第26話 マーヴェラス・ファイブ〈伝説の5人〉(その1)
ケイトが魔法少女に選ばれたその年から数えて24年前のことだ。
人類は滅亡の危機に瀕していた。
その数年前から地球各地で異常気象が頻発し、夏の酷暑、冬の大寒波の影響によって、世界各地で農作物が不作に見舞われ、食糧難に陥っていた。
貧しい国はさらに貧困が加速し、世界経済は悪化の一途をたどり、各国間の政治的な対立も激しさを増し、大国間の緊張はますます高まりつつあった。
国同士の小競り合いは相変わらず続いていたが、昨今の不況を背景に、戦闘はさらに激しさを増していた。
幾つかの国では、問題解決を急ぐあまりに、核ミサイルなどの大量破壊兵器の使用も辞さないとの見方が強まっていた。
だが、核兵器を使用すれば、人類の滅びに一歩近づくことは、赤ん坊でも知っている。
人類はそこまで愚かではない、幾ら戦闘が激化しようとも、核を用いることはないだろうと、誰もが思っていた。
──ところが、である。
人々の中には、いつの時代にも、ある意味狂気とも思えるような過激な思想を持つ者が少なからず存在している。
ここ最近の人類の進歩は飽和状態に差し掛かっており、これ以上の進化が望めないのであれば、この辺りで一旦リセットすべきという考え方だ。
「R国は、世界有数の核兵器保有国として知られています。
御存じの通り、そのR国と隣国との間の戦闘は、今年に入って益々激しさを増しています。
なかなか終焉の見えない戦闘を終結させるため、核兵器を使用すべきという意見が、一部の過激派の間から出ていることも、御承知かと思います。
現在のところ、首脳部では本気で核の使用を考えるところまでは行っていないようですが、独裁政権に近いかの国では、トップに君臨するペーテル大統領が決断したとするなら話は別です」
「いや、待て待て。
ペーテル大統領がそんなことを決断するはずなかろう」
「そうとも限りません」
そう断言した男の銀縁眼鏡の奥の瞳は、モニターの青白い反射光でどのように動いたのか、周りの連中からは、よく見えなかった。
「つまり、どういうことなんだね、勿体ぶらずに説明してくれ、ウォーカー君」
それまで机の上に肘を付き、両手を組んだ姿勢のまま相手の話にじっと聞き入っていた首相が銀縁眼鏡の男に呼びかけた。
首相からウォーカーと呼ばれた男は、不服そうに少し間をおいてから続きを話し始めた。
「よろしいですか、カビア首相。
早い話が、R国は今後の戦闘に於いて核ミサイルを使用する可能性があるということです。
そうなれば、我々としてもそれ相応の準備をしなければなりません」
「準備とは、つまり我々も核を用意するということかね」
「お察しがよろしいですな、スミス外相。その通りです。R国が隣国のU国に核を放てば、同盟国のよしみ、我々としても、R国に対しての報復措置を講じなければなりません」
「それはどうかね。核による報復合戦が始まれば、人類全体の危機に直結するのではないかね」
スミス外相の意見を聞いて、ウォーカーは口の端をニヤリと押し上げてみせた。
「それでよいのではないかと」
「今、何と言った?」
「はい、それでよろしいのではないかと、申し上げました」
「君は、核戦争が勃発するのを肯定するのかね」
スミス外相は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに呆れ顔で言い捨てた。
「話にならんな……。
カビア首相、私はこの後、大事な会合があるので、これでお暇させていただきますよ」
スミス外相は、大きな体躯を揺らしながら席を立つと、ウォーカーの方を一同の方を振り返ることなく、部屋を出て行った。
「さて、邪魔者はいなくなったところで……」
ウォーカーはスミス外相が姿を消すと、部屋の隅に座っていた秘書の男に顎で指示した。
秘書はその合図で、扉に鍵をかけ、戸口をガードするように両手を後ろで組んで立った。
「では、本題に入りたいと思います。
ここからお話することは、くれぐれも御内密にということで……」
ウォーカーの合図を待ち構えていたように、鍵をかけた外廊下側の扉とは別に、隣の部屋に通じる戸口から、軍服姿の男性が分厚いファイルの束を抱えて現れた。
