16.僕からの気持ち/私にプレゼント…ですか?
「うーん………」
僕はとあるお店の中でショーケースの商品を眺めていた。
『これもすごく綺麗だ。
こっちも涼に絶対似合うと思う…。
けど………やっぱり高いなぁ…』
僕が眺めていたのは様々な天然石を加工して作られたアクセサリー。
…そう。
僕はアクセサリーショップに来ていた。
『こないだの涼からの誕生日祝いのお返しに何かプレゼントしたいんだけど……涼は何なら喜んでくれるだろうか…』
料理本じゃいつもの事すぎる。
洋服なんて僕はセンスがないし、ましてや女性の服を買うなんて心臓が持つわけがない。
…料理に使う包丁とかじゃなんか気持ちも伝わらないし…。
「ん"ーーーー…………」
二日前のこと。
「あ?
プレゼント?」
大学で神原に涼へのお返しのプレゼントに関して色々聞き漁っていた。
「そう。
気になって………し、親戚の仲の良い男の子がさ、気になってる女の子がいて、その子に何かプレゼントをしてあげたいらしいんだけど、その子の好きな物とか知らなくてどうしようって僕に相談してきたんだけど……生憎、僕もこの通りからっきしだからさ。
神原なら何か良い案知ってるんじゃないかって…」
「なるほどねぇ……。
…まぁ俺から言っていいなら、まずなんで好きな物知らないの?」
「っ!?」
確かにそうだ。
気になった子、好きになった相手であれは普通好きな物や趣味を知ろうとするのは当然のこと。
「えっとっ………その子、僕より人見知りが強いらしく、なかなか話しかけるのも緊張するって上手いこといかないみたいで……それで僕に相談してきたんだよ…」
「…つってもなぁ……」
後頭部を掻きながら神原はため息をついた。
「そもそもよぉ、仲良くなりたいからっていきなりプレゼント渡されたらさすがにドン引きすると思うぜ?
それよりなら、まず相手のことをよく観察してまず好きな物、趣味を知る所から始めた方がいいと思うけどな。
佐山だって、いきなり顔も知らない女からプレゼント渡されたら怖いだろ?
ストーカーかもとか色々浮かぶだろ」
「そう……だね……」
神原に遠回しに女の子が喜ぶプレゼントを聞くだけのつもりが、全く意図してない正論を突きつけられた。
「……じっ、じゃあもしその子が気になってる子と仲良くなれて、仲良くしてくれてるお礼だってなにかあげたいってなったら何がいいと思う?」
しどろもどろに架空のキャラクターと関係性を脳内で即席生成しつつ僕はあくまで遠回しに攻め込んでみた。
「やたらプレゼントにこだわるなぁ。
…それなら、お菓子とかでいいんじゃねぇの?
何歳かにもよるけど、お前と同じぐらいならちょっと高い専門店とかのクッキーとかチョコとか」
「な、なるほど…」
一旦、現実に戻って僕は改めて自分に置き換えて考えてみるも…。
『涼はそもそも料理もお菓子作りも完璧だ。
専門店のお菓子も喜んでくれるとは思うけど……なんか違う気がする…』
脳内イメージで僕が専門店で買ったお菓子を涼に渡すイメージをしてみるものの、涼の反応はフランクだった。
『男としてはやはり好きな子には大いに喜んでもらえるのが一番嬉しいし…でも僕みたいなのが下手な手料理とか出そうものなら、きっと涼は気遣って「美味しいですよ」としか言わなさそうな気がする…。
ましてや料理やお菓子作りなんて僕は皆無だし…』
一人でぐるぐる思考を巡らせていると怪訝に思った神原が問い詰めてきた。
「お前………それ本当に親戚の子なのか?」
「ッ!?」
しまった…。
詰めが甘かった。
さすがの神原もだんだん疑い始めていた。
「さっきからやたらプレゼントにこだわるけど、それって本当はお前が気になる子に渡したいだけじゃねぇのか?」
「ッ……///
えっと………」
こういった嘘が苦手な僕は喋れば喋るほど身から錆を落としてしまう。
ここは大人しく嘘を認めるべきか―――
「おい神原!!!
