14.閑話休題/バイトがある日の一日
『ごめ〜ん佐山くん!
今日、確か大学休みだったよね?
申し訳ないんだけど、今から出て来れないかなぁ?
休日出勤にするか振り替えで別日に休み変えてもいいからさ!』
「まぁ僕は平気ですよ。
今日って店長と永谷さんじゃなかったでしたっけ?」
『そうなんだけど、永谷くんが体調不良で急遽来れなくなっちゃって……悪いんだけど、今日頼めるかな?』
「いいですよ。
九時半までには行きます」
「ありがとぉ…!
じゃあ悪いけど、気を付けて来てね!」
「分かりました」
少し間を空けて電話を切ると、真向かいでテレビを見ていた涼が声をかけた。
「どなたですか?」
「バイト先の店長。
今日出勤だった先輩が体調不良で人手が足りないって。
だから今から着替えて行ってくる」
「分かりました」
何も必要ないとみてか涼は再びテレビに視線を戻した。
そんなことそっちのけで僕はせっせと着替える。
「ごめん涼。
行ってきます!」
「行ってらっしゃいです」
少し駆け足気味に僕はアパートを出て自転車に乗ってバイト先に走った。
「…………」
自転車を走らせること約十分。
目的地である僕のバイト先………純喫茶「アラベル」に着いた。
「おはようございますー」
裏口から倉庫兼事務所に入ると、たまたま荷物を下ろしていた店長がいた。
「あーおはよう佐山くん。
ごめんねぇ急にシフト入ってもらっちゃって」
「いえ、今日は予定もなかったですし永谷さんが体調不良なら仕方ないですよ」
「いやぁ、ほんと急だったからさぁ。
一時はどうしようかと思っちゃったけど、佐山くんのお陰でとりあえず安泰だよぉ。
あ、もちろん休日出勤ってことでシフトは変えとくし、急だったからまかないも作ったげるからお昼は心配しないでね!」
ここアラベルは僕を含めた従業員三人と店長の四人で賄っている。
別にここはテレビで紹介されたような有名な場所でも芸能人が忍びで来るところでもないゆえ、僕が働くようになってから大変だった日は今のところない。
それでもさすがに一人では店をまわすのは大変ゆえ、僕は積極的に助太刀している。
「ありがとうございます。
そこまで気遣わなくてもコンビニでお昼買ってきたんで大丈夫ですよ」
「もぉ…佐山くんはほんと真面目だよねぇ。
これで彼女が一人もいないなんて、ほんと勿体ないよ」
「あはは…」
この人がここの店長の嘉門泰造。
今年で五十二歳という若めの店長さんだが、見た目はヤーさんっぽい見た目なのに話せばどこかオネエっぽい雰囲気の面白い人だ。
「じゃあ悪いけど、着替えたら接客よろしくね。
十時過ぎてもいいからゆっくり着替えてね」
「お気遣いありがとうございます」
軽く会釈して更衣室に行こうとした時だった。
「おざまーす」
もう一人のここの従業員が僕が入ってきた勝手口から入ってきた。
「あらぁ優子ちゃん。
今日休みだったよね?
急にどうしたの?」
彼女は僕の一つ年上の「田宮優子」さん。
僕が大学入学して落ち着いた頃にここにバイトとして入った時に教育係を請け負ってくれた先輩だ。
赤みがかった茶髪にハンサムな顔立ちだけでなく声も少ししゃがれ気味のアルトボイスが一部の女性のお客層に人気がある…らしい。
「……これ。
永谷さんからLAINEもらったんす」
「あら、永谷さんったら優子ちゃんにヘルプしてたの?
来てくれたのは有難いけど、優子ちゃんも何か予定あったんじゃないの?」
「別に、ブログの広告収入も今月少なかったんでちょうどいいかなって」
「あらそうなの?
世知辛い世の中ねぇ」
田宮さんはいわゆるブロガーとここのバイトの掛け持ちで生計を立ててるらしい。
個人的には器用な人だと思う。
「なんで、ちょうどヘルプ来たからまぁいいかなって。
たぶん店長が佐山くんにヘルプかけたとは思ってたけど、なんか不安だったんで」
「ちょ、田宮さん…!///」
「あはは!
随分と気にかけてるのねぇ。
…まぁとりあえず、今お客も居ないから二人とも着替え次第よろしくね。
優子ちゃんはタイミング見て厨房もよろしくね」
「あーい…」
気だるげにひらひらと手を振りながら先に田宮さんは女子更衣室に向かう。
聞いての通り、田宮さんはここで接客とたまに厨房も請け負うオールラウンダーな人だ。
普通に器用でかっこいい先輩だ。
「じゃあ店長。
僕も着替えてきます」
「はいはーい。
…あそうだ。
佐山くん、後でうちの娘の写真見ない?
こないだ初めて私にパンケーキを作ってくれた時の写真よ」
「ほんとですか!?
店長の娘さんってまだ七歳でしたよね?」
店長の娘さんは実の娘さんではなく、一年前に結婚した相手方の連れ子らしいが、店長はそんなこと一切気にもしないどころかその逆の質である。
「そうなの。
「お母さんと作ったの」ってパンケーキ焼いててくれてねぇ。
ほんと涙ぐんじゃったよぉ」
「素敵な娘さんですね。
きっと将来も有望ですね」
そう言い残し僕はそそくさと男子更衣室に向かった。
店の制服に着替えて洗い場に向かうと、先に田宮さんが皿洗いをしていた。
「田宮さん。
僕洗いますよ」
「ありがと。
じゃあ佐山くんは洗ったの拭いてくれるかな?」
「了解です」
田宮さんの指示に従い、既に洗い置かれていた皿を拭いていると、田宮さんが何らや話しかけてきた。
「佐山くん無理してない?
店長ってば、佐山くんが来てからあーして自分の娘の自慢ばかりしてるのよ。
佐山くん反応良いから店長も聞いて欲しいんだろうけど、無理してるなら少し断り入れたって大丈夫よ。
店長って表も裏もあーゆー人だから人怒れる質じゃないからさ」
「ありがとうございます。
でも無理なんてしてませんよ。
僕も店長の娘さんの話は聞いてて楽しいですから」
そう言うも田宮さんは冷たい視線を崩さなかった。
「…ほんと、佐山くんって優しいよね。
なんで恋人居ないの?」
「っ!?
