第43話 魔石の秘密(その3)
「へんだな?」
三人の魔女を吹き飛ばしたマリーは、自分の掌を確かめるように見返して首をひねった。
「やはり自分の魔力はほとんど元に戻っているようだ……」
三人の魔女はそれぞれ腰や背中をしたたか地面に打ち付け、しばらくは息が付けない状態に陥っていた。
魔力的にレベルの高いこの三人を、一振りで吹き飛ばすことができたということから、己の力の強さは伺い知れる。
にもかかわらず、さっきの魔法少女を仕留めることができなかったのは”なぜ”だ。
確かに強力な防御魔法を相手は使っていた。だが、有効な打撃が一発も入らなかったことに、マリーは納得がいかなかった。
「気に入らない」
マリーは、起き上がりかけたアリスに向かって、ダメ押しの一撃を加えた。
「そうはいくか!」
アリスは半身を起こしながら、マリーの攻撃を杖で跳ねのけた。
「いい気になるなよ、小娘」
中身は別人かもしれないが、年端もいかない魔法少女に一撃でのされたことで、アリスは少なからずプライドが傷ついていた。
「私は小娘じゃないよ、年齢だけでいったら、あんたなんかより、ずっと先輩さ」
「そんなのが自慢になるの?」
アリスはアオイの姿のマリーに拭いきれない違和感を覚えながら、立ち上がった。
「こうなったら、ゴーレムを起動するしかないわね」
アリスは杖を振るって、壁に埋め込まれた小さな隠し扉を開いた。
それは“ゴーレム”の起動スイッチだった。
「予定より早いけど、テストも兼ねていくわよ!」
アリスがスイッチを入れると、緊急警報のようなアラートが周囲に響き渡った。アジト内の魔女たちは、一斉に立ち止まり、それぞれの動きを止めて、緊急体制に入った。
と言っても、このアラートが何を意味するのか、理解している者はほとんどいなかった。
ただ事ではないことだけは察知して、多くの魔女たちはパニックに陥り、あちこちに逃げ惑った。
「アリス様、何事ですか?」
聖堂の近くにいた魔女の一人がアリスの姿を見つけて駆け寄った。
「見ての通り、緊急事態よ、今ゴーレムを起動したわ」
アリスが答えると同時に、足元から地震のような地鳴りが響いてきた。大きな縦揺れは、まさに直下型の地震と同じ揺れ方だ。
「アリス様!」
「落ち着きなさい、エレナ」
エレナと呼ばれた魔女は耳を塞いでしゃがみ込んだ。
倒れこんでいたハンナと仮面の魔女の二人も、巨大な地響きに促されて、半分体を起こした。
「来たれ、ウルティマ・アルマ(最終兵器)よ、お前の真の力を見せてみよ!」
アリスの呼び声に呼応するかのように、床に敷き詰められていたモザイク型のタイルの一つがシャンパンのコルクのように、ポンと吹き飛び、それが合図のように、タイルが次々と噴水のように宙に舞った。
そしてタイルのシャワーの中から、人型をした巨人が現れた。
蝋燭のような白灰色の肌をしたゴーレムは、無敵の格闘家のように無駄のない筋肉質で、身長は5メールは裕にあった。
無造作に肩まで伸びた髪は石灰を頭から浴びたように白く、顔を覆った髪の隙間から覗く瞳は、熟れたザクロの実のように赤かった。
「ほう、これが“私”の力をくれてやった人型か……」
マリーは、舞台に現れた歌舞伎役者でも吟味するかのような眼つきでゴーレムと対峙した。
地面から現れたゴーレムは、マリーの姿を認めると、腰を屈めて攻撃の構えを取った。
右手には、石灰を固めたような短いバットのような武器を握りしめている。
「さあ、ウルティマ、この女を殺っておしまい!」
アリスの掛け声とともに、ゴーレムは、マリーの前に進み出て、彼女の頭上目掛けてバットを思い切り振り下ろした。
マリーはそのバットを避けようともせず、平然と立っていた。
ゴーレムが振り下ろしたはずのバットは、目に見えない何か硬いものに阻まれたかのように、マリーの頭の直前で止まっていた。
「どうしたのだ?」
アリスにはマリーが何らかの防御魔法を使ったようには感じられなかった。ゴーレムが直前で攻撃を停めたようにしか見えない。
「ハハハハ! このゴーレムちゃん、自分のご主人様が誰か、よくわかっているようだね」
マリーは、ザクロのように赤いゴーレムの瞳を睨んだ。
その瞳に埋まっていたのは、紛れもない、自分を閉じ込めていたあの魔石、アンフェル(地獄)だ。
動きをピタリと停めていたゴーレムは、やがてマリーの方からくるりとアリスの方へ向きを変えた。
「バカだねえ、あの魔石をゴーレムに埋め込んだのかい?」
「何を言う、お前が本当に伝説の魔女マリーだというなら、その魔石から出て行ったのだから、もう関係ないだろ!」
