第27話 マーヴェラス・ファイブ〈伝説の5人〉(その2)
「どういうことだ。R国がお隣U国との戦闘で、核ミサイルを使用するという“噂”が世界中に流れているぞ」
ペーテル大統領はネットニュースの画面を、口の中で苦虫を半ダースほども噛み潰したような顔で睨みながら、側近に向かってボヤいた。
「確かに我々は現在U国と戦闘状態ではあるが、国連の緊急招集から勝手に外されるなど、誠に無礼だとは思わんかね、セルゲイ」
セルゲイと呼ばれた側近は、大統領から意見を求められて、正直な胸の内を語って言っていいものかどうか、迷っていた。
「私が思うに、これは西側の陰謀ではないかと……」
セルゲイがそこまで述べたとき、執務机の上に開かれた旧型ノートパソコンの画面を、バッタ屋に掴まされた欠陥品のように、睨みつけていた大統領が、急に自分の方に振り返ったため、小脇に抱えていたファイルの束を落としそうになった。
いや、正確にはファイルの一つが滑って床に落ち〈ドズッ〉と、思った以上に大きな音を立てた。
「申し訳ございません」
セルゲイが落ちたファイルを拾って姿勢を正すまで、ペーテルは振り返ったままの同じ姿勢を保ち続けていた。
「やはりそうか、これは西側の陰謀か」
その瞬間、執務机の上の骨董品のような形の黒電話が〈ジリジリジリ〉と壊れた自転車のベルのような音を立てて鳴った。
「もしもし……」
『ハロー、ペーテル閣下』
電話の相手はA国の大統領だった。
「これはこれは、チャーリー大統領。何か御用ですか」
『何か、御用かとは、ご挨拶ですな。まあ、相変わらずストレートなもの言いで、助かりますけどな、ははは』
チャーリー大統領としては、皮肉を込めたつもりだったが、顔の見えなくとも、きっとペーテルには、通じてはいないだろうと、予想は付いていた。
『まあ、このタイミングで私があなたにホットラインを送ったということは、例の件だろうと、お察し頂けるかと思いますが』
もちろん、察してはいるのだが、A国人というのは、なんて回りくどい物の言い方をするんだろうと、ペーテル大統領は思った。
ストレートに要件を言えばいいではないか。
「きっと、ここでどのように返答しようとも、チャーリー、あなたが私の言うことをどれだけ信じるか、それに尽きると思いますがね……」
こういうやりとりは埒が明かないことを、ペーテル大統領なこれまでの電話でのやりとりで十分に心得ている。
顔を突き合わせて話していても、目の前には、氷河よりも厚そうな心の壁が張り巡らされているのが、わかる。
ましてや、旧型の黒電話の受話器から聞こえてくる年取った男の濁声からは、政治的な駆け引きをどう行うべきか、長年に亘り、相手からバカにされない会話術の訓練を積んできたお決まりのセリフだけで、自身の本音など、微塵も聞こえてこない。
「これだけは言っておきたいのですが、チャーリー。
我が国から“フットボール”を投げることは決してないと断言しておきます」
ペーテルはフットボールというA国が用いる核ミサイルの隠語を使ってそう答えた。
『やはり、そうですか。実を言えば、あなたが核を用いるとは、私としては、これっぽっちも思っていないのですよ』
ペーテルは、チャーリーのその言葉を信じたかった。
R国が核を用いれば、U国に核がないとしても、周辺で核を保有する国が応戦してくる可能性は十分にある。この度の戦闘が国際的に非難されている己でも、それぐらいの危険性が見えないほど愚かではない。
「しかし、どうですか。あなた方の国に先にボールが投げ込まれたとき、あなた方は、ボールを投げ返さないと、断言できますかな」
(それはどういう意味だ)
ペーテルは、チャーリーの言葉の意味をしばし考えた。
核攻撃を受けたとき、こちらが返礼をするか、どうかという意味だろうか。
「チャーリー、それは流石に無理ですな。我々はガンジーではないし、ましてや、キリストではありませんよ。
私が許しても、私の部下や、国民が許すはずがありません」
『いや、失礼しました。これは愚問でしたな。ここで詰まらぬ“嘘”で言質を取っても、意味ありませんからな。私もあなたと、同じ意見です』
いったいこの電話の趣旨は何なのか、ペーテルは訝った。
「これは、アドバイスと取ってよいのですか、チャーリー。つまり我が国からではなく、他の国が核ミサイルを我が国に向けて撃ちこむ可能性があるという」
ペーテルのストレートな物の言い方に、電話口で躊躇する様子が伺われた。
『いやあ、閣下には敵いませんな。
その通りですよ、閣下。
お気をつけください。我々としては、最大限の手段で“それ”を食い止めようとしているところです。では、この辺で……、グッド・ラック、プレジデント』
「ごきげんよう……」
電話は唐突に切れた。要件が終わればすぐに『グッバイ』が言える。A国人のこうしたドライなところだけは、ペーテルの好みだ。
*
A国のチャーリー大統領は、白いホットライン専用電話の受話器を置くと、深いため息を付いて、革張りの椅子の背凭れに深く寄り掛かった。
「しかし、わずか十五歳の少女に我々の運命を託さなければならんとはな」
ペーテルとチャーリー、両大統領のやり取りを傍らで聞いていたメイソン国務長官は、目を丸くして振り返った。
「え? ジュウゴサイのショウジョ?
