第37話 ケイトの決断(その3)
「みんな?? どうしたの?」
ケイトの張ったシールドに守られたはずの仲間たちだったが、振り向くと、エミを始め、四人の魔法少女は、100メートルを全力疾走した後のように疲れ切っていた。
「ううう…、何かだるい」
誰もが病人のような表情で顔を歪ませ、片膝を付いたり、ミサトのように仰向けになって寝転ぶ者までいた。
「これは……、なるほど、そういうことね」
彼女たちの疲弊したその様子を、マジック・ワウンドを杖替わりに体を支えながら観察していたアリスは、何かを納得したような顔でほくそ笑んだ。
「あなたが張ったシールド、確かに強力ではあったけど、今ので精一杯だったんじゃないの。もう同じシールドは張れないはずよ」
アリスは、次に“ちゃんとした”攻撃を加えれば、ケイトに勝てると確信した。
だが、自分にも、再び強い攻撃を繰り出すだけの十分な魔力がほとんど残っていないことがわかっていた。
「ケイト、シールドはもういいから、アリスをやっつけて」
アリスの言葉にケイトが惑わされているのを見るに見かねて、苦悶の表情を浮かべながらも、サキがエールを送った。
「でも……」
サキにそう言われても、アリスを倒せるだけの攻撃が今のケイトにはできる気がしなかった。
シールドを張るのに、魔力を使ったのは確かだが、その魔力は自分の身体から導き出したという感じではなかった。
例えてみれば、自分の生身の“脚”で走るのではなく、高性能のスポーツカーに乗って時速300キロで突っ走ったような、そんな感覚だ。
「もしかして?!」
ケイトは、皆の疲れ切った様子からみて、自分が張ったシールドの魔力は、ここいた彼女たちのエネルギーを利用して張ることができたのではないかと、ふと思い当たった。
「フフフ、ケイト、あなたも気づいたようね。
あなたがここにいる魔法少女の中で、一番強力な魔力を持っているということは、実を言うと、ここに来た時にすぐにわかったの。
でも、今、あなたが張ったシールドを見て、さらに私は確信した」
少し力を取り戻したアリスは、身体を支える杖替わりにしていたマジック・ワウンドを脇に構え直し、長い髪を後ろ側にパサっとかき上げた。
「あなたの魔力の“本質”。それは、スティール(強奪)というやつよ!」
「え? なんですか、それ?」
ケイトは、スティールという単語から“鉄”のことを連想した。
「シールドが、鋼鉄のように硬いということですか?」
「ごめんなさい、発音が悪かったかしら。
スティール、つまり、他人の魔力を奪い取って、自分の力に変える能力ということね」
「え? まさか……。
鉄じゃなくて、盗むという意味のスティール?」
自分の魔力がそんな“悪”の属性を持つものだなんて、ケイトにはショックだった。
確かに自分は黒の魔法少女だ。そうした悪属性があることは十分に納得できる。
「それは、違うわよ、ケイトちゃん、騙されないで」
両膝を付いて荒い息を整え終えたエミが呼びかけた。
「あら、エミちゃん、可愛い弟子を庇う気持ちはわかるけど、嘘はよくないわね」
「ケイトの魔法は、スティールではなく、リンケージ(連携)というやつよ。
仲間と連携することで、さらに大きな力を得る、それが彼女の魔法の本質よ!」
エミはアリスの言説に異を唱えた。
「リンケージ? よく言うわね。もしそれが連携だとしたら、周りの魔法使いは、触媒の役割を果たすだけのはずだわ。
リンケージは、触媒となる魔法使いからエネルギーを奪い取ることはしない。
あなたたちがそんなに疲れた様子をしているというのは、エネルギーを奪い取られている何よりの証拠じゃない。
ケイトの魔力が、スティールで成り立っていることは、それで十分に証明できるじゃないの」