そ、そんなこと言われても…」
田宮さんには高校時代に涼子と付き合ってたことは内緒だ。
喋ろうかと思ったが……どことなくタイミングを見失ったというか…。
「優しいとは言っても、僕は鈍臭いですからね。
こないだも大学で捨てようと思って空き缶をゴミ箱に投げたら、縁に当たって跳ね返ってきて僕の顔に飛んできましたし…」
「何それ。
ギャグ漫画のワンシーン再現してんの?」
「う"っ……。
ほんと恥ずかしかった……」
その時のことを思い出して頭を痛めてると田宮さんはため息をついた。
「………私は可愛いと思うけどなぁ……」
「…?
今なにか言いました?」
プラシーボ効果かは定かではないが、実際に頭痛に悶えていると田宮さんが小声でなにか言ったような気がした。
「…佐山くんって彼女とか出来ても相手におんぶに抱っこのタイプだろうね。
待ち合わせ時間には道中のトラブルで一時間ぐらい遅れたり、買おうと思ってた食材も目の前で取られたりとか…」
「……どうして知ってるんですか…」
「えっ…」
田宮さんの的確な例えは三日前と一週間ぐらい前にあったトラブルである。
「やっぱり僕って恋愛向いてないのかな………」
「っ!?
い、いやそういうことじゃなくて……」
田宮さんが慌ててフォローしようとするも、無理やりかけられる優しさほど辛いものもない。
『カラン、カラン…』
その時、店の入り口の鈴が鳴りお客さんの来客を告げた。
「あ、お客さん…」
不意に身体が反応し、無意識に行こうとした時だった。
「うわっ…!」
洗い場のグリストラップに足を滑らせ、僕はそのまま姿勢を崩した。
「佐山くんっ!!」
間一髪、田宮さんが僕の制服を掴んだことで転倒は免れた。
「す、すいません田宮さん………」
「あっぶなかったァ…。
…接客は私がしてくるから、佐山くんは洗い場片付けといて」
「分かりました…」
手早く身だしなみを整えて田宮さんは接客に向かった。
「いらっしゃいませ、三名様ですか?
お席へご案内いたします」
入店してきた親子連れに対して数秒前までとはまるで人格が変わったような完璧な接客。
僕じゃまだぎこちないところも目立つが、田宮さんはいつも傍から見てても非の打ち所がない。
『僕も早く田宮さんみたいにならないと』
迅速に対応を取れるようにするため、僕は洗い作業を急いだ。
『あ"あ"あ"ぁぁああァ"ァ"ッッ…!!!!
佐山くんってば、ほんと可愛すぎるっ!!
あれで彼女いないとかマジ勿体なさすぎでしょ!!
絶対、人生損してるよあの子、ガチヤバすぎっしょっっ!!!!』
急な展開ではあるが、彼女………田宮優子は佐山翔太に惚れている。
外見こそキャリアウーマンを絵に書いたような完璧主義者にこそ見えるものの、クールキャラを演じるその本性はこの通り「ベタ惚れ」真っ最中である。
『適当に言ったトラブルの内容も全部当たってるし、今どきグリストラップに足を滑らせるとか脆弱すぎぃぃぃ♡
マジ可愛すぎるっ、ガチ惚れるっ、ザコ過ぎてしゅきぃぃぃ♡♡♡///』
ちなみに田宮の言葉遣いは高校時代の三年間ギャルをしていた名残ゆえ、内心ではこうしてギャル用語が未だ頻繁に使われる。
「…お冷をどうぞ。
ご注文がお決まりになりましたら、呼び出しボタンでお呼びください」
お決まりの接客スマイルと完璧な振る舞いに感心する親子連れの死角で「ギャル田宮」はニヤけが止まらなくなっていた。
『こないだもお客が残した食べかけのハンバーグを呆けて見てたり、洗い場で浸け置きしていた冷水しか入ってないコーヒーカップに触れて「熱っ!」って言って一人で恥ずかしくなってたり……マジエグかわすぎて死ねるんですけどぉぉぉ///♡』
こうして内心を見れば如何にもヤバい、ストーカー予備軍にもなりそうな彼女だが、以外にもモラルはある。
『でも……私は佐山くんとは付き合えないかな…。
なんと言うか、もしコクられたら考えるけど、あの子にはもっと相応しい子がいる気がするのよね…』
意外にも佐山にベタ惚れな田宮だが、不思議な距離感の取り方は出来ている。
『私はどちらかというと、あの子の幸せを眺めてたいのよね…。
初めてここに来た時からそうだったけど、ほんと佐山くんって常におどおどしてて心配になる小動物男子というか……守りたくなるタイプよね…』
何故、ここまで田宮が佐山に惚れているか。
それは…。
『ピンポーン』
不意に先程の親子連れから注文の呼び出し音が鳴らされ、田宮は気持ちを切り替えてオーダーを取りに向かった。
「ご注文承ります」
「えっと…オムライス一つとお子様ランチ一つ、ナポリタンスパゲティを一つ、オリジナルブレンドコーヒーを二つでお願いします」
父親らしき男が注文した内容を田宮はメモ紙に正確に書きまとめた。
「ありがとうございます。
お客さまのご注文復唱させていただきます。
オムライス一つ、お子様ランチ一つ、ナポリタンスパゲティを一つ、オリジナルブレンドコーヒーを二つ…以上でよろしいでしょうか?
「はい」
「コーヒーは食前、食後のどちらかに選べますがいかが致しますか?」
「二つとも食後でお願いします」
「かしこまりました。
少々お待ちください」
一礼をしてそそくさと洗い場の方に向かおうとした時だった。
『カラン、カラン…』
入り口の鈴が再びお客の来店を誇示した。
「いらっしゃいませー!
少々お待ちください!」
既に頭の中でこれからの動きの流れを組ませてしまっていた田宮は、申し訳ないと思いつつも挨拶だけして洗い場に向かった。
「ごめん佐山くん。
他にお客さん来ちゃったから、悪いけど接客お願いしてもいい?
私、その間に先客の注文作るから」
「分かりました!
そっちはお願いします」
威勢よく返事をしてくれたものの一体どうしてそうなったのか、佐山は顔も髪も何なら制服も薄濡れていた。
「ちょっと佐山くん!
皿洗いするだけでどうしてそんなに濡らしちゃってるの…!
それじゃお客さんに失礼でしょ」
「えっ…?
……ほんとだ、すぐ対応出来るように急いだら全然気づかなかったです…///」
「もぅ…接客業なんだから、急ぐのも大事だけど見た目にもちゃんと気を付けてね。
…ほら、タオル使って」
「ありがとうございます…」
申し訳なさげに田宮の目の前でごしごしと佐山は顔を拭く。
『ん"ん"ん"ん"ん"ッッッ!!!!♡♡
急いだだけでそんなびしょびしょになるとか小学生でもありえないよ佐山くん!!