お前、卓球部のラケットまたどっかにやっただろ!?
あれほど使うなら必ず部室に戻しとけって言っただろ!!!!」
突然、罵声が聞こえたと思いきや、卓球部部長の「長谷川 新」が神原を名指しに叫んでいた。
「げっ、そういえばそうだった……!
……すんません長谷川さん!
ラケットは練習場の壁にかけてある絵の裏に挟みっぱです!」
「だったら今すぐ回収して部室に戻しとけ!!
放課後までに戻さなかったらお前をラグビー部かボクシング部に推薦入部させるからなっ!!!」
「ッ!?
それは勘弁…!!!」
相当嫌だったのだろう、神原は僕を放置してそのままラケットの回収に行ってしまった。
『…助かった。
神原が卓球部の部長さんを怒らせてくれたおかげで、何とか難は逃れられたみたい…』
とは考えるものの、僕自身は何の解決も出来ていなかった。
翌日。
バイト先でのこと。
前日の神原の反省を踏んで、僕はバイト先でも情報を聞いてみることにした。
「…なるほど。
つまり、その「男友達」が好きな女の子にお礼をしたいけど、趣味も分からないから何をプレゼントすればいいか分からないと…」
「そうなんですよ…」
僕が炊飯器のご飯を混ぜてる傍でパフェ用のカットフルーツを切って仕分ける田宮さんに聞いてみた。
「田宮さんは女性ですから、参考になる意見が貰えそうと思って…。
何か田宮さんなら嬉しいと思うプレゼントとかありますか?」
「んー…。
…まず先に聞きたいんだけど、その男友達はその子と付き合ってるの?」
「っ!?
い、いえ…付き合っては無いです…」
「そう…」
視線だけで物を切ってしまいそうな目つきで田宮さんはフルーツナイフの切っ先を眺めていた。
『あれはあれで絵になるけど…なんか殺し屋みたいで逆に怖い…』
タッパーに切り分けた薄切りのリンゴを綺麗に並べて詰めると、田宮さんは考えを答えた。
「……まず「相手の女の子の趣味を知るべき」じゃないかな?」
「ッ……(汗)」
なんか、昨日も神原に同じことを言われた気が……。
「そもそも、好きな相手の子の趣味も知らないとか好きになる以前に論外よ。
本気で好きになれば、自然と相手の好きなことや癖とかを知りたくなるものなのに……一目惚れならまだしも、勝手に惚れて趣味も知らないのに恩返ししたいからいいプレゼントを教えて欲しいって……正直、私は「魅力ゼロ」だと思うわ」
「ッ…(汗)(汗)(汗)」
さすが田宮さん…。
考え方も非の打ち所がない。
…いや、女性目線で見れば当然の結論か。
「いかに不器用でもドジでも身長が低くてもナヨナヨしてても、相手を一生懸命思いやってくれる男の方が女はよっぽど惹かれるってものよ。
女が求めるものは「気持ち」だから」
「気持ち………」
不思議と胸にグサッと何かが刺さった気がした。
それは恐らく、僕自身も本能的に納得したからだろう。
「その男友達に言ってやりなさい。
「あんたそんな考えじゃ、女心を理解出来てない」ってね」
「田宮さん…」
決めポーズのように田宮さんは横に反らせながらピースをした。
『…やっぱかっこいいなぁ田宮さんは…。
田宮さんにも聞いて正解だったな…』
容姿端麗、眉目秀麗…八面六臂で当意即妙な田宮さんは本当に僕とは月とスッポン……雲壌月鼈である。
『僕もいつか田宮さんみたいになれるかな…』
フライパンに火をかけながらまかないの明太子パスタの準備をする田宮さんの後ろ姿を僕はただ見つめることしか出来なかった……。
『よっしやぁぁぁぁぁっ!!!!
今日も佐山くんにクール見せつけれたぁぁぁ!!!!
