第30話 アイオンの魔女(その2)
エミは先頭に立って聖堂の入り口に進み、ドアの取っ手を握って、前後に揺すった。どうやら鍵は掛かっていないようだ。
扉を開くと、そこには、天井が抜け落ちたタイル張りのフロアが広がっていた。屋内独特の澱んだ空気はなく、外気そのものが場を支配していた。
風雨に晒されて塗装の禿げた木製の長椅子が、最深部の檀上に据えられた壁の十字架に向かって幾重にも並んでおり、かつては大規模な集会が開かれていたことを思わせた。
中央の通路をゆっくりと進んで行くと、頭上にすっぽりと空いた天井が俄かに明るくなった。
LEDの照明が急に灯されたかのような人工的な光が、エミ達一行の姿を照らした。
「うわあ、眩しい」
ケイトは、行く手に溢れ出した光の束から目を守るように、片手を翳しながら、発光物の正体を見極めようとした。
眩しい光の周囲には、紫色の輪が幾重にも重なって見えた。水面に石を放り込んだ時に生じる波紋のように広がった輪の間には、見たことのないような光の文字が並んでいる。
「これは、魔法陣!」
紫光の魔法陣の中心から、眩しい白色の光が溢れ出している。
やがて発光が少し収まり、中から人影が現れた。
金色の長い髪を無造作に振り乱し、2メートル近くはありそうなマジック・ワンドを携えている。
黒をベースにした衣装を着ているが、ところどころに金モールの縫い取りが施してあり、黒の魔法使いのエミとは違ってシンプルな装いではなく、ゴージャスな雰囲気を漂わせていた。
「しばらくね、エミ」
周囲を照らしていた光や魔法陣がすっかり消え、姿を現した女性が、口を開いた。
「やっぱり、あなただったのね、アリス」
エミは“旧友”との再会を果たしたというのに、その目は憎悪に満ちていた。
「まさか、アイオンの魔女の正体があなただなんて、情報としては掴んでいたけれど、この目で見るまでは信じたくなかった」
かつて同じチームメイトとして、イーオンと闘っていたはずなのに、事もあろうか、敵の方に翻るとは思ってもみなかった。
「白の魔法使いのシズカは、今回の戦闘機の事故に関して、その犯人が私たち、黒の使いだと思っているわ」
「あら? あの犯人はあなたたちじゃないの?」
惚けているのだろうか、アリスは事も無げにそう言い放った。
「戦闘機を操って高層ビルにぶつけようとした事件は、私も知っているけど、アイオンがそんなセコイ手口で、人類撲滅計画の再スタートの口火を切るわけないでしょ。ホホホ……」
アリスが高笑いしてみせた。
「ちょっと……、それじゃ、やっぱりあの犯人は、シズカ?」
エミは混乱していた。
いったい誰が犯人なのか、さっぱりわからない。いや、アリスが本当のことを言っているとも、限らない。
その時だ。
聖堂の上空に再び、光の輪がパッと浮かび上がった。
輪の中心から人影が、するすると、降り立った。
シズカ率いる白の魔法少女の五人だった。
彼女たちは、エミたち黒の魔法少女とアリスとは別の方へ、ちょうど、三者が三角形を形作ることになった。
「これは、これは、新旧の魔法少女、勢ぞろいというところね」
アリスが一同を見渡して、学芸会の催し物を指導する先生のような口ぶりで、感想を述べた。
ミサトは、集まった白の魔法少女たちを見回して、その中に、ユキの姉のユイがいることを確認した。
衣装の色が白いことを覗けば、確かにそっくりだ。彼女たちが双子の魔法少女ということは確信できた。
〈おう、確かに、彼女たちは双子のようだな〉
ギターのリックがミサトの背中越しに、そっと耳打ちした。
「ああ、そうだな」
その目で見るまでは半信半疑だったが、確かに双子だ。
「あ、ユキも、来てたんだ。おーい」
白の魔法少女のユイが黒の魔法少女のユキに気づいて、手を振った。
ユキはそれには答えず、「ユイってば、恥ずかしいな」と呟いて、顔を赤らめた。
「これは、どういうこと?」
金髪の魔法使いの姿を見て、シズカが怪訝な顔をした。