はぁぁぁぁ狙ってるのかなって疑っちゃうからマジで止めて欲しいぃぃ///♡♡♡』
見えないことをいい事に内なる欲望を解放していると、タイミング悪く店長の嘉門が倉庫から戻ってきた。
「あら、お客さん来た?
注文は取った?」
「はい。
オムライスとお子様ランチ、ナポリタン一つずつにオリジナルブレンドコーヒー二つです。
私、これからオムライスとナポリタンやるんで、店長はお子様ランチとコーヒーお願いします。
それと、別のお客さん来たんで佐山くんに接客任せます」
「そっかぁ。
佐山くんにさっき言った娘の写真見せようかと思ってたのに…仕方ないかぁ」
『知るかよクソジジイ。
いつまでも娘バカしてんじゃねぇよ気持ち悪りィ。
これだからオッサンは……佐山くんを見習えってんだ』
…などと供述しており。
「…すみません、僕接客してきます!」
顔を拭き終えた佐山は直ぐ様、接客に向かった。
「あの子…どうして顔なんか拭いてたの?
なんか顔についてたの?」
「皿洗い頑張りすぎて周り見えなくなってたみたいです。
全く…佐山くんの悪い所です」
「まぁいいじゃない。
それだけこの仕事に一生懸命向き合ってくれてるわけなんだし、多少は僕たちでフォローしてあげようよ」
「やれやれですね…」
呆れ気味にため息をつくものの、彼女の両手は佐山の顔を拭く様を思い出して気持ちをグッとこらえるために力いっぱい拳を握っていた。
「じゃあ店長。
お子様ランチと後コーヒーお願いします」
「おっけい」
軽返事で嘉門は手馴れた手つきでお子様ランチ用のハンバーグとエビフライの調理を「同時」に始めた。
『相変わらず器用だよな…。
私も出来ないことはないけど、接客もあるから永谷さんと店長の特権技よね…』
少しだけ素直に感心する嘉門の隣で宣言通りに田宮はオムライスの調理に取り掛かった。
その数分後のことだった。
「…お、オーダー入りました…。
オリジナルブレンドコーヒー一つと、日替わりパフェ一つお願いします……」
厨房に入ってきた佐山は何故か顔を真っ赤にして部が悪そうにうつむいていた。
「どうしたの佐山くん?
お客さんに何かあった?」
「…?」
先に違和感に気付いた嘉門が聞くも、佐山は何でもないと否定していた。
田宮もまたオムライスを盛り付けながら佐山の様子を伺っていた。
「ほんとに大丈夫?
具合悪いとかなら遠慮なく言ってね。
優子ちゃんもいるから最悪、二人でもまわせるからね」
「だっ、大丈夫…です…///」
少し気恥しそうに佐山は前髪をいじっていた。
『あの様子……もしかしたら、タイプの女の子でもきたのかな?
であれば、是非とも佐山くんの好みを知れるチャンス…!』
そう考えた田宮は急いでナポリタンを作り、お盆にオムライスとナポリタンを乗せた。
「店長。
先二つ持っていきますね」
「えっ!?
こっちももうちょいで出来るから二〜三分待ってよぉ!」
嘉門の意向も虚しく、田宮は先にオムライスとナポリタンを持って行った。
「お待たせしました。
ご注文のオムライスとナポリタンになります。
お子様ランチもすぐお持ちしますので少々お待ちください」
先客の家族連れに注文の配膳をしつつ田宮は血眼で他のお客を探した。
そんな家族連れの三席離れた位置に「彼女」は居た。
『佐山くんのタイプの女の子…。
一体どんな子か……………え……』
田宮の目の先でテーブル席にちょこんと座る「彼女」に田宮は目を奪われた。
──八分ほど前──
遅れてお客さんの対応に向かった時のこと。
「お待たせしました。
お客さま、一名様でよろしい……です…か…………」
接客のテンプレセリフを述べながらお客の顔を見ると、そこに居たのはまさかの「涼」だった。
「はい♪」
手を組みながら笑顔で返事を涼は返す。
そして僕は……絶句していた。
「…?
翔くん?」
不思議そうに涼が僕の顔を覗き込む。
その行為に我に返った僕はすぐにいつもの接客スタイルに戻った。
「っ!
ご、ごほん………お客さま、お好きな席へどうぞ…(汗)」
「ありがとうございます♪」
笑顔で涼は先程の家族連れの三つ離れた席……壁際のテーブル席に着席した。
「おかあさん。
あのお姉ちゃん、髪がぎん色だよ?」
「こら。
ジロジロ見ないの」
涼のお冷を取りに行ってる間、聞こえてきた家族連れの会話にチラッと目線を向けると、六歳ぐらいの男の子の好奇心にも小さく微笑みながら涼は手を振り返していた。
「ウィッグかな?
もしかしたらコスプレイヤーとか?」
お父さんの方もチラッと涼の方を見てそう語っていた。
…やっぱり涼は目立つ。
誰しも彼女が実はアンドロイドだなんて気付くわけもあるまい。
「…どうしてここに来たんだ?」
お冷を持っていった際に小声で涼に用件を聞いてみることにした。
「翔くんが働いてる所を見てみたいと思ったからです。
お店の雰囲気も良くて居心地いいですね」
ニコッと笑顔を浮かべる涼だが、僕は冷や汗が止まらなかった。
「……ご注文お決まりになりましたら、そこの呼び出しボタンでお呼びください…(汗)」
「あっ、ちょっと待ってください」
そう言うと涼はメニュー表を開き見る。
「…じゃあ、このオリジナルブレンドコーヒーと日替わりパフェを一つずつでお願いします」
「か、かしこまりました…。
コーヒーは食前と食後どちらにお持ちしますか?」
「じゃあ食後で」
「かしこまりました。
ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ。
あとぉ……」
「…?」
言葉とは裏腹にメニュー表を閉じながら涼は言った。
「スマイルください♪」
「…………(汗)(汗)(汗)」
冷や汗に顔を歪める僕に涼は楽しみだと言わんばかりに笑顔を浮かべる。
「お……お客さま…。
当店ではそういったサービスは提供しておりませんので…申し訳ありませんが……」
「…そうですか。
では、店員さんの「あーん」はサービスに入っていますか?」
「ッ!?///」
変わらず涼はニコニコと笑う。
僕はといえば……限界だった。
「ッ………パフェの方は少々お時間をいただきますのでご了承ください…」
挨拶もそこそこに僕はオーダーを受け取って厨房に戻った。
『何あの子…めちゃくちゃ可愛いんですけど。
しかも綺麗な銀髪に童顔で服のセンスも良いし、座ってるだけなのにまるで飾られたスイセンの花みたい………』
注文を待つ涼の姿に田宮は目を奪われていた。
その時、視線に気づいた涼が田宮と視線を合わせるも笑顔で会釈を返した。
その様に思わず田宮も失礼したと言わんばかりに会釈した。
『待って…。
鬼可愛い上に振る舞いも貴族レベルに高いんですけど!?///
…そりゃ佐山くんもあんな可愛い子なら一目惚れするわなぁ…』
テンション爆アゲからの激萎えに肩を落としつつ田宮は厨房へと戻った。
「優子ちゃーん。
お子様ランチ出来たから持って行ってちょ……って、どうかした?」
「ッ!?