アリスがすかさず反論した。
「それは、違う。ケイトは、まだ自分の魔力の使い方がわかっていないだけ。それで私たちの魔力まで必要以上に吸収してしまったのよ」
エミはアリスに押され気味で少し自信なさそうに言った。
ケイトは、エミが庇ってくれたことで、多少救われた気にはなったが、アリスが言うように、周りの様子を見るにつけ、自分の魔法が他人の魔力を奪い取って成り立っていることを否定することができなかった。
「何ならもう一度、その魔法を使ってみなさいな。
きっと、あなたの仲間はさらに魔力を奪われて……、さて、どうなるかしらねえ。ふふふ」
アリスは口元に手を添えて冷淡に笑った。
そう言われてしまうと、防御にせよ、攻撃にせよ、これ以上ケイトに魔法を振るうことはできなかった。
「まあ、いいわ。どちらにせよ、あなたには、もうさっきと同じようなシールドを張ることはできないし、私にも、ヘルズ・フラッシュを放つ力は残っていない」
アリスは真顔に戻ってケイトだけでなく、辺りの全員を見回した。
「ここは休戦といきましょう」
黒の魔法軍も、白の魔法軍も、皆疲れ切っていた。
特に、シズカ率いる白の魔法少女たちは、アリスの一言でひと際ほっとした表情をしてみせた。
「待って! アオイちゃんは、どこにいるんですか?」
すでにアリスが踵を返しかけているのを見て、ケイトが呼び止めた。
「アオイ? あなたのお友達かしら? もしかして、ハンナと一緒に来た魔法少女のこと?」
「たぶん、そうです。アオイちゃんは、私の従妹なんです」
このままでは、アオイちゃんの手がかりが消えてしまう。それが心配だった。
「彼女なら、私たちの“アジト”にいるわよ」
「無事なんですか?」
「難しい質問ね。命に別条はないけど、丁寧におもてなしというわけにもいかなかったわね。何せ、私たちの命を奪おうと、潜入してきた相手だもの」
とりあえず、殺されてはいないようだけど、先ほどの話では、“アイオンの糧にした”と言っていたから、かなり心配だ。
ケイトの心配げな様子を見て、アリスは、ふと思いついたような顔をした。
「そうねえ、ケイトちゃん。そのアオイちゃんという魔法少女に会わせてあげてもいいわよ」
「本当ですか?」
「嘘は吐かないわ。それじゃ、私について来なさい」
その一言に引き寄せられるようにケイトはアリスの方へと一歩踏み出した。
エミは驚いて、ケイトに縋るように手を差し伸べた。
「待ちなさい、ケイト。それは罠よ!」
エミの叫び声を背後から耳にして、ちょっとだけ歩みを止めたケイトだったが、今はアオイちゃんに会いたいという気持ちの方が上回っていた。
確かに罠かもしれないが、アリスが自分の命まで奪うような気はしなかった。
それよりも、この機会を逃したら、もう二度とアオイちゃんと会うことはできないかもしれない、そちらの方が心配だ。
「アリスさん、アオイちゃんは、死んでませんよね」
「さっきも言ったけど、大丈夫、殺してなんかいないわよ。
私たちにとって、魔法少女は、敵じゃないの。さっき説明したように、できればみんな仲間になってほしいの。
アオイちゃんと言ったわね。私たちは、あの子の“力”をちょっと借りただけ。
さっきあなたが使った魔法のように、ゴーレムの復活に、彼女の力を少し使わせてもらっただけよ」
そう言いながら、アリスがマジック・ワウンドを、円を描くように頭上で振るうと、出現したときと同じような光の魔法陣が中空に浮かんだ。
「じゃあ、行きましょうか。その下に立って」
これまでとは打って変わってニッコリ微笑みかけながら、アリスは、ケイトを先に魔法陣の中へと招き入れた。
「ダメよ、ケイト! 行ってはダメ」
アリスと共に消えていくケイトに、エミの声はすでに届いていなかった。




