第44話 魔法少女よ、永遠に(その1)
「キョウコ、しっかりして!」
「ああ、エミ、しばらくね」
「こんな時に何言ってるの」
「ほかの連中は無事かしら」
「アリスの様子は、いまシズカが診てるところよ。ハンナはショック状態だけど、怪我はしてないわ」
シズカは、倒れていたアリスに駆け寄り、ヒール(回復魔法)を用いて治療を行っていた。
「こっちは大丈夫、なんとか息があるわ」
白魔術の本領ともいえる回復魔法だが、アリスはかなりの重傷で意識を取り戻すまでにはかなり時間がかかりそうだった。
「エミ、お願いがあるの」
キョウコと呼ばれた仮面の魔女もかなりダメージは負っていたが、力を振り絞り、首に付けていた魔石のペンダントを黒衣の下から抜き出すと鎖を外してエミに手渡した。
「これは?」
「太陽と呼ばれる魔石よ、これをあの子に渡して頂戴」
「あの子って……」
「もちろん、ケイトのことよ」
仮面を付けているのでその表情は見えないが、エミに託したペンダントの上から握った彼女の手の力から、慈愛に満ちた心が伝わってくるのだった。
「この魔石は、アンナが持っていたアンフェルとは、真逆の働きを持っているわ。ソレイユという言葉が表すように、その働きは太陽そのものよ。魔力を持たない者でも、これを持つことで、魔法使いになれるし、元々魔力がある者が使えば、さらに強力な魔力を生み出すことができる」
「なるほど、魔女としてのブランクがあったあなたが、強力な魔法を使えたのは、この魔石のお陰ということね。
訊いてもいいかしら、なぜあなたがこんなものを持っているの?」
「これはね、実は母の形見なの。母が亡くなるときに、私にくれたものよ。これが魔石だと知ったのは、その時に告げられたわ」
「ということは、あなたのお母さんも魔女だったということ?」
「そうね、親子三代に亘って魔法使いということになるかしら」
仮面の魔女が用いていた強力な魔力の秘密が、いま明かされた。
アリスより怪我のダメージが少ないのも、この魔石を身に着けていたお陰かもしれない。
「ところで、なぜ、あなたはスペイン軍の戦闘機を都心の高層ビルに叩きつけようなんてしたの?」
「ああ、バレていたのね。
あれは、ナーシャをこの国に呼び寄せることが目的で、別にテロを起こそうとしたわけじゃないわ」
「マジ? 一歩間違えたら、大惨事よ」
「パイロットが魔法少女のナーシャということは知ったし、ブラック・マジックの精鋭たるあなたたちが出迎えてくれるなら、何とかしてくれると思ったしね。
でも、機体のコントロールがうまくいかなくて、高層ビルに向かってしまったのは、私のミス。久しぶりの大型魔法だから、失敗しちゃった。ごめんなさい」
「あなた、仮面の下で舌出してるでしょ。ゴメンで済めば、警察はいらないわよ」
エミは、魔法少女時代のキョウコには、どこか天然なところがあることを思い出していた。
「まあ、いいわ。で、この魔石をあなたの娘に渡せば、さっき入口ですれ違ったゴーレムを倒すことができるというわけ?」
正確にはすれ違ったというわけではない。
ケイトの後を追ってシズカとともにサヤマコの近くまでやってきたものの、アジトの正確な場所がわからず立ち往生していたところ、ゴーレムと魔法少女が湖の畔の抜け穴から出て来るのを見て、入り口を突き止めることができたのだ。
「親バカだと言われるかもしれないけど、ブランクのある私が使ってこれだけの魔力が引き出せたんだから、あの子が使えば、きっとなんとかしてくれると思うの。ただ、問題が一つあるわ」
仮面の魔女のキョウコは、この惨状をもたらした魔法少女が、ケイトの従妹のアオイであり、アオイの身体は、赤い魔石に閉じ込められていた中世の魔女マリーに乗っ取られていること、そしてアリスが起動したゴーレムは、今や彼女の手先となって動いていることなどを手短に話した。
「それは厄介ね」
ケイトの実力はもちろん認めていたが、メンタル的にまだまだ弱いこともエミは知っている。
アオイを倒す力を得たとしても、従妹である相手と真っ向から闘えるとは思えない。
「わかったわ、とりあえず、ケイトにこの魔石を渡してくる。
シズカ、ここはあなたに任せたわよ。お願いね」
エミは立ち上がると、回復魔法をかけ続けているシズカに声をかけ、ケイトとナーシャがいる部屋を目指して進んだ。
*
「あっちの方は、かなりヤバそうだよ、ケイト」
ケイトとナーシャの耳に、何かが爆発するような轟音が数度に渡って響いていたが、やがてピタリと止んで静かになった。
戦闘意欲を失いかけていた二人は、アオイの去っていった方角をぼんやりと伺いながら、ぐったりとした姿勢で地面に座り込んでいた。
