第32話 人類初期化(リセット)計画(その1)
磯村女史の再会の笑顔を期待して統括本部に出向いたアリスを待ち受けていたのは、アリスの姿を見て挨拶もそこそこにそそくさと立ち去るよそよそしいスタッフたちと、その場に伸し掛かる重苦しい空気であった。
別にスタッフの歓待を期待していたわけではないが、少なくとも自分は全く歓迎されていないことに気づかざるを得なかった。
マーヴェラス・ファイブとして活動していた当時は、本部の廊下ですれ違った彼女たちに対して、どのスタッフも必ずといっていいほど、労いの表情を送って寄越したものだが、アリスが「こんにちは」と笑顔で呼びかけても、相手からの返事はなく、皆一様に、腫物に触るかのごとく、当惑した表情を浮かべるばかりだった。
「磯村先生、おひさしぶりです」
アリスが主任室に入ると、磯村女史は秘書らしき人物と何やら打ち合わせの最中だった。事務デスクに広げた書類から顔を上げると、アリスの方を向いたが、その顔には先ほど行き会ったスタッフたちと同様、笑顔はなかった。
「アリス、それで、電話で話していたウォーカー男爵から預かったという物は、持ってきたの?」
「はい、これです」
アリスは肩から下げたショルダーバックから剥き身のUSBメモリーを取り出して、磯村女史の前に差し出した。
磯村女史は、アリスからその物体を受け取ると、念を押すように、矯めつ眇めつ、弄り回した。
「間違いなく、USBメモリーのようね。特に小細工はしてないだけど、あなた、この中身は見てないのよね」
「はい、見てません」
中を見たいという好奇心はあったが、それ以上にコンピュータウイルスが仕込んであったりして、危険かもしれないという惧れの方が強かった。
「わかったわ。これは私の方で預かっておきます。
あなたは、もう帰っていいわ」
「え?」
それはないだろうと、アリスは抗議したかったが、言葉が出てこなかった。
せっかく本部まで足を運んで持ってきたのに、目当ての物を受け取ってしまうと、もうお役御免とばかりに追い返すのは、あまりに寂しいではないか。
しかし、久しぶりの再会だとしても、磯村女史と自分は、別に友達とか、親戚のような親しい間柄ではない。
例えていうなら、ビジネスライクな付き合いなわけで、これ以上、忙しい時間を割いて無駄話をする気などないのだろう。
「磯村先生」
「まだ何かあるの? 悪いけれど、ちょっと立て込んでいて今は相手をしてる暇はないのよ」
磯村女史は、昔からこんな感じだったということを、アリスは思い出した。特に冷たいというわけではなく、任務に必要なこと以外は喋らない。魔法少女たちが、待機中に、同じ部屋の中でワイワイ騒いでいるときでも、世間話に加わることなど、皆無だった。
「いえ、その、今お渡ししたUSBメモリーの中身なんですが、解析が済んだら、教えて頂くことは可能ですか?」
アリスとしては、できる限りの敬語を駆使して尋ねたつもりだった。
「それはダメよ」
磯村女史は即答した。
「この中身をあなたに教えることはできません」
「なぜですか?」
「それは、人類の敵であるウォーカー男爵があなたに託したものだからよ」
「私が貰ったものなのに、中身を知ることができないんですか?」
「あなただけではありません。この中身が何なのか、あなた以外の魔法少女にも教えるわけにはいかないし、概略としても話して聞かせるわけにはいかないでしょうね」
「なぜですか?」
アリスの問いかけに、磯村女史は、いつにも増して鋭い眼光を放った。
「あなたの話だと、アイオンという集団と魔法少女が、どのように関係しているのか、その秘密がこの中に隠されていると言っていたわね。
率直に言えば、それはもしかすると、あなたたちを“洗脳”する材料かもしれないからよ」
「私たちがそれを見れば、相手に洗脳されるかもしれない、ということですか?」
「その通りよ。だから、一切教えるわけにはいきません」
磯村女史は、こうした話をするときに、オブラートに包み込むようなことはせず、ストレートに話してくれる。
それはそれでわかりやすいのだが、時として、相手に割り切れない思いを抱かせることがある。
確かに“正論”なのだが、アリスは、磯村女史の物言いがかなり不満だった。
アリスは、磯村女史を睨むような目でしばらく見ていたが、ふいに踵を返して戸口に向かった。
「わかりました。失礼します」
首を少しだけ曲げて振り向くような素振りを見せたあと、アリスは部屋を出た。
アリスが部屋から出たのを見計らって、磯村女史は「ほっ」とため息を吐いた。
「もしかすると、アリスちゃん、この中身を見たかもしれないわね」
「そうですか? コンピュータウイルスが入っているかもしれないので、見てないと言ってませんでした?」
磯村女史の傍らにいた秘書の女性が答えた。
「というか、これから見る可能性があるかもしれないわ」
「え?」
秘書は、磯村女史の疑り深さは相変わらずだと心の中で呆れていたが、実のところ、その“勘”は当たっていた。
*
「今思えば、ウォーカー男爵から渡されたUSBメモリーの中身を、磯村先生に渡す前に、予めコピーして置いて正解だった」
アリスは、エミ、続いてシズカに語り掛けるように、当時の経緯の続きを喋った。
「磯村先生から解析した中身を見せるわけにはいかないと言われて、考えが変わった。コピーしてあるデータを、ウチに帰ってすぐにでも見ようと思った」
USBメモリーの中には、1つの圧縮フォルダーが入っていた。
パソコン上でクリックすると、自動で解凍するフォルダーだ。
アリスは、デスクトップに移した圧縮フォルダーを、ほんの一瞬躊躇ったが、磯村女史の自分への“仕打ち”を思い出して、思い切って開いた。
「そのフォルダーには、『人類初期化計画』の概要が載っていた」
「リセット計画? 撲滅計画じゃないの?」
エミが疑問を口にした。
「そう、私たちがアイオンと闘っていたときは、人類撲滅計画だと聞かされてたけれど、彼らは、人類撲滅ではなく、人類初期化計画と呼んでいたわ」
アリスは、冷ややかではなく、むしろ穏やかな、天使の微笑みのような表情でそう言った。
「撲滅とリセットと何が違うっていうの、同じことじゃない」
アリスの諭すような表情に腹が立ったエミは、声を荒げた。
「全く違うわ。
人類撲滅というのは、いわば、人類のすべてを滅ぼそうという計画よ。でも、人類が人類をすべて死滅させるというのは、あまりに無意味だし、建設的ではない。
アイオンは、そんな破壊的で刹那的な考えではなく、人類の未来を考えて、より建設的な方向に進めようという組織なの」
「何を言ってるの、今さら。
さっきは、ゴーレムを使って、人類を根絶やしにするって、言ってたじゃない」
エミが呆れたように反論した。
「ゴーレムを使って、人間どもを駆逐するというのは、言ってみればリセット計画の一つね」
アリスは、そこまで話すと目を瞑った。
「どうしようもない人間どもを駆逐して、人類はやり直す」
ぱっと目を見開いて、アリスは言葉を続けた。
「そこで、新しい人類となるのが、私たち魔女や魔法少女、魔法使いと言われる“異能者”なのよ」