な、何にもないッスよ………」
「…?」
明らかに様子がおかしい田宮に嘉門が首を傾げるもそれ以上は追求しなかった。
「大丈夫ですか田宮さん?
具合悪いなら僕持っていきますよ」
「っ!?
いや、ほんとに大丈夫だから…!
そんなに気にしないで……うわっ!」
その時、お子様ランチに手を伸ばそうとした田宮は誤って佐山が転びそうになったグリストラップに足を滑らせてしまった。
「田宮さんっ!!」
「優子ちゃんっ!?」
仰向けに転んでしまったものの、不幸中の幸いか田宮は顔を打つことはなく膝を強打する程度で済んだ。
「いたた…。
……すみません、お子様ランチ大丈夫です…か…?」
「何言ってんの!!
お子様ランチよりも優子ちゃんの方が大丈夫なの!?
骨折ったりしてないよね!?」
半ば半ギレで心配する嘉門の様子にさすがの田宮も落ち込んでいた。
「私は大丈夫です…。
それよりも、早く料理持っていかないと……」
「ダメですっ!!!」
突然の牽制をかけたのは、まさかの佐山だった。
「怪我してるのにどうして無理するんですか!?
そんなことして、今度はお客さんに何かトラブルがあれば田宮さんだけの問題じゃなくなるんですよ!!」
「佐山くん………」
佐山の正論に田宮は何も言えなくなっていた。
「…優子ちゃん。
料理は僕が持っていくから、君は事務所で患部を冷やしてなさい。
佐山くん、優子ちゃんに肩を貸してあげて」
「いや、そこまで………っ…」
反論しようとするも、この場において正しくないと思った田宮は話に乗ることにした。
「佐山くん、優子ちゃんのこと頼んだよ」
「はいっ!
田宮さん、歩けそうですか?」
佐山が田宮の腕を自分の肩に乗せる。
いつもの田宮ならばキュン死する所だが、さすがに大人しくなっていた。
事務所まではさほどの距離もないゆえ、すぐに田宮は事務所のソファーに安置された。
「僕、救急箱持ってくるんで、そのままで待っててください」
そそくさと事務ロッカーから救急箱を見つけ出し、佐山は田宮の前に膝まづく。
「すいません田宮さん。
ちょっと痛むかもですけど失礼します」
気恥しさもなく佐山は患部の確認のために田宮のズボンの裾を上げた。
「……赤くなっちゃってますけど、これなら軽度の打撲ですね。
僕、タオル冷やしてきます!」
そう言って手馴れた様子で佐山は事務所を出て行った。
佐山が出ていった後、田宮は呆れんと言わんばかりに天を仰いだ。
『何やってんだろ私……』
佐山と客の女性に見惚れていた罰当たりだと田宮は自分を責めていた。
そんな事など知らない佐山は氷水で冷やしたタオルを持ってきた。
「ちょっと失礼します。
痛むかもしれませんが我慢してください」
そう言って佐山はゆっくりと患部にタオルを当てる。
「冷たっ…」
「っ…ほんの少しだけ我慢してください」
健気に看病する佐山を田宮は憂いの目で見つめていた。
「佐山くん、やけにこういうの手馴れてるんだね」
「…恥ずかしながら、僕もプライベートもよく怪我したりしてたんで、こういうのは自分でもやってたりしてたんです」
ようやく気恥しそうに佐山は笑った。
だが田宮の表情に笑顔はなかった。
「…私のこと、幻滅したでしょ」
「え?」
純粋な理解不能の眼差しで見返す佐山に田宮は暗い眼差しで返した。
「多分だけどさ、佐山くんにとって私って何でも出来る先輩って見えてたでしょ。
怪我はおろか、仕事のミスだって有り得ないようなさ…」
田宮の質疑の投げかけに佐山はタオルを当てながら思慮する。
「…そうですね。
田宮さんは僕がここに入った時から教え方も上手で仕事熱心、人望も厚くて素敵な人だと思ってましたよ」
予想通りの返答に田宮は内心ため息を着いた。
「でも、これが私。
本当は完璧なんてない、ちょっと現を抜かせばすぐミスをしてしまう残念な女よ。
…君の考えてるようなエリート人間じゃないよ」
自責に落胆するも、佐山は違った。
「そりゃ誰だって同じですよ」
「…え?」
予想外の乾いた返事に田宮は目を見開いた。
「確かに、僕から見れば田宮さんは仕事上手で人の使い方も上手いキャリアウーマンって感じです。
でも、僕は田宮さんのことそんなまるでアニメのキャラクターみたいな完璧主義者みたいな人だと思ったことはないです」
「佐山くん…」
ある程度タオルが常温になってきた所で佐山は包帯を巻きながら続けた。
「誰だって人間です。
必ず失敗はしますし、出来て当たり前なんて言葉は有り得ません。
そんなこと言う人がいるなら、僕はその人を軽蔑します」
安全ピンで包帯の端を刺し止めて佐山はズボンの裾を下ろした。
「僕は失敗や怪我もよくします。
そんな自分が嫌だと思うこともよくあります。
だからこそ、田宮さんみたいな自分と逆方向性の方が羨ましいです」
「…でも……私は……」
田宮の膝にそっと手を当てながら佐山は言った。
「怪我や失敗は勉強のチャンスです。
人として劣ってるかどうかでその勉強量が変わるだけです。
そして、その勉強を経て学べた人こそが上に上がっていけるんです」
「…!」
あまりにも的を射た佐山の言葉に田宮は絶句した。
「………佐山くん。
どうしてそんな事「知ってる」の?」
「え?
