第33話 人類初期化(リセット)計画(その2)
「私たちが新しい人類になるとか、そんなの馬鹿げてる。
アリス、あなた、本気でそんなこと考えているの?」
エミは、呆れたようにそう言ったが、アリスが本気なことは間違いなさそうだった。
「私がここで説明するよりは、ウォーカー男爵に直接語ってもらう方が早いわね。これを御覧なさい」
アリスが片手を挙げて、先ほど大写しになっていたスクリーンをもう一度映し出すと、そこには生前のウォーカー男爵の上半身が映し出された。
「これは、私が預かったUSBメモリーに納められていた中身の一部よ」
スクリーンに映る初老のイギリス人は、魔法少女たちがウワサに聞いて抱いていた悪人のイメージとは異なり、気品のある好好爺といった感じで、ケイトは自分が通う中学校の校長先生にどこか似ているなと思ったほどだ。
『これを見ている皆さんは、きっと、我々の計画について“誤解”している人も多いのではないでしょうか』
音声は英語だったが、魔法少女たちは、世界で流通している大抵の言語であれば、脳内で自国語に変換して認識することができた。
この能力は、変身した時のみに有効で、蛇足ながら、〈もしかすると、英語の試験はこれでバッチリかしら!〉と一部の魔法少女の期待に反して、語学の試験で利用することは無理ではあったが。
『さて、聡明なる皆さんなら、この世界の現状を顧みて、すべて良しとする人は一人もいないかと思います。
自分が幸福であると考える人は、世界の中のほんの一握りであり、人類の大多数は貧困に喘ぎ、戦火に苦しみ、ある時は自然災害の猛威になすべくもなく、絶望を抱えつつ、やっとの思いで日々を過ごしているのが現実です。
人類に、まだ明るい未来が残されているとお思いの方は、我々からすれば、愚かな楽観主義としか言いようがない。
人類の進化は科学技術や文化の面でもすでにピークを過ぎ、衰退の最中にいるということをもっと自覚すべきなのです。
その一方で、幸福の源泉は経済の豊かさにあるという安っぽい拝金主義に囚われ、唾棄すべきようなチンケな詐欺や強盗を臆面もなく働く輩が後を絶ちません。
彼らの所業を“悪”とみなして少しばかりの制裁を加えたところで、どれほどのことがあるでしょうか。
彼ら犯罪者を逮捕し、裁判にかけ、刑務所にぶち込んでただ飯を食わせる。それだけで、我々から搾取した税金を彼らに投入したうえ、出獄した彼らが再び悪事を働くという、愚かしくも滑稽なシステムがフィクションではなく、現実に営まれていることに、なぜ皆さんは何も疑問に感じないのでしょうか』
改めて言われると、これらは〈正論〉であり、首肯するしかない。政治家の街灯演説や選挙演説は、まさにこの手口で、最初に否定できない事実を列挙し、それを“何とかしなければならない”とぶち上げる。ただし、政治家は解決に繋がる具体策など、何も持ち合わせていないが。
『最近は、警察だけでなく、巷には“魔法少女”という年端もいかない少女たちが現れ、こうしたゴミ以下の輩を、健気にも掃いて屑箱に放り込んでいるようですが、砂漠の砂にティースプーンで水を撒いて枯渇した大地に潤いを取り戻そうとするかの如く、いやはや何とも、切りがないではありませんか』
これを聞いて、ケイトは先日、埠頭で起きたギャングとの一戦を思い出して、顔が赤くなる思いだった。
自分としては命がけで、まさに死と隣合わせの死闘を演じたと感じていたが、それは、砂漠にティースプーンで水を撒いた程度の出来事でしかないのだ。
『これらは、ほんの一例です。大規模なものであれば、世界中で起きている愚かな戦争で、何万人もの人間が無駄に死んでいる。
戦争に駆り出されて心ある正しい人間が無駄に死ぬのに、一方で裁判という似非人道的なシステムで悪人が生き延びる。
こんな世界が果たして、正しいのでしょうか。
もちろん正しくないし、むしろ、逆です。
悪人は滅び、善人が生き残る。これこそ、正しい道です。
ねじ曲がった社会システムが既に出来上がってしまったとしたら、それを解体し、再び作り上げる、これこそが正しい道のはずです。
人類はすでにピークをすぎて衰退に向かって進んでいる。
これを食い止める方法があるとすれば、それを選択するのが、我々人類が取るべき最良の道であると我々は考えるのです』
「これは、詭弁よ」
食い入るようにスクリーンを見つめていたエミが呟いた。
ふと、横を見ると、同じように画面を見つめている魔法少女たちの表情が真剣みを帯びていることに、エミは只ならぬ危機感を持った。
自分でさえも口に出して詭弁とは言ったものの、どこか完全に否定し切れないものが残っていることに気づいている。
幾人かの魔法少女がこれを見て洗脳されはしまいか、すでに洗脳され掛かってはいないか、それが心配だ。
『我々のこの計画によって、新しい世界の道が拓けるのであれば、それ以上に栄誉なことはありません。
我々は、人類史上、かつてないほどの大量虐殺だと後世に語り継がれ、極悪非道の集団だと罵られても甘んじて受ける覚悟があるのです。なぜなら、これこそが、人類が正しく生き残る道であると、信じるからです』
