第45話 魔法少女よ、永遠に(その2)
「へえ、これが今の”世界”ってわけね」
マリーは初めて見る“外の世界”の様子に素直に驚いた。
自分が生きた15世紀のフランスの街の様子に比べると、ここサヤマコ周辺は緑豊かな環境だ。
フランスにもブルゴーニュの森があったが、それよりも何か雑然としている感覚があった。
外に出たら暴れまくってやろうと思っていたが、自分が生きたパリの街並みで普通に見かけた石造りの建物が、ここには一つもない。
湖周辺の森林地帯から先に進んで行くと、道沿いにスレート拭きの倉庫が現れた。
試しにゴーレムに、その壁に向かって拳で殴りつけるように命じると、見かけよりも軟なようで、バリバリと音を立ててスレートの板が破れ、中に積んであったセメントの袋がむき出しになって現れた。
「こら、何をしてる!」
倉庫の管理者らしき髭面の男が、怒りの声を上げながら近づいてきた。
「こんにちは、今、“この子”の力が外の世界でどれぐらい通用するのか、試してたんです」
マリーは髭面に向かってニッコリとほほ笑んだ。
「え? これ、何? ロボット? 何かの特撮?」
髭面は、ゴーレムの姿に面食らいながらも、本能的に自分の身を守ろうと、手にしていたスコップを握り直した。
マリーはそれを見て、この髭面を“人類殲滅”の最初の生贄に選ぶことに決めた。
「ウルティマ、こいつを殺しちゃって」
「うわあ、こっち来るな!」
髭面は持っていたスコップを両手で野球のバットのように振り回しながら、ゴーレムを威嚇したが、ライオンに向かって鎌を振り上げるカマキリほどにも、その力は弱かった。
スレートをぶち破るパンチをそのまま髭面の身体に叩きつけると、男の身体はピンポン玉のように敷地の奥にあったプレハブ事務所の壁まで弾き飛んだ。
「何の騒ぎだ、これは」
壁に当たった時に生じた壊れたシンバルのような大きな音を聞きつけて、事務所の中にいた従業員たちが飛び出してきた。
「おい、これはどういうことだ」
一人の屈強そうな男が、壁が砕けた倉庫と事務所の壁際に転がっている髭面を交互に見て、これはただ事ではないと察知して身構えた。
「初めまして、私はマリー。これから人類撲滅を始めたいと思います。皆さん、覚悟はよろしくて」
男はマリーの言っている意味が理解できず、首を傾げて笑った。
「あのな、お嬢ちゃん、何を企んでるのか知らねえけど、こんなことして、許されると思うなよ。おい、誰か、警察呼べ」
相手が自分のことを馬鹿にしていることを察して、マリーの目の色が変わった。
「ふん。冗談だと思っているようだな。こんな小手調べなんかしていても埒が明かないことはこっちだって、承知しているよ」
マリーはセメント工場の敷地内を見回して、鉄骨で組み上げたタワーのような建造物に注目した。
「えい!」
タワーのてっぺんに乗っていた丸いタンクを、魔力を込めて躊躇なく破壊すると、中に入っていた灰色の粉が噴水のように吹き出して、辺りに降り注いだ。
「うわあ、何てことをする」
従業員たちは降り注ぐ粉を手で払いのけながら、怒りを込めて叫んだ。
「きゃきゃあ、五月蠅いよ、ウルティマ、もう始末しちゃって」
マリーが命じると、ゴーレムの赤い目が怪しく光り、出力が上がったかのように全身の筋肉も盛り上がった。
さらにマリーとゴーレムは、魔力でドローンのように宙に浮き、セメント工場全体を箱庭のように見下ろした。
「死んじゃえ!」
マリーの合図でゴーレムの目から強力な光が放たれた。
その瞬間、セメント工場の敷地全体が浮き上がったように歪み、半球型の膜で覆われる。シャボンのような膜がバンと弾けて、轟音と共に空に浮き上がった。
まるでミサイル攻撃をしたかのような、情景が辺り一面に広がった。
その一撃は、セメント工場だけでなく、周囲数百メートルは裕に吹き飛ばすほどの威力だった。
「へえ、思ったよりも凄いじゃん。
でもちょっと残念ねえ。『この子の攻撃、どうだった?』って皆さんからの感想を聞きたかったんだけど、これじゃ、無理よねえ」
マリーは、新たに形作られたクレーターと火山の噴火のように吹き上がる黒煙を見下ろしながら、苦笑した。
「あなた、なんてことを! 許さないわよ」
ゴーレムと共に上空で破壊の余韻を楽しんでいたマリーの背後から、少女の声が聞こえた。
「あら、誰かしら? 見たところ、“私”と同類のようね。もしかして、さっきアジトにいた魔法少女のお仲間?」
「私は、黒の魔法少女、サキよ。あなたも魔法少女のようだけど、これは一体どういうこと?」
破壊された街の様子を指差して、サキがマリーに尋ねた。
「私は、マリー。まあ、この子の姿を借りてはいるんだけど、魔法使いとしては、私の方が先輩だよ、敬いな。黒猫ちゃんたち」
サキの後ろには、黒の魔法少女の三人もいた。