知って…………僕の場合は「知ってる」んじゃなくて「学んだ」からです」
「っ!!」
佐山の言葉に田宮は思わず涙を流した。
「っ!?
どうしました田宮さん!
傷口が痛むんですか!?」
佐山が心配するも、田宮の涙の理由は別にあった。
「違う。
……違うの佐山くん…。
私……思い出しちゃったの……」
泣きながらも田宮は静かに語り始めた。
私には、三つ歳の離れた兄貴がいた。
兄貴は私が物心つく前から私の世話をしてくれて、母と三人暮らしの家庭でも重宝された。
兄貴は完璧と呼ぶに相応しかった。
家事全般、積極的な買い物の荷物持ち、人望、学業のレベルの高さ。
その全てにおいて半端という言葉はなかった。
それとは裏腹に、私は何も出来なかった。
兄貴が何でもしてくれたことで私は甘えだらけた生活、勉強も平均以下。
愚妹と呼ばれてもおかしくなかった。
なのに兄貴は私のことをいつも気にかけてくれた。
いつからか、私はそんな兄貴に嫌気がさしていた。
そんなある日のこと。
私は兄貴が唯一した事の無いであろう「お菓子作り」に興味が湧いた。
母の料理の手伝いで兄貴はそこそこの一品料理はすんなり作れていた。
だがお菓子作りだけは唯一、作る所は見たことがなかった。
それ故に、兄貴に一つでも何か勝てるものが欲しかった私は九歳の時に二人に隠れて手作りチョコを作ろうと本を読んで頭に徹底的に叩き込んだ。
ある日、母と兄貴が二人で買い物に出た日、私の作戦は決行された。
前もって準備していた板チョコと型抜き用のプラ板を用意し、本通りにボウルに板チョコを入れて弱火でじっくり溶かしていた。
だが、鍋つかみを買うのを忘れていた私は仕方なくキッチンペーパー数枚でボウルを抑えていた。
だんだんとチョコも溶けて順調に進んでいた……その時だった。
『ただいまー』
予想外に早く兄貴が帰宅した。
内緒でチョコを作っていた私は突然のことにパニックになりながらもどうしようかあたふためいていた時だった。
『ジュッ…』
「ッッッ…!!!!」
鍋つかみの代わりに使っていたキッチンペーパーを意識外で落としてしまった私は、落としたことに気付かず謝って左手の人差し指の腹部分をボウルに触れてしまった。
『ッ………痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ…!!!!』
あまりの激痛に心の中でしか叫べなかった私は必死に痛みに耐えるので精一杯だった。
その時、匂いにつられて兄貴がキッチンに入ってきた。
「なんか甘い匂いするけど何か作ってたのか………って、どうした優子ッッ!!?」
痛みに必死に耐え続ける私の様子にすぐさま尋常ではないことを悟った兄貴は、まず状況を察知し、すぐに私の火傷を確認した。
「優子っ、水で冷やせっ!!!!」
兄貴に手を引かれ、私はすぐ冷水で火傷部分を冷やした。
その間にかけっぱなしだったコンロの火を兄貴が止めた。
「お前……チョコを溶かしてたのか?
友達にでもあげるつもりだったのか?」
火傷部分を冷やしたことで少しだけ余裕が出てきた私は半泣きで返した。
「グスッ………兄ぃは何でも出来るから………何か一つでも……ズビッ……勝てるものが欲しくて………」
嗚咽やすすり泣き混ざりに説明するも兄貴はため息をついた。
「お前なぁ…。
俺は偉くなりたいから何でも出来るわけでも才能がある訳でもないんだぞ」
「ッ………でも、兄ぃはいつだって私のこと子供扱いしてっ、お母さんは「鷹人のこと少しは見習え」って……それでっ……ッ……」
未だ治まらぬ火傷の鈍痛に耐えつつの私の反論に兄貴は何かを察したかのように気まずそうに頭をかいた。
その後、遅れて帰宅した母にもこっぴどく怒られ、私はすぐさま病院に連れていかれることとなった。
幸い、怪我の支障は低く塗り薬を処方される程度で済んだ。
火傷跡は一ヶ月弱残ったが、いつの間にか跡形もなくなっていた。
火傷事件から一週間ぐらい経った辺りに私は母と兄貴に事の謝罪と改めて軽率なことはしないと誓いを立てた。
「もう二度とあんなことはしません」
二人の前で頭を下げるも、二人の表情は重たいままだった。
だがそんな空気を壊したのは兄貴だった。
「優子。
ちょうど良いタイミングだから教えてやる」
そう言うと兄貴は突然上着を脱ぎ上裸になった。
そしてゆっくりと背中を向けた。
「ッッ!!!!?」
兄貴の背中には、見るに堪えない程広がった「火傷跡」が痛々しく刻まれていた。
「…この火傷跡はね、鷹人が六歳の時……あんたが三歳の時に作った傷よ」
「っ………」
あまりに痛々しいその見た目に思わず吐きそうになるも、何とか堪えて私は話を聞いた。
「優子が生まれて、俺は初めてお兄ちゃんになって…正直、浮かれてたんだ。
新しい家族が増えて、これから楽しみが増えるんだって。
だから俺はヘマをしたんだ」
母も私も兄貴の言葉を静かに聞くことしか出来なかった。
「お前が三歳の時、俺は兄としてお前に何かしてやりたくて考えたんだ。
それで、俺はまだ哺乳瓶から離れられていなかったお前の為にミルクを作ることにしたんだ」
それに関しては僅かに覚えている。
小さい頃の、多分二〜三歳ぐらいの時に母がよく私に飲ませてくれたミルク。
母乳の出が悪かった母から与えられた初めての食事。
「母さんからは「火を使うから鷹人にはまだ作れない」と言われて作らせて貰えなかった。
それでも、何かしたかった俺は見よう見まねでミルクを作ることにしたんだ」
「うん…」
「でも、作ってる姿しか知らない俺は、大事な温度調整もろくに出来なかった。
俺はガスコンロで適当に鍋に粉ミルクを溶かして湯煎していた。
お湯がそろそろ沸騰してくる直前、俺はトイレに行きたくなってコンロの火も消さずトイレに行ったんだ」
「っ!?