「もしかして、あなたはアリス?」
「そういうあなたは、シズカね。しばらく会わないうちに大人になったわね、あなた。エミはあまり変わっていないけど、シズカは、幼さがすっかり抜けて、立派なお姉さんねえ」
アリスは、シズカの顔をよりも胸の辺りに注目しながら、喋った。
「ちょっと、どこを見ながら言ってるの。
そんなことより、なぜ、あなたが、ここにいるのかしら」
シズカにはアリスの正体がまだ掴めていないらしい。
「遥か昔、私たちは、ここで“敵”と闘っていたわね。
その天井に開いた穴は、確か、シズカ、あなたが魔法弾を撃って開けたのよね」
「違うわ。それはアリス、あなたが開けたんじゃないの」
「そうだったかしら」
「私にそんな強力な魔法弾は撃てないわ」とシズカ。
「そう、その時、敵のウォーカー男爵を天井ごと吹き飛ばしたのは、あなたのはずよ、アリス。
そのあなたが、なぜ、敵の意志を引き継いで“ここ”にいるの?」
エミがシズカの言葉を引き継いで、アリスに尋ねた。
その言葉を聞いて、シズカが怪訝な顔をした。
「あなたたち、アイオンを人類の敵だと呼んでいるけど、それは違うわよ。
人類の敵というのは、むしろ、あなたたち、魔法使いのことよ」
「何を言っているの?
アイオンの目的は人類を滅亡に追いやることのはず。それは、人類の敵以外の何物でもないわ」
「そうね、私にもアイオンという組織が、人類の敵だと思っていた時期があった」
伝説の魔法少女、マーヴェラス・ファイヴは、核ミサイルの発射計画を阻止してから、アイオンという人類リセット計画を目論む敵と、それ以降、5年間に渡り戦闘を繰り広げて来た。
そして、ここ“アイオン大聖堂”が、彼女たち五人とアイオンとの最終決戦の場となったのである。
選りすぐりの魔法少女5人と、一般的な人間同士の戦いなれば、本来であれば、すぐにでも決着が付きそうなものであるが、実際の戦いは壮絶を極めることとなった。
その理由は、アイオンの側に魔法少女に匹敵する“力”を持った、強力な助っ人がいたからだ。
核ミサイル計画を阻止されたアイオンは、核兵器のような既存の兵器を用いるのではなく、人類を葬り去るための新たな兵器の開発に着手したのだ。
特に、これまでの失敗に学び、魔法少女に対しては、魔力を用いて対抗すべきであるとアイオンの参謀の一人であるウォーカー男爵は考えた。
かといって、魔法に対してストレートに魔法を用いるのは、あまり得策ではない。
アイオンの目的は、あくまでも人類のリセットであり、魔法少女と闘うのではないからだ。
そこで、ウォーカーは、世界中からアイオンに賛同する有能な魔法使いを呼び集め、魔力で動くゴーレム(人造人間)を作ることにした。
こうして、ギリシャ神話の奈落の神にちなみ、タルタロスと名付けられた人造人間を生み出すことに成功したのだ。
「でも、彼らが作ったタルタロスは欠陥品だった。
生身の人間を駆逐するには、十分だったかもしれないけど、魔法少女たちの前には、プラスチックのフィギュアほどの頑強さも持ち合わせていなかった」
アリスが説明した後に、エミが捕捉した。
「二十年ぐらい前、ここで戦ったときは、タルタロスの残骸が残っていた気がしたけど、もうどこにも見当たらないわね」
「あの時のタルタロスに足りなかったのは、いわば魔力の質ね。
あの人造人間に用いた魔力の質は、あまり高いものとはいえなかった。
私たちのように質の高い魔力を注入していたら、もっと完璧なゴーレムを作ることができたはずよ」
ケイトは、アリスの話を聞いているうちに、嫌な予感が胸を過っていた。
タルタロスというのが、昔話やおとぎ話ではなく、未だに続いている物語として語られている、そんな気がしたからだ。
「つまり、完璧なタルタロスを生み出すために、あなたたちの力をぜひ、私に貸してほしいの」
アリスのこの一言に、周りにいた一同は静まり返るしかなかった。




