた。


『ぐすっ………ごめんねぇ翔太…。

こんなどうしようもない親で……』


『っ……そんな事ない!

お母さんは「お母さん」だもん!

僕だって、本当はお母さんのこと守りたいのに………』


『翔太っ……』


ぎゅっと力強く母は僕を抱きしめた。

その抱擁(ほうよう)から久しぶりに感じ取れた母の温もりが、何よりも嬉しくて仕方なかった。





















「ぐすっ……」


当時を思い出した僕は自然と涙が止まらなくなっていた。


「もう…翔くんは本当に泣き虫さんですね。

そういう所も可愛いと思いますが……っ!?」


涼の言葉を遮るように僕は彼女に抱きついた。

まるで、六歳の誕生日…「あの日の僕」を再現するように…。


「涼ッ……。

僕、君に会えて本当に嬉しいよ…。

君のおかげで僕は変われたんだ。

君のおかげで忘れてはいけないことも思い出せる…。

だから………言葉じゃ足りないけど……ありがとう……涼……!」


泣きじゃくりながら必死に涼にすがるも、涼はまるで「あの日の母」のように僕を優しく抱きしめた。


「…翔くん。

私だって、翔くんの元に来れて幸せですよ。

…私も………翔くんが大好きです」


「涼ッ………うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁ………!!!!」


涼は何も知らない。

なのに涼は無条件で僕を優しく包み込んでくれる。

だから僕は……母にも似た涼が愛おしくて好きになっていた。


「大丈夫です。

翔くんは、私が必ず守ってみせますから…」


僕の頭を優しくなでる冷たい手が、僕にはあまりに「あの頃」を思い出させる温もりで仕方なかった。




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