ほんと佐山くん可愛すぎるよぉぉ、もぅ私の中の「抱きしめたいゲージ」が爆発しそう〜〜〜!!!!♡♡♡』
今日も今日とて田宮の脳内思考は「通常運転」だった。
『やっぱり、佐山くんは私みたいな女に憧れるのかなぁ?
昔から兄貴みたいになりたいと思って努力してきたから器用人間みたいに思われてるけど、実際本当の私なんてただの見せかけだけのカッコつけ元ギャルだし…。
分かんないけど佐山くんギャル苦手そうだしなぁ…。
でも押されるのには弱そうだから、意外とギャルもイケる口だったりぃ?
いやいやっ、イケる口とか無駄にシコいんですけどぉww
………って、また調子乗りすぎか……』
珍しく田宮は内なる本音をしおらしく丸め込んだ。
以前あった転倒事件以降、少し頭を冷やす癖がついたらしい。
『あんなに佐山くんに自分の悪い癖だってさらけ出したのに……ほんと、こういうとこが私のモテない理由か』
ギャルモードから一気に冷めた田宮はまかないの明太子パスタの仕上げに取り掛かっていた。
『でも背後から感じる佐山くんの「やっぱり田宮さんカッコイイです眼差し」がすごくゾワゾワする…///♡
ヤバッ……この瞬間だけでご飯三杯イケそう…////♡』
いっときの静寂も束の間の田宮が一人で妄想に浸っていると、調理場に誰かが入ってきた。
「あら優子ちゃん、今日は明太子パスタ?
マヨネーズも絡めるなんて、エロく贅沢ねぇ」
入ってきたのは店長の「嘉門裕二」。
少し暇を持て余していた彼はどうやら二人に新しいメニューの考案を募ろうときたらしい。
「はぁ?
何がエロですって?
店長、セクハラで訴えますよ」
「ぬぉっ!?
あぁいや、エロくってのはそういう意味じゃなくて「悪いながらも」って意味の…褒め言葉よ!」
「「褒め」だろうが「コネ」だろうが、女性に対してそういったセクハラ発言は問答無用で全部セクハラの一種ですよ」
「そんなぁ…!
佐山くん、何か優子ちゃんに言ってあげてよぉ…!」
「そ、そう言われましても…」
「身から出た錆」とはこの事か、佐山は困るばかりで店長に救いの手を伸べることはなかった。
「店長。
今の若い子はとにかくデリケートなんですから、言葉は慎重に選ばないと即訴えられますよ」
遅れて出てきたのは厨房担当の「永谷栄一」だった。
「店長は軽ノリのつもりでも、今の若い子…特に女は神経質な子多いですから、気をつけた方がいいですよ」
注意を促しながら永谷もまかないの「ハムマヨ・トマトサンドイッチ」をこしらえていた。
「あらぁ永谷くん、サンドイッチなんて珍しいねぇ。
いつも丼物とか作るのに、食欲ないの?」
「いや、最近油っこいのばかり食ってて胃がもたれ気味なんですよ。
やっぱ三十五にもなれば、油っこいのは控えるべきでした…」
パン生地にハムマヨとスライストマトを挟み、その場で永谷はもちゃもちゃ食べ始めた。
「あらでも美味しそうねぇ。
僕もサンドイッチにしちゃおうかなぁ。
…確か、パフェ用のメロンがけっこう余ってたんだよねぇ。
僕もオレンジとキウイと生クリームを挟んでフルーツサンドにしちゃおうかな」
「うげ、店長男なのにフルーツサンドすか…」
「ちょ…なぁによ優子ちゃん!!
男だって甘いものぐらい食べて当然でしょ!?
…あぁ分かった。
最近ダイエットしてて甘いもの控えてるから、僕が食べようとしてるのに妬んでるんでしょ?」
「生憎、私は甘いものは苦手です」
田宮もまた、皿にマヨネーズを絡めながら炒めた明太子パスタを盛り付けながら素っ気なく返事をする。
だが田宮の内心は違った。
『クソ店長め…。
知ってか知らずかはともかく、私が「ダイエット中」にフルーツサンドを食べるとか生殺しかよ。
「甘いもの苦手」言っちゃったし、パスタ食べたら後で冷蔵庫の奥に隠してる牛乳寒天食べようかな』
思い思いに話題があっちに行ったりこっちに飛んだりで収集がつかない中、佐山は一人事務所に向かおうとしていた。
「僕、事務所でご飯食べますね」
「っ!?