「だから、浅はかだというのさ。魔石から出て行ったのは、私のメインとなる意識で、思念の一部は、その石の中に残っているのさ。
さて、せっかく、ウルティマ・アルマと名付けてくれたんだから、そう呼ばせてもらうよ。行け、ウルティマ!」
マリーに命令されて、ウルティマは、攻撃目標をアリスに変えた。
「冗談じゃない、人類を駆逐する前にやられるわけにはいかないよ」
「それなら心配無用さ。あんたを殺ったあと、人類は私がちゃんと始末してあげるよ、ハハハハ」
そうだ、マリーにとっては願ってもないチャンスなのだ。
今の人類は、自分を閉じ込めた先人たちの末裔であり、そいつらを殲滅すれば、復讐を果たしたともいえるだろう。
「あんたが人類を滅ぼすのも、代わりに私がそれを担うのも、結果は同じだろ」
「それは違う。私たちが目指しているのは、人類をリセットして、世界を立て直すことであり、世界を滅ぼすことが目的じゃないんだよ」
「ふん、そんなのは夢物語さ。誰が生き残ろうが、人間の本質から悪という要素を消すことはできない。
それなら、人間なんていっそ世界から消えてなくなった方がいいのさ。
その新しい世界でやり直せるのならやり直せばいい。また、新たな知的生命が生まれれば、それでいいし、もし生まれなければ、それはそれで、全然構わないだろ」
マリーがなぜ最悪の魔女と呼ばれているのか、アリスは少しだけ理解した。確かに、この子には、マリーが憑りついているようだ。
「もうお喋りはお終いだ。やれ、ウルティマ」
ゴーレムのバットが自分の身体をボールのように打とうとするのを、アリスは魔力でジャンプしながら避け続けた。
このままでは、いずれゴーレムのバットが自分の身体を、空中に飛ぶハエを叩くように撃ち落としてしまうに違いない。
そうなれば、きっと即死だろう。その前に、司令塔であるマリーに隙を付いて一発かますしかない。
その時、半身を起こしていた仮面の魔女が、マリーの方に杖を振り向けているのが目に入った。
(今だ!)
仮面の動きに気を取られたマリーがアリスから目を離した瞬間、アリスはマリーへ攻撃を加えた。
が、アリスの攻撃はマリー本体には当たらず、袖を掠めた程度に終わった。
だが、その直後、仮面の魔女の攻撃がマリーの身体にヒットした。
「やったわね! 助かったわ、キョウコ」
マリーが後ろに倒れると同時に、ゴーレムの動きが止まった。
避け続けて疲れたアリスは座り込んで、胸をなでおろした。
「ふざけるなよ……、テメエら」
マリーがすぐに起き上がって、アリスと仮面の魔女のことを交互に睨んだ。
「ウルティマ、本気でいくぞ」
マリーの目の色が変わった。
と同時に、ゴーレムの瞳の赤がルビーのように光り、全身の筋肉がボディビルダーのパンプアップのように、一層盛り上がった。
その重そうな体つきとは相反し、体操選手のような身軽さでゴーレムがアリスに向けてダッシュした。
手にしたバットが鞭のような速さでしなり、アリスの身体をテニスボールのように弾き飛ばした。
さらに、間髪入れず、仮面の魔女の上半身をバックハンドで弾いた。
二人の魔女の身体は壁に叩きつけられ、地面に転がってピクリともしなかった。
先ほどから半身を起こしていたハンナが恐怖の面持ちでその様子を眺めていた。
「ああ、ごめんなさい、赦して」
「ふん、お前にはもう用はない」
怯えて許しを願うだけのハンナを、マリーは軽蔑したように一瞥した。
「行くぞ、ウルティマ」
マリーはゴーレムに命令し、先頭に立って出口に進んだ。
残されたハンナは、少女と巨人の後姿を、ただ茫然と見送るしかなかった。
しばらくして、二人が消えた出口をぼんやりと見ていたハンナの目に、黒衣と白衣の二人の女性の姿が映った。
「ハンナ? 大丈夫!」
先頭を歩く黒衣の女性の声には聞き覚えがあった。
「あなたは、エミ?」
「そうよ、エミよ。シズカも来てるわ」
前を歩くのはかつての仲間“魔法少女エミ”、そして後ろにいたのは“魔法少女のシズカ”だ。
「これはどういうこと?」
エミが周りを見回して尋ねた。
大聖堂のような床の中央には、隕石が落ちたかのような大きな穴がぽっかりと開き、辺りには、大きな魔力が放たれたた後に特有のきな臭さが漂っていた。
「あそこに倒れているのは?」
シズカが壁際に倒れている二人を指差して尋ねた。
「アリスと、そしてもう一人はキョウコよ」
「奇しくもマーヴェラス・ファイブが、ここに全員揃ったということね」
エミが複雑な面持ちで言った。




