第35話 ケイトの決断(その1)
「さあ、おしゃべりはもういいでしょ。
あなたたち、私たちの仲間に入るの? 入らないの?」
アリスにそう言われて、『はい、わかりました』と手を挙げて付いていく者など、いるわけがない。
「ちょっと、待ってよ、アリス。
あなた、今さらっと言ったけど、西村先生のこと、殺しておいて、それで許されるとでも思っているの?」
「笑止ね! エミ。
これから人類の9割を葬り去ろうとしている私に対して、たった一人の殺人の罪を咎めるなんて。警察にでも突き出すつもり」
アリスは、エミを小馬鹿にしたように高笑いした。
その時、ケイトは、できるだけ首を回さないようして周りの連中の様子を伺ってみた。
さすがのサキも、強張った表情を崩せず、動けないままだ。
他の三人も緊張した様子だったが、中でもアズサは、マジック・ワウンドを持つ手がブルブルと小刻みに震えていた。
その様子を見て、ケイトは逆に落ち着いた気分になった。
(みんな、怖いんだ。
このアリスという人は、とてつもなく恐ろしいことを言っている。
私たちのように、特殊な力を持った人以外を抹殺するということは、クラスメイトや先生、友達のミドリちゃんも、ママやパパも、罪もない何十万人、いや、この場合、何億人? 何十億? よくわからないけど、これからたくさんの人を殺そうと企んでるんだもの。
いろんな理屈をこねているけど、そんなの“良いわけ”ない)
どこからそんな勇気が湧いたのか、ケイトは、自然に体が前に出た。
エミの真横まで進み出て、アリスを睨み返した。
「アリスさん、間違ってます!」
「あら、可愛いお嬢ちゃん、あなた、お名前は?」
アリスは幼稚園児に語り掛けるような口調で、ケイトに呼びかけた。
「ケイトです。黒の魔法使いのノワール・ケイトです」
「あら? あなたが……、ケイトちゃん。ふーん」
アリスは、ケイトの全身を頭の天辺からつま先まで、しげしげと眺めまわした。
「な、なんですか、なんか付いてますか?」
ケイトはあまりジロジロ見られたので、自分の恰好に不備でもあるのかと、心配になった。
「大丈夫よ、可愛いコスチュームね。あなたにピッタリ。
どう、私たちの仲間に入らない?
あなたなら、“幹部候補生”として歓迎するわよ」
「ちょっと、ケイトを誑かさないでちょうだい」
アリスが勧誘を始めたので、エミが遮った。
「今のは、冗談ではないんだけど……。
いいこと、皆にも言っておくけど、アイオンに入るのを拒むということは、これから私たちと闘うということを意味するのよ、そして、戦いに負ければ、死ぬこともある。それだけは覚えておいてね」
「私は、アイオンに入ることも、死ぬのも、どっちもイヤです」
ケイトはきっぱりと言った。
「……。わかったわ、ケイトちゃん、あなたは、私たちと闘うということね。他の皆も、覚悟はいい?」
アリスはそう言うなり、マジック・ワウンドを構え直した。
「待ってください、私は、あなたと闘う気はありません」
サキがケイトよりも前に進み出て言った。
「あら、また可愛い子ねえ、あなた、お名前は?」
「サキです。影山咲と言います」
「サキちゃん、あなた、私たちの仲間に入る?」
「アイオンに入るのは御免です。でも、アリスさん、あなたの気持ちはよくわかります。世の中にはどうしようもなく悪い人がいっぱいいますから……。
私にも、個人的に許せないという人がたくさんいます。でも、人類を虐殺するのは、やっぱりよくないと思います」
「まさか、この齢になって、若い子からお説教を聞かされるとはねえ。あなたからそう言われて、『はい、そうですか、じゃあ、虐殺は辞めまーす』とか、私が言うとでも思ったの?」
「いえ、そうは思いませんけど。
ただ、私はあなたと闘う気はないということを言いたいんです。
たぶん、ここにいる皆も、その気持ちは同じはずです」
「あなた、黒の魔法使いのリーダーなの?」
「いえ、違います」
そう言ったあと、サキはケイトの方を振り返った。
ケイトは、サキに見られて、恥じ入るように下を向いた。