…さ、佐山くん。
私も一緒に食べてもいいかな?
人数いた方がきっとご飯も美味しくなるよ」
それっぽいこじつけではあるが、佐山は疑うことなく納得した。
「そうですね!
田宮さんがいいなら是非とも!」
『よっしゃあぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!』
一人、心の中でガッツポーズを決める田宮の隣で店長もまたノってきた。
「じゃあ僕も一緒してもいいかな?
こないだ、娘と嫁と三人で水族館行ってきてさぁ、娘がめっちゃ写真撮って可愛かったのなんの」
「出たよ店長の娘自慢…」
呆れ気味に永谷はサンドイッチを食べ終え、タバコを一本ふかしていた。
「ちょっと永谷くん!
厨房は喫煙禁止って言ったでしょ!
火災報知器に反応しちゃうし、道具とかに匂い付いちゃうから外で吸ってちょうだい!」
「換気扇回してるから大丈夫っしょ。
こんなんで反応するなら、ステーキとか焼けばすぐっしょ」
「もう…永谷くんは下品なんだから…」
結局折れた店長は永谷の喫煙を見過ごした。
「僕、事務所行ってますね」
「っ!
わ、私も今行くから…!」
明太子パスタに手早く刻みネギをかけて田宮も佐山の後を追った。
「…ほんと、仲が良い先輩後輩よねぇ。
見てて妬けるわぁ」
「そうすか?
俺からすれば忙しない姉弟って感じッスけどねぇ」
あれほど注意していたのに、店長はどこからともなく加熱式タバコを取り出し一本吸い始めた。
「すぅー……ふぅー……。
永谷くんもまだまだねぇ…」
「え?
何がすか?」
すっとぼけの意思こそないものの、永谷は店長の言葉の意味を把握していなかった。
そんな永谷を尻目に店長は加熱式タバコを吸いながらフルーツサンドを簡潔に作り、余していたドリップコーヒーをカップに注いだ。
「…あの子たちはねぇ、まさにこのフルーツサンドとコーヒーと同じよ。
見た目は相性悪くとも、見方によっては上手いこと合わせられる。
でも、それはどちらかが自分の個性を上手に控えれてるからよ」
そう言いながら店長はフルーツサンドを齧り、角砂糖を一粒溶かしたドリップコーヒーを飲んだ。
「店長って、時々面白いこと言いますよね」
「…でしょ?」
今度はフルーツサンドを多めに齧りながら店長はにこやかにピースをした。
『結局、田宮さんからも「仲良くなれたからのプレゼントなら、相手の親密具合にもよるけどやっぱりアクセサリーとかは嬉しいね」と言われてそれ以上は僕もボロが出そうな気がして追求しなかったけど………ん"ん"んんんん……』
涼はきっと高すぎるものも好ましくないと思う。
でも、大学生ともなれば子供のお小遣いでも買えそうな値段はさすがに僕が嫌だし……。
『どうしよう…』
迷いに迷ってる時だった。
「お客さま、何かお探しですか?」
僕の熱のこもった視線に気を遣ってか、店員のお姉さんが声をかけてきた。
「っ!?
え、えっと……恋……お世話になってる友達にプレゼントをあげたいと思ってどれか良さげなものを探してたんですけど……何かおすすめとかありますか?」
「そうですねぇ…。
…お聞きしますが、お友達の方は男性の方ですか?
それとも女性の方ですか?」
「え…えっと……三十前半の女性です…」
本当は同年代ぐらいだったが、何となく気恥ずかしかった僕は少しはぐらかした。
「であれば、この粒が小さめのネックレスとかどうですか?