それじゃ…」
「多分、優子の考えた事とは違う。
トイレから戻った時……俺の目の先で、優子が鍋に手を伸ばしてたんだ」
「ッ!?」
その時の光景が容易にイメージ出来た私は、背筋に悪寒が走った。
「俺はすぐさま優子をコンロ前から引き離した。
その際、優子の手が鍋に当たったのか、同時に鍋がひっくり返ったんだ」
「ッ…………」
「一瞬の出来事だった。
一瞬だけ俺にはその光景がゆっくりに見えたんだ。
そして俺は本能的にお前に被さる形で鍋から飛び出たミルクをこの背中に浴びたんだ」
「兄ぃ………」
少し物憂げに兄貴は自分の背中に触れた。
「幸い、お前は一切火傷はしなかった。
強いて言えば、俺に突然コンロから引き離されて俺がわけも分からず痛みに叫んだことに怖がって泣いてたぐらいか。
それで、痛みに泣き叫ぶ俺の声に風呂に入ってた母さんが聞きつけて俺はすぐ病院に連れていかれたってわけ」
「全く、あの日は本当に心臓が止まるかと思ったよ。
あんたが今まで聞いた事のない叫び声あげるんだから」
「…ほんとにな。
結局、俺の火傷は一ヶ月の入院と数週間の自宅安静で落ち着いたってわけ。
母さんにもこっぴどく叱られたよ」
「そりゃそうよ。
下手をすればあんたはおろか、優子を殺してたかもしれないんだから」
「………」
母の言葉に兄貴は当時を思い出すかのように反省の色を滲ませた。
「母さんからそう言われ、俺は自分のしでかした事の大事さを痛感したよ。
だから俺は改めて反省して、二度と同じことをしないようにするって誓ったんだ。
でも誓うだけじゃ足りない。
俺は積極的に母さんに教われること、学べることをいくらでも勉強した。
本当の意味でお前の良き兄になるために…」
「兄ぃ……」
兄貴の壮絶な過去話に私は思わず泣きながら聞いていた。
確かに、言われてみれば私は生まれてこの方兄貴と風呂に入ったことがなかった。
火傷の傷を見せたくなかったからなのだろう。
「俺だって失敗から学んで努力して成り上がってきたんだ。
俺は全然完璧な人間じゃない。
怪我をしたことで勉強する良いきっかけになれたんだ。
それが出来たのは……優子。
形は悪けれどお前のお陰だよ」
途中からおもっくそ泣きじゃくる私に兄貴は微笑む。
「……お母さん…兄ぃ…」
涙と鼻水を拭って私は二人に頼み込んだ。
「私に………料理教えてくださいッッ!!」
「それから私も、かつての兄貴と同じように母や兄貴、学校の先生や友達から料理を教わった。
料理だけじゃない。
学校の先生の勧めでマナー教室にも行った。
だから今の私ができたってわけ」
涙の跡を残しながら田宮は静かに語り終えた。
その最後まで佐山は一言一句聞き逃さぬよう真剣に聞いていた。
「ほんとはね、私ってドジ踏みやすいんだ。
人前では完璧キャラを演じても、結局どこかで私はつまづくの。
でも、私自身はそれを誰にも見せたくなくて……だから、私がこうして自分のことを話したのは佐山くんが初めてなんだ」
ニカッと八重歯をチラつかせながら田宮は微笑む。
その笑顔に佐山もつられて笑った。
「じゃあ、今日のこと……田宮さんが怪我をしたこと、僕は覚えてないことにします」
「え?」
佐山は立ち上がりながら自信満々に語る。
「田宮さんが怪我をしたのは、僕がオーダーを落としそうになったところを田宮さんが支えてくれたことでもらい傷を被った……ってことにしときますね」
「佐山くん……」
佐山の暖かな嘘に田宮は再び目に涙を滞らせた。
「ッ……バカだね佐山くん。
佐山くんがそう思ってくれても、店長はがっつり現場見てるっつーの」
「あはは。
そうでしたね」
佐山も言わんこっちゃないと言わんばかりに再び笑う。
そしてその笑顔につられるように田宮も笑った。
「…ありがと佐山くん。
お陰で元気になれたよ。
…そろそろあの可愛いお客さんのオーダー出来るんじゃない?」
「あっ…!
そうだ、涼の………お客さんのオーダーのこと忘れてた…!」
その直後、事務所に嘉門が入ってきた。
「佐山くーん。
パフェ出来たけど、僕持っていこうか?
優子ちゃん大丈夫そう?」
ナイスタイミングと言わんばかりに佐山は厨房に向かった。
「あ、僕持っていきます!
店長、田宮さんのことよろしくお願いします…!」
慌ただしく佐山はオーダーの日替わりパフェを取りに事務所を出て行った。
「どしたのあの子?」
「…さぁ?」
何も知らないと言わんばかりに田宮はとぼける。
事情を知らない嘉門は一人、疑問形だけ浮かべていた。
その時、事務所に誰かが入ってきた。
「…ちぃース。
お疲れ様です」
「永谷さん!?」
「あら永谷くん!
体調大丈夫なの?」
入って来たのは、体調不良で欠勤のはずだった「永谷栄一」だった。
「あー。
朝薬飲んで寝てたらだいぶ良くなったんで……しかも今日佐山を呼んだんでしょ?
何かやらかしそうでいてもたっても居られなくてねぇ」
「ほんと彼のこと信用してないのねぇ。
まぁ、僕はドジ臭いところも佐山くんの魅力だと思うけどねぇ」
「店長、好感度上げに逃げましたね」
「っ!?
そんなことないよ優子ちゃん!
僕だってちゃんと佐山くんのこと可愛がってるんだから…!」
「家族の自慢話ぐらいしかあんま見かけませんけどねぇ。
俺、着替えてきます」
永谷が制服に着替えに更衣室に向かうと、残された田宮と嘉門も調理場に戻ることにした。
「あら、佐山くんスプーン忘れてるよ」
「…ほんとだ。
やたら焦ってたから気付かなかったのね…。
私、持っていきます」
そう言って田宮はスプーンを持って佐山の後を追いかけた。
「お、お待たせしました……。
日替わりパフェです…」
一方で佐山は既にオーダーを涼の元へ持っていっていた。
「……あっ、すみませんお客さま!
スプーンを忘れていましたので、ただ今すぐお持ちします!///」
田宮が見かけたタイミングで佐山はスプーンを忘れたことに気付いた。
「大丈夫ですよ。
ちゃんと待ってますから」
涼の方は至って冷静だった。
そりゃそうだろうと言えるのも…つかの間のこと。
「す、すぐお持ちしま…うわっ!?」
佐山がスプーンを取りに行こうとした直後、何かに足をとられてそのまま姿勢を崩してしまった。
「翔くんっ!!」
涼が手を伸ばしたその時、偶然その場に居合わせた田宮が後ろ向きに倒れかかった佐山の背中を支えた。
「あっぶな…。
…お客さま、お怪我はありませんか?」
「え…えぇ。
私は大丈夫です…」
「なら良かったです。
…佐山くんも大丈夫?」
「僕も大丈夫です…。
何か踏んじゃったみたいで…」
佐山が自分の足元を見ると、そこには踏まれて壊れたミニカーがあった。
「あぁすみません…!