「ケイト、無事なの?」
突然、聞きなれた女性の声が耳に届いて、ケイトは夢から醒めた気分がした。
「エミさん、無事です。助けに来てくれたんですね!」
ケイトの心は嬉しさで溢れかえり、立ち上がってエミを迎えたいところだったが、肝心の体に力が入らなかった。
「一人で行ってはダメって言ったじゃない。私の忠告を守らないからこんなことになるのよ!」
あまり小言は言いたくなかったが、ケイトに近づきながらエミは思わず声に出さずには居られなかった。
「いいこと、今は急を要する時だから、一度だけしか話さないわよ」
エミは座り込んでいるケイトの両肩を掴み、その目を見据えながら言った。
「このペンダントの先に付いているのは、ソレイユ(太陽)と呼ばれる魔石です。
これを身に着けることで、あなたの魔力は数倍にパワーアップされるわ。あなたなら、きっとあのゴーレムを倒すことができるはずよ」
ケイトの首に魔石のペンダントを巻き付けながら、エミは語り掛けた。
「ゴーレムって、なんですか?」
ケイトは困惑して尋ねた。
「ああ、あなたは、まだ見ていないのね。
アリスのやつ、捕えていた魔法少女が暴れてしまったため、彼女を止めるために、人類リセット計画に使うゴーレムを起動させてしまったらしいの。
しかも、最悪なことに、そのゴーレムはアリスの命令を聞かず、逆に魔法少女に操られて、外に出て行ったわ」
「その魔法少女って、きっとアオイちゃんです」
ケイトには、エミの言葉からゴーレムが暴れる模様を容易に思い描くことができた。
「癪だけど、私が見たところ、私たちの魔力ではあのゴーレムに太刀打ちできそうにない。なにせ、アリスとハンナ、それにキョウ……、じゃなくて、仮面の魔女の三人でも歯が立たないくらいだし。
でも、あなたなら、あのゴーレムにも、きっと勝てる」
「ちょっと待ってください。そんなこと急に言われても……」
「大丈夫よ、あなたの力は自分で思っている以上に強いから。
そして、この魔石はあなたの潜在能力を引き出してくれるはずよ」
「違うんです。魔力とかじゃなくて、そのゴーレムを操っているのは、たぶん私の従妹です。
ゴーレムを倒すには、アオイちゃんも倒さなくちゃいけない。そんなの、私には無理です、エミさん」
ケイトは半分泣きそうな顔になって言葉を返した。
「それは、さっき聞いたわ。でも、やらなければいけないよ」
「え? 誰から聞いたんですか??」
エミは、ケイトから尋ねられてつい口が滑りそうになった。
「いいから、聞きなさい。アオイちゃんを攻撃する必要はないわ。
彼女ではなく、ゴーレムを倒すことに集中しなさい。
外には他の魔法少女も待機しているから、皆で協力するのよ。
世間の人々、いえ、人類が危機にさらされている今、躊躇している暇はないわ」
「そうだよ、ケイト。いこう。どっちにしても、アオイの元へ行かなくちゃダメだよ」
ナーシャがケイトを鼓舞するように立ち上がったが、まだ右足をわずかに引き摺っていた。
「あなたはダメよ、その身体じゃ、無理よ。ここにヒーラーがいるから、まずは治療してもらいなさい」
拳を握りしめてファイティングポーズを取ったものの痛みに顔を顰めたナーシャを見て、エミが諫めた。
「アオイが心配なら、行くべきだよ、ケイト。マリーという魔女からアオイを救わなくちゃ」
ナーシャのポジティブさには、つい励まされてしまう。
「わかった。そうだね、ここにいてもしょうがないよね。アオイちゃんが心配だし、後を追ってみることにするよ」
ケイトが決心を固めたので、ようやくエミは笑顔を見せた。
*
ティル・ナ・ノーグの出口に向かう途中で、ケイトはアオイとゴーレムが暴れた後の中央広場に出た。床や壁のあちこちが壊れて葉が落ち、戦いの壮絶さが察せられた。
壁際では、白の魔女のシズカが、二人の魔女の手当てをしていて、傍らには疲れ切った様子の仮面の魔女の姿もあった。
ケイトが通り過ぎようとすると、ふと、仮面の魔女がケイトに何か語りかけるように顔を向けたので足を止めた。
(頑張ってね)
声には出ていなかったし、表情だって見えないはずだが、仮面の下からそんなメッセージが発せられたように感じた。
仮面の魔女と向き合っていたのは、ほんの一瞬だったが、そんなやりとりがあって、ケイトは再び、出口に向かって走り出した。
「行ってきます!」
誰にともなく、旅立ちの挨拶を送った。
さっきまではアオイちゃんからの一方的な攻撃にショックを受けていたが、新たに身に着けた魔石の影響だろうか、全身に力が漲り始めたケイトは、湖の底の魔女の宮殿から、再び眩しい光り溢れる地上の世界へと舞い戻っていった。