このサイズであれば変に目立たなくも存在感があるので喜ばれると思いますよ。
誕生月なども知ってるなら誕生石をあしらったタイプもおすすめです。
他にもピアスや肌色に馴染む透明度の高い色合いも喜ばれますよ」
「なるほど…」
僕はこういったアクセサリー関連にも疎い。
だからどういうのが喜ばれるとかは全くの皆無だ。
『でもこれで7980円か…。
買えないことはないけど……もうちょっとリーズナブルなのとかあれば…』
他にも辺りを見回してる時だった。
「…!」
あるものに意識が集中した。
僕はすぐさま店員さんに聞いてみた。
「あの……ポスターに書いてる「手作りブレスレット制作教室」というのはいつやってますか…?」
僕の視線の先に貼ってあったポスター。
天然石を使って実際に自分でブレスレットを作るというちょっと楽しそうなポスターがあった。
「あぁ…。
「今日」はもう出来ませんが…」
「ダメかぁ…………ん?」
お姉さんが喋りきるよりも前に落胆していた僕は会話の違和感に気付いた。
「今……「今日は」って言いました!?」
「え…えぇ。
「予約制」になりますので、今日は無理ですけど…今から予約であれば明日の制作教室にまだ間に合いますよ」
「本当ですか!?
じゃあ、予約します!」
不幸中の幸いだった。
しかもブレスレット作りは明日の制作教室でラストになる予定だったらしい。
「予約人数も限られておりますので、早めの予約をオススメしますよ」
「はい!
予約していきます!」
「であれば、予約のサインをしていただきますのでレジまでお越しください」
「はい!」
威勢よく返事をすると店員さんはにこやかにレジに誘導してくれた。
「そしたら、この紙にお名前、電話番号、使うブレスレットの石の種類、個数を記入してください」
「えっと……名前……電話番号………あ…」
そういえば、僕は涼の誕生日を知らない。
確か涼が家に来たのは一昨年の五月。
ちなみに涼子は十一月生まれ…。
「…すみません、五月の誕生石って分かりますか?」
「少々お待ちください。
……五月は「エメラルド」か「ヒスイ」ですね。
遅れましたが、制作教室は前金制となりますので、お支払いは予約段階でのお支払いとなります。
ただし、一部の天然石…人気や質が高めのルビーやサファイア、エメラルド、真珠やダイヤモンドといった種類に関しては前金プラス千円の追加料金が発生してしまいますので、ご注意ください」
「分かりました。
ちなみに前金はいくらになりますか?」
「はい。
前金で五千円となります。
制作個数でも割増となりますが、一つごとに割引は致しますのでいかがでしょうか?」
「あ、欲しいのは一つなんで大丈夫です」
「かしこまりました。
石の種類はどうされますか?
エメラルドは割高になりますが、ヒスイも純度が高めのを用意しますのでどちらもおすすめですよ」
「えっと…エメラルドにします」
そう言って僕は書類の必要事項を全部書き埋めた。
「そうしましたら、お客さまの前金と石の追加料金を含めて六千円となります。
お支払いは現金とキャッシュレスのどちらになさいますか?」
「現金で。
えっと…………あれ?」
財布のお札を数えた時だった。
『しまった…!
涼のプレゼント探しに没頭し過ぎてATMでお金を下ろすのを忘れてた…!』
手元に残っていたのは五千円。
もちろん、妥協してエメラルドからヒスイに変えてもらえば支払いは出来る。
でも……それじゃ意気揚々(いきようよう)とエメラルドを選んだ僕の面子が…。
『面子なんかより、涼への気持ちが…』
涼はきっとどちらでも喜んでくれる。
二種類で迷った挙句ヒスイにしたなんて言わなきゃバレない。
…でも………。
『涼には……「僕も納得するもの」をプレゼントしたい!!』
その時、あることを思い出した。
『ッ!!
そういえば、以前神原から貰った商品券が………』
財布の側面部を覗くと、偶然にも神原から貰った商品券がそこにあった。
「あの、ここって商品券使えますか!?」
慌てて商品券を出したことで店員のお姉さんは少し豆鉄砲を食らった顔になったが、すぐに返事を返した。
「は…はい。
こちらの商品券であれば使えますよ…」
「!!