気勢を削がれたのか、アリスは杖を降ろして、地面に突いた。
「まあ、いいわ。
私もここで決着を付けるつもりはないし、多勢に負勢だしね」
「待ちなさい!」
撤退するような素振りを見せたアリスに、今度は、シズカが一歩前に出た。
「シズカちゃん、あなた、まさかここで闘うつもり?」
ただ反射的に声が出てしまったということを知っていたが、アリスは茶化すように、シズカを煽った。
「今までの話を聞いてしまって、白の魔法使いのこちらとしても、あなたを黙って帰すわけにはいきません」
シズカはマジック・ワウンドの先端をアリスの方に突き付けるようして身構えた。
「そうねえ、これから人類をリセットする手始めとして、いずれあなた方とやり合うと決まったからには、ここで小手調べしておくのも、悪くないかもね」
アリスがシズカの動きに応じるように、再びワウンドを握り返した。
(せっかく一旦退散してくれそうだったというのに、余計なことをしてくれたな、あのオバさん)
「誰? 今、私のこと、オバさんと呼んだのは?」
アリスが、ここにいる“魔法使い”以外の声を感知して辺りを見回した。
「おい、こら、眠ってたんじゃないのかよ!」
ミサトが背中に背負ったギグバックを揺すって叱るように小さく叫んだ。
「あなた? いや、あなた背負ってる、その黒いバックの中身ね」
アリスがテレポートして、ミサトの直前に現れた。
「いや、あの、御免なさい、ウチのギター、ちょっと口が悪いもので」
ミサトは咄嗟に謝ったが、アリスは彼女の肩のバックをひょいと取り上げると、中からギターを取り出して、しげしげと眺めた。
「へえ、ギターの使い魔なんて、珍しいわね」
(へへ、こんちわ、マイ・レディ、オバさんってのは、あなたのことじゃなくて、あちらの白いドレスの方の……)
「ふん! どっちでもいいわ」
アリスは、赤いギターを空に小石でも投げるような仕草で高々と放り上げると、バリバリと魔力光を放った。
(あんぎゃ!)
「うわ、何をする! リック、大丈夫か!」
ところどころ、黒焦げになって落下してきたリッケンバッカ―を、ミサトがランニングキャッチした。
(大丈夫だ……けど、乱暴なお人やね)
数本の絃が切れていたリックは、気を失うように、さらに1本の絃が“バチン“と切れて静かになった。
「どうやら、ちょっと見くびっていたわ」
アリスが全員を睨みつけた。
「使い魔も呼べるとは、あなたたちの魔力は、思った以上に高いようね。
これから闘って、あなたたちを失うのは、実に惜しいわ。
やっぱり、あなたたちは今後の人類の“礎”となるべきよ」
そう言いながら、アリスは、杖を振り上げて攻撃の体制を取った。
「決めたわ、あなたたちは、極力殺さないであげる。
私たちアイオンの糧となって貰うことにするわ。この前、私たちのアジトに紛れ込んだハンナと、その弟子の魔法少女のようにね」
(ハンナさんの弟子の魔法少女? それって、もしかして、アオイちゃんのことじゃ?)
ケイトは、今アリスが口した魔法少女というのが、行方不明になっている従妹のアオイのことではないかと、勘繰った。
「アリスさん、アオイちゃんは、無事なんですか?」
アリスは、ケイトの叫び声には応えなかった。
捕えた魔法少女の名前までは知らなかったし、聞いていたとしても、覚えていなかった。
「さあ、これで吹き飛ばされるようなら、これからの世界で“生き残る資格”はないわよ」
アリスの杖に溜め込んだ魔力がどんどん上昇していくのを、全員が感じ取った。
アリスを中心に、魔力の波動が辺りの空間を震わせて、大きく歪んだ。
目に見えない巨大な泡のような魔力がはち切れそうに膨らんでいく。
「みんな、伏せて!」
エミは咄嗟に自分と周囲に魔力の防御壁を張ったが、アリスが溜め込んだ魔力を防ぎ切るだけの自信はなかった。
同じように、シズカも、自分と白い魔法少女たちを守るために、防御壁を張ったが、その壁は見るからに薄そうだ。
〈バアアアアアアアン!〉
アリスが杖を振り下ろすと、巨大な泡が一気に弾け飛んだ。