息子が目を離してた間に落としてたみたいで…。
お怪我はされてませんか!?」
駆け寄ってきたのは先客の家族連れのお父さんだった。
どうやらお子様ランチに付属していたミニカーで遊んでいた所、落とした先でちょうど涼の所に移動してしまってたようだった。
「こちらは大丈夫です。
…おもちゃの方は新しいものと取り替えさせて頂きます」
「いえっ!
こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!
おもちゃは結構ですので!
…ほら、怜央も謝って!」
「…ごめんなさい」
母親もまた息子と一緒に謝罪すると、田宮は息子の元に歩み寄り、優しく話しかけた。
「ごめんね。
君のおもちゃを壊しちゃって。
今新しいのを持ってくるけど、今度は他のお客さんに迷惑をかけないように遊んでね」
「…うん!」
田宮の優しい言葉に息子は力強く返事をした。
「佐山くん。
悪いけど新しいおもちゃ持ってきてくれるかな?」
「あ、はい!」
まるで投げつけられた石ころのように佐山は再び厨房に駆け戻った。
「…お騒がせいたしました。
パフェ用のスプーンをどうぞ」
「ありがとうございます。
あの、翔く………彼はいつもあんな感じなんですか?」
「まぁ…頻繁…ではなけれど、ですかね…」
「そう…ですか…」
二人が会話する背後で佐山が新しいおもちゃを息子の元に持っていく。
「…はい。
今度は気を付けて遊んでね」
「……」
佐山が優しく話しかけるも、何かを思いついたのか親子連れの息子はおもちゃのミニカーを持って涼の元へ持って行った。
「…お姉ちゃんさっきはごめんなさい。
これ、おわびにあげる」
息子は替えてもらったばかりのミニカーを涼に差し出した。
「これ、私がもらっていいの?」
「うん。
お姉ちゃんの方が大事にできると思ったから!」
「…そっか。
じゃあこれは、お姉ちゃんが大事にするね」
「うん!」
涼に頭をなでられ機嫌を直した娘が父母の元へ戻ると、今度は父親と母親も涼の元へ歩み寄った。
「何から何まで本当にすいませんでした。
息子にも後できつく言っておきますので…」
「いえ!
私は全然気にしてませんので…!」
涼が大袈裟だと手を振ると、父親と母親は優しく笑った。
「本当にお騒がせして申し訳ございませんでした。
…すいません、会計お願いします!」
「はーい!」
母親の呼び掛けに佐山はレジへと対応に向かった。
「八十円のお釣りです。
ありがとうございました!」
佐山が会計を請け負えると、息子が元気よく叫んだ。
「ばいばいぎん色の髪のお姉ちゃん!
お兄さんも気を付けてね!」
「こら、お兄さんにもごめんなさいでしょ!」
「あはは…。
またご飯食べに来てね」
涼と佐山が手を振り返すと親子は静かに店を出た。
「さて、私も片付けしなきゃ」
田宮が家族連れの残した食器をお盆に載せて厨房に持っていく。
その時、会計から戻った佐山がある事に疑念を抱いた。
『…あれ?
アンドロイドって、ご飯食べていいものなの…?』
疑問に思った佐山がこっそりレジから涼を覗くと、既に八割ほどのパフェを涼は食べ尽くしていた。
その表情も満更でも無さそうだった。
『いつも僕がご飯を食べる時はただ眺めてるだけだったのに…』
どことなくもどかしい気分に陥っていると、パフェを食べ終えた涼の元に嘉門が食後のコーヒーを持って行った。
「お待たせしました。
食後のオリジナルブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」
『………』
会計の後、厨房で皿洗いをしながら佐山は涼の様子を伺っていた。
涼は熱がることもなくコーヒーを口にし、ホッと一息ついていた。
「こら、お客さんのことジロジロ見ないの」
「ッ!?///
す、すいません…」
田宮に注意された佐山が観念して皿洗いに集中するとコーヒーを飲み終えた涼が席を立ち、会計を済ませにレジへと向かった。
「すみませーん!
お会計お願いします!」
「あっ、はーい!」
会計に向かったのは佐山…ではなく嘉門だった。
「はい、1320円ちょうどお預かりします。
…お客さん、ここ初めてですよね?
その髪、ウィッグ?
それとも染めてるの?」
やはり涼の髪色が気になっていたらしく、本人に直接聞いていた。
「えっと……染めてます…」
涼がしどろもどろに答えると、嘉門はまたオネェ口調で続けた。
「そうなのぉ!?
いやぁ傍から見ててもすごく綺麗な色だし、ウィッグにしても合わせ目が目立たないからどうなんだろうってずっと思ってたのよぉ。
結構、手入れも大変でしょ?」
「え…えぇまぁ……」
涼が少し困り気味になってると田宮が割って入った。
「お客さんの足止めしないでください。
セクハラですよ」
「あだだだっ!!
別に少しくらい聞いたっていいじゃん!
こんな綺麗な染め方なかなか出来ないもん!
僕はともかく、うちの子の髪色を変えてあげるのも良いかなって思っただけで…だだだだっ!!」
必死に弁解する嘉門の耳を田宮が容赦なく引っ張り上げる姿に涼は戸惑っていた。
「あ、あの…何もそこまでしなくても…」
「…うちの店長、こういうの多くてたまに他のお客さん待たせちゃったりして迷惑かけてるんでダメなんですよ」
「は、はぁ…」
理不尽(?)にシバかれる嘉門を心配しつつも涼は店を出た。
「ありがとうございました!