であれば、この商品券と現金五千円でお願いします!!」
すぐさま商品券と五千円を渡すと、お姉さんは少し挙動不審になりながらも受け取ってくれた。
状況を察知して冷静になった僕は一旦、深呼吸した。
「はい、商品券と合わせてちょうどお預かりします…。
…そうしましたら、この予約カードを明日お持ちください。
開始は午後の十四時からとなりますので、早めにお越しいただけると幸いです」
「分かりました!」
予約カードを受け取り、僕は立ち上がった。
「では明日、よろしくお願いいたします!」
「はい。
お待ちしております」
店員のお姉さんも深々と頭を下げ、僕は再び期待に胸を膨らませて店を出た。
『…今度、神原に何かお礼しないとな』
そう胸に秘め、僕は家へと帰った。
翌日、予定通り僕はブレスレット制作教室に出向いた。
僕以外には五人。
定員は五人だったが、うち二人は親子での参加らしく一組扱いが認められたらしい。
ちなみに僕は募集人数の三人目だったらしい。
「それではブレスレット作りを始めていきます。
まず最初はお手元の糸に使う石を数分通してください」
「ッ…」
指示通りに加工されて空けられたエメラルドの穴に糸を通していく。
すごく神経も使うし大変だけど……心のどこかで僕は楽しんでる気がした。
そして翌日。
「涼。
君に、渡したいものがあるんだ…」
大学から帰った後、料理を作る涼に僕はプレゼント作戦を決行した。
「何ですか?
渡したいもの?」
勿論、涼は何も知らない。
だから僕はすぐさま差し出した。
「これ………風邪の面倒を看てくれたのと、誕生日を祝ってくれた僕からの気持ち…///」
少し気恥ずかしかったが、涼は小さな紙袋に包まれた手作りブレスレットを受け取ってくれた。
「…開けてもいいですか?」
「勿論!」
涼は何食わぬ顔で袋を丁寧に開いた。
「………これ………私に………ですか……?」
台所の窓ガラス越しの夕日に照らされてキラキラと光を反射するエメラルドのブレスレットは一段とその価値を底上げしているようにも見えた。
「そうだよ。
いつも涼には貰ってばかりだったから、たまには…ね?」
豆鉄砲を食らったような表情で涼は僕とプレゼントを交互に見直した。
「これ…エメラルドですよね?
相当高かったんじゃないんですか…?」
「…実はね、天然石のアクセサリーショップでブレスレットの手作り教室があったんだよ。
それで、教わりながら作ったんだよ」
「ッ!?
これっ、翔くんの手作りですか!?」
「あ、えっと…そ、そうだね…。
費用もそんなにかからなかったし、下手に高いのをあげるより、包丁とかみたいな気持ちの籠れないものよりなら涼も喜んでくれるかと思って………涼…?」
気恥しげにそう言うといつの間にか涼はうつむきながら自分の胸元でぎゅっと拳を握っていた。
『システムエラー確認。
各部作動循環装置の微弱な異常を検知。
直ちに緊急メンテナンスを開始します』
久しぶりに聞いたアンドロイドボイスが聞こえるも涼は変わらずわなわなと震えていた。
『……全ての作動循環装置の異常をチェック完了。
大きな損傷は見つけられませんでした。
もう一度チェックしますか?』
「……」
アンドロイドボイスの確認音声に涼はようやく首を横に振った。
「涼…大丈夫…?」
恐る恐る涼に聞くと、突然涼は僕に抱きついた。
「涼!?