『はっきり、言いましょう。
我々が掲げる“人類リセット計画”とは、愚かな人間を駆逐して、正しい人間が生き残り、新たな世界を築くことにほかなりません』
そこで、画面がふと途切れた。ウォーカー男爵の姿はプツリと消え、横縞ノイズの画面が流れた。
「まだ、続きがあるわ。ここまでが、“人類リセット計画”の一般人向けの巷説。
次は、私たち“魔法使い“や、あなた方“魔法少女”に向けてのメッセージよ」
アリスがさっと片手を伸ばすと、再びウォーカー男爵の姿が現れた。さっきの画面よりも白髪が混じって額が後に下がり、草臥れて精気の薄れた男の姿が映った。
『このビデオは、私の遺言であり、かつ、我々アイオンの最後のメッセージでもあります。
これをご覧になる皆さんが、いったい誰になるのか、現時点では私にもわかりません。
しかし、希望的な観測から言えば……、いや、むしろ私が望む相手としては、現在敵対している“魔法少女”の皆さんに、ぜひともお聞かせしたいメッセージだということを、事前に申し上げておきましょう』
映像がそこまで流れたとき、アリスは一同の前でウォーカー男爵の代理人よろしく、大きく頷いて見せた。
『さて、我々の人類リセット計画は、現在最終局面を迎えることになりました。
我々としては、この計画を完璧に遂行し、人類に新しい進化の道を切り拓かんことを夢見てまいりました。
しかし、核ミサイルを用いた第一弾計画が失敗して以来、我々の計画は、魔法少女という異能者集団によって悉く潰されてきたというのが事実であります』
『我々の最終計画は、核ミサイルのような既存の兵器ではなく、ゴーレムという特殊兵器を用い、巨象が蟻を踏み潰すかのごとく、人類を超えた絶対的な力で、愚かな人間を根絶やしにするという単純明快なものです』
語り続けているうちに熱を帯びてきたのか、ウォーカー男爵の顔付きは語り始めた時よりも精気を帯び始めていた。
『我々に敵対する国連やその他の国際機関の皆さんは、我々アイオンの計画を狂気じみた、前世紀的で陳腐なアナーキズムと捉えているやもしれませんが、こうした計画は、シンプルな方がより効果的なのです。
兎角、科学技術という幻想に囚われる情弱者は、AIや遺伝子工学など、名ばかりの先端技術を用いなければ、事を成さないという錯覚を起こしがちでありますが、極端な話、ナイフ一つで心臓を貫けば、どんな人間であれ、立ちどころに死に至らしめることは可能なのです』
ウォーカー男爵は、片手を胸の辺りに掲げ、その拳で心臓を握り潰すようなジャスチャーをしてみせた。
『……。だが、しかし、この計画は、これから遂行する前に、こう言ってはなんですが、我々としては、成功する見込みは薄いと考えます』
(この人は、何を言っているのだろう)とケイトは思った。
始める前から弱気なのは、どういうつもりなのだろう。
成功しないかもしれない計画なら、初めからしなければいいではないか。
『その理由は、我々の前には“魔法少女”という厄介な存在がいるからです。
最初の核ミサイル計画から、彼女たちの存在が自分たちの計画の妨げになるということは知れていました。
そして、我々もこの点では愚かだったのですが、それ以来、彼女たちの力を上回る方策を何度も考え続けて今日にまで及んでしまったというわけです』
この時、アリスが一同を見回した顔には、ここからの話は特に重要なので、よく聞いて置きなさいという無言の圧力が込められていた。
『我々がゴーレムを試作した時、技術担当のハイマン教授にこの度の作戦成功の確率を窺った際、通常であれば、成功の確率は87%であると聞かされました。
ところが、これに魔法少女による抵抗という特定の要素が加わった途端、成功確率は、わずか7%という圧倒的に低い数字に、逆に言えば、失敗の確率が、93%という絶望的な数値に達すると、告げられたのです。
かと言って、我々は、この計画をここで諦めるわけにはいかない。
いわゆる“コンコルド効果”が、我々の組織の中に生じています。
もちろん、私も、この計画をここで辞めるつもりはありません。
だが、すでに大きな反省点が見つかっているので、今この時点で申し述べて置くにしようと、こう思った次第なのです』
コンコルド効果とは、ある事業を続けても赤字になることはわかっているが、それまで掛った巨額の費用を考えると、無駄にしたくないと考えて辞められなくなることを指す。
フランスの超音速旅客機コンコルド計画の失敗にちなんで、そう名付けられているが、アイオンのゴーレム計画にもそれと同様のことが起きていた。
さて、画面の中のウォーカー男爵は、まるでまだ生きてそこに“いる”かのように、彼を見つめる魔法少女たちに語り掛けるような眼つきで左右に目を走らせてから、次のように言った。
『……そもそもの我々の間違いは、“あなたがた”魔法少女を味方に付けなかったことだと、今になって気づいたのです』