「スタンリー少佐、“人類リセット計画”に於ける我が国のアルファ作戦のあらましを説明してくれ」
「は! これが我が国が遂行する予定の“アルファ作戦”の概要になります」
部屋の白い壁をスクリーン代わりに、コンピュータの画面が映し出された。
アルファー作戦の概念図、さらに具体的な計画の手順が模式図で示されている。
この時、首相をはじめ、この部屋にいた連中の中で、スタンリー少佐の一連の説明を満足げに聞いていたのは、ウォーカーだけだった。
少佐の説明を聞き終えて、出席した連中は誰もが無言で、一様に青ざめた顔をしていた。
「これが遂行されれば……」
しばらくして、首相がやっと重い口を開いた。
「人類は確実に滅ぶな」
「左様で」
「もう後には引けない、のだな、ウォーカー卿」
「左様で」
首相の怯えたような表情を見て、ウォーカー“男爵”は満足げに微笑んだ。
*
数日後、ヨーロッパの大国、E公国のカビア首相が辞任したというニュースが世界中に流れた。
辞任後、カビア首相は、収賄罪の容疑で警察に逮捕され、拘留先で自死を遂げた。
「結局、カビアは、首を縦に振らなかったのかね」
「はい」
「バカな奴だ、イエスと一言申せば、死ぬこともなかったのに」
「まあ、しかたありませんな」
カビア元首相の葬儀の席で、ウォーカー男爵がスミス外相に耳打ちした。
さらに数日後、スミス外相は、与党の党内投票の結果、新首相に選ばれた。
*
近いうちにR国が核ミサイルを国境を接するU国の首都に向けて核攻撃を仕掛けるという極秘情報を、国連がキャッチした。
「しかし、国連の我々では、大国間の戦闘を阻止することはできんぞ」
極秘レポートに目を通した事務総長が、苦虫を噛み潰したような顔のまま、吐き捨てるように言った。
「ですが、このまま核が使用されれば、人類は本当に滅ぶかもしれません」
「愚かにもほどがある」
緊急会議に集まったのは当のR国を除く、国連加盟国の代表たちだ。
「……誠に失礼ながら、火急のことのようなので申し上げますが、我々に一つだけ策がございます」
「何だね、ミス・磯村、言ってくれたまえ」
藁にも縋る思いでいた事務総長は、ビデオで会議に出席していた一人の日本人女性に発言の機会を与えた。
「皆様の中で、何人の方がご承知か、存じませんが、我が国には数名、また世界中にも数人、ある特殊な能力を有した者たちが存在します。
その彼らなら、核ミサイルの発射を食い止めることができるかと……」
「まさか、超能力者とか言うんじゃないだろうな」
事務総長の返答を待たずに、中東のA国から出席していた大臣の一人が鼻で笑った。
「超能力者という呼び名ではありませんが、それに近い能力といっていいでしょう。遥かに強大な力を備えた者たちです」
「歯がゆい言い方だな、それは“何者”なのかね」
「ここではっきり申してもよろしいのですが、彼らの素性を明かせば、こちらに出席されている方々のほとんどは、そちらの大臣と同様のリアクションをされるでしょう。それだけは確かです」
磯村女史は、真剣な表情を崩さずに述べた。
「つまり、正体は明かさぬまま、あなたの提案を先に受け入れろと、こう言いたいわけかね」
「はい」
「それは、できぬ相談だな」
「ですが、我々の提案を受け入れて、その作戦が成功すれば、それに越したことはないかと、存じます」
一同の沈黙がしばらく続いた。
「わかった。私一人では決断できぬ。
ミス・磯村の提案に賛成の者は、挙手を願おう」
「出席者93名のうち、賛成12名、反対3、残り78名は棄権ということで、磯村さん、あなたの提案を受け入れよう」
「ありがとうございます」
「ただし、緊急事態ということもある。どのような作戦なのか、会議の後で、改めて、ご教授願いたい」
国連緊急会議の後、磯村女史が述べた説明は、R国の核ミサイル攻撃以上に、その場にいたほとんどの出席者たちの耳を疑わせるに十分の中身だった。
「……というわけで、我々は、十五歳の魔法少女に、我々の運命を託したいと考えます」
「……。魔法少女、聞いたことはあるが、そんなに凄い力を持っているのか、彼ら、いや、彼女たちは」
「はい」
「だが、たった五人で大丈夫なのか?」
「核ミサイルの発射を食い止めるだけなら、十分だと思います」
磯村女史が画面越しに初めて笑った。