き、急にどうしたの…///」
涼は僕の問いかけに応じず、ただぐりぐりと僕の胸の中で顔を擦っていた。
「…翔くんはずるいです。
私は翔くんのお世話が出来ればそれでいいのに…翔くんはいじわるです」
駄々をこねる子供のように、涼はただ子供じみた罵倒を続けた。
「やっぱり翔くんはおばかさんです。
私がお世話させてさえ貰えればそれで十分なのに…こんなの、もらって嬉しくないわけないんですから。
翔くんのばーか。
ばーかばーか………ばー…か……」
やがて涼からすすり泣きが聞こえてきた。
「涼……泣いてるの…?」
「ぐすっ……泣いてなんかないです!」
おもむろに顔を上げた涼の目に涙は無くも、明らかに声は震え、その目は堪えるように震えていた。
「……嬉しかったなら、素直に嬉しいって言えばいいじゃん。
いつもの涼ならそう言ってくれるでしょ」
そうは言えど、その時の涼は少し違った。
「素直な私ってなんですか。
翔くんは素直な私が好きなんですか?
「ありがとうございます」って言える私じゃないとダメなんですか!?」
珍しく涼は感情的になっていた。
極めて僕は冷静に彼女をなだめた。
「そ、そうじゃなくて……なんか、いつもの涼らしくないなって思って…」
「っ………嬉しいですよ…」
「え?」
僕がそう聞き返すと、涼は頬を膨らませてからもう一度言った。
「えぇ、とても嬉しいですよ!
翔くんからもらえるものはなんだって嬉しいですよ!
だからこうして抱きついてるんじゃないですか…!」
涼は逃がしたくないと言わんばかりに僕の背中に両手を這わせた。
それ即ち──
「いだだだだ!!!
涼、力強すぎるって!
もうちょっと弱めて、骨折れちゃう…!!!!」
圧縮プレス機のような強靭な力で涼は僕を抱き「締め」た。
「私だって、この気持ちをどう表現したらいいか分かんないんです!
でも、翔くんの気持ちはすごく嬉しいから、どうしようもないんです!」
「だからって感動の体現の為に殺されちゃ元も子も無いって…!」
苦し紛れにそう言うと涼はようやく僕を解放してくれた。
「いたた…。
もぅ……本当に死ぬかと思った…」
「…ハグで人が死んだ話はありませんよ」
急な涼のツンデレっぷりに僕はどことなく優越感に浸るも涼は変わらずじまいだった。
状況を打破するため、僕は少し大人目線で冷静に改めて涼に聞いてみた。
「涼、せっかくだから着けてみてよ。
涼の誕生日は分からないけど、涼が家に来たのは五月だから誕生石のエメラルドにしてみたんだよ」
「……」
無言になりつつも涼は自分の左手首にブレスレットを付けてくれた。
「すごく似合ってるよ!
涼は元から色白ってのもあるけど、それも相まってエメラルドの緑が涼とマッチングしてるよ!」
「…褒めすぎです翔くん…」
付けたブレスレットに一時的に目を奪われるも涼はすぐにそっぽを向いた。
「…でも良かった。
涼のことだから「翔くんの手作りなんて勿体なさすぎて付けれないです!」とかって言われるかと思ったけど、普通につけてくれたしすごく似合ってるよ」
「…私をどんな目で見てたかは知りませんが、私はそこまで過保護じゃないですよ。
でも……」
涼は再び僕に抱きついた。
また締め上げられるかと思ったが涼の力は変わらなかった。
「嬉しいですよ。
翔くんのプレゼントなら、ブレスレットでも料理でも…なんでも嬉しいです。
…でも……これは反則です」
そう言いつつ涼は僕の胸の中でぐりぐりと顔を擦った。
「翔くんのばーか。
………私も、好きになっちゃうじゃないですか……」
「涼……」
彼女はアンドロイド。
でも今の涼はまるで至って普通の女の子。
プレゼントをもらってただ純粋に喜んでるだけの人間と何ら変わらない。
だから僕はたまに思い込んでしまう。
『もしかしたら、彼女はアンドロイドのフリをした涼子なんじゃ…』
そうは思えど生前の涼とは明らかに違って見える。
故に僕は彼女を疑うことができない。
「翔くんのばーかばーか。
…………大好き……」
彼女の一言一句に胸が熱くなる。
きっと、僕は病気なんだろう。
「ずっと………お世話させていただきますからね」
僕も………涼のことが大好きだから。