それって、いつご覧になった映画の話ですか?」
「いや……、失礼。昨日ネットで見た映画の話だよ、メイソン君」
(いかん、メイソンは、先日の国連会議には、出席していなかった)
ふと腕に巻いた金無垢の時計を見ると、次の約束の時刻に迫っていた。
「おい、執務室の時計が少し遅れているぞ、直しておけ」
秘書にそう言い残すと、チャーリーは立ち上がって慌ただしく執務室を後にした。
◇◇◇
「それにしても、無茶なこと言うよな、イソムラ先生も」
長い髪を無造作に後ろで結んだ痩身の少女は、遥か彼方の水平線を仁王立ちして睨んだまま、傍らに座り込んでいた別の少女に言った。
「そんなに無茶かな、ミサイルが打ち上がったら、それを撃ち落とせばいいだけでしょ?」
座り込んだ少女は、 マジック・ワウンドをバトンのように指先でクルクル回しながら、眠たそうな声で答えた。
「相変らずエミは、簡単に言うねえ。
今度ばかりは、そう簡単にいかないでしょ」
仁王立ちの少女は、エミの眠そうな声に釣られたのか、欠伸混じりにそう言った。
「ねえ、あなたたち、もう少し真面目にやらないとまずいわよ」
二人の様子に少し苛立った感じで、別の少女が注意した。
「シズカは真面目だな、相変わらず。
別にお金を貰っているわけじゃないし、そんなに頑張ることもないでしょ」
仁王立ちの少女は、相変わらず水平線を見つめたままでそう言った。
ここにいる三人の中で、唯一白の魔法少女であるシズカは、黒の魔法少女のエミと、仁王立ちで立っているキョウコの二人について、魔法の実力はあるけれど、どこか使命感に掛けると思っていた。
『いいこと? あなたたちは、何のために魔法少女選ばれたのか、それをちゃんと心得ておく必要があります。
それはひとえに“正義”のためです』
自分を魔法少女に選んでくれた“サトミ先生”は、いつもそう話していた。
シズカは自分が白の魔法少女で、黒の魔法少女のエミとキョウコとは、やはり違うということに改めて気づかされるのだった。
「あなたたち、これは人類を救うという大きな使命があることは、聞いているわよね?」
「はあ? 何を今さら。それは知ってるけど?」
「なら、もう少し緊張感というものを持ってほしいわね」
「おいおい、そんなに肩肘張ってちゃ、実力が出せないぜ。
ピアノには脱力が大事なんだよ、魔法も同じさ、なあ、エミ」
「え? 私、ピアノは弾かないんだけど」
「ああ、お前さんは、ドラムスだったっけ?」
シズカは、この二人にはもう何も言うまいと決めた。
「それにしても、後の二人は、まだかしら」
「もうすぐ着くはずだよ、後の二人は」
キョウコが相変わらず水平線の彼方を凝視している反対の空から、二つの影が空を飛んでくるのが見えた。
「あ、来たよ」
マジック・ワウンドを回す手をピタリと止めて、エミが呟いた。




