第42話 魔石の秘密(その2)
本気で闘わなければ、こちらが殺られる。
だが、従妹と同じ姿の相手と全力で戦うのは、やはり自分には無理だとケイトは思った。
「ケイト、あなたはどいてなさい。アオイは私が倒す」
逡巡しているケイトの前にナーシャが進み出た。
彼女だって、自分の親友であるアオイを倒すには、少なからず覚悟がいるはずだ。だが、ケイトの気持ちを察して自分が嫌な役目を買って出たのだろう
「ナーシャちゃん!」
「わかってる、頭をぶち抜くなんて残酷な攻撃、私にだってできないよ。相手を気絶させれば、いいだけね」
ナーシャが小声でケイトに語り掛け、振り向きざまウインクしてみせた。
「おや? 金髪のお嬢さん、手加減を加えようというのかい。
舐められたもんだねえ、私も」
マリーとナーシャ、両者の杖が、同時に振るわれた。
二人の放った魔光がほぼ中間でぶつかり合い、激しい閃光が散った。
二人は、どちらもまだ無傷だ。
魔力ではナーシャも負けてはいない、これならいい勝負になりそうだと、ケイトは少しだけ安堵した。
「ほう、あんたも、なかなかやるねえ。でも、今のは小手調べだよ」
マリーは強がりを言っているのではないかと、ケイトが感じた次の瞬間、何を思ったのか、マリーが勢いよく飛び出してきた。
まさに、短距離走でダッシュするかの如く、あっという間にナーシャの前まで詰め寄ると、あろうことか、杖を頭上に持ち上げ木刀のように振り下ろした。
「オー、いきなり”物理”で殴りますか」
反射的にナーシャも杖を使って避けたが、想定外の相手の攻撃に、一歩下がってしまった。
その隙をついて、マリーはナーシャのがら空きになった胸元に、片手を伸ばして魔光を放った。
「う!」
マリーの攻撃をまともに食らったナーシャは、消火ホースの放水のような激しい光の束に全身を押されて、先程のハンナと同じように、部屋の隅まで体を運ばれ、壁に叩きつけられた。
「ナーシャちゃん!」
金髪がばらりと垂れ下がり、身体はぐったりと床に崩れ落ちた。
あっという間に形勢が逆転されてしまい、ケイトは両手で口元を抑えながら、体が震えそうになるのを必死で耐えていた。
「あらあら、残念だったねえ。
戦いというのは、力の差だけじゃあ、勝てないんだよ。
要は戦略の差さ」
「卑怯です、マリーさん」
ケイトは言っても無駄だとは思ったが、言わずにはいられなかった。
「卑怯? 確かに卑怯かもねえ。中世の騎士道では、戦いにはルールというものがあって、今みたいに、ヤラレタふりして、相手の隙をついて勝つのは、確かに卑怯だろうさ。
でも、私は魔女だよ。誇り高きナイト(騎士)様じゃ、ないんだよ、ハハハハ」
今度こそ、自分の番だ。
「それじゃ、いくよ」
マリーの攻撃が再び始まった。
ケイトはやはり防戦一方の展開となった。
相手が撃った魔力を、自分の杖で跳ね返す、来たら跳ね返す、ひたすら、その繰り返しだ。
「おやあ? こいつはおかしいねえ」
最初は自分の攻撃を防ぐだけのケイトの動きを面白がっていたマリーだが、どれだけ攻撃しても、一発もまともに決まらないことを不審に感じ始めた。
ふいに攻撃を止めて、ケイトを睨んだ。
「……」
どうしたのだろうか、なぜ攻撃を止めただろうかと、ケイトのほうが訝った。
「飽きたよ」
そう言った切り、マリーは部屋の出口の方に体を向けた。
「待って、どこへ行くんですか?」
ケイトの問いかけには答えず、少しだけ振り返ったマリーは、面白くなさそうにケイトを睨みつけ、自分を閉じ込めていた牢のある空間から出て行った。
その姿を茫然と見送った後、はっと気づいて、ケイトはナーシャの元へ駆け寄った。
「ナーシャちゃん、大丈夫?」
「私は、大丈夫よ。それより、アオイ、いや、マリーを追わないと」
そう言われても、ケイトにはもうマリーを追う気力はなかった。
ナーシャを半分抱き起して、辺りの様子を伺っていたケイトは、部屋の隅で倒れていたはずのハンナの姿が見当たらないことに気づいた。
「ねえ、ハンナさんがいないよ」
「師匠が?」
その時、二人の耳に、別の部屋の方から何かが爆発したような大きな物音が響いてきた。
*
一方、中央の大広間では、アリスと仮面の魔女の睨み合いが続いていた。
両者の魔力は互角だ。
「おかしいわねえ、昔は私の魔力の方が強かったはずだけど、その赤い“魔石”には随分力があるようね」
アリスは物欲しそうに言った。
「あなたも魔石は使っているはずよ。人類を滅ぼすためのゴーレムに“力”を与えるためにね」
「そのはずだったけど、その計画には一つ誤算があったわ。
そのゴーレムに力を与える段階で、触媒にしていた魔法少女の一人がなぜか“悪魔付き”に襲われてしまったのよ」
「それがアオイなのね」
「自分のことをマリー・ダスピルクエットと名乗っていた。それが真実なのか、魔石によって精神錯乱を起こしているのかはわからない。でも、彼女の魔力が急激に増大するとともに、暴れ始めて手がつけられなかったわ。
私とかハンナやその他大勢の魔女の力を合わせてなんとか拘束することができたけど、そんな状態の彼女を今解放しては危険なのよ」
アリスは、ケイトとナーシャが去っていった出口の方を見て言った。
ちょうどその時だ。先ほど出て行ったハンナが戻って来た。
「アリス、大変よ! アオイが牢から逃げたわ」
「あの縄には魔力が掛っているはずよ、どうやって……」
「あの子たちに合わせたのがいけなかった。マリーに騙されてナーシャが魔法を解いてしまったの」
慌てふためくハンナの様子に、アリスの顔色が変わった。
「おばさん同士で、何をじゃれ合っている」
そこに、アオイの姿をしたマリーが現れた。
「アオイちゃん」
その姿を見て、仮面の魔女が思わず声を上げた。
「誰だ、お前は。なんで仮面なんか付けてる」
ティル・ナ・ノーグの新たな客の姿を、マリーは警戒した。
「なるほど、アオイちゃんの姿をしているけど、今はマリーという魔女が精神を支配していることは間違いなさそうね」
仮面の魔女は、直観的に、今はこのアオイの方が、アリス以上に危険な存在だと感じていた。
「まあ、いい。そこの二人、よくも私を鎖に繋いで牢屋にぶち込んでくれたね」
「お黙りなさい、もう一度、牢に戻るのよ!」
アリスはマリーよりも先に杖を振って魔力を放った。
が、魔力を受けたマリーは少し眩しそうに眼を顰めたが、突風が吹いて髪が乱れたぐらいの感じで、すぐに元の姿勢に戻った。
「ふん、あんた一人の魔法ぐらいじゃ、私を縛るのはもう無理さ。鎖に繋がれているうちに、最初の頃より、この身体に馴染んできたからね」
マリーはニヤリと笑って杖を振った。
「今度は、こっちの番だよ」
マリーの杖が空を切ると、アリスはもとより、その場にいたハンナ、そして仮面の魔女の三人の身体が宙を舞った。