「よくわかんないんだけど、この子、ちょっと頭いかれてるんじゃないの? どう見ても日本人だし、マリーってのは渾名か何かか?」
ミサトが腕組みしながらアオイの姿のマリーを睨んだ。
「まあ、頭がいかれているように思われてもしょうがないけどね。説明はめんどくさいから省くよ。言っとくけど、あんたらが束になってかかってきても、私には勝てないからね」
マリーは新たに現れた四人の魔法少女を相手にしようとせず、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっと、待ちなさい」
「そう言われて待つわけないだろ。これからもっと人の多いところに行って、殺戮を始めるから、付いて来たければ付いて来な」
マリーはサキの声には歯牙にもかけず、ゴーレムとともに、都心に向けて飛び始めた。
その二つの影に追い縋るように、四人も後を追って飛んだ。
途中、マリーは度々様子を伺いながら、後に続く四人が自分を見失わないように、敢えて速度を落としながら飛んでいた。
「くっそー、あのマリーとかいう魔法少女、舐めてやがる。もっと早く飛べるはずなのに、わざとスピードを落としてるよ」
マリーが自分たちを弄んでいることに気づいてミサトが言った。
「とにかく、さっき街の爆発があの子の仕業だとしたら、何とかしないといけないわ。
罠かもしれないけど、今は付いていくしかない」
マリーと対峙したとき、口には出さなかったものの、自分たちとは圧倒的な力の差があることを直感的に感じ取っていたサキは、相手を恐れるよりも、正直言って癪な気持ちの方が強かった。
(この子の魔力に勝てるのは、エミさんか。いや、もしかしてエミさんよりも強いかもしれない。そうすると、対抗できるのは……)
認めたくはないが、やっぱりケイトか。
なぜその“役目”が自分ではないのか。負けず嫌いのサキにはそれが許せなかった。
「へえ! 人類撲滅って言ってもなあ。こりゃあ、さすがに、いくらこのウルティマが一緒でも、私一人じゃ無理だよ」
マリーは、狭山から都心へ向かって行くにつれて増えていくコンクリート製のブロックと、その間を網の目のように縫うアスファルト舗装、その上を行き交う車や人の流れに目を見張るとともに、これだけ発展している日本の首都圏を一息に破壊するのは難しいと判断した。
「あれ、何だろう?」
「何かのCMとか、映画とかの撮影かな?」
街中では、上空を飛ぶマリーとゴーレム、さらにその後ろに控えるようにして付いていく少女たちの姿に気づき、空を見上げて立ち止まる人の数がだんだんと増えていった。
「野次馬が増えてきたね、こりゃ面白い」
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた警官やパトカー、さらに消防車やまだけが人はいなかったが、救急車までが集まって来た。
「ほう、空を飛ぶ機械もあるのか」
早くも情報を掴んだテレビ局や新聞社の報道ヘリが飛んできた。
「ねえ、サキちゃん、まずいんじゃない。私たちの存在って、世間に知られてもいいのかな」
事がどんどん大きくなっていきそうで、アズサが心配顔になった。
魔法少女は噂の域を出ていない。かつて活躍したマーベラス・ファイブでさえも、マスコミで報道されるような表立った活動をしていたわけではない。
「これは、何かトリックのような仕掛けがあるのでしょうか。
数人の少女と、巨大な着ぐるみのような大男が都心の上空に浮かんでいます」
報道ヘリ窓から身を乗り出したレポーターの一人がマイク片手に怒鳴り散らすように喋り続けている。
「ねえ、質問してもいいかい」
マリーがサキたちの方を振り向いて尋ねた。
「何かしら?」
「この世界には、いま何人ぐらいの人がいるんだ?」
「たぶん、80億人以上はいるはずよ」
「そんなにいるんだ……」
マリーはサキの答えに感心して蟻の群れのように集まる人々を再び見下ろした。
自分が生きていた頃は、フランスが世界のすべてといっても過言ではなかった。隣国には宿敵イギリスがあり、スペインやイタリアという国があることは知っていたが、フランスから外に出たことはなかった。この世界は自分が思っているよりも広くて大きいようだ。
「まあ、せっかくなので、できるだけ暴れてみるとするか」
マリーはまさに黒山の人だかりとなった中心目掛けてゴーレムに合図を送った。
ゴーレム・ウルティマは、マリーの合図で光を放つ。
そこには一切の躊躇はない。
サキをはじめ四人の魔法少女は、あまりに急な出来事に誰一人声が出なかった。
セメント工場に出現したよりも数百倍はある、巨大な光のドームが街全体を覆った。
〈ゴオオオオオオオオオオオオオオ……〉
魔法少女の面々を始め、当のマリーでさえ、その眩しさに目を瞑るほどのエネルギーが巻き上がった。