またのご来店、お待ちしております」
田宮が代わりに言うと同時に嘉門もまた解放された。
「いたた…。
優子ちゃんってばもうちょっと加減してよぉ…」
「加減したって店長辞める気ないでしょ」
「だってぇ、僕だってたまにはお客さんと話したいもん…」
嘉門の屁理屈を尻目に田宮は涼の使った食器を片付けにまわる。
「あいつら、ほんと仲良いよな」
「そうですね。
なんか、父と娘って感じでいいですよね」
永谷と佐山は二人で皿洗いをしながら二人の様子を眺めていた。
そして夕方の十七時。
「今日はありがとうね二人とも。
希望があれば振替休日つくっておくけど、大丈夫であれば休日出勤にしておくから」
「私は別に休日出勤で大丈夫です」
「僕も、これといって予定ないんでシフトも予定通りで大丈夫ですよ」
着替えを終えた田宮と佐山にシフトの件で嘉門が確認をとっていた。
「悪かったな二人とも。
今度、まかない作ってやるよ」
「いいですね。
食費浮くんで助かります」
「じゃあ僕、永谷さんのミートスパゲティ食べたいです!」
「はいはい。
…いいっすよね店長?」
「それはかまわないけど、冷凍のカニチャーハンが賞味期限近かったはずだから、まかない作るならそれ使ってくれると嬉しいな。
ついでだから、ミートスパゲティもタダで使っていいよ」
「マジすか?
じゃあ、腕によりをかけて作んなきゃな」
意見がまとまった所で嘉門が在庫確認の為の書類を取りに行こうとした時だった。
「優子ちゃんと佐山くんはもう上がっちゃって。
片付けは僕と永谷くんでやっとくから」
「んじゃ、お先しまーす」
「すいません、お先失礼します!」
嘉門の厚意で二人は早めに退勤することとなった。
「疲れたね佐山くん」
「えぇ。
だとすれば、主に僕が原因だと思いますが…」
「あはは。
そんな卑屈にならないで」
バシバシと田宮が佐山の背中を叩くと、佐山は少し機嫌を直した。
「でも…今日はありがとね。
私の話聞いてくれて」
「いえ、そんな…。
…でも……」
「でも?」
佐山は胸を張って言った。
「田宮さんのこと、少し知れた気がして嬉しかったです!」
隣で満面の笑みで恥ずかしげもなく言い切る佐山に田宮はときめきが加速していた。
『佐山くん…どうしてそんな可愛いこと恥ずかしげもなく言えるの…///
せっかくずっと我慢してたのに、佐山くんがまた愛おしく見えて仕方ないんですけど……////♡』
湧き上がるギャル田宮を何とか理性で押さえ込みつつ、田宮は咳払いをした。
「…あんな程度のことで私のこと知れたなんて、佐山くんは知ったかぶりだねぇ。
そんなんじゃ、すぐ女の子に飽きられちゃうよ?」
「っ!?
えへへ…すいません…///」
申し訳なさげに後頭部を掻きながら謝罪する佐山に田宮はまたギャル化しそうになるも堪えた。
「…佐山くんってさ、昼間来てたあの銀髪の子……知り合いだったりする?」
「ッ!?///
どっ、どうしてですか……」
「いや……初めは佐山くん好みの客が来たのかなって思ったけど、何か接客してるとこ見てたらどことなく知り合いな気がして…」
「ッ………し、知らないですよ…。
確かに、可愛い子だなとは思いましたけど…」
「……」
今ので確信に変わった。
彼女と佐山くんは知り合いだ。
田宮の深層心理でそう答えは固まった。
『佐山くんには黙ってたけど、佐山くんがミニカーでつまづいた時「翔くん」って呼ばれてたの聞こえたんだよね。
隠さないとダメな関係とかなのかな…。
それとも、佐山くんは本当に……』
田宮が一人で思考を巡らせていた時だった。
「すいません田宮さん!
僕こっちなんで、また明日バイトで会いましょう!
お疲れ様でした!」
「あっ、佐山くん……!」
田宮が気が付いた頃には、既に佐山は遠い闇の中に消えていった。
『行っちゃった…。
聞きたいこと色々あったんだけど…』
ただ一人、その場で虚しい気持ちに駆られるも、田宮の中で佐山の言葉が過ぎった。
『また明日バイトで会いましょう!』
その言葉に田宮の沈んだ心が少しだけ明るみを灯した。
「また明日…か」
深呼吸をして両頬を叩き、田宮は気持ちをリセットした。
「…よし。
私も帰ろ!」
晴れ晴れとした意識に切り替わった田宮は、真っ暗な闇の中を揚々と歩いて行った。
「ただいまー…」
家に帰ると、涼はいつも通りご飯を作ってくれていた。
「おかえりなさい。
ご飯食べますか?」
「あのねぇ………」
色々と言いたいこと、聞きたいことはあったが、とりあえず僕はご飯を食べることにした。
「今日はカルボナーラにしました」
「ありがと」
いつも通り手を合わせて僕は涼の作ってくれたカルボナーラを掬い口に運ぶ。
「美味しいですか?」
「…そりゃもちろん…」
両手で頬杖をつきながら涼はいつも通り僕の食事風景を眺めていた。
「……ねぇ涼」
「はい?」
喫茶店にいた時から気になっていたことを聞いてみた。
「…涼って食事してもいいの?」
「えぇ。
何一つ問題ありませんよ」
僕のカルボナーラに添えていたミニトマトを一つつまみながら涼は自分の口に放り込み、もきゅもきゅ食べる姿を見せた。
「どうして食べれることを黙ってたの?」
僕の問いに涼はキョトンと表情を変えた。
「どうしてって…何か問題でも?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
ミニトマトのへたを取り出し、ごみ箱へと捨てた。
「でも、今日のことで少し考えが変わりました」
そう言うと涼は立ち上がり、冷蔵庫から何かを持ってきた。
「それは………」
「はい。
今日、翔くんのお店で食べて気に入ったので作ってみました♪」
涼が持ってきたのは、手作りのパフェだった。
「私の前でご飯を食べてた親子の食事風景を見て思ったんです。
誰かと食事をするというのは、もしかしたら「楽しい」ものなのかと思いましてね」
スプーンで天辺に飾られていたいちごを掬い、一口で食べた。
「……美味しいですね、翔くん♪」
満足気に涼は笑顔を浮かべる。
「…そうだね」
涼に誘われるように僕はカルボナーラを味わう。
『確かに、そうだよね…』
僕もいつからか忘れていた。
『誰かと一緒にご飯を食べることが、こんなに嬉しくて幸せなことなんて…』
いつも僕の食事風景を眺めてるだけだった涼。
そんな涼が今日は僕と同じく食事をしている。
そんな至って普通で当たり前の光景が、僕にはキラキラと輝いて見えた。
「…涼のパフェ、一口ちょうだいよ」
「?
……デザートはご飯を食べちゃってからです♪」
そんなイタズラ好きな子供のように涼はアイスの部分を頬張りながら微笑んでいた。